イリアの故郷
その頃、以龍たちは街道を全力で駆け抜けていた。
「ね、ねぇ兄ちゃん。おいらたち、なんで全力で走ってるの?」
「こういう場合って、戦いが終わるまで黙って見ているのが普通ではないのですか?」
九龍とパラの戦いが始まったとき、以龍は三人に全力で逃げ出すように話をしていた。
「いえ。私はこれで正解だと思いますよ」
「敵の敵が味方とはかぎらん。……おそらく、本気でやりあってたら九龍が勝つだろうな。そしたらその後は、グランの続きを要求するだろうな」
視線の先に街の影が見えてくる。
「特に、俺はあの女との戦いでカオスディライトをしたみたいだしな。おそらく、九龍はそれを見ているだろう」
「あの女?」
「あ、ああ。あの男は仲間の女に身体を乗っ取られていたんだ」
「カオスディライトしたって、まさか、ギルテ山の時みたいに?」
「多分な。気付いたら、あの光の星の技を放っていた」
「! 以龍さん、アルセイドが見えてきましたよ。ここまでくればもう――」
以龍たちは走るのをやめ、動きを歩きに切り替える。
「そうだな。街に紛れればもう安心だろう」
「――! そうだ、兄ちゃん。まず先にギルドに寄ってくれる?」
「? なにかあるのか?」
「ちょっと、ね」
「? お金ならまだありますし、今は無理に仕事を取る必要もないんじゃないかな?」
「まあまあ。それはギルドについてのお楽しみということで」
アルセイドの街は、グランのように賑わっていた。
「さすが、アルテシアの西の玄関口っていわれるだけあるねぇ」 初めての大陸の街に、ラビッシュは頻繁にあたりを見渡している。
「ちょ、ちょっと。あんまり露骨にキョロキョロしないでよ」
「別にいいじゃん。ね、兄ちゃん?」
「まぁ、ラビッシュも大陸は初めてなんだ。少しくらいは大目に見てやれ」
「ふぅ。ま、以龍さんが言うなら仕方ないですね」
「あ。ラビくん、そこギルドだよ?」
そこに見えたのは、グランと同じくらいの大きなギルドだった。
ギルドに入ると、ラビッシュは真っ先に照合機の方に向かっていた。
「ん? 照合機?」
『ラビッシュ・ガルラ、認証しました』
機械がラビッシュの刻印を認証する。そして――
『――ラビッシュ様。申し訳ありませんが、しばらくそのままでお待ちください』
「! これって――」
「あっ」
「どうした?」
「そういうことだったんですか?」
「……そういうこと」
『お待たせしました。当ギルドはラビッシュ・ガルラ様をハイクラスと認定致しました。これより、刻印をハイクラス用に更新いたします』
「ラビッシュが、ハイクラス?」
「! そうか、ディライトだな?」
「ラビくんは港の戦いでディライトしてましたから」
『更新が完了いたしました』 このアナウンスが終わると、照合機はメニューを映し出す。
するとラビッシュはメニューをキャンセルした。
「OK。じゃ、行こうか」
「行くって、どこに?」
「……まぁ、次の目的地はクリファーって街なんだが――」
「兄ちゃん、こっちに周辺地図あるよ?」 ラビッシュはいつのまにか入り口近くに張り出してある周辺地図のポスターの前にいた。
「あいつは……」 ゆっくりとラビッシュのいる地図の場所に近づいていく。
「あれ?」 と、地図を指でなぞっていたラビッシュの手が止まる。
「ん? なんだ、どうした?」
「姉ちゃん、クリファーってどこにあるの?」
イリアとサレントも地図の方にやってくる。
「どこって、ここからですと街道をアルペイの方に向かっていく途中に二手に分かれた場所がありますので、それを――」
イリアが地図を指でなぞりながら説明する。アルセイドから街道を北に進めたところでイリアの指が止まる。
「……この地図には載っていないみたいですね。まぁ、山の中の小さな街ですし、仕方ないといえば仕方ないですね」
「まだ日は高いことですし、直接行ってみますか?」
「とりあえず、街道を進めば道はわかるんだな?」
「あ、はい。大丈夫だと思います」
「じゃあ、日の暮れないうちに向かうとするか」
この時、気付いていればよかったかもしれない。ギルドのある街が、地図に載らないはずがないということに。
以龍たちはアルセイドの街を出て、アルペイに向かう街道を進んでいた。
「なぁ? クリファーってところまではここからどのくらいかかるんだ?」
「少々山道を歩きますから時間はかかると思いますけど、アルペイよりは近いですよ?」
「山道か……」
「なに、兄ちゃん? まさか、またドラゴンバクに遭遇するでも思ってんの?」
「さすがにそれはないだろう」
「大丈夫ですよ。山と言っても、ギルテ山ほど険しくはありませんから」
「ギルテ山もそんなに険しくはないのでは?」
「それはそうなんですけど……うーん、なんて言えばいいのかな? ま、とりあえず行けばわかりますよ」
道が二手に分かれている。――気になるのは、立て看板だ。
「あ、ここを左です」 イリアはそういうが――
「え? けど、看板には――」 サレントが疑問に思うも無理はない。
看板には右方向がアルペイへ向かう道と記されているだけで、左方向にはなにも記載されていなかった。
「まあ、地図に載っていなかったからね。想像の範囲内といえば範囲内なんだろうけど……」
左側の街道は草が生い茂っており、アルペイ方面の街道とは天と地の差があった。
(……街道がまだ整備されていないのか? ――いや、違う。これはまるで、長い間放置された街道みたいだ)
「渚さん、行きますよ?」
「あ、ああ」
以龍たちは、寂れた街道に足を踏み入れた。
アルセイドを出たときは高い位置にあった太陽も、いまは山の影に沈もうとしていた。
薄暗くなった山道の先に、点々と光が見え始める。
「見えてきました、あそこがクリファーです」
「ふぅ。なんとか日が沈む前に着けそうだね」
「イリアさん。あの街に宿はあるんですか?」
「なに言ってんだよ? ギルドがあるんだったら、宿くらいはあるでしょ」
「ま、まあ小さな街ですから……。大丈夫です、ギルドの施設が宿を兼ねています」
「へぇ。ギルドに泊まるんだ」
「とりあえず、街に着いたら宿を確保した方がよさそうだな?」
「大丈夫だと思いますよ? あんまり人の来る街じゃありませんから」
「まぁ、こんだけ辺鄙だとねぇ」
「ラビッシュっ」
以龍たちがクリファーの街に足を踏み入れる。
「……思ったより綺麗な街だな」 それが第一印象だった。
街は小さく、どちらかといえば村というべき場所なのだが、石造りの建物や、生活用の魔力供給設備が多くあり、とても山の中とは思えない場所だった。
「……」 イリアがしきりにあたりを見渡している。
「どうした?」
「あ、いえ。なんでもありません。それじゃあ、ギルドの方に行きましょう」
「そういえば、姉ちゃんの家には寄らなくていいの? せっかくここまできたんだからさぁ」
「そ、そうですね。私はここの長老さんの家にお世話になっていたんです。あとであいさつに行きましょう」
ラビッシュとイリアが先行してギルドの中に入っていった。以龍がそれに続こうとしたとき、サレントが以龍を引き止めた。
「? どうした?」
「――なにか、様子がおかしくありませんか?」
「イリアか? まぁ、少し様子がおかしいが、久々にここに来たのなら仕方なくないか?」
「……以龍さん。どうしてイリアさんがここに久々に戻ってきたと思うのですか?」
「?」 サレントの質問の意味がよくわからない。
「……少し考えてみてください。イリアさんが大陸からガルラに来たのなら、イリアさんはアルセイドからギルテに渡ったことになりますよね?」
「まぁ、そうなるな」
「ここまで、アルセイドからは半日の距離です。もし、アルセイドに寄っているのなら、ここにも来ていると思うのですが――」
「……」 サレントの言葉に、以龍は考える。
「おそらく以龍さんはイリアさんの反応を見て久々に訪れたのだと思ったのではないですか?」
『――それ以上は追求しないで下さい』 以龍の頭の中に声が響く。
「――っ、なんだ、今の声は?」
「声、ですか? 私はなにも……」
「……悪い。この話は終わりにしよう。俺たちも行くぞ」 そういってギルドの中に入っていった。
「あ、待ってください」 サレントもそれに続いた。
そこに置かれた水晶のような球体には、以龍たちの姿が映し出されていた。それを眺めているのはシフラスだった。
「果たして、私の声は届いたのでしょうか? ――しかし、まさか渚さんたちがクリファーに行かれるとは……。ここに来て中途半端な設定があだとなってしまったようです」
右手で頭を抱えながらも、シフラスは左手の刻印に目を移す。
「十二年の時が、たった六日で無駄になってしまうのですか?」
刻印を擦り、通信会話機能を起動させる。
「――リネクさん、すぐに私の元に来ていただけませんか? 重要なお話があります」




