以龍の決断
裏口からガルラ城を出ると、以龍は当てもなく街道を歩いていた。――潮の香りが風に運ばれ、以龍の鼻に入ってくる。
「海が、近いのか?」
気が付くと、以龍はガルラの港町まで来ていた。……暁の空が次第に青く色付き始めていた。
港では、慌しく船の準備をしていた。
「もうすぐ船が出るのか?」 作業員の足を止め、出港時間の確認をする。
「まだ出港までは時間がありますよ?」
「船には乗れるか?」
「多分大丈夫だと思いますよ? ――一回、船の方で聞いてみてください」
「ああ。悪い、邪魔したな」
以龍は船の方に向かう。――その船には『アルテシア大陸アルセイド行き』と書かれている。
「どうされました? まだ出港には時間がありますよ?」 この船の乗組員らしき男が声をかけてきた。
「乗船は出来るか?」
「あ、はい大丈夫ですよ。――船室の方はどうされます? お一人様ですと、運賃が2000、一人部屋が3000になりますよ」
「部屋はなくていい」
「はい、かしこまりました。それでは運賃の方だけ先払いでお願いします」
乗組員に金貨を二枚手渡し、以龍は一人、船へと乗り込んでいった。
船の蒸気機関が激しく蒸気を吹き上げた。それと同時に汽笛が鳴り響く。――出航の合図だ。
船は桟橋を徐々に離れていく。
遠ざかるガルラの港町を見つめながら、以龍は一人呟く。
「……これで、いいんだ」
「なにがいいんですか?」
「!」 背後からの声に振り返ると、そこにはイリアがいた。
「イリア……。なんで、お前がここに?」
「イリアさんがあなたから目を離すなって言ったわけ、ようやく理解しました。――まさか、一人で大陸に渡ろうとしていたなんて」
「サレント……」
「なに、兄ちゃん? おいらを置き去りにしていくつもりだったの? いくらなんでも、それはひどくない?」
「ラビッシュ、お前……」
「いまごろ城は大騒ぎだろうね。目覚めたらもうおいらたちの姿がないなんてさ」
「渚さん、なんで私達の前から黙って消えようとしたんですか?」
「――俺といれば、また九龍のようにかつての俺に恨みを持つものが現れるだろう。……今の俺では、お前達を守ることができない」
「……怒りますよ?」 怒りの感情がこもった、イリアの発言。
「イリア?」
「あーあ。今のは兄ちゃんが悪いよ」
「以龍さん。私達は守られるだけの仲間なんですか?」
「渚さん、あなたはドラゴンバクの時に私達を逃がすために犠牲になろうとしましたね? ――私はあんな守られ方を望んでなんかいません」
「兄ちゃんも映像を見たんだからわかるでしょ? 兄ちゃんが自分のためにおいらたちを犠牲にするのが許せないのと同じくらい、おいらたちも兄ちゃんを犠牲になんかしたくないんだ」
「あなたは私を仲間と認めてくれた。なのに、守る自信がないって理由だけで仲間を捨てるなんてあんまりじゃありませんか?」
「……あなたが自分自身が弱いというのなら、私達がそれを補います。それが本当の仲間なのではないですか?」
「兄ちゃんが嫌だって言っても、おいら達は兄ちゃんについていくよ?」
「私もラビッシュと同じ意見です。あなたは自分が思っているほど、小さな人間じゃない。あなたには私達を惹きつけるなにかがあるんです」
「……ありがとう。そして、俺が悪かった」 心底からの謝罪の言葉。
……するとイリアが布袋からなにかの包みを取り出した。
「とりあえず朝食にしませんか? 渚さん、昨日からなにも食べていないでしょ?」
「姉ちゃん、それなに?」
「昨日の残り物です。いただけるかをたずねたら、きれいに包んでくれました」
「……あの場所でよくそんなことを聞けましたね?」
「ははは。なんか、城の人の驚いた顔が思い浮かぶよ」
「さぁ、行きましょう。ちゃんと四人部屋も取ってありますから」
「――本当しっかりしてるな、お前は」 以龍に笑みが戻る。
「兄ちゃんが将来尻に引かれる様子が見えてくるよ」
「ふふ。そうですね」
「も、もう。二人ともからかわないでください」
――船はゆっくりと大陸に向かっていた。
「――アルテシアだあ」
太陽が真南に位置した頃、船の先に大陸の影が見えてきた。
「あれが、アルテシア大陸か……」
「あそこがアルテシアの西の玄関口『アルセイド港』です」
「渚さん、これからの予定とかは決めてるんですか?」
「いや、なにも決めていない」
「……でしょうね。じゃあ、まずはアルセイドの街の方に行きましょう。そこならギルドもあるし、大きな街ですから―― !」 と、なにかイリアが思い立ったようだ。
「――目的が決まっていないなら、アルセイドから北に行った場所にある『クリファー』という街に行きませんか?」
「クリファー? 聞いたことのない街ですけど、なにかあるんですか?」
「私の故郷です。私はそこで刻印を受けたんですよ」
「姉ちゃんの故郷か……。うん、行ってみようか。おいらの故郷にも行かされたことだしね」
「行かされたって、あれは仕方なかっただろうが。――ま、目的なしよりは遥かにましか。決まりだな、イリアの故郷に向かおう」
船がアルセイドの港に到着する。――以龍たちは船を降り、アルテシア大陸に記念すべき一歩を――
「――あっ」
……踏めなかった。
何を思い出したのか、先頭を歩いていたラビッシュが突然立ち止まる。
「なに、ラビッシュ?」
「部屋に朝飯の残りをおいたままだ」
「……まぁ、船の人が処分してくれますよ」
「処分って、おいらまだ食い足りないよ?」
「――仕方ないな、俺が急いで取ってきてやるよ?」
「あ、私が行きますよ。私だったら一瞬ですから」 蒼白い光がサレントを包み込む。
サレントの姿が消えて、また現れる。その手には、朝食の包みがあった。
「お前のディライトって本当便利だよな?」
「もうこんな使い方させないでよね?」 そういって包みをラビッシュに手渡した。
以龍たちは今度こそアルテシア大陸の一部に足をつけた。
港で以龍たちのやり取りを見ていた男女三人組がそこにいた。
「……いまのディライト、見てたか?」
「瞬間移動能力かい? まさか、あれを喰いたいなんて言わないだろうねぇ、イーター?」
「わかってるじゃないか、パラ。あれはレアだ、しかもいくらでも応用が利く」
「他の奴らのディライトはどうするんだい?」
「あの魔導士、俺の獲物」
「魔導士? 誰のこと言ってんだい、リジェ?」
「魔導士はあのガキだな。……ディライトはクリエイト系か、使えんな」
「あの男女の方はなんのディライト持ってんのさ?」
「待ってろ。――二人ともエレメント系だな。男の方はちょっと使い手みたいだな」
「魔導士以外、興味ない」
「やれやれ。じゃあ、あのガキはお前にまかせた。――俺はあの瞬間移動の方だ」
「ちょっと、待ちな? それじゃあアタイは二人を相手にすることになるじゃないか?」
「お前のディライトはその方が都合がいいんじゃないのか?」
「……わかってるじゃないか、イーター」
「よし、まずは俺が奴らをバラバラにする。あとは各自の判断だ」




