鞭剣の少女
――数時間後。空が茜色に染まるころ、以龍たちはギルテ山を越え、ギルテの港町へとたどり着いた。
夕日に染まった赤い海に、今日の最終便らしき船が港に停泊の準備を始めていた。
「……もうすぐ日が暮れますね? さすがに夜道を歩くのは危険ですし、今日はここに宿を取りませんか?」
「だね。――兄ちゃんもそれでいいよね?」
イリアとラビッシュが前を歩き、以龍は少し後ろをついていくようなかたちで港を歩いている。
旅人だろうか? ラビッシュと同じくらいの年頃の少女がイリアとラビッシュの横を通り過ぎていく。――互いに気にすることなく、ごく自然に人と人がすれ違う当たり前の風景。
――が、少女と以龍がすれ違った直後だった。すれ違いざまに以龍の背中を見た少女の表情が険しくなっていく。……そして――
イリアとラビッシュのすぐ後方で、突如金属がぶつかり合う音が響いた。
「え?」
「な、なに?」
以龍の背中を剣を見るなり、突然以龍を斬りに行った少女と、突然の殺気に反応して思わず剣を抜いた以龍。その二人の剣が激しくぶつかり合った音だった。
「――っ、なんだいきなり」
少女は無言で再度斬りかかってくる。
振り下ろす少女の剣を以龍の竜封剣が空に弾き飛ばす。――これは武器の差か、それとも剣の腕の差か。無防備になった少女に竜封剣を突きつける。
「なぜいきなり俺を襲った?」
イリアとラビッシュが少女の後方に立つ。二人とも武器は構えてはいないものの、いつでも魔法が放てる体勢でいる。
「――その剣を渡しなさい」 鋭い眼光で以龍を睨みつける。
「! てめぇ、兄ちゃんの剣を奪おうとしてやがったのか!?」
「待って、ラビくん。この子にも、なにか事情が――」
「――Delight」 剣を突きつけられた状態のまま、少女が蒼白きディライトの光に包まれる。
「イリア、ラビ、離れろっ」
イリアとラビッシュが身動きをとるより、少女のディライトの発動が早かった。
少女の身体がこの場所から消える。
「! ――消え、た?」
「姿を消すディライト能力か?」
(――いや、違う。これは……)
以龍が突然後方へと飛びのいた。その直後、少女が姿を現し、先ほどの瞬間まで以龍のいた場所を斬りつける。
「いつの間に剣を?」
どうやら剣を回収し、以龍に斬りかかってきたようだ。――わずか一瞬の間に。
少女が剣の取っ手にある小さなレバーを親指で弾いて倒す。――すると、少女の剣の刃が何段にもわかれ、鞭のような剣に変わる。
再度、少女の姿が消える。――次の瞬間、少女の姿は以龍の目前に現れる。
少女の鞭剣が以龍を襲う。鞭剣に姿を変えたことにより、その剣の速度は常人にとらえることは出来ないほどになっていた。
「――ちぃ」 以龍もとっさに剣を振るうが、防御には間に合わない。だから以龍は思考を切り替え、少女に対して剣を振り上げた。――回避行動を取らせて攻撃を甘くさせるのが狙いだ。
「……なんであいつが、リネク兄ちゃんと同じディライトを?」
「え!?」 少女が突然動きを止める。
「なっ――」
鞭剣は慣性で止まらない。だが、狙いの定まらなくなった刃をかわすのはたやすいことだった。――問題は、振り上げた以龍の剣だ。突然無防備になった少女をこのまま斬りつければ、少女はただでは済まないだろう。
「――くっ」 攻撃を止めることは出来ない。――以龍は竜封剣を反転させる。
鞭剣が以龍の額をかすめると同時に、竜封剣の峰が少女のわき腹を直撃する。
「がっ――」 衝撃で少女の胃液が逆流し、口から吐き出される。
剣は止まらない。そのまま少女の身体は宙へと打ち上げられる。
少女は不自然な形で地面に激突する。――そしてそのまま動かなくなった。
「! ――まずいっ。イリアっ」
「はい」 急いでイリアが少女に駆け寄っていく。
「だめだよ、兄ちゃん。早く逃げないと――」
「ラビ、お前何を言ってる?」
「――こういうアドベント同士のいざこざは、理由を問わず相手を倒した方が責を問われるんだ。たとえ、今みたいにこちらに非がなくてもね。だから、港の警備兵がくるまえに逃げないと」
「だからって、このまま放っていけるか?」
が、次第に辺りがざわつきはじめている。このままでは、港の警備兵に通報されるのも時間の問題だろう。
「――ちぃ」 以龍は少女の元に駆け寄った。
そして、倒れている少女を抱きかかえる。
「とりあえず、ここを離れるぞ?」
「ちょ、兄ちゃん、まさか、そいつを連れて行く気なの?」
「俺のせいてこうなったんだ、知らん顔ができるかっ」
「悪いのはそいつだよ? 放っておいても仕方ないよ」
「でも、そんなに悪い娘には見えませんよ? きっと、何か事情が――」
「事情は後で聞く。いまはここからずらかるぞっ。――イリア、この娘の剣を頼む」
「あ、はい」 イリアは転がった剣を回収する。
三人は警備兵が来る前にこの場を離れることにした。とりあえず、建物の影に走っていく。
「――イリア、こういった怪我の治療を頼む場合はどこに行けばいい?」
「こういう場合はギルドで見てもらるんですが……」
「ギルドだな?」
「待って兄ちゃん。ここは港町だからギルドはないんだよ」
「な――、じゃあ、どうすればいい?」
「渚さん、とりあえず宿に運んでください。私が治療しますから」
「――わかった」
こうして以龍たちは謎の少女を連れて宿に入っていった。
「……ここ、は?」 少女が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
「気がついたか?」
少女の視界に以龍とラビッシュが映りこむ。
「あなたたち、なんで……」
「おいらは放っておいた方がいいって言ったんだけどね? ……兄ちゃんも姉ちゃんも甘いからね。おまえを抱えて宿まで来たんだよ」
「それに、聞きたい事もあるしな」
「――おっと、姉ちゃんを起こすような真似はするなよ? 姉ちゃんはお前の治療で疲れ果てて眠ってるんだ」
イリアは四つあるベッドのひとつですでに就寝していた。
「私の、治療?」
「……お前は兄ちゃんの剣を受けて地面に叩きつけられたんだ。本当は搬送ものだったんだぞ? それを姉ちゃんが魔法力をほとんど使って治してくれたんだ」
「なんで、そこまで……」
「だから言ってるだろ? 兄ちゃんと姉ちゃんは甘すぎるんだって」
「――俺の名は『以龍 渚』。そこの彼女は『イリア』と言う名だ。あんたは?」
「おいら無視かいっ?」
「わりぃわりぃ。こいつは『ラビッシュ』だ」
「ま、気軽に『ラビ』って呼んでくれていいよ?」
「遠慮させてもらうわ」
「……兄ちゃぁん」 はっきりと拒否され、すがるように以龍を見つめる。
「泣きそうな目で俺を見るな」
「……『サレント』」
「え?」
「『サレント・フィナル』、それが私の名です」
「そっか。お前、サレントって言うのか。サレント・フィナルか。……ん? フィナル?」
「どうした、ラビ?」
「兄ちゃん。フィナルってたしか、リネクの兄ちゃんもフィナルって名前じゃなかったっけ?」
「なんであなたの口からその人の名が出てくるのですか?」
「なんでもなにも、リネクの兄ちゃんとは今日の昼間に別れたばかりなんだよ」
「それはどこで? 今、あの人はどこに?」 ラビッシュの襟をつかみ、声を荒げて問い詰める。
「待て待て。そんなに首を絞めるとラビがまいっちまう。とりあえず落ち着け」
以龍の声で冷静になり、ラビッシュを開放する。
「――ぷはぁ。なんだよ、急に?」
「す、すいません」
「リネクとはギルテで別れた。――悪いが足取りは知らない」
「そうですか……」
「今度はこっちが聞く番だよ。なんで兄ちゃんを襲った?」
「! ――そうです、竜封剣。どうしてあなたが竜封剣を?」
「こいつか? こいつは借り物だ。武器を失くして困っていたら貸してくれた」
「借りた? そんなわけあるはずないでしょう?」
「なに勝手なことを言ってる? その剣はリネクの兄ちゃんが兄ちゃんに無期限で貸してくれたんだ。だから、いまは兄ちゃんの剣なんだよ」
「信じられない。あの人が、竜封剣を人に渡すなんて……」
「……サレント。キミはリネクとどういう関係だ?」
「兄ちゃん、名前から想像できるでしょ? こいつはリネク兄ちゃんの妹なんじゃない?」
「……違います」
「あり?」 予想を外したラビッシュが呆け顔となる。
「リネク・フィナルは……私の父親です」




