最悪の記憶
セピア色の光景に色がつきはじめる。いつもの夢の光景。映し出されているのは、どうやらガルラの城門付近のようだ。
――だが、今回は穏やかな城の光景ではなかった。その光景に生々しい鮮血が飛び散る。
背中から剣を突き刺されているのは、イリア。その剣は竜封剣。そして、剣を持つ男は――リネク・フィナルだ。
「姉ちゃんっ!」
「動くなっ」 ――竜封剣抜くと、イリアがその場に崩れ落ちる。
その場には以龍とラビッシュとサレントがいる。リネクは抜いた竜封剣の刃先を以龍に向けた。
「……なんの真似だ、リネク?」
「――今、世界各地で消滅の光が降りそそいでいる事は知っているか?」
「なんのことを言っているんだよ!? ――それより、姉ちゃんの治療が先だっ」
「それは許可できんな」
「何を言っているの? このままじゃ、イリアさんが――」
「消滅の光は血の色の堕天使が覚醒し始めている証拠。……おまえたちも薄々は気付いていたはずだ。彼女が――イリアがイリアでなくなっていくことに」
「――そこをどけ、リネク」
「出来ないと言ってあるはずだ」
「制御印、五芒星――」 リネクの足元に、光の五芒星が描かれる。
「……やはりそうくるか。悪いが、こちらの次の行動も決まっているんだ」 リネクが竜封剣の柄を以龍に向ける。
柄の水晶が鈍く光った。――次の瞬間、リネクの足元の五芒星は消滅し、以龍はその場に倒れこんだ。
「!? 兄ちゃんに、何をした?」
「封印水晶……。あなた、それを以龍さんに使ったのですか?」
「人間――時人に対して使うのは初めてだ。だが、いまの以龍は使う必要があるほどの能力を持っている」
「兄ちゃんに何をしたかを聞いている!」
「以龍の魂を封印させてもらった。かつて、暗黒竜を封印したこの剣の力を使ってな」
「ラビッシュ、あの剣の水晶を壊して。封印水晶が破壊されれば、封印は効力を失うから」
「――わかった」 ラビッシュが杖を取り出す。
魔生成の杖。ラビッシュの意志で思い通りの形状に変化するラビッシュ専用の武器だ。
同時にサレントの剣を抜く。ドラゴンテイルとは違う、散開剣という銘のサレント専用の剣だ。
サレントが剣を振るうと、その剣の刃が無数のカケラとなって散弾のようにリネクに襲い掛かる。
リネクの姿が消える。瞬間移動の発動だ。――だが、リネクが移動した先では、ラビッシュが斧に変化した杖を振り下ろしていた。
リネクの手が、斧の柄の部分を掴む。これが剣だったらリネクにダメージを与えていたのかもしれない。――が、ラビッシュの狙いは別にあった。
杖を捨て、竜封剣の柄に手を伸ばす。――ラビッシュの手が、竜封剣の封印水晶に触れようとした時だった。
「そこまでにしていただきましょうか?」
ラビッシュの手が止まる。――声の方を振り返ると、ラーンが倒れた以龍の喉元にナイフを突きつけていた。
「サレントさん、申し訳ありませんが、その剣を元の状態に戻して剣を収めていただけますか?」
ラーンの言葉に従うしかなかった。サレントは瞬間移動の能力を応用して、散らばった刃を剣の形の戻す。そして、鞘に剣を収めた。
リネクが竜封剣を収める。これで、封印水晶を破壊するチャンスを失ってしまった。
ガルラの兵がラビッシュとサレントを取り囲む。……二人は城の地下へと連行されていった。
……投獄された地下牢にはラビッシュとサレント、そして魂を抜かれ目の覚ますことのない以龍の姿があった。――以龍と共に投獄されたのは、情けか足枷か。
「なんなんだよ、これは。目の前で姉ちゃんを殺され、兄ちゃんをこんな事にされて……」
「――待って。誰か、下りてくる」
かすかに聞こえるのは、石の階段を下りてくる足音。――音から察するに、下りてくるのは一人だけ。
階段の方から姿を現したのはラーンだった。
「……なにしに来た!?」
ラーンは黙って牢の鍵を開けた。
「? どういうこと」
「あなた方二人は釈放です。……残念ながら、この国からは追放ということになってしまいましたがね」
「――今、リネク・フィナルはどこにいる?」
「彼はこの上にいますよ。……ただし、この牢から街を出るまでは私の先導で動いていただきます」
「それは聞けない。おいらは勝手にやらせてもらう」
「やめなさい、ラビッシュ。ここを出るときに私の先導がなければあなたがたは完全に反逆者となります。そうなった場合、兵たちが一斉にあなたを攻撃します」
「……おいらは姉ちゃんのかたきを討って、兄ちゃんを取り戻す。それが反逆というのならば、おいらは反逆者でかまわない」
「そうですか……。ならば仕方がありませんね」
ラーンがラビッシュとサレントの前に何かを投げ捨てた。――それはラビッシュの魔生成の杖とサレントの散開剣だった。
「武器を取りなさい。――どうしても行かれるというのであれば、私の屍を越えていっていただきます」
「あなた、一人でここに来たのは最初からこのつもりで?」
「出来れば、新たなる街で新しい人生を歩んで欲しかったのですがね」
「……乗り越えさせてもらうよ、アンタの屍を」
……しばらくして、石の階段を上る足音が響き始めた。足音は二人分。今、地下の出入り口の扉が開かれる。
扉を開くと同時にラビッシュとサレントが飛び出した。――リネクの姿はそこにあった。
塀の上ではガルラ兵が弓を構えている。二人が飛び出すと同時に、一斉に矢が放たれる。
「リネク・フィナルっ!」 降りそそぐ矢の雨に目もくれず、杖を斧に変えリネクに斬りかかる。
サレントが散開剣を振るう。飛び散る刃が降りそそぐ矢を撃ち落していく。
「これが、お前達の答えか……。――なら、俺はその答えに全力で応じよう」
――夢の光景が切り替わる。……これは、夢の中の以龍の視点か? 開く瞼の先に、冷たい地下牢が映し出される。
「ここは? ラビとサレントはどこだ?」
なにもわからぬまま、以龍は格子の扉に手をかける。扉は立ちはだかることなくゆっくりと開いた。
「鍵が、かかっていないのか?」
扉を出てすぐに目に入った光景は、ラーンの亡骸だった。
「……なにが、起こっている? これは、ラビたちがやったのか?」
視線は、惹きつけられるように階段の上に向く。
「……上、か」
以龍は階段を上がり始めた。……開いた出入り口から光が差し込む。その光の先には――
そこは、目を背けたくなる光景が広がっていた。――塀の上のガルラ兵は、散開剣の破片が刺さり全員が絶命している。――ラビッシュは、ひび割れた封印水晶を握り締めながら、うつ伏せに倒れている。……その背中を無数の矢が貫き、ラビッシュは動かない。
そして、サレントはリネクの竜封剣に胸を貫かれていた。
「……」 声が出ない。今の以龍は言葉を失っていた。
リネクがサレントから竜封剣を抜いた。サレントの身体が崩れ落ちる。
「……そうか、封印が解けていたか」 倒れたラビッシュに目を向け、以龍の封印が解けたことを理解する。
以龍の脳裏にイリアの絶命の瞬間が浮かぶ。そして、その映像にこの現状が重なって映し出された瞬間、以龍の叫びと共に、以龍の身体を中心に白い光が広がっていく。
――世界が、白い光に包まれる。消滅の、白い光に。
……寝覚めは最悪だった。夢とはいえ、以龍が一番恐れていた光景を目の当たりにしたのだから。
部屋の窓から外を眺める。――まだ暗いが、東の方は暁の空となっている。あと数刻もすれば太陽が顔を出すだろう。
以龍は背中に竜封剣を固定すると、部屋を後にした。




