間章
真夜中。
どこかにそびえる古城、その最上階のテラス。
漆黒のドレスを纏った長い黒髪の女が、夜風に吹かれながら天を仰いでいた。
虹彩と白目の境目すら定かではない、虚洞のような真っ黒な瞳が、星々を静かに映し出している。
「……流星が落ちた」
陶器のように真っ白な肌を、ひときわ毒々しく引き立てる真っ青な口紅。
それに彩られた唇から、冷たい夜気に溶けるような声が漏れた。
彼女は夜空から視線を外し、足早に薄暗い室内へと戻ると、静寂に向かって呼びかけた。
「……誰か」
「はっ」
揺れるカーテンの影が不自然に歪み、そこから全身黒づくめの従者が滲み出るように現れる。
「流星がまた、落ちました。探索に回せる者はいますか」
女は従者に目を向けることもなく、虚空を見つめたまま淡々と尋ねた。
「はっ……おるにはおりますが……」
従者の言葉の歯切れが悪い。
「何か問題がありますか」
「はっ。……少々、素行に問題のある男でして」
「……あぁ。グロブラですか」
「はっ。それ以外の有能な者は、別の流星を追っているか、戦地に出向いております故……」
女は僅かに目を伏せ、考え込んだ。
「……まぁ、良いでしょう。そこまで強い輝きを持つ流星ではありませんでした。グロブラを広間に呼びなさい。話をします」
「はっ」
従者が頭を下げると、その姿は再び影の中へと溶け込み、幻のように消え去った。
女もまた、静かに部屋を出る。
分厚い扉の外に立っていた二名の衛兵が、直立不動のまま、鎧を鳴らして敬礼した。
だが、女はそれには一切目もくれず、薄暗く広大な回廊を滑るように進み、やがて大広間へとたどり着いた。
冷たい石造りの広間の中央。
暗闇の奥に鎮座する玉座の前に、先ほどの黒づくめの従者と、そしてもう一人、漆黒のローブを目深に被った男が跪いていた。
女がゆっくりと玉座に腰を下ろす。
しばしの重い沈黙の後、彼女は口を開いた。
「……グロブラ。流星が落ちました。徴を追って、これを見つけなさい」
跪いたまま、ローブの男が地を這うような声で応える。
「……ははっ」
「……これはお前に与えられる、最後のチャンスです。必ず流星を見つけ出しなさい」
「……ははっ!」
しゃがれた、しかし先ほどよりも明確な野心を孕んだ力強い返事だった。
「……さぁグロブラ。行って、己の価値を証明するのです」
「必ずや、流星を連れ帰りましょう。……星呼び様!」
グロブラは顔を伏せたまま立ち上がり、大仰に深く一礼した。
そして最後まで顔を上げることなく踵を返すと、従者を伴って広間から去っていった。
重い扉が閉ざされ、「星呼び」と呼ばれた女は、薄暗い広間に一人残された。
微動だにせず、彫像のように玉座に座っていた彼女だったが、不意に立ち上がろうとして――。
ガクンッ、と。
まるで糸の切れた操り人形のように、玉座の肘掛けに崩れ落ちた。
「……っ、ぁ……!」
突然、彼女は両手で頭を抱え、美しく結い上げられた黒髪を狂ったように掻きむしり始めた。
「……ああ……あああああ……あああああ!!! ……彼方の星よ!!! 承知しております!!! 承知しております!!!」
固く閉じられた瞼の隙間から。耳から。青い口紅を引いた鼻の奥から。
おびただしい量の赤黒い血が止めどなく溢れ出し、純白の肌と漆黒のドレスを汚していく。
「必ず……必ず!!! 流星を……大いなる流星を、我らの手に……あああ……ああああああ……あああああああ!!!」
血の涙を流しながら悶え苦しむ女の絶叫が、真夜中の広間に、いつまでもこだまし続けていた。




