クルスの森
「――そうですか。サレントちゃん、一緒に来てくれるんですね」
「あなたに勝手で話が進んでしまって申し訳ありません」
「ううん、私は大歓迎だよ。やっぱり旅の仲間は多いほうが楽しいですから」
「……俺たちはこれからクルスという街に向かうつもりだ」
「前に拠点にしてたギルテが依頼受付を自粛しちゃったからね。ま、早い話が仕事探しってとこかな?」
「? どうしてクルスなんですか? 仕事を探してギルテから移動するのなら、ガルラの方がなにかと都合がいいのでは?」
「そうらしいな。だが、そのガルラってとこには行きたくないんだとよ」
「行きたくない?」
「……悪いけど、その話は勘弁してくれない? おいらもちょっと訳ありってことでさ」
「ま、そういうことだ」
「ガルラじゃなければならないって理由もありませんしね」
「しかし、クルス、ですか……」
「? クルスがどうかしたのか?」
「いえ。――これを見てもらえます?」 そういってサレントが刻印を操作し、地図を映し出した。
そこに映し出されたのは、アルファベットの「L」のような形をした島の地図だった。
「なんだ、この島は?」
「……兄ちゃん、その質問はないでしょ?」 なぜか呆れかえるラビッシュ。
「渚さん、これはいま私たちのいる『ガルラ列島』の本土の地図ですよ」
「! 俺たち、こんな小さな島にいたのか?」
「小さなって……、そりゃ『アルテシア大陸』とかと比べりゃ桁違いに小さいけどさ、兄ちゃんが思うほど小さくないと思うよ?」
「よろしいですか? ――いま、私たちがいるギルテの港はこの辺りになります」
地図の中心付近――L字の直角部分の辺りを指差し、その部分を拡大表示させる。
南側には山、東側が内海となっており、その北西には森が広がっている。
「森に沿って北に向かえばクルスに行けますが、このままクルスに行くより、森を突っ切ってグランまで行くほうがいいと思うんですが?」 地図映像を指でスライドさせ、森を北西に抜けた先の地図を表示する。
「グラン?」
「北にある商業都市だよ。東のガルラ、北のグランって言われるくらい大きな街なんだ」
「そんな街があるのか……。でも、リネクはなにも言ってなかったぞ?」
「あのねぇ、兄ちゃん。リネクの兄ちゃんが言ってたのは、ギルテから半日でいける範囲での話でしょ? グランまで行くと、森に入るころには日が暮れているよ」
「いま、状況が変わって出てきた選択肢なんです。……でも、たしかにグランに行った方が仕事は多いですね」
「ただ、一つ問題が……」
「問題?」
「森のテットです。森のテットはやっかいなテットも多く、さらにはバウンティクラスのテットに遭遇することもあります。その中には、今の私たちではかなわないテットも存在します」
「けど、そんなのと遭遇するのはものすごく低い確率だよ? おいらたち、あのドラゴンバクに遭遇してるんだ、もうそんな化け物に遭遇する事なんてないよ」
「……そうだな。イリアとラビの意見も聞きたい。お前たちはどうしたい?」
「おいらはガルラ以外ならどこでもいいよ?」
「そうですね……、渚さんはこれからの予定とか目標とかはあるのですか? もし、特に決めていないのなら――」
「決めていないなら?」
「アルテシアに渡りませんか?」 予想外の提案だった。アルテシア――つまりイリアは大陸に渡らないかと言ってきたのである。
「ちょっと待って? 姉ちゃんやサレントは大陸からガルラに渡ってきたんじゃないの?」
「大陸って一言で言っても、まだ言っていない場所がたくさんありますよ?」
「あなた、さっきこの島と大陸は桁違いの大きさって言ってたけど、多分、あなたが想像している広さは地図上での話でしょ? 実際はそんなものではないですよ?」
「な、なんだよ? そりゃおいら大陸には渡った事ないから地図でしか知らないけどさぁ……」
「大陸ねぇ。……行ってみるか?」
「じゃ、このままアルテシア行きに乗るの?」
「それは……、今すぐとなるとちょっと厳しいです」
「! あっ、そうか。そうだったよ」
「厳しい? なんで」
「忘れたの、兄ちゃん。おいらたち、ドラゴンバクのせいでお金がないんだよ?」
「残っていたお金も、渚さんの治療で使ってしまいましたし……」
「……私が出しましょうか? 私もそんなに余裕があるわけではないので、船室を取るまでには行きませんが、渡るだけなら四人分はなんとか――」
「いや、それはやめておく」
「え? ……でも――」
「すでにイリアに迷惑をかけて、さらにラビにも迷惑をかけているんだ。サレント、君にまで迷惑をかけたら俺の立場がない」
「そうですね。私もサレントちゃんに迷惑かけてまで行きたくありませんから。――じゃあ、クルスかグランということで」
「だったらグランだね。大きい街なら仕事が多いから、船代くらいすぐ稼げる。それに、港も近いしね」
「そうするか。――サレント、グランを目指すのならどう行けばいい?」
「……あ、はい」 考え事でもしていたのだろうか? サレントの反応が少し遅かった。
「この港を北に出て、途中――この地点から森に入ります。森の中を街道沿いに歩いていけば、森を抜けた先がグランです」 地図映像を指でなぞって、詳細を説明する。
「よし。じゃあ、出発するか」
以龍とイリアが先に部屋を出る。――二人が部屋を出ると、ラビッシュがサレントに話しかけてきた。
「……不思議な兄ちゃんたちだろ?」
「え?」
「お前が兄ちゃんに道を聞かれたときの反応が気になってな。――多分、おまえが船代を持つって話を蹴られるとは思ってもいなかったんだろ?」
「……迷惑をかけたのは私の方なのに、それでも私には迷惑をかけたくないだなんて」
「兄ちゃんは甘いんだよ、他人に。しかも、自分が犠牲になることには何の躊躇もない」
「本当に不思議な人。以龍さんもイリアさんも」
「……なぁ、知ってるか? おいらも姉ちゃんも兄ちゃんに出会ってからまだ数日しか経っていないんだぜ?」
「え?」
「……それでも、おいらが兄ちゃんのために命を捨てる覚悟があるって言ったら信じるかい?」 そういうラビッシュの目は、真剣だった。
「おーい、はやくしろ」 以龍の呼ぶ声が聞こえてくる。
以龍の呼びかけでラビッシュの表情が戻る。
「あ、今行くよ。――行くぞ、サレント」
「ちょっと、今の質問は何?」
質問の意味はうやむやのまま、二人は部屋を後にした。
港を出て北に進んでいくと、すぐに森が広がっていた。ギルテ山にも匹敵するガルラ最大の森、「クルスの森」が以龍たちの目の前にある。
街道は森に沿って北へと伸びている。以龍たちは森に沿って北に歩いていく。――しばらくすると、道が二手に分かれている場所にたどり着く。そこには看板が二つ立てられていた。北側の看板は「クルス」、北西の、森の入り口にある看板には「グラン」と書かれている。――ただ、グラン方面の看板には注意書きが記されていた。
『テット襲撃の危険あり。安全を考慮するならば、遠回りにはなりますが、森を避け、クルス経由でグランへ向かう事をお勧めします。――クルスアドベントギルド』
「……ここから森のほうに入れます」
「でも、危険って」
「姉ちゃん、危険ってのは出発前にも話したでしょ?」
「でも、やっぱりこういうのを目にしちゃうと……」
「どうする? 特に急いでグランに行く理由はないからな。クルス経由でも――」
「でも、そうするとグランに着くころは仕事の出来る時間じゃなくなるよ?」
「そうですね。今は宿を取る余裕もありませんし……」
「宿代でしたら――」 と、なにかを言いかけたサレントの口をラビッシュは塞ぐ。
「だから、兄ちゃんたちにそういうことを言うのはまずいって」
「……ここで立ち止まっていても仕方がないな。よし、行くか」
「あ、待ってください」 イリアが具現化魔法を三枚作り出した。
「回復魔法です。森に入る前に戦闘の準備だけはしておきましょう。――ラビくんとサレントちゃんも一応持っておいて」
イリアは回復具現化魔法を三人に手渡した。――以龍が具現化魔法をホルダーにセットしようと腰に目を移した時だった。このとき初めて、以龍はホルダーを失くしたことに気づいた。
「……そういえば、俺のホルダーはどこにいったんだ?」
「ドラゴンバクの騒動でなくなっちゃったみたいだね? ……ま、仕方がないよ。今回は攻撃魔法はなしでいこうよ。――あ、あと、おいらはこれいらないよ?」
「そういえば、ラビくんは回復魔法が使えましたね?」
「未熟だけどね。これは兄ちゃんがもってなよ」 具現化魔法を以龍に手渡す。
「そろそろよろしいですか?」
「ああ、問題ない」 竜封剣がすぐに抜ける状態であることを確認し、服の間に具現化魔法カードを仕込んだ。
「おいらの方もオッケーだよ」
「とりあえず、バウンティに遭遇しても無理して戦うのはやめましょう」
「わかりました」
森の入り口は静まり返っている。まるで、以龍たちが入ってくるのを息を殺して待ち構えるかのように。
――合図はなかった。四人は意を決し、同時に森へと駆け込んで行った。それぞれに、意味知れぬ不安を抱きながら。




