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幻想冒険談 別世界譚 アドベント編  作者: いりゅーなぎさ
別世界譚 アドベント編
8/11

黒き死の恐怖

 イリアとラビッシュが茂みから飛び出し、さっき通った山道に出る。

「わっ。……なんだ、姉ちゃんか。ここで道がつながっていたんだね」

 当たり前のように驚きの反応を見せたラビッシュ。だが、イリアの反応は違っていた。山道の登りの方を見つめている。

「なに? どうしたの?」

「渚さんと、あのテットがいない」

「! ……だ、大丈夫だよ。兄ちゃん、あの化け物に追われた場合でも策があるっていってたから」

「そうじゃないの。……まだ、嫌な予感が消えないの」

「と、とにかくギルテに戻ろうよ。案外先に戻ってるのかもしれないしさ」

「……こめん、ラビくん」 イリアが山道を走り出した。――山道を登る方へ。

「ちょ、姉ちゃん? ……ったく。姉ちゃんは兄ちゃんから目をはなすと何をしでかすかわからないって言うけど、これじゃあどっちもどっちだよ」 そういうラビッシュもイリアを追って山道を戻っていった。


 黒き生物を斬りつけるも、以龍の剣は激しい金属音を立てて黒き生物の皮膚にぶつかるだけだった。

「……歯が立たないか」 以龍は即座にその場を離れる。

 奴はまだ以龍を敵とはみなしていない。だが、転がっているエサ程度には認識しているだろう。奴の間合いにいれば確実に食われることはわかっている。だから以龍は距離をとりながら戦っていた。――戦っていた。そう、この戦法が通じていたのは敵とみなされるまでだった。

 それは一瞬だった。奴から目を離してはいない。そんなことをすれば即死につながるからだ。目は離していない、だか目の前に奴の姿はなかった。奴に気付いたのは、背後で地面が揺らぐ感覚があったから。以龍が振り返るのに一秒はかからなかった。だが、奴はすでに口をあけ以龍に食らいつこうとしていた。

 振り向きざまに振るう剣が奴の顔面を襲う。

 金属音を響かせ、銀色の破片が空を舞った。――舞ったのは、以龍の剣の刃。そして武器を失った以龍を、黒き生物が食らいつく。

 吹き上がる血しぶきがその現状を物語っていた。刃を無くした剣が地面を転がり、黒き生物に右肩を食いちぎられた以龍はその場に倒れこんだ。


 イリアとラビッシュが駆けつけた場面は、最悪の一歩手前のシーンだった。

 肩があった場所から血を流し倒れている以龍。無残に折れた剣。そして、動かなくなった獲物に食らいつこうとする巨大生物。

「に、兄ちゃんっ」 声を上げたのはラビッシュだった。――いや、ラビッシュだけだったと言い直すべきか。

 当のイリアは予想に反して冷静だった。黒き生物に杖を向ける。

「……れなさい」 何かを呟いている。

「え?」

「その場からはなれなさいっ!」

 言葉が通じるのかはわからない。ただイリアは感情をそのまま口にしているようだ。

 杖から雷撃が放たれる。一撃目は相手をこちらに引き付けるための攻撃。――案の定、黒き生物はイリアをターゲットに変更する。

 イリアは攻撃をためている。……待っているのだ。最大級の雷撃を放つ機会――奴が以龍から離れるときを。

 黒き生物はゆっくりとイリアに歩みよる。

「ラビくん、お願いがあるの」

「姉ちゃん?」

「出来るなら、渚さんを連れてこの場から逃げて」

「! ……今度は姉ちゃんが兄ちゃんのかわりになるつもりなの? だったらそれは聞けない」

「出来ないのならあなただけでも逃げてっ!」

「なっ!?」

「渚さんでさえまるで歯が立たない相手なんです。二人で相手をしても勝ち目はありません」

「そんなの、やってみなくちゃ――」

「……これを放ったら、私の魔法力はほとんどなくなります。もう攻撃魔法は撃てないでしょう。あなたはこの一撃であのテットが倒れてくれると思いますか?」

 一瞬の沈黙。

「……なんでだよ? せっかく見つかった最高の仲間なのに、こんなところで終わるって言うのかよっ!?」

「――これを放ったら、逃げてください。わかっていただけますか?」

 ラビッシュは手の中に巨大な火球を錬りはじめる。

「ラビくんっ」

「姉ちゃんの申し出は聞けない。――どうせあきらめるしかないのなら、少しでも変わる可能性をつくったほうが遥かにマシだよ。――おいらの魔法力も全部ぶつけてやる」

「……わかったわ。じゃあ、最後にお願いを聞いてくれる?」

「仲間を見捨てて逃げろっての以外ならね」

「魔法を放ったら渚さんを抱えて逃げましょう。――囮なんてもう言わない。たとえ追いつかれて殺されても、最後はみんな一緒で」

「……わかった。みんな、一緒でだよ」

 この位置ならば以龍が巻き添えになることはないだろう。イリアは杖先の照準を黒き生物に合わせる。

「いくよ、ラビくん」

「うん」

 強力な雷撃と巨大火球が放たれる。――爆炎が黒き生物を包み込み、雷撃が黒き生物の身体を巡る。

 イリアとラビッシュはこの隙に以龍に駆け寄った。――残った魔力で以龍の応急処置に入る。止血をするのがやっとではあるが、とりあえず回復魔法が効いたことにイリアは安堵の吐息を漏らす。――回復魔法が効いたということは、以龍はまだ死んではいないということだからだ。

 イリアは以龍を抱きかかえ、この場を離れようと立ち上がるが、ラビッシュの視線がそれはかなわぬことだと教えてくれていた。

 消えゆく爆炎の中、大地を揺らしながらゆっくりとこちらに近づいてくる。――黒き死の恐怖が。

 ――イリアは静かに目を閉じた。以龍を強く抱きしめながら。


 以龍が目を覚ますと、木目の天井が目に入ってきた。

「……ここは、どこだ?」

 上体を起こし、周囲を確認する。――かけられた布団と視線の高さから、自分がベットに寝ていたことを理解する。それと同時に右肩に激痛が走る。

「――っう」 右肩を確認すると、包帯で固定されている。

「――その肩はあまり動かさんほうがいいぞ。回復魔法じゃ止血が限界なくらい損傷しているからな」 聞き覚えのない男の声。

 以龍はその目で姿を確認する。歳は以龍と同じくらいに見える。ただ、雰囲気で只者ではないことは理解できる。

「あんた、誰だ?」

「……」 ――以龍の言葉を聞いて、男の表情が曇る。

「?」 その表情を見逃さなかった。

「……何か失礼なことでも言ったか?」

「……話は聞いていたが、まさか俺の事もわからないとはな」

「? なんの事を言っているんだ?」

「今はそれより他に聞くことがあるんじゃないのか?」

「! そうだ、あの黒い化け物はどうなった? それに、イリアとラビ――おれの仲間はどうなった?」

「俺の事は興味なしかよ。……まあいい。――おーい、もう入ってきていいぞ」

 男の呼びかけでイリアとラビッシュが部屋に入ってくる。

「兄ちゃんっ」 ラビッシュが以龍に抱きついてきた。

「ま、待て――」 ラビッシュを受け止めた衝撃は当然肩にも伝わり、以龍は声にならない声をあげることとなる。

「……アンタはやらないのか?」

「それはどういう意味ですか?」

「いや、なに。やっぱ抱きつかれるのは女の子の方がいいだろ?」

「や、やりませんよ。――それより、渚さんの記憶について何かわかりましたか、リネクさん?」

「!? ――あんた、リネクっていうのか?」

「『リネク・フィナル』、それが俺の名だ。なんか思い出したか?」

「あんたがあの『禁則事項』の男だったのか」

「禁則事項の男ぉ? なんじゃそりゃ?」

「いえ、あなたからメッセージが届いたんですが、『禁則事項です』って出てきて開けなかったんですよ」

「メッセージ? ――ああ、召集か。そうか、だからリアクションがなかったのか」

「召集?」

「今のお前には関係のないことだ。……刻印を見せてみろ」

「?」 不思議に思いつつも、以龍は黙って左手を差し出した。

「やはりな。レベルがノーマルまで落ちていやがる。これじゃあ、『エターニア』のメッセージが開けるわけないわなぁ。――『ディライト』したのも、単なる偶然ってわけか」

「待て待て待て待て。エターニア? ディライト? いったいなんの事を言っている?」

「……兄ちゃんはあの黒いテット――あいつ『ドラゴンバク』って言うらしいんだけど、ドラゴンバクを倒した時、兄ちゃんは『ディライト能力』を発動させたんだ」

「……でも、あんな禍々しいディライトは初めてみました」

「……おい、待て。話をまとめると、俺がそのディライトとかいう能力を使ってあの化け物を撃退したみたいなことになるじゃねぇか?」

「まんま、その通りなんだよ」

「あんたが助けてくれたんじゃなかったのかよっ!?」

「そんなこと一言も言った覚えはないが?」

「目覚めて見知らぬ顔があれば誰だってそう思うだろ?」

「……兄ちゃん。その時の記録、残ってるけど、見る?」

「記録が残ってる?」

「おいらの刻印には戦闘記録機能が追加してあるんだよ。――前にフォルクスの映像を流したでしょ?」

「それを見れば、俺があの化け物にやられた後に起きたことがわかるんだな?」

「……映像を見ても怒らない?」

「それはどういう意味だ?」

「約束できないなら、見せられないよ?」

「……わかった、怒らないと約束しよう。――いまはなにが起きたのかを知りたい」

「じゃあ、再生するよ? 姉ちゃんも、いいよね?」

「……仕方ないですよ。渚さんは怒らないって言ってくれましたし……」

「ま、俺も見てみたいかな? 俺が来たころには全て終わっていたしな」

「じゃあ、映すよ」


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