終わりが近づく夕日
「図書館なんて久しぶりね〜、よく小説を借りに来てたわ〜」
「そうなんだ、どんな小説借りてたの?」
特に読みたい物もないため、2人して適当に本棚の迷路を彷徨う。
紙とインクの匂いが漂うこの空間は、何よりもただ音が少ない。
紙を捲る音がたまに聞こえる、小声で会話をする人達の声が、たまに聞こえる。
「冒険譚と戦記かしら。ごく稀に、恋愛物とか」
「恋愛・・・」
「ふふ、セナにはちょっと速いかしら」
同い年なのにと言おうと思ったが、イザベルの言った通り、恋愛なんてセナには程遠いものでしかない、セナは何も言えず、視線を回す事しかできない。
「ん、あれ?」
「どうしたの?」
「いや・・・」
──ミラ?どこ行ったの?
「我は勝手にやる、後はお前達の好きな様にしろ」
どうやら、自由奔放な魔王様は本を読みたくなったらしい。
──怪しまれないようにね、あと、いつも通り読みたい本があったら私に言って。
「ああ」
「セナ?」
「ん?」
「ボーッとしてたけど・・・、疲れた?」
イザベルの瞳は心配に染まっている、ミラとの念話で意識をかなり持っていかれていた、何でもないと首を振る。
「そう?」
「・・・あ!そうだ、私読みたい冒険譚があるんだけどね」
「どんなの?探しましょう!」
「えーっと・・・私の名前、主人公の名前がセナって言うんだけど」
かつておじいさんがくれた私の名前。
本のタイトルは教えてくれなかったから、冒険譚を読んでいたというイザベルに、折角ならとセナは聞いてみる。
けれど、セナの予想とは違い、イザベルは首を捻るのみだった。
「うーん、ごめんなさい。心当たりが無いわ、表紙の絵とか、色とかわかる?」
残念ながらセナは知らない。
セナという主人公が歩んだ道筋を知らず、セナという名前を貰った少女は、その存在だけを知っていた。
「んー、わからないわ。エルセルクでは聞いた事ないわね、もしかしたら別国の本かも」
「そう、なんだ」
それもそうか、おじいさんはその冒険譚に惹かれて、世界を回ったというし、もしかしたらエルセルクでは別の国で手に入れた本なのかもしれない。
「セナって名前は、そこから?」
「うん。凄く気に入ってるの、だから・・・この名前の起源を知りたかったんだけどね」
「うぅ、ごめんなさい・・・。力になれなくて」
「大丈夫、悪いのはイザベルじゃなくて、おじいさんだから」
本の内容を尋ねても、おじいさんは教えてはくれなかった。
世の中の楽しみが減るぞと言われて、適当にあしらわれていたっけ。
「おじいさん、セナの剣の先生?」
「うん」
「セナのあの剣技の・・・先生」
イザベルは顎に手を添えて何かを考え込む、それだけの事なのに妙に絵になっているのは、彼女がとても造形に優れているからだろう。
「いつか私にも師事して欲しいわね・・・」
「イザベルの剣技、凄く綺麗だと思うよ?」
「──ふふ、綺麗だけじゃ・・・何も意味はないわ」
「イザベ──」
「セナ、この本を借りろ」
イザベルと言おうとした瞬間、セナの頭の上に本が置かれた。
どうやら魔法の理論書と、魔法陣について書かれた論文らしい。
「今の貴様に合うかもしれん理論だ。これを覚えてみるといい」
──ありがたいけど、タイミングを見計らって。
「知らん」
「セナ、いつの間に本を持ってきたの?」
「え!?あ、あぁ、実は隠してたの」
「器用ね〜、それ、借りるの?」
「う、うん!じゃ、えと、行って来るね!」
適当な嘘でもイザベルは信じてくれた、純粋なイザベルに心を痛めながらも、セナは貸し出し口へとその足を動かした。
「私にも・・・セナみたいな強さがあれば──」
脳裏に焼きついて離れない、兄の背中をただイザベルは思い出していた。
セナがお世話になったグンターの仕立て屋に行ったり、武具屋へと訪れたりしていたら、夕焼けが見え始める。
今日の終わりを告げる夕刻は、時間でさえ無限ではないと教えてくれる。
「とても綺麗ね・・・」
「だよね。私、夕方になるといつもここに来るんだ」
街を一望できる展望台に備わったベンチに、2人は座っていた。
何度も訪れたセナでさえ感動できるのだから、初見のイザベルの感動は格別だろう。
「夕焼けをちゃんと見るの、久しぶりだわ」
「そうなんだ?」
「ええ。だって、寂しいじゃない?今日はもう終わり〜って言われてる様なものよ」
イザベルらしい理由に、セナは笑ってしまった。
「ガキだな、こいつ」
口が悪すぎる。
「イザベルって、見た目に反して子供っぽい所あるよね」
「子供ですぅ〜。そういうセナは、子供っぽいのに変に達観してるわよね」
顔に出ないだけでセナは色々と考えているつもりなのだが、周囲にはそう見えないらしい。
「いつも考え事してるな〜って、クラスメイトも言ってたわよ」
「あはは・・・」
互いに笑い合う、それと同時に優しい風が灰色と紫の髪を撫でる。
「もうすぐ春も終わりね。なんだか速いわね」
「あったかくなるね」
「──はぁぁぁ、憂鬱だわ。夏の体力訓練なんて考えるだけで嫌になる」
照りつける日差しの中行われる、走り込み等を想像してイザベルは大きなため息を吐いた。
「エルセルクは夏の被害をあまり受けない。そこまで気落ちする必要はないと思うがな」
ミラはどこかお気楽だが所詮、悪魔基準の話、夏の辛さを分かっているのだろうか。
「夏こそ、上位者に入りたいな」
「剣術科では入ってたから、魔法を頑張らないとね」
「うぅ、理論覚えるの大変だ・・・」
傍に抱えた本の存在感が増した気がする。
苦手な事に向き合うのは苦痛ではあるが、セナはその先の景色を見るために、明日も明後日も、ずっと先も、努力を惜しまないつもりでいる。
そんなセナが、イザベルには眩しく見えた。
「セナは凄いわね」
「イザベル・・・?」
「どうして、セナはそんなに頑張るの?剣と魔法の両立って、考えただけでも大変よ」
わざわざ二足の草鞋を履く必要があるのか?と、イザベルはセナに問いかける。
剣だけなら、セナはもっと高みへと行けるだろう、けれどそうしない、魔法でも結果を出すと、あの時の中庭で彼女は宣言したのだ。
追いつきたい背中に届くため、自ら逃げ道を絶ったのだ。
「剣だけじゃ、ダメなの?」
「・・・最初はね」
思い出すのは、ミラが初めて見せた炎の魔法。
名前のない、世間で言えば工程の一部でしかない、あの小さな魔法。
「魔法ってちょっと気持ち悪い、っていうか・・・怖いと思ってたんだ、私」
「えぇ!?」
アルマデルが聞いたら本気でキレる言葉に、イザベルは驚愕する、あんなに魔法を大切にしているセナがそんな事を言うとは。
「今は違うよ、この学園での生活で綺麗な物だって、ちゃんと思えた」
始まりは便利そうだからという、お粗末な理由だった。
でも、変われたのだ。
「魔法は綺麗だよ。だから、この学園で学びたい事は沢山ある」
苦手でも良いじゃないか、苦戦しても良いじゃないか、苦労も苦難も、いつかそれを愛せる日が来るとセナは分かっている。
「だから、私は本気で取り組みたい。剣と魔法は、私にとって凄く大切な物だから」
ローウェンとイディアルを繋げたセナという名前、それを誇れる自分でありたい。
その瞳に映る金は、夕焼けに当てられて宝石にも負けないぐらいに輝いている。
「・・・眩しいわね」
綺麗だと思った。
その在り方と健気に前を向く、この灰色の女の子からどうしても目が離せない。
素敵だと思った。
貰った物を、こんなにも大事に抱え続け、奮闘する姿勢に、己の胸が甘い痛み訴える。
「私、貴女とずっと一緒に居たいわ」
「私も、イザベルと一緒にいたいよ」
思わず溢した言葉に、イザベルは羞恥に駆られる。
そんな言葉にも、優しく微笑んで応じてくれるセナに、ますます頬が染まってしまう。
「──ずっと、この時間が続けば良いのに」
「ん?」
「何でもな〜い」
この想いがなんなのかはイザベルには分からない。
でも、絶対に失いたくないという気持ちが、イザベルの胸をくすぐってしまう。
「セ、セナ」
「ん?」
「その・・・夏は、長い休暇があるでしょ?」
「そうなの?」
「あ、あるの!」
長期休暇を知らなかったのか、セナは首を傾げる。
「えっと、もし良かったら、その時、私の家に来ない?お母様とお父様に紹介したいの」
「うん、いいよ。じゃあアルマデルとアーバンにも聞いておかないとね」
「えっ・・・、ええっ!!そうね!」
少しがっかりしながらも、イザベルは思考を振り払い笑顔を浮かべる。
どうしても、夏は沢山、セナと過ごしたい乙女の気持ち。
残念ながら、そんな想いは叶わないのだが──。




