学園襲撃 三
時は遡って、数刻前──。
「ガキんちょ3人か・・・。まぁ、俺の退屈凌ぎには丁度いいか」
顎に手を当てながら、口角を吊り上げる人狼。
そこから覗かせる牙は、溢れんばかりの攻撃性を象徴している。
「ダドゥが美味しいところを持っていって、暇してたんだ。さぁ、始めようぜ」
手を広げ、臨戦体制に入った人狼は、赤い眼光をセナ、イザベル、アーバン達へと向ける。
「・・・っ」
「落ち着け、イザベル。武器に手をかけるな」
アーバンの取った行動は、対話だった。
腰に携えた直剣に置いた手を一度離し、イザベルはアーバンの指示に従う。
「あの結界は、お前の仕業か?」
「あぁ?んな訳ねぇだろ、俺はあんなの使わねぇよ」
親指だけで、後ろの赤い四角を指す。
つまんない物を扱う事への不満か、己の知らぬ領域には興味がないのか。
けど、良い、それで良い。
とりあえず今は、時間と情報を得る事が大事だ。
「目的は?僕達に関係があるのか」
「知らね、欲しいもんがあるらしいが。俺は興味がねぇからな、ガキ、俺から情報を得ようとしても意味ないぜ」
「・・・セナ、走れるか?」
「うん、息は大丈夫」
どうやら、セナの呼吸は落ち着いたらしい、ならば、後やる事はひとつだけだった。
この場からの逃走、それに尽きる。
「なぁ、逃げるなんてつまんねぇ事はしないよなぁ?」
「──っ!」
「流石は狼ね・・・」
大きな体格に相応しい、狼の耳がピクピクと揺れている、その生態は劣化とした狼の一種らしい。
「それでも良いけどよ、無駄に疲れるんだ。今ここでやり合った方が、お前らに分があると思うが、どうだ?」
唾液混じりに笑いかけられる、どうやらこの人狼は3人を敵ではなく、己の力の誇示と退屈を凌ぐ遊び相手でしかないらしい。
「・・・はぁ、はぁ──っ」
イザベルの呼吸が荒くなっている、静止させていた指示を聞かず、武器に手を置いていた。
カタカタ、と震える音が聞こえる。
「仕方ねぇな、そんなに逃げたいならいいぜ。10秒やる、頑張って逃げてみろよ」
人狼と3人の間の緊張が解かれる、そして野太い声がこだまする。
「10〜、9〜8〜」
「逃げるぞ!!」
アーバンの声で、セナとイザベルは走り出す。
今より3人は、逃げ回る鹿となった。
「7〜、6〜」
「が、学園まで間に合わないわっ!!」
「森を目指せ!!」
「・・・」
セナの中で違和感が生まれている。
あの赤い結界が現れてから、魂の繋がりを感じない、セナの魂に住む同居人と繋がりを、感じない。
「どうした!セナ!!」
「・・・何でもない」
何かに後ろ髪でも引かれている、けれど今はそれどころではない。
先導するアーバンの後を、2人はついて行く。
まだ、森は遠い。
「どうして森なの!?」
「説明は後だ!!」
「4〜、3〜2〜」
数字が減っていく度、3人の足は加速していく。
森まで後、数メートル。
「1〜、0──ッッ!!」
そして、始まった。
「残念賞だ──!!」
何が起こったのか、どうしてかの人狼の声がすぐ後ろに聞こえるのか。
強靭な足腰から放たれた疾走、3人が作り出したアドバンテージは一瞬にして消える。
「まずはてめぇだ!!ビビり!!」
鉤爪が振り上げられる、狙いはイザベルだった。
「イザベル!」
直撃の前、いち早く反応したアーバンが前に出た。
「ぐ、──ぅあ!!!」
「おぉ!!やるなぁ!坊主!!」
大力を受け止める、剣で受け止めたはいいが、アーバンを支える骨がミシミシと音をあげている。
「アーバン!!」
「走れ!!」
「──!」
動いた、それは誰もが予期せぬ動きだった。
「あ?」
灰色が、音も無く接近した、今が好機だと本能が告げた。
ナイフを握る、狙いは・・・顎下。
「セナ・・・っ」
アーバンの唸り声を聞きながら、逆手に持ち帰る。
懐に入ってきたセナに、人狼は一瞬たじろぐ、その隙を逃さない。
身体を大きく捻った三日月の様な突き上げは、獣の本能でかわされた。
「・・・ぶねぇッ」
外れた事に落胆しても仕方ない、セナは次を試みる。
「──っ!!」
身体は浮いている、ならばもう一度身体を捻る、ナイフを力強く握る、斬るのではなく、裂くように。
「ぐっ──!」
右胸から左の腹下に傷がつく、肉を切る感触は薄かった、鋼鉄のような筋肉のせいか。
「やるな、灰色野郎」
「ぅ、かはッッッッ──!!」
大したダメージは無かったらしい、すぐさま体制を整えた人狼は、その自慢の脚でセナの身体を蹴飛ばした。
「セナっ!!」
「よそ見すんな!坊主!」
「・・・!!」
空いていた反対の鉤爪で、身体を引っ掻かれる。
人狼とは比較にもならない程の鮮血が上がった、けれど、アーバンは狼狽えず、転がったセナの元へ駆け寄る。
「セナ、無事か!?」
「けほ・・・うん、身体丸めたから」
蹴飛ばされる直前、身を縮めて衝撃を和らげたセナは、2度3度、咳を漏らしながらも立ち上がった。
「いいねぇ、お前ら。ガキだと思って油断したぜ・・・。まさか、傷をつけられるとはな」
自分の傷口を撫でて、樹液の様に垂れている血液を見て、人狼は沸る。
「さぁ、次はどうする?また逃げるか?てめぇら、そこまで馬鹿じゃないよな?ええ?」
言葉に嬉々とした物を感じさせる。
錯覚かもしれないが、赤の眼光がより光沢を増した気がした。
「・・・イザベル、動けるか?」
「え、え?」
血を流しながらも、抑える事はせずにアーバンは剣を構える、それはセナも同じで、腰に携えた訓練用の剣を外して、貰ったナイフを逆手のまま、殺気を放っている。
そんな2人を、ただ震え、見つめる事しか出来ないイザベル。
「セナ」
「なに?」
「・・・イザベルと一緒に森へ逃げろ。僕が隙を作る」
もはや、2人の言葉はイザベルには聞こえていない。
荒い呼吸を繰り返しながら、ただ2人を見つめている。
「無理だと思うけど」
「無理でもやる。犠牲になるつもりはない、僕も必ず合流する」
「なんだ、作戦タイムか?なら、俺は聞かない方がいいよな〜?」
耳を塞いで、ゲラゲラと笑っている人狼を無視して、好都合と言わんばかりにアーバンは続ける。
「森の中なら逃げれる可能性はある。あいつが巨体なのは、不幸中の幸いだ」
「なら、私が引きつける。アーバンの怪我じゃ無理でしょ」
「僕はこう見えて頑丈だ。鍛えてるからな」
「・・・」
「セナ?」
深呼吸をひとつする、セナの中であるひとつの解答が導き出される。
「私なら・・・殺せる」
「は?」
「逃げ続けて生き残れる可能性は低いよ。なら、あいつを殺す可能性に賭けるべき」
「無茶を言うな!!」
いきなりを何を言い出すのか、アーバンの顔に焦りが見えた。
「セナ、頼む。イザベルを連れて逃げろ!」
「やだ」
「セナ!!」
喧嘩をしてる暇ではないと分かっている、それでも互いは互いを譲らない、逃げるか、殺すか。
「どっちにしろ、アーバンは無事には済まない。私の可能性を信じて」
「・・・」
強い眼差しだった、金色に輝くその瞳に貫かれる。
あの時もそうだ、セナはどこか強情で、決めた事は絶対に譲らない。
「──わかった。僕は何をすれば良い」
「何でも良い、時間を稼いで」
「了解」
2人は再び、構え直す。
そんな2人の後ろ姿を、イザベルはただ見つめる。
重なる。
自分を逃すために、己の身を捧げた兄の姿を──。
「行くぞっ!!」
アーバンが掛声と共に、人狼との距離を詰める。
「おぉ、終わったか!?よし、来い!!」
人狼は受けの姿勢だった、どこからでも来いと言わんばかりに、腕一杯広げている。
「<天零>ッッ!!」
「──速いっ!?」
アーバンは腰を深く落とし、弓にあてがわれた矢の様に、地を蹴って加速する。
まさかの速さに人狼も反応が出来ず、突きつけられた剣を受け入れてしまう。
「ぐ、──はははは!!!」
見事、アーバンの突きは人狼の胸を貫きこそしなかったが、突き刺さりはした。
けれど、心臓には到達しなかったのか、人狼は余裕そうに笑ってみせた。
「良い剣技だ、だが、お前自身の力が足んねぇ!!」
「くっ!」
振るわれた鉤爪をすんでのところでかわす。
ほとんど当て間と変わらなかったが、避けれたのなら結果オーライ。
「はぁ!!」
剣を引き抜く、血が噴き出て顔に掛かるが、そんなの無視だ、そのまま2撃目。
「<蒼牙>!!」
生物に備わる関節部2点を目掛けた2連撃。
両腕の肘を斬られ、人狼の顔が少し歪む。
「けっ、だりぃな──っ!」
「・・・!」
セナと同様、横から足が飛んでくる。
それを認識出来ず、避ける事は無理だ、ならば、受け止めるしかない。
「んなっ!?」
「っつぅ・・・!」
衝撃が、アーバンの内部に響く、今にも血を吐きそうになるが、堪える。
「な、てめぇ!?どこにそんな力が!!」
「はぁ、くっ・・・セナぁぁぁ!!」
切り札は、もうそこにやってきていた。
「貰った・・・っ」
「い、いつの間に!!」
ナイフではない。
セナは人狼に触れようと、その手を伸ばした。
少女の小さい手が、人狼の巨体へと迫る、届けという祈りと、複雑な演算がセナの中で動く。
そして、セナの手が触れる。
前に、人狼はニヤリと笑った。
「なんてなぁ!!」
「ぐ、──!?」
片足で小さい飛翔を行った。
それによって、アーバンがバランス崩す。
「っらあ!!」
体制を器用に変えて、その爪で薙ぎ払った。
「──ぅ!!」
「セナ・・・っ!」
「馬鹿が!気を取られてんじゃねぇ!!」
「──がはッ・・・!?」
つま先に備わっている爪で、アーバンの腹部を貫く。
血を吐き出したが、致命所は避けている、それでも想像を絶する痛みだが。
「邪魔だ!」
「!!?」
セナの長い髪を掴んで、思いっきり放り投げる。
目掛けた先はアーバンがいた。
受け止めながら、勢いは殺せなかったのか2人して数メートル程転がる。
丁度、イザベルの足元だった。
「くっ、セナ・・・ぶ、じ──っ!?」
「あ、あぁぁぁ・・・」
アーバンは驚く、イザベルは絶望する。
「・・・っ」
セナは自分の目を抑えた。
突然、視界が真っ暗になって異常を確認するために。
感触が変だった、妙にベタつく、手触りがおかしい。
「セナ、め、目が・・・!!」
イザベルの声にならない叫びが聞こえた気がした。
そこで、初めてセナは理解した。
──目を潰された。




