新たなるギルドへ
翌日。――日が昇ってからずいぶんと時間の経った正午前、以龍たちはギルド二階の病室を後にする。
「渚さん、肩のほうは大丈夫ですか?」
「ああ。まだ違和感はあるが、動かすには問題ない」 右肩の根元を押さえながらではあるが、軽く腕を回してみせる。
「その程度の後遺症で済んでるならいい方だよ? 兄ちゃん、完全に肩をえぐられてたんだから」
三人は階段を降り、一階のギルドにやってくる。
昼前というまだ人が多いはずの時間なのに、なぜか今日のギルドは人が少ない。
「――来たな」
ギルドの一角のソファーに腰をかけていたリネクが立ち上がり、以龍たちに近づいてきた。
「いつから待ってたんだ?」
「安心しろ、それほどは待っていない。昼前には部屋を出なくちゃいけないはずだったからな、そろそろ来ると思ってた」
「そうか。なら気兼ねなく言える」
「昨日の返答か?」
「ああ。――俺はあんたたちの元へはいけない」
以龍ははっきりとそう告げた。そらすことなく、まっすぐにリネクの瞳を見つめながら。
「……そうか」 その反応はまるでこの答えが返ってくるとわかっていたような反応だった。
「……もしかして、この答えは想定してたの?」
「想定していたのは俺じゃなくシフラスの方だがな。――お前たち、これからどうするつもりだ?」
「どうすると言われましても、ギルド依頼次第としか言いようがないのですが?」
「! ――そうか、まだ張り出しは見ていないのか」
「張り出し? ――そういえば、なんか人が少ないね?」
受付の横に大きなボードが立てかけてある。入り口の近くにも同じものがあるということは、ほとんどのアドベントが入り口で引き返すような事態となっているのだろう。
受付に近づき、内容を確認する。
[ギルテ山にてドラゴンバクが発生したため、当分の間ノーマルの方のギルド依頼受付を自粛いたします]
「これって……」 イリアが張り出しを読んで声を上げる。
「全滅しかけたお前らなら、理由は言わずもわかるだろ?」
「……逃げる事もままならなかったからね」
「つまり、ここではもう仕事がもらえないってことか?」
「まあ、そういうことだわな。――仕事が欲しければ、他のギルドのある街にいくしかないな。ここの近くだと、ガルラかクルスだな」
「!」 ガルラかクルスという言葉でラビッシュが固まった。
「どっちがいいんだ?」
「それは一概に言えないが、やはりガルラの方が――」
「クルスだよ、クルスの方にしようよ兄ちゃん」 ラビッシュがリネクに割って入る。
「? どうした、ラビ?」
「おいおい。クルスは森関連の仕事が多いぞ? ノーマルでもできない事はないが、仕事の種類を考えるならガルラの方がいい。ガルラは城がある城下町だからな、依頼内容も豊富だ」
「……ガルラはまずいんだよ」 小声での呟き。当然、誰にも聞こえていない。
「どうします? クルスだと山を越えなくちゃなりませんけど?」
「そうなのか? だったら――」
「待って。クルスの近くには港があるよ? ほら、山を越えてすぐのギルテ港が」
「港ならガルラのもあるだろうが? ガルラよりさらに東にあるから、ちょっと遠いかもしれんが、船便は多いぞ?」
「……兄ちゃん、クルスにしようよ?」
「……もしかしてお前、ガルラを避けているのか?」
「そ、そんなんじゃないよ。ただ――」
「ただ?」
「……いいよ。別にあてがあるわけでもないし、ラビが行きたくないっていうならクルスって街の方にしよう」
「兄ちゃん」
「まあ、お前がいいっていうなら俺は何も言わんさ」
「でも、一応準備はしておきましょう。――山越えには街道がありますから問題はないと思いますが、昨日のテットのこともありますし……」
「? 姉ちゃん、クルスに行ったことがあるの?」
「いえ、クルスという街は知りませんよ? でも、ここに来るのにはギルテ港から山を越えて来ましたから」
「……そうか、そういえば山で会ったとき、ギルテに向かう途中って言ってたな?」
「じゃあ姉ちゃん、ここになんか用があったんじゃないの?」
「いえ、用があったわけではないんです。ただ、港を出て近くのギルドを聞いたらこっちの方が仕事が多いと言われただけなので」
「まぁ、出発するんだったら急いだほうがいい。明るいうちに山は越えたほうがいいからな。――ガルラだったら俺が瞬間移動で送ってやれるんだがなぁ?」
「話を戻さないでよ、リネクの兄ちゃん」
「準備か。――! あっ!?」 以龍はふと、何かに気づく。
「どうかしましたか?」
「……聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「あ、はい」
「もし完了報告をせずに仕事を終えていた場合、報酬はどうなるんだ?」
「報告もせずに終わるなんて、そんな状況はそうそう――! あっ!?」 ラビッシュもその何かに気づいたようだ。
「え? なんですか二人とも?」
「おいらたち、フォルクスの完了報告をしていないっ」
「あっ!?」 イリアも思い出したようだ。
「? なんの話だ?」
「ドラゴンバクに遭遇する前――直前の話だ」
「……ようやくフォルクスを倒したっていうのに、これじゃあ水の泡だよ」
「……やっぱり、報酬は出ないのか」
「それどころか、あのフォルクスはバウンティだったから、倒したって記憶も残らない。これじゃあ、何のために……」
「……ラビくん。そう落ち込まないで」
リネクが話を聞きながら何気にいじっていた自分の腰袋の中から何かを見つける。
「! これは……。――おい、ちょっといいか?」
「? なに、リネクの兄ちゃん?」
「今の以龍はディライトかフォースウェポンを使えるのか?」
「は? 何をいきなり――」
「ディライトもフォースウェポンも、多分使えないと思います。ディライトは昨日、フォースウェポンはおとといに初めて知ったのですから」
「イリア?」
「……よく見ているな、以龍の事」
「え!? え、えーと、そんなんじゃなくて――」
「別にいいよ、姉ちゃんが兄ちゃんに好意があることは隠さなくても。――でも、なんで急に兄ちゃんがディライトかフォースを使えるかなんて聞くの?」
「いやな、出発した後じゃ遅い事なんでな」 腰の布袋から何かを取り出し、それを以龍に投げつける。
以龍はとっさにそれを受け取った。――それは以龍のバスタードソード……だった物だった。刃のない、取っ手だけのバスタードソードである。
「それはお前の物だろ? ――ったく、お前は丸腰で街を出るつもりだったのか?」
「兄ちゃん、その剣、どうしたんだよ?」
「――ドラゴンバクを食い止めている時に折れた」
「じゃあ、出発前に武器屋に寄りましょう」
「……その必要はないさ」 リネクが背中に固定されている剣を外し、鞘に納まった状態で以龍に投げ渡す。
「そいつを無期限で貸してやる。片刃の片手剣ではあるが、おまえならうまく使いこなせるだろう」
以龍は剣を抜き、剣の質、重みなどを確かめる。
「……なんだこの剣は? 片手剣なのに、俺が使っていたバスタードよりも重い」
「そいつの銘は『竜封剣』。――と、言っても、封印の力はもう残ってはいないんだがな。けど、そいつは並みの剣とは比べ物にならないくらいの頑丈に出来ているぜ?」
「こんなものをもらっていいのか?」
「やらねぇよ! ――力を取り戻し、必要がなくなったら返しに来い。それまでは貸しといてやる」
剣を鞘に収め、ベルトで背中に固定する。
「……じゃあ、ここでお別れだ。――と、その前に……、以龍、刻印を貸せ」 そういって以龍の左手を取る。
そして、自分の刻印と以龍の刻印をぶつける。
「? 何の真似だ?」
「なに、俺流のまじないだ。――じゃあ、今度こそお別れだ。お前たちの旅の無事を祈ってるぜ」
リネクがギルドを後にする。その後リネクはディライトを発動し、瞬間移動でこの街を去っていった。
「……」 今、以龍は何を思っているのだろう? リネクの去ったあと、まじないをうけた刻印を見つめていた。
「……もしかして、後悔してます? リネクさんと行かなかった事を」
「……もしリネクと一緒に行ってたら、今度はお前たちと別れたことを後悔するだろうな? ……今は、これでいいんだ。そう、今はな」
以龍の言葉に、イリアはある不安を抱きはじめていた。『記憶を取り戻したら、以龍とは別れることになる』と。……わかってはいたことだ。元々そのつもりで一緒にいたわけなのだから。だが、こうして別れを目の前にすると、気持ちが揺らいでしまう。
「――ああ、もう。こういうしんみりとした雰囲気はやめやめ。……行こうよ、新しい街に」
「そうだな。行くか、クルスへ」




