学園襲撃 七
「作戦を考えた」
「うん」
湖に到着して、セナを下ろした後アーバンは呼吸を浅く繰り返しながらそう告げた。
「僕がまた人狼の動きを封じる、セナ。君はそこを叩くんだ」
「・・・さっきと一緒。でも、わかった、任せて」
「ま、待ってよ!う、動きを止めるって言ってもどうやって?力じゃ負けてるし・・・、せ、セナだって目が潰れてるのよ!?」
「イザベル、君は学園に戻って応援を呼んでくれ」
「え・・・」
その言葉に、イザベルは金縛りにあったかの様に動けなくなった。
「まぁ、その間に僕達が倒してしまうかもね」
「そうだね」
「な、にそれ・・・」
軽く笑いながら希望を教えてくるアーバンの顔には脂汗が垂れている。セナも柔らかく言っているけど、その瞳からは絶え間なく血と、白い何かが垂れている。
「人間には火事場の馬鹿力というものがある。大丈夫だ、負ける気はない」
「──っ」
「・・・イザベル?」
「ごめん──、なさいっ」
イザベルは膝をついて、己の無力感と2人に関わってしまった事を後悔して、泣き出してしまった。
「私の、せいで──!!」
2人を早朝訓練に連れ出したのは、なによりもイザベルだった。
イザベルが2人と出会わなければ、こんな修羅場に遭遇する事はなかったのに。
「私、に・・・、もっと、勇気が、あれば──!」
2人はもう、ボロボロというには壊れている。
目を潰され、身体には致命的な穴が空いている、2人はもう限界で、動くのだって辛いのに。
それに比べて自分はどうか、傷ひとつないまま、2人にずっと守られて何も出来ずに震えている。
「ごめん、なさい。ごめんなさい・・・」
「──イザベル、泣かないで」
「セナ・・・?」
手を伸ばして、セナはイザベルの頬を触る。
感触を確かめて、優しく撫でて、イザベルを落ち着かせる様に、熱を測る様に、互いのおでこを合わせる。
「謝る必要はないんだよ。大丈夫、私達は絶対に勝つから」
「か、勝てるわけ無いわ──っ!ただでさえ、能力で負けてるのに、2人は・・・もう」
万全の状態でも敵わなかったのに、限界に近い2人が勝てるわけ無い。
なのに、どうして、そんなにも希望が見えているのか。
──違う、そうじゃないのか。
私を逃すために、2人は希望を見せているのだ。
「も、もうやだ・・・。私は、貴女達の友達には、なれないわ──っ」
2人の輝きに当てられて、今にも消えていなくなりたかった。
セナはイザベルを仲間ではなく、友達と言ってくれた。
けれど、そんな資格なんてイザベルには無かったのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・。ごめんなさいごめんなさい、貴女と・・・出会ってしまって、ごめん、なさい」
「イザベル」
「ごめんなさ──」
暖かい日差しに当てられた気がした、優しくて溶けてしまいそうな程に。
セナの体温が、イザベルの冷めた身体に広がっていく。自分は今、抱きしめられたのだ。
「私達は、友達だよ」
「でも──、何も出来ないわ。友達が苦しんでるのに、傷を抱えているのに、目を背けてばっかりで!」
「私は、そんなイザベルが好きだよ」
「──っ!」
イザベルの首に回った腕が少し締まった。
大切な存在を繋ぎ止めるその鎖は、少し苦しいけれど甘い痛みを感じさせた。
「イザベルはさ、私の傷を見た時。本当は色々と聞きたそうにしてたよね」
「え、そ、それは」
「後ろめたいとか思わないで。私はそれが、凄く嬉しかったな」
耳元で聞こえるセナの声しか、今は聞こえない。可愛らしくて、どこまでも慈しむ様な、天使の声みたいだった。
「私をずっと気遣って、事情を聞かなかったのはイザベルの優しさだよ」
「違う、違うの・・・怖かったの、セ、セナが傷つくのが」
「うん。私を理解しなくても、側にいてくれたんだよね」
「──ぁ」
「ずっと、私達は分かり合えてなかった。私の過去も、イザベルの過去も、私達は言わなかったね」
セナの歩んだ道を、イザベルはずっと聞かなかった。
イザベルがもっている恐怖を、セナは知らなかった。
「だから、私達は同じ傷を抱える仲間じゃなくて。お互いの痛みを忘れられる、友達なの」
「セナ・・・」
気がつけば涙は乾いていた、セナという温度に触れてやっと、イザベルに掬っていた闇が、晴れた気がした。
だから、イザベルも手を伸ばした。
この光に近づくために。
「私も、貴女が、好きよ」
「──うん、ありがとう。嬉しいよ」
「大好き・・・」
セナの身体を、目一杯抱きしめる。それだけなのに、恐怖に震えていた身体がピタリと止まった。
「だから──、私も。2人と一緒に戦う」
「え?」
抱擁をやめて、イザベルは立ち上がった。
「大好きな友達たちが苦しんでるのに、弱気になっててごめんなさい。私も、頑張るわ」
「イザベル、けど・・・」
「お願い、アーバン。止めないで」
「──はっきり言って、勝てるかは微妙なラインだ。それでも、残るのか?」
「死ぬなら、勇気を出して死にたいわ」
確かな覚悟だった、死力を尽くして格上に喰らいつく2人に、イザベルもその土俵に上がるための勇気を抱えた。
「・・・セナ、君は魔力が見えると言ったな」
「うん」
「人狼の魔力は見えるか?」
「──ごめん。まだ、この感覚に慣れてない。人狼の魔力を把握できない」
アーバンの持つ希望がひとつ潰れた、しかし、それ続いてセナは言った。
「イザベルの魔力は見えるよ。凄く、わかりやすいぐらい、濃いから」
「え?」
「そうなのか?」
「うん、前から思ってた。多分、アルマデル・・・より多いんじゃないかな」
それは唐突な告白であると同時に、新しい可能性が芽生える一言だった。
「そ、そうだったのね。知らなかったわ」
「いいぞ、なら希望がある・・・!」
アーバンは呼吸を落ち着けて、作戦を考えた。
──数分考え込んであの人狼に勝つ道筋を作り出した。
「一手目は変わらず、僕が先陣を切る」
「大丈夫なの?」
セナの心配を介さず、アーバンは自信に満ちた表情で頷いた。
「ああ。必ず、あいつの身動きを止める。そして、イザベル、次は君があいつの視覚と嗅覚を潰すんだ」
「・・・視覚なら出来るかもだけど、嗅覚はどうするの?」
「湖だ」
アーバンは緑に汚れた湖を指差す、夏に入りかけている今の季節で、湖は植物の腐敗が進んでカビで汚染されている。
「なるほどね、わかったわ。任せて」
「だ、大丈夫なの?」
「もちろんよ。あんなの、どうってことないわ」
こちらも、自信に満ち溢れている。なんと頼もしい事だろうか。
「僕が剣を湖に捨てる、そこから約5秒数えてイザベルは人狼の目を潰す」
「剣を捨てるの?」
「ああ。・・・セナ、ナイフを貸してくれ」
「う、うん」
困惑しながらも、セナはアーバンにナイフを渡した。
それを背中に隠し、アーバンは作戦の続きを話した。
「そして、セナ。君は、イザベルの魔力を頼りに──」
「は、は、は・・・。な、なにをしたんだ」
人狼の荒い呼吸が続く、片目を抑えながら漠然と立っている灰色の少女に、揺れる眼差しを向け続ける。
作戦は見事に遂行された、一手、また一手と続いた子供達の道筋は綺麗になぞられた。
そして、触れた。
「言え!!このガキ・・・ッ、俺に何をした!?」
あの少女に触れられてから、身体に走る不快感がおさまらない、自分の身体を隅々まで何かが蠢いている。
「触れたの」
「そんなのは分かってんだよ!!!なんだよ、触ったからなんだ!!なんで、俺は──!!」
こんなに、あいつを恐れている。
セナの瞳は潰れている、それなのにこちらの奥底を見つめられているのは、何故だ。
意味がわからない、不快でしかない、気持ちが悪い。
「死ぬからだよ。あなたは、死ぬの」
「──は?」
「目を逸らさないで、私にも見えたから、あなたにも見えてる筈だよ」
目の前の少女の言葉しか拾えない。
まるで、頭の中に直接届くかの様に人狼を掴んで離さない。
「は、はは、はははは。なんだってんだ、お前」
笑ってしまう、可笑しいと、そんな事があるのかと。
確かに今、少女の言う通り。人狼の頭の中には己の死が映っている。
「怖がらないで、私は、ずっとあなたの事を覚えてるから」
「何なんだよ・・・!!この──ッ!!」
「理想体現」
それは、セナが初めて発動させた魔法。
この学園に来る前に、ホワイトデイとミラが見た2つの魔法の、1個目。
「凶爪」
それが唱え終わった途端、人狼の身体は崩れた。
頭、胴体、下半身と3個に崩れた。
セナの静かな魔法発動に相応しい、静かな終焉。まるで、切り裂かれた様に分割された人狼の身体。
セナの持つ、本質。理を知り、解体する。
<理解>であった。
これは、セナ自身が無意識のうちに持っていた純粋な感性がもつ、残酷な手触り。
彼女にとって、空間ですら解体の対象だった。
「か、勝てた?」
「──みたい、だな」
完全に意識の無い人狼を見据えたイザベルとアーバンは、立ち尽くしているセナへと寄った。
「い、今の・・・ま、ほう、は」
「アーバン!?」
限界が来たのか、アーバンは倒れてしまった。
呼吸は緩やかだが、それは確実に終わりへと向かっている事に他ならない。
「アーバン・・・。せ、セナ!アーバンが」
「──げほっ、う、ごほ」
「ぇ?」
ハンカチでアーバンに開いた穴を塞いでいると、セナは咳き込みながら前のめりに倒れてしまった。
「セナ!?だ、大丈夫!?」
咳き込む、何度も咳を漏らし続けた、それは次第に大きくなり、嗚咽を漏らし始める。
「っ!?」
「──っ!!──、──!!」
声にならない嘔吐を何度も繰り返す。
ビチャビチャ、と絶え間なくセナは何かを吐き出し続けた。
魔法への理解が乏しいイザベルでも、それは知っている、魔力欠乏による吐血。身に合わない魔法を使った事への代償を、今支払っている。
「セナ、落ち着いて、呼吸を──」
友達の背中をさすろうと、イザベルは手を伸ばした。
セナが自分を支えてくれた様に、今度は自分が支える番だと思ったから。
しかし、止まってしまった。
「黒い・・・血」
それは、人が持つ赤い体液では無かった、セナの瞳から垂れていた血色では無かった。
人が、悪魔の繭に堕ちているという証拠、黒い鮮血。
「そ、んな・・・っ」
ヘドロの様な吐瀉物が広がる。
「嘘・・・」
「イザ、べ、ル」
「ア、アーバン・・・セナが」
「──落ち、つけ・・・。今は──」
「は〜いご苦労。やっと見つけたよー」
この場に相応しくない、軽薄な声が響いた。
「いやぁー、まさかここにいるとはね。俺、学園の方にいたから気付かなかった」
「・・・悪魔──?」
「く、そ──っ」
それは確かに悪魔だった。
人狼の様に、完全な獣が二足で立っているわけではない。外見なら、人だ。けれど、その頭に生えている角と、纏っている雰囲気は、人が持つそれとはかけ離れている。
「あれ、ファルザ死んでるの?まじか、誰がやったの・・・って。ま、ひとりしかいないか」
イザベルの動悸が激しくなる。
窮地を脱したのに、新しい理不尽がやって来た事への絶望、セナが悪魔に心蝕されているという事実と──。
「お前──ッ!!」
「ん?なになに、そんな怖い顔して」
目の前にいる存在が、兄の命を奪った悪魔であると事への、怒りだった。




