地図にない村
森を抜けたころには、空が赤く色づきはじめていた。
「……サレント、グランまではあとどのくらいあるんだ?」
「少なくとも明るいうちには無理。けど、険しい道はないから、もしかするとギルドが閉まる前につけるかも」
「ここからは夜道を進むことになりそうですね。――照明魔法を作っておきましょうか?」
「いや、まだいいだろう。とりあえずは先に進もう。それで、道が見えなくなったら頼む」
「わかりました」
以龍たちはグランに向けて街道を進んでいく。空の赤色は消え、あたりは次第に薄暗くなっていく。
「しっかし、街道なのに誰ともすれ違わんな?」
「そらそうでしょ? この街道をすれ違うってことは、これから森に向かうってことだよ? もうじき真っ暗になるっていうのに、森に向かう人なんていないよ」
「イリアさん、そろそろ照明を用意してもらえますか?」
「そうですね、ちょっと待ってください。今――」 照明魔法の用意を始めようとしたイリアだったが――
「待って。あれって、村の灯りじゃない?」
街道を少し離れた場所に、点々と灯りが見えていた。
「? どういうこと? 地図にはあんな場所に村があるなんて載っていない」
「地図にない村か。――行ってみるか?」
「だね。宿でもあれば、暗闇を進まなくて済みそうだしね」
以龍たちは街道を離れ、村の明かり目指して歩き始めた。
このときイリアは、かすかだが嫌な予感を感じ始めていた。
そこは地図に載っていないのが不思議なくらい普通の村だった。家がまばらに建てられ、田んぼや畑がそこらじゅうに存在している。
「農村、みたいですね?」
「……宿屋はなさそうだなぁ?」
「とりあえず、見て回ろう。もしかすると民宿かなんかがあるかもしれん」
「待ってください。とりあえず、これを。照明魔法の具現化です。……あと、少し警戒しながらいきましょう」
「どういうことだ?」
「……まだ、はっきりと感じているわけではないんですが、また何か嫌な感じがするんです」
「だから、姉ちゃんのそれはシャレになんないって」
「まだ、はっきりと感じているわけじゃないんです。でも、なにか違和感があるんですよ、この村」
「そうですね。地図に載っていない村って言うだけでも警戒する対称だと思います」
「わかった。なにかあったらすぐに反応できるように、心構えだけはしておこう」
小さなこの村を一通り見て回ったが、民宿の看板を出している建物は見つからなかった。ただ、さすが農村だけあって、どこの家にも農具がたてかけてある。……やたらときれいな農具に少し違和感を感じるが。
「――宿になりそうな家はないか」(……しかし、イリアの言うとおりだ。なにか変な感じがする。……これは、ここを出たほうが――)
「どうします、渚さん? ――やっぱり、街道まで戻りましょうか?」
「……その方がいいかもしれんな」
「ねぇ?」 突然、背後から少年の声がした。
「!? ……って、なんだよ、村の子か」
いつのまにか以龍たちの背後に、ラビッシュより幼い少年が立っていた。
「キミは?」 イリアは屈んで、少年と目線を同じ高さにして名前をたずねた。
「ホルン。――ねぇ。お姉ちゃんたち、泊まる場所を探しているの?」
「泊まれる場所を知ってんの?」
「うん。僕ん家」
「キミの家は民宿でもやっているのか?」
「民宿? なにそれ? 僕ん家は僕ん家だよ?」
「つまりあなたは自分の家に泊まりにこないかって言ってるの?」
「そうだよ。僕の家、誰もいないからいつも寂しいんだ。だから、お姉ちゃんたち泊まりに来てよ?」
「お家に誰もいないって、お父さんやお母さんは?」
「いないよ?」
「お仕事かなにかで?」
「ううん、いないの。僕一人」
「……もしかして、他界しているのか?」
「たかい? なにそれ? 僕、いつも家に一人なんだよ?」
「……どうしましょう?」
「いいじゃん、泊めてくれるって言ってるんだし」
(……なんだ、この子は? なんでこんな幼いふりをしている?) あまりに幼いホルンの言動に違和感を感じていた。
ホルンに不信感を抱くものの、それに確証がなかった。
「――とりあえず、この子の家に行ってみよう。とにかく、判断はそれからだ」
「じゃあホルンくん、あなたの家に案内してくれる?」
「うん、こっちだよ」
「ここだよ」
そこは小さな家だった。玄関の引き戸を開けると、家の中が見えてくる。入り口近くに玄関とつながった台所があり、そこは少し広い。だが、奥の一段上がった場所には畳の部屋が一つあるだけだった。
「……狭っい家だなぁ」
「ラビくんっ」
以龍が入り口の引き戸を閉める。そして、家の中を確認してみる。……水を弾く金属でできた銀色の流し台、鮮やかないぐさの畳。小さな家だがきれいに片付いている。――だが、先ほど同様、なにか違和感があった。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「いや、きれいに片付いているとおもってな」(――いや、これはきれいにしているとかそういうレベルじゃない。使っていないんだ、ここは)
「へへ、すごいでしょう? いつも僕が掃除してるんだ」
きれいすぎる部屋、ホルンのあまりにも幼すぎる言動、この二つから考えられる答えは一つ。――以龍はホルンにその疑問をぶつけた。
「――何故、子供のふりをしてこの家に俺たちを誘い込んだ?」 剣を抜き、刃をホルンに突きつける。
「え?」
だが、誰も以龍の行動の意味がわからないようだ。
「ちょっと、兄ちゃん何やってんの?」
以龍はラビッシュの質問を無視して話を進める。
「おかしいとは思わないか? この家も、こいつの言動も」
「おかしい?」
「こいつの言葉は一人暮らしを余儀なくされた子供の言動じゃない。――それにこの家、きれいにしてるんじゃない、使われていないんだ。……ここは新築の家のようだ、まるで生活感がない」
「……やはり、感づかれましたか」 ホルンの口調が変わる。
「! ――構えてっ」 イリアは咄嗟に背中の十字杖を身構えた。
それに続いてラビッシュとサレントも身構える。――が、以龍に剣を突きつけられたホルンは不敵な笑みを浮かべる。
「……この少年に剣を向けたところで、無駄なことです」
「だまれっ」 剣先をホルンの喉元に接触させる。
「なら、黙りましょう」
突然、ホルンが崩れるようにその場に倒れこんだ。
「なっ!?」
そのままホルンはぴくりとも動かない。
「な、渚さん?」
「兄ちゃん、まさか斬ったの?」
「いや、俺は何も――」
「……この少年に剣を向けたところで? ――! 以龍さん、その子は操られていただけですっ」
「ご名答、私は最初からそこにはいませんよ?」 周囲に男の声が響きわたる。声こそ違えど、その口調は先ほどのホルンのものと同じだった。
「――貴様、何者だ?」
「おやおや。まだ対面もしておられないというのに、気の早い事で。――私は『グローニ』と申す者です、以後お見知りおきを」
「姿を見せないくせに、何が『お見知りおき』だ!」
「これはこれは。たしかに失礼でしたね? では表へどうぞ」
表に出ようと、入り口の引き戸に手を伸ばす。
「待ってください」
「姉ちゃん?」
イリアは倒れたホルンに回復魔法をかける。――反応がない。
「……そういえば、私の能力についての説明がありませんでしたね?」
「……なにが言いたいの?」
「いえ。そこのお嬢さんが無駄なことをされないうちに、お耳に入れておいたほうがよろしいかと思いましてね? ――私が操る対象は『死体』のみですよ?」
「!」 イリアの表情が怒りの表情に変わる。
イリアはホルンの亡骸を畳の上に寝かし、イリアが立ち上がる。
以龍はイリアの心情を察し、無言で引き戸を開けた。――四人は家の外へ出る。
そこには一人の男が立っていた。
「初めまして。私が、グローニです」




