光のディライト
――巨大蟷螂の鎌が以龍の首を狙う。以龍は竜封剣の刃をたて、その鎌を受け止める。
鈍い金属音を立て、以龍の身体が弾き飛ばされる。鎌の強度と竜封剣の強度、それに加えフォレスティンと以龍それぞれの体格がぶつかり合った結果だ。
以龍は空中で体勢を立て直し、木々への直撃は回避する。そのまま木を蹴り、その反動を利用してフォレスティンを側面から斬りつける。
竜封剣は蟷螂の皮膚を傷つける事は出来なかった。鎌と竜封剣がぶつかった時と同じに金属音を響かせ弾かれる。
「――駄目か」 以龍は攻撃後すぐにフォレスティンから距離をとる。
……反撃がくるものと思っていたが、フォレスティンは以龍を無視し歩みを進める。
「! ……とるに足らないってことかよ? ――ふざけんなっ」
通り過ぎようとするフォレスティンを、以龍は背後から斬りかかった。――その剣はまた硬い皮膚に弾かれると思っていたのだが、以龍の身体に異変が起こっていた。
蒼白き光に包まれる以龍。そして、以龍の手から発せられる光が竜封剣の刃を包み込む。
フォレスティンの背にある羽らしき部分の左半分が宙に舞った。
「これは……ディライト? これが、俺のディライト能力なのか? ……使える、奴を斬れるようになったのなら――」
……だが、相手もここまでされては黙っていなかった。
奴がいつ振り返ったのかはわからなかった。わかっているのは、気づいた今この瞬間、奴の鎌が以龍の頬を斬りつけていたということだった。
二撃目が来る。振り下ろされる左鎌を以龍の竜封剣が斬り飛ばす。鎌の先端部分が回転しながら宙に舞った。
――が、その直後、以龍が右肩を押さえながら膝をついていた。
いつ斬られたのかはわからない。だが、奴の振り上げた右鎌が以龍を斬りつけた形跡を残していた。
(――また、攻撃が見えなかった。……しかし、またこの肩か。ちぃ、二度はごめんだぜ?)
以龍は具現化魔法カードを取り出し、それを肩に貼り付けた。イメージするは絆創膏といったところか、イリアから受け取った回復の具現化魔法カードが瞬時に右肩の出血を抑える。
以龍はフォレスティンから距離をとる。……そして、何を思ったか剣の刃をフォレスティンに向け、静かに目を閉じた。
(見えるから惑わされる。どうせ最初の一撃しか見えないんだ。だったら、奴の気配だけに集中しろ)
暗闇の中、以龍の脳裏に襲い掛かる二つの鎌のイメージが浮かび上がる。
「! 見えたっ」
光の竜封剣が∞の形の残像を残す。フォレスティンの二つの鎌が地面へと落ち、以龍は跳躍し、無防備となった頭部へと剣を振り下ろした。
以龍の光の剣がフォレスティンの頭部を切り裂いた。頭部を損傷した巨大蟷螂は、足元の木の葉を散らしながらその場に倒れた。
「……ふぅ。この能力に目覚めなければ、負けていた。でも、なんだこの力は? あれだけ硬かった蟷螂の皮膚をほとんど抵抗なしに切り裂くなんて」 身体の力を抜くと、以龍を纏っていた蒼白い光が消えていく。
倒れた巨大蟷螂を背に、この場を離れようとした時だった。周囲の木々がざわつき、四方八方から次々と蟷螂たちがこちらに飛来してくる。
「な、なんだこいつら?」
剣を構えた時、この蟷螂たちの狙いがはっきりとした。蟷螂たちは以龍に目もくれず、倒れた巨大蟷螂に向かって飛んでいく。
「! ――狙いは、デカブツの死骸か」
以龍の両サイドを通り過ぎようとした二匹を竜封剣が切り裂いた。そしてそのまま、巨大蟷螂の死骸の前に位置を取る。
近づいてくる蟷螂を確実に次から次に切断していく。だが、いつまでたっても蟷螂が減る気配がなかった。
「まずい、このままじゃ――」
新たに飛来してくる蟷螂を斬りかかりにいった時だった。その蟷螂は以龍の目の前で旋回する。
「くっ」 以龍はその蟷螂を一歩踏み込んで斬りに行く。
――以龍が、巨大蟷螂の死骸から離れた。
以龍とは正反対の位置の森の影から蟷螂が二匹飛来する。
「! しまった」
いまの以龍の位置からでは現れた二匹を攻撃することが出来ない。――蟷螂が、巨大蟷螂を取り込もうと死骸に接触する。
――銃声が森に轟いた。銃声と同時に、死骸に接触していた蟷螂二匹が死骸から弾き飛ばされる。そして、弾き飛ばされた先に、蒼き光に包まれたサレントが瞬間移動で姿をあらわす。鞭剣が二匹を瞬殺する。
「サレント? ――じゃあ、いまのはラビか?」
森の影からラビッシュが姿をあらわす。
「兄ちゃん。雑魚はおいら達が引き受けるから、今のうちにその死骸を処分して」
「処分って、こんなデカブツをどうやって?」
死骸にはすでにイリアがついていた。
「――渚さん、こちらは私に任せてください」
「嬢ちゃん、完了処理をかけろ。そうすれば死骸は消える。そんだけの大物だ、燃やすよりそっちの方が早い」 リグレットも姿をあらわした。
「あんたまで? なんでみんながここに?」
「やたらと街道側の数が少なかったんでな、気になって来てみればほとんどがこっちに来てやがる。――当然だ、そんなデカブツの死骸があれば嫌でも集まる」
そういって死骸に目を向ける。――頭部の刀傷、あれがとどめになったのだとすぐにわかった。
「……しかし、あれをあのあんちゃんがやったってのか? とてもノーマルが出来る業じゃねぇぞ? いや、へたすりゃハイクラスにだって――」
リグレットの頭の中をいろいろと考えがめぐる。だが、いまはそんなことを考えている暇はなかった。蟷螂は数を増し、四方八方から死骸を狙う。――イリアが刻印を操作して終了処理を始めているが、まだ少し時間がかかりそうだ。
「てめぇら、一人一方向担当だ。絶対に後ろに通すなよ? ――あんちゃん、あんたも構えろ。死骸が消えれば、こいつらは散るはずだ」
「ああ。ラビ、サレント。これを乗り切れば終わりだ。油断するなよ?」
「わかってます」
「ようやく終わりが見えてきた。了解、兄ちゃん。連発してやんよ」 具現化魔法の束をアームガンに入れ、銃口を蟷螂たちに向けた。
森は、静寂を取り戻していた。緊迫した静寂ではなく、風のそよぐ、心地よい静寂を。
以龍たちは道なき道から森の街道に出てきた。
「悪いな、助かった。正直あんちゃんたちが通りかからなければやばかったかもしれん。――しかし、あんちゃん何者だ? あのデカブツフォレスティン、とてもノーマル一人で倒せる相手じゃねぇぞ?」
「ああ。ディライトしなければやられてた」
「ディライト? なんで兄ちゃんがディライトできるんだよ?」
「奴との戦いで自然に出来た」
「ははははは、そういうことか。あんちゃん、戦いの中でディライトに目覚めたんか」
「ま、それでもギリギリだったけどな」
「で、これからどうするんだ? なんなら、一度クルスに来るか?」
「そうだな……、サレント、地図を」
「あ、はい」 刻印を操作し、地図を映し出す。
地図を確認すると、どうやら引き返すより森を抜ける方が早いみたいだった。
「どうします、渚さん? クルスの方に引き返すにも、グランを目指すにも日暮れまでに到着するのは難しいですよ?」
「ま、森はしばらくは静かになってるはずだから、抜けるなら今のうちかもな」
「よし、森を抜けよう」
「そうか。じゃあ、ここでお別れだな。――グランについたら、まず賞金を清算してみてくれ。森の牙は緊急クエストだから、報告なしで賞金が出るはずだ」
「え、何? 報酬があるの?」
「ま、五人での折半だから、過度には期待するなよ?」
「それでも渡りに船だよ、これで急いで仕事を探す必要はなくなる」
「森を抜けてしばらく進めばグランに着ける。残念だが、ギルドの開いている時間に着くのは難しいかもしれんが、ま、今日中にはいけるだろう。――俺はクルスに戻るぜ? 世話になったな、縁があればまた会おうぜ」
リグレットがゆっくりと街道をクルス方面に歩き始めた。――以龍たちはその背中を見送ることなく、街道を反対に歩み始めた。




