偽りの記憶
無人のギルドの受付の前で、イリアとラビッシュが立ち尽くしていた。
ギルドの中は異様なほどに綺麗になっていた。待合用の長椅子もギルド用の機械施設もまるで一度も使われていないくらいに綺麗だった。
「なんだ、ここは?」
「あ、兄ちゃん。……兄ちゃん、ここ、変だよ? だれも、いないんだ。他のアドベントも、ギルドのスタッフも」
「イリアさん、これはいったいどういうことなんですか?」
「……わからない。ううん、何かがおかしいの。ここはクリファーなんだけど、私の知ってるクリファーじゃないの」
「――出よう。嫌な予感がする」
「出るって、今ギルドを出てどこに行くのさ?」
「ギルドじゃない。この街を出るんだ」
「!」 以龍の街を出るという言葉に、サレントが何か気付く。
「以龍さん。前に似たようなことがあったのを覚えてますか?」
「似たようなこと?」
「思い出してください。この不自然なほど綺麗な場所と、人のいない冷たい違和感を」
「! ……まさか」
「まさか、なんなのさ?」
以龍はギルドを出る。――そして、夕闇の空に大声を上げた。
「――グローニっ!」
「やはり、お気づきになられましたか」 ディライトの光に包まれた、半透明の男が姿を現した。
以龍の声を聞き、イリア、ラビッシュ、サレントもギルドから出てきた。
「やはり、あなたが――」
サレントを押しのけ、イリアが杖でグローニに殴りかかった。
――杖はグローニの身体をすり抜ける。
「おやおや。もうお忘れですか? 私には攻撃が通用しないということを」
グローニの言葉を無視し、イリアは杖を振り続ける。
「いいでしょう。気の済むまで好きにしてください」
グローニの死角で、以龍が手を招き、ラビッシュとサレントを自分のそばに呼ぶ。
「……俺が合図をしたら、サレントはイリアをグローニから離してくれ」
「なにをするつもりなのですか?」
「サレントはって、じゃあおいらは?」
「ラビ。少しの間、グローニの視界をゼロにできるか?」
「どんな手でもいいんだね?」
「……いや、俺がグローニに近づいた時に解除できる方法で頼む」
「了解」
「……行くぞ。――サレントっ」
以龍、ラビッシュ、サレントが一斉にディライトを発動させる。
サレントが瞬間移動でイリアの目の前に移動する。イリアに体当たりをし、イリアと共に地面をすべる。
次の瞬間、大量の具現化魔法のカードがグローニを包み込む。
以龍がその具現化魔法の周りに竜封剣で円を描く。光の輪がグローニの周りに残された。――夢の中の以龍が見せた『光輪縛』と言う技だ。
ラビッシュが具現化魔法を解除する。――一瞬で、グローニは光の輪に捕縛された。
「これはなんの真似ですか?」
「その光の輪に触れれば、触れた部分を切断される。――お前には聞きたい事があるんでな。悪いが、拘束させてもらった」
「……どうも今回はついていないようです」
「抵抗しなければ、座ることくらいは許可してやる。下手な真似をすれば、お前はその体制から身動きが取れなくなるぞ?」
グローニはその場に座り込み、あぐらをかぐ。どうやら観念したようだ。
以龍たちはディライトを解除し、グローニを取り囲む
「質問をお聞きしましょうか」
「これはお前の仕業か?」
「……建物に関しては、否定しません」
「目的はなんだ?」
「墓地の時と同じです。新しい舞台に、この廃墟を選んだのですがねぇ」
「廃墟? ……あなた、なにを言ってるの」
「この後におよんで、まだ惑わすかっ?」
「すみませんけど、私とていまの状況は充分に理解しておりますよ。いまこの状況で虚言を吐くのにどんなメリットがあるのですか?」
「……以龍さん。この人、嘘は言っていない」
「……ああ」
「そんな……。ここの人たちはどうしたんですか? 私の故郷をどうしたんですかっ!?」
「ここがあなたの故郷だというのですか? ……ありえませんね」
「なにを、言ってるの? ……だって、ここクリファーは私の――」
グローニがディライトを解除する。――グローニの作った幻は消え、本当のクリファーが姿をあらわす。
――以龍たちが出てきたギルド施設は、朽ちた建物と姿を戻す。ところどころが腐敗しそこは建物として機能していなかった。
街の建物も、朽ちたものや草に覆われたものなど、ここに人の住める場所は存在しなかった。
「なんなの、これ……」
「あなたは多め歳をみたとしても二十歳程度の歳でしょう? これが二十年の朽ち方ですか?」
「なんで……。私を育ててくれた長老さんは? アドベントの基礎を教えてくれたギルドのお姉さんは?」
イリアが混乱をおこしている。――両手で頭を抱え、その場に崩れ落ちる。
イリアの背中に一瞬、血の色をした翼が見えた気がした。
「――」 イリアの叫びと共に、白き光がイリアを中心に発生する。
「! 離れろっ」
光は、渦巻きながら空へとのびていく。
以龍たちはその場を離れ光を回避したのだが、身動きの取れないグローニは光の飲み込まれ、声を発することなく消滅していった。
「なにが、起こっているの?」
消滅の光は、イリアを中心にゆっくりと広がっていく。波紋のように、ゆっくりと一定の速度で。
「すぐにこの場を離れるぞっ。あれに触れたら、グローニのように――」
「兄ちゃん……」 ――ラビッシュが、涙を浮かべながら以龍と目をあわす。
ラビッシュの足元を見て、以龍はその意味を理解する。
右足のつま先から、ゆっくりと消滅の光がラビッシュの身体を蝕んでいく。どうやら、最初の光がつま先をかすめていたようだ。
「! ラビッシュ、まさか……」
「――くっ。許せ、ラビ」 以龍のディライト。
ディライトした以龍がラビッシュの足首を切り落とした。
ラビッシュの足から血が噴き出し、ラビッシュが声にならない悲鳴を上げる。
「ラビッシュっ、回復魔法で血を止めてっ」
ラビッシュは回復魔法の具現化魔法を作り出し、足首から先がなくなった自分の足にその具現化魔法を貼り付けた。
切り落とされた足首は、光に消える。
以龍は竜封剣を収め、ディライトを解除する。そして、まともに歩くことの出来ないラビッシュを抱きかかえた。
「……」 光の中心に取り残されたイリアを見て、動きを止める。
「なにをしているんですか!? もう、光がそこまで――」
「サレント、ラビを頼む」
「に、兄ちゃん、なにを?」
「俺は、イリアを止める」
「以龍さん、そんなの無理です。だって、あの光はイリアさんが放っているのですよ? 光に触れずに彼女の元に行くことなんて――」
「……俺はあの光を知っている。夢の中の俺は、今のイリアのように自分を見失ってあの光を放っていた」
以龍はラビッシュをおろし、光の方に一歩歩み寄った。
「――おそらく、あの光は俺に効かない。だから俺が――」
「今のあなたでは、そういうわけにはいかないんですよ」
以龍の行く手をさえぎるように突然姿を現したのは、シフラスと――リネクだった。
「シフラス……」
「たしかに記憶を無くす前のあなたなら、あの消滅の光を打ち消すことが出来るでしょう。ですが、今のあなたは――」
「そこを、どいてくれ」
「申し訳ありませんねぇ。今このまま、あなたを失うわけにはいかないんですよ」
シフラスが以龍の口の中に何かを入れた。――以龍の視界が突然にぼやけだす。
「何を、した?」
「……こうするしか、あなたを止められませんから」
以龍がその場に倒れこむ。
「兄ちゃんっ」
「眠っていただいただけです。――リネクさん、お願いします」
「……わかった」 リネクがディライトの光に包まれる。
以龍たちはリネクの瞬間移動によりクリファーから姿を消した。




