森の牙
森を進んでしばらくの時間が経過した。森は不気味に静まり返っている。四人はその雰囲気に飲み込まれてか、走りをやめ、周囲を警戒しながらゆっくりと歩いて進むようになっていた。
「兄ちゃん、この森、なにか変だよ?」
「――ああ、わかってる。あまりにも静かすぎる」
「どういうこと? ここまでテットの気配がしないなんて」
この森に四人だけ取り残された、そんな錯覚におちいりそうなくらい森は静寂だった。
「と、とにかく早く抜けましょう。……嫌な予感がします」
「ちょっ、姉ちゃんの嫌な予感はシャレになんないんだよ? ドラゴンバクの時だって――」
突然森の影から物音が聞こえてきた。何者か――いや、何者たちが草木を分けて近づいてくる、そんな音だった。
「な、なんだ?」 物音に反応してラビッシュが声を上げる。
「なにか来るぞ、構えろっ」
しかし、以龍たちが身構えるより早く、その者たちは姿を現した。――人間の子供サイズの大蟷螂。そんな感じの外見のテットだった。それが四匹もいる。
そのテットの躊躇はなかった。その鎌の狙いは首。確実に以龍たちを殺しにいっていた。
「てめぇら、伏せてろっ」 森の奥から男の声。
その声に、以龍たちは考える暇なく従っていた。――そうしなければ危険だと感じたからだ。
身を伏せた四人の頭上を、蒼白き光に包まれたとてつもなく巨大な斧が横切っていく。
斧は蟷螂たちの胴体をとらえ、次々と切断していく。――が、切断されたのは三匹だけだった。あとの一匹は上空へと逃れていた。
「――やべっ、一匹しっくたか」
と、上に逃れた蟷螂の身体が縦に切断される。斬ったのは以龍だ。斧が通り過ぎた後、立ち上がり剣を抜き斬りかかる。以龍は一瞬でその動作をこなしていたのだ。
「ひゅぅ、やるねぇ」 男が森の影から姿を現す。
あんな斧振り回すくらいだ、どんな大男が出てくるかと思っていたのだが、無精ひげが印象的なその男は思っていたよりスリムな体型をしていた。――気になるのは、手に持つ斧だ。背丈ほどの大きさはあるものの、さっきのとは比べ物にならないくらい小さいようなのだが……。
「おっちゃんがさっきの斧を振った人?」
「お、おっちゃん? 失礼なっ、俺りゃまだ三十路前だっ」
「……いや、別に歳は関係ないよ。外見おっさんなんだし」
「ひでぇな、おい。――俺の名は『リグレット・フォンス』。リグって呼んでくれればいい」
リグレットの名乗りに対し、以龍たちはそれぞれ名を名乗った。ラビッシュの名乗りが、ちょいとリグレットとかぶっていたのだが、まあそれはいいとしましょう。
「――俺はクルスギルドの依頼で森の……、まあ、調査依頼のようなのを受けてここにいる」
「……『森の牙』、ですね?」 サレントがそう口にする。
「! ……なんだ、ばれてるのか」
「? ラビ、森の牙ってなんだ?」
「いや、おいらも初めて聞いた言葉だよ」
「まぁ、森の牙はハイクラスクエストだからな、ノーマルには聞きなれない言葉さ」
「じゃあなんでサレントは知ってんだよ?」
「……私はハイクラスですから」
「……意外だな? てっきり、そこのあんちゃんがハイクラスだと思っていたんだが――」
「でも、森の牙っていったい……」
「森の牙ってのは――」
再び森がざわめき始める。
「――っと、また『フォレスティン』が発生したか」 音の方向に斧を身構える。
――が、次の瞬間、先ほどの蟷螂テットが群れをなして姿を現した。――その数、20。
「いっ!? ――てめえら、走れ。逃げるぞ」 リグレットは蟷螂を背に走り出す。
「逃げるって、ちょっと――」 やむをえず、ラビッシュもリグレットを追って走り出す。
それに続くように、サレント、イリア、以龍も走り出していた。
「いったいあの蟷螂はなんなんだ?」
「あーもう。あんなテット、わざわざ逃げなくても――」 足を止め、振り返る。
ラビッシュがアームガンを生成し、狙いを蟷螂の群れに合わせる。
「! ――ラビッシュ、駄目っ」
ラビッシュの火炎弾が蟷螂の一匹に命中し、燃えながら地面に落下した。
「よっしゃ、まずは一匹」
すると蟷螂の群れはいっせいに絶命した蟷螂に群がっていく。
「小僧っ、やつらを死骸に近づかせるなっ」
「なにやってるの、ラビッシュ。フォレスティンは仲間の死骸を吸収して強くなるテットなのよ? 一匹一匹相手にしたら、どんどん強くなるじゃない? それに、森の牙では――」
「……もうおせぇわ、囲まれてる」
気がつくと、四方蟷螂の群れだらけ。前方の道にはもちろん、森の中からも気配を感じ取れる。
「なんなんだ、これは?」
「森の牙はフォレスティンが無尽蔵に発生するテットトラブルなんです」
「しかも、じきに同士討ちをはじめてどんどん強くなりやがる。こいつらとやりあうには広い場所で敵を一掃する技を使うのが一番効果的だったんだが、もうここでやりあうしかねぇようだな?」
後方から迫っていた蟷螂の数匹の身体が少し大きくなっている。
「しゃーねぇな。後ろの群れは俺が引き受ける。あとはてめぇらに任せたぞ」
そういってリグレットは斧を手に後方の蟷螂の群れに突っ込んでいく。
「――Delight」 走りながらのディライト。ディライトの光に包まれると、斧が巨大化する。どうやらこれがリグレットのディライト能力のようだ。
渾身の力を込め、巨大斧を振りかざす。――一振りで3、4匹が切断され、さらにその振り返しで同数が散っていく。しかも、死骸に残りを近づけまいと攻撃の手を休めない。……これが、森の牙の戦い方なのだろうか?
「俺たちもやるぞ? 数の多い街道はイリアとラビの二人がかりで頼む。俺とサレントは森の中の奴を一掃するぞ」
「テットを死骸に近づけないよう気をつけて。死骸を出したら、なるべく死骸付近を集中するようにして」
「……それは痛いほど理解したよ」
「ラビくん、交代しながら魔法を放つよ?」
「? どういうこと?」
「まず私が一人で戦うから、その間に大きな魔法を練って。ラビくんが魔法を放ったら、私が魔法を練るからしばらくお願いね」
イリアが背中から杖を取り身構えた。――狙いを定めて雷撃を撃つ。これが開始の合図となった。
以龍とサレントはそれぞれに散り左右の木々へと飛び込んだ。ラビッシュはイリアに言われたとおり火炎魔法を練り始める。
「――姉ちゃん、交代だ」 巨大な火球が放たれると同時にイリアが下がりラビッシュが前に出る。
火球が蟷螂の群れに直撃し炎上する。――蟷螂の死骸が増え、ラビッシュは具現化魔法をアームガンにセットし、死骸に生き残りを近づけないように蟷螂を撃っていく。……そして、今度はイリアが雷撃魔法を練り始める。
――森の奥に入ると、不気味な静寂がさらに強くなっていた。
「? どういうことだ? たしかにこっちの方からも蟷螂の気配を感じていたのに……」
こんなことがあるのだろうか? 街道からは感じ取れていた気配が、道なき道に一歩踏み入れただけで消えてしまうなんて。
以龍の脳裏に、ドラゴンバクの出現前と同じ緊迫した雰囲気が浮かびあがる。
「……いるのか? 大物が」 無意識に竜封剣を抜いて身構えていた。
森の奥で蟷螂が一匹飛び散っていくのを確認した。――そして、次の光景を目のあたりにし、この静寂と張り詰めた空気の意味を理解した。
飛び散った蟷螂の死骸が、森の奥の暗闇に吸い込まれていく。
「……同士討ちによる、自身増強行為かよ」
暗闇から、蟷螂テットが姿を現す。その大きさは、以龍を遥かに凌駕していた。三メートルクラスの大蟷螂だ。
「……マジかよ」
交互の魔法作戦が功を奏したのかどうかはわからないが、イリアとラビッシュの担当していた蟷螂の群れは全て死骸と化していた。
「お、終わったぁ」
「……」 イリアは森の奥――以龍が入っていった方を気にしていた。
「どったの?」
「……渚さんとサレントちゃん、遅くありませんか?」
「遅いって……」
「……私、援護に行きます」
「ま、待って。じゃあ、おいらも――」
この場を離れようと動き出そうとしたとき、突然リグレットが大声を上げた。
「――てめえら、何やってやがるっ」
「え?」
「何って、こっちが終わったから、兄ちゃんたちを援護に――」
「馬鹿野郎っ、はやく死骸を焼き払えっ」
森の影から一匹の蟷螂が高速で飛来してくる。
「!」 とっさに杖を向け、杖先に雷撃を溜め込む。
だが、それを放つことは出来なかった。――蟷螂に続いて、それを追う人影が現れる。サレントだ。鞭剣が伸び、蟷螂へと斬りかかる。――が、蟷螂はさらに速度を上げその攻撃を回避する。
「なんだ、あのフォレスティンは?」
高速蟷螂は一目散にラビッシュたちの倒した蟷螂の死骸の元へ。
「! ラビくん、死骸を燃やしてっ。――早くっ」
「わ、わかった」 ラビッシュはアームガンを構える。
が、高速蟷螂はすでに死骸のそばにいる。今、炎を放ったとしても間に合わない。
「――Delight」
蒼白き光に包まれたサレントが、瞬間移動能力にて高速蟷螂の目の前に姿を現す。
鞭剣を振り回し、足元の死骸を蹴散らす。そしてそのまま鞭剣を振り上げ、高速蟷螂に斬りかかる。
さすがに高速蟷螂への攻撃は回避されてしまったが、死骸を取り込む隙を与えないことには成功していた。
高速蟷螂はたまらず上空へと逃れる。――それが油断だった。瞬間移動能力でサレントは高速蟷螂のさらに頭上の位置にいた。
落下しながら鞭剣を振り下ろす。高速蟷螂は空中で縦に切断され、地面へと落下していった。
「……ラビくん、炎の具現化魔法を何枚かお願いできる? 今のうちに手分けして片付けましょう」
「……だね」 ラビッシュはイリアに具現化魔法を十枚ほど手渡した。




