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学園襲撃 六


「はぁ、はぁ──っ!!」

 3人は走る、3人といっても1人は抱えられているが。

 セナを担いだまま、アーバンは目的地を事前に決めていたのかその足が緩むことはない、腹に穴が開いて止まることないまま、手当はせず。

「アーバン・・・!!い、1度止まりましょう!?」

「疲れたのか?」

「そ、そうじゃなくて!!」

「なら、まだ止まれない」

 森林演習のおかげで、2人は勢いを殺すことなく走り抜けている、このトップスピードを維持したまま会話をするというだけでも疲れるのに、互いに疲労は感じさせない。

 しかし、アーバンのもつ体力は確実に減っている。

「ぐ、──ふっ、はぁ」

 痛みに顔を歪めてもなお、加速を辞めない。

「アーバン、大丈夫?」

 背に抱えられたセナが心配気にアーバンへ声をかけるのも無理はない。

「私、自分で走れるよ」

「視界不良だ、転んだりしたら確実に追いつかれるぞ」

「でも、アーバン無理してる」

「問題ない。湖まで、あと少しだ──っ!」



 獣の息を吐く音が聞こえる。

 荒々しくも、規則的な狩猟者の呼吸は疲れる事を知らない。

「視界不良で道が狭い。なるほど、逃げるには合理的だ」

 人狼は楽しそうに独言を漏らしながら、身を低くして四つん這いの要領で森を進む。

 目に見えない痕跡、臭いを辿りながら。

 汗の匂いと坊主の流した血の臭いはくっきりと感じている、しかし、そんなものより人狼の奥底を揺らすのはやはり、あの死臭を放っている灰色だった。

「くははは、いいねぇ」

 知性を得た魔物としての在り方よりも、人狼にとって1番大切なのは獣の本能。

 弱肉強食を絶対に置き、弱者を弄んでこそ正義。

「たまんねぇ、殺してぇ・・・っ」

 あの中で、1番か弱い存在だと思っていた灰色こそが、人狼が踏み躙るべき相手だった。

 弱者である筈なのにその手には幾重にも重なった鉄の香り、それは武器を持っていたから、生き物を殺し続けたから、弱いのに、戦闘不能に近い存在なのに。

「はは、ぅははははははははは!!!!!」

 あの魂はなんだ、高潔であり無謀でしかない。

 本気で自分の守りたいモノを守れると信じている馬鹿な存在に、人狼の雄叫びにも似た笑い声は森に響く。

 次第に、水の臭いが鼻に漂い始めた。

「今度は何を見せてくれんだぁ・・・?」

 追跡者は俄然、逃走者と合間見えることに高揚して、舌なめずりをしてしまう。

「・・・!」

 止まった。

 人狼の足は緩やかになっていく、忙しなく動き回っていた臭いが、ピタリと止まった。

「おい!!もう追いかけっこは終わりか〜?俺を仕留めれる算段は、ちゃんとついたんだろうな」

 大声で吠えて、自分の居場所を教える。

 草木を掻き分けながら、四足歩行から切り替えて二足に変わりながら、少しぬかるむ地面を踏み締める。

 どう殺してやろうか、あの灰色をあの2人の前で食べてやろうか、それともあの坊主をゆっくりとなぶる様に殺してやろうか。

「・・・決めたぁ!」

 しかし、1番面白いのはあの腰抜け女。

「おい腰抜けぇ!!てめぇは最後だ!お前みたいなビビリは、仲間・・・いや、友達が目の前で殺されて、喰われるところをしっかりと見せてやるからなぁ!?」

 想像するだけで心が湧き立ってしまう、いつまでも腰を抜かした弱者に現実を突きつける事に高揚してしまう。

 強者を殺す事に快楽を覚え、弱者の絶望は悦楽に変わる。

 ──人間ってのは、面白い俺の玩具だ。


 ついに到達する、あの3人組がいるであろう湖に。

「おいおい、こんなところで決着かよ。辛気臭ぇ」

 思わず鼻を覆いたくなる程の臭いだった。腐った臭いが辺りを充満している。

「カビ臭ぇ・・・」

 激臭に耐えながら、広がった視界。

 視線を動かしてみれば、そこにはいた。

「・・・つまんねぇ。あのビビリは逃げたか」

 灰の女と坊主が湖の側にいるのを確認した、しかしどうか、今から行われる喜劇のショーを見せる観客が居ないではないか。

「おい、あいつはどこだ?」

「・・・」

 人狼はアーバンに指を刺す、腹を抑えて痛みに耐えながらも己の直剣を向けている騎士。

「学園だ。今、彼女は応援を呼びに行った」

「・・・はっ」

「何が可笑しい」

 今度は痛みではなく、不快感でアーバンの顔が歪む。

 手に力が込められないのかカタカタと震えてしまっている。

「てめぇらが、そんなつまんねー手段を取るとは思えねぇ。・・・確実に、誰かひとりは死ぬだろうが、森の中を逃げ続ければ良かった話だ」

 依然変わりなく、人狼は指を向け続ける。

 今にも死にそうな男に、人狼は絶望を突きつけたくて仕方ないのか、口元が下品に吊り上がる。

「俺を殺すと言ったそこの女の言葉。ありゃ本物だぜ、確実に息の根を止めれる手段があるってわけだ」

「・・・あるよ」

「だよな。だったら話は簡単だ、その女が俺に近づけばお前らの勝ち、誰ひとりとして欠けることなくハッピーエンドってわけだ」

 ピクリと、セナが反応する。

 何をしようとしているかは掴めないが、人狼にとっての脅威はセナだと、獣は直感で気づいている。

「現実見ろよ、お前が俺に近づく?笑わせんな、目が見えないお前が、どうやって俺に近づくんだよ?」

「だから、僕がいるんだ」

「僕()、だろ?」

 アーバンに向けていた指を、今度は湖へと向けた。

「そこに、いるんだろ?あのビビリ」

「・・・!」

 人狼は魔物であるが、それ以前に狼だ。

 それも、普通の狼よりも発達した身体機能を保有した異常個体。

 恐怖に怯える人間の臭い程度、嗅ぎ分ける事など可能だった。

「急にあのビビリの臭いが無くなった。この理由がわからないほど、俺は馬鹿だと思われてたのか?」

「・・・くっ」

「理由は興味ねぇが、どうやらあの腰抜けは再起出来たらしいな。まぁ、雑魚がひとり増えたところで、所詮はクズだ」

 嗤う、血が滲み始めたアーバンを見て、人狼は悟っていく、あの男の時間制限は一刻と削られていく。

「塵も積もれば山となるっていうが・・・」

 動かない、無駄に時間を浪費し続ける。

 消えていく時間を嗤う狼と、限界間近の人間の心理。

「テメェらは、山にもなれねぇ塵の集まりだったな!!」

「・・・っ!」

「はっ──、馬鹿が!!」

 怒りに身を任せたのか、アーバンは走り出した。

 少し虚な瞳で、騎士らしい構えのまま人狼へと向かっていく。

 死に際の身体だと云うのに、その精神性と身体能力には拍手を送らざるを得ない。

 それでも人狼は動かない、ただ向かってくる愚か者を迎撃せんと、臨戦体制をとった。




 ──今にも、倒れてしまいそうだ。

 アーバンはひとり、人狼に向かっていきながらそんな事を考えていた。

 もはや身体の力は抜けきっている、足だってまるで自分の物ではないように軽い、自分の身体は限界を迎えようとしていると分かる。

 でも、それでも。

 痛みは無い、負ける気は・・・更々無い。

「──っ、あああぁぁぁぁ!!!」

「来い!坊主っ!!」

 剣を向ける、ここが正念場だと理解している。

 この一手を確実に決めなければ、僕達はその選択に敗北した事になる。

 

 だからこそ。

「──なっ!?」

 真っ向勝負、アーバンが騎士たらしめる理由はその気高い精神性に他ならない。

 立派な父と、優しき母の元で育ったアーバン・ロックスという男は、実直で真面目な人間として今を生きてきた。

「テメェ!何を──!!」

 しかしどうか、綺麗な力だけでは届かぬ物があるのだ。

 悩んだ、どうすれば民を守り、国のためになるのかをこの学園に入学した時から、考え続けた。

 そして、答えを得た。

「血迷ったか!?」

 湖に放り投げた、()()に一瞥を向ける事なく、アーバンは人狼の懐に入る。

 その侵入を許してしまったが、滞在を許可して覚えはない、人狼はその腕を、手に生えた鉤爪でアーバンの顔を貫かんと動かした。

「・・・っ!」

 足のぬかるみに足がおぼついた、しかしてそれが運良く、人狼の槍の様な一撃を避ける動作になった。

「くそっ!」

 今度は人狼の足が泥に取られた、元々力任せな一撃だった、最初に相対した時とは違い、無理な体勢での攻撃だったから仕方ない。

「決める・・・ッ!」



「く、せ、セナ・・・」

「あ、ごめん。アーバン」

 いつかの実戦訓練での風景が頭によぎる。

 なんて事ない、授業の一幕だった。

「ひ、肘だと・・・。これは剣技の授業だぞ・・・っ」

「ごめんなさい」

 体制を崩したセナに向かって、一本を取ろうと剣を振りおろそうとした途端に放たれた、セナの予想外の一手。

 低い姿勢からの一撃は、見事にアーバンの鳩尾を抉る肘打ちとなった。

「けほ、い、今のは君を師事した人の技か?」

「ううん、技とかじゃなくて・・・。勢い任せの攻撃っていうか、いけそうだな〜って思って」

「さっきも言ったが、これは剣技の授業だ。体術を使うのは控えてくれ」

「ごめん」

 セナは申し訳ない気持ちがあったのか、気落ちした様子だった、責めているつもりはなかった。

 ただ、剣を手放した理由を聞きたかった。

「君は剣技を大切にしている人だ。何故、それを手放したんだ?」

「手放してないよ。・・・ただ、勝ちたかった。アーバンに」

「──そうか」

 勝利、そのためにセナは今自分が持てる全てをアーバンにぶつけた。

 それがとても嬉しく思えた。

「セナ。今の技、僕にも教えてくれ」

「え、えぇ?技って程じゃないよ」

「いいから、そうだ。名前をつけないか?」

「なんで楽しそうなの、アーバンが考えていいよ・・・」

 その後、剣術とは関係ない技術を磨いた事で、ユリウス先生から然りを受けた、こんな事、今まで一度も無かった。



 

「ナイフっ!?」

 人狼は驚きの声をあげた、騎士である男が持つべきではない獲物。己の価値である剣技を湖に捨てて、隠し持っていた殺意の塊を人狼の腕に、突き立てた。

「ぐっ──、てめぇ・・・っ」

「まだだ!!」

 ナイフは刺さっている、残念ながら深く刺さってはいない、しかし刺さっている。柄をしっかりと握り込んで、こちらに引き寄せる、大木をロープで引っ張る様に。

「うおっ!?」

 想定通り、人狼の重心がズレてアーバンの方へと倒れ込みそうになる。

 アーバンはそこを捉える。

「──、はぁぁぁぁ!!!!」

 姿勢を低く、利き手を逆手で支える。それは、一本の矢の様に鋭く、身体に伝わる凶器となり得た。

 筋肉で刃は通らない、ならば、衝撃を上手く伝えるしかない。

 狙いは、心窩部。

「<勇往外花(ゆうおうがいか)>ッッ!!!」

 セナのカウンターとしての技術を、アーバンなりに落とし込んで作り出した、踏み出す勇気への賞賛と勝算の攻め一点の技。

「が、ぁ・・・く、ぅ!?」

 魔物に有効かはわからないが、人の形を持っている以上、もしかしたらの賭けだったがこの狼にも響いたらしい。

「てめ、はな、せ!!」

「ここまでやって意識を落とせないか・・・ッッ!」

 ならば次だ、この一手は終わらせた、取っ組み合う様に人狼はアーバンの身体を掴む、けれど、頭の位置が悪かった。

 脇にあった人狼の頭部を腕で絡めとる、ヘッドロックの様な形になって、人狼の身動きを止める事に成功する。

「こ、のっ!!」

「う、ぐ──っっ!!」

 されるがままの人狼ではない、朧げな意識のまま爪を立てて、アーバンの背中を抉る様に引っ掻く。

 皮と血液と、肉が裂かれていく感覚にアーバンの意識が先に飛びかける。

 しかし、拘束が緩む気配は一切無い。

「ば、化け物か・・・お前っ!!」

「は、は、光栄だ──っ!!」

 もはや狂気と言える程の、アーバンの精神力。

 化け物と呼ばれても光栄と言えるのは、彼にとっての憧れが、そこに位置するからだった。

「──っ!?」

「次は、君の番だ・・・っ」

 人狼の耳が揺れる、動く音が聞こえた。灰色の女ではない、目が見えない哀れな女は、いまだにその場から動いていない。

 音の正体は、湖から這い出てくる水音。

「イザベルっ!」

 頭を動かせない、アーバンの怪力が人狼の動きを鈍らせる。

 ドブの様な臭いが、近づいてくる。

「はぁぁぁっ!!」

 足音、女性騎士らしい可憐さと力強さが近づいてくる。

 イザベル・ステインは、細剣を構えて、堂々と確実に貫いた。

「ぐ、ぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!???」

「ふ、っ・・・!!」

「目が、てめ──!!」

 そして、頭に体重が乗っかる。目を貫かれ、位置の低い頭にイザベルが覆いかぶさる。

 マズイ、と人狼は直感した。

「どけ!!カスどもが!!」

「退くわけ、ないだろ──!!」

「退かない!!絶対に、退かないわ!!」

 視覚が無い、それと同時に、嗅覚も感じ取れない。

 イザベル・ステインが放っている湖のカビの臭いが人狼の嗅覚を鈍らせる。

 ──やられた。

 今、人狼は世界の情報を得る事が出来ない。

 視界だけが潰れても、人狼には嗅覚があった、セナの放つ死臭なんていくらでも感じ取れた。でも、それも潰された、人狼はあの灰色を認識出来ない。

「調子に、乗んな・・・!!」

 しかし、視界が無いのはあの灰色も同じ事、今すぐにこのクズ共を引き剥がし、その場から離れてしまえば人狼にも勝算はある、何故なら片目がまだ残っている。

「セ・・・んぐ!」

「黙ってろ!!」

 叫ぼうとするイザベルの口を、人狼の手が握る。

 声で位置を特定させないための手段、そして、そのまま握りつぶして殺す算段。

「ん、んんっっ!!!」

「潰れちまえ・・・、腰抜けがっっ」

 今の位置から、セナとの距離はかなりあった。

 視界の無い人間が、こちらに到達するには時間がかかるだろう、その間にイザベルを殺して、互いの距離を離す。


 そう考えているあいだに、背中に、何かが触れた。

「──捕まえた」

 身の毛がよだつ、静謐な声と優しく触れてきた気持ち悪さに、人狼は震えた。

「う、あぁぁぁぁ!!」

「きゃっ!」

「イザベル──!あ、ぐっ!?」

 焦りからか、人狼は思いがけない力を発揮した。

 しつこく覆い被さってきていたイザベルを引き剥がして、怪力を持つアーバンを、上回る力を発揮した。

「はぁ、──うっ、くそ・・・」

 そして、引いた。

 セナに対しては、何も出来なかった。

 それは人狼が生まれて、感じた事のない恐怖からだった。

 蛇に睨まれた蛙の気持ちが、今では悔しいが分かってしまう。

 竜に見つめられる狼が、ここに完成した。

 

 

 




 

 

 

 


 

 

 

 

 

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