語られる今後
学園に帰るなり、ルリはセナを連れてホワイトデイの元へ向かった、セナの言っていた事実を確かめるためである。
「ホワイトデイ様ッ」
「あら、お帰りなさい。郊外学習はどうでした?」
「立派な働きをしてくれました。狼角の老個体を仕留めて・・・ではなくっ!」
紅茶を飲んで悠々としているホワイトデイに、ルリの顔が強張る。
横で2人を眺めているセナも、緊張を見せていた。
「今は他の生徒も、教師の方々もいません。私に聞きたい事があるなら、聞きましょう」
ごくり、固唾を飲み込む。
「セナ・イディアルさんの事です」
「心蝕の事ですね」
まるで先を見ていたかの様にホワイトデイはいとも簡単に答える。
「──セナさん、色々と大変でしたでしょう?今日はもう寮に戻ってお休みしてください」
「え、で、でも」
「そうするべきだよ。今はもう日も沈みそうだからね」
ルリの掌がセナの頭を撫でる、声のトーンもどこか上擦っており、凛々しさを感じさせる瞳は慈愛に満ちていた。
「あ、はい・・・」
少し後ろ髪を引かれながらも、セナは2人がいる部屋から退出した。
「さて、どうぞ。続けましょう」
「──では、先に。こちらの書類に目を通してください」
「ふむ、これは・・・騎兵隊の機密書?私が読んでも良いのですか?」
カップを転送魔法で取り出し、ルリの分の紅茶を淹れながら、紙には触れずパラパラと魔法で動かす。
一言お礼を言いながら、魔力を手足の様に扱うホワイトデイにルリは感嘆する。
「ホワイトデイ様と、セナさんを信じる為ですので」
「ふむ・・・。まずひとつ、この黒竜討伐の件は私は知りません」
「えっ!?」
ルリが慌てる、だってそれを知らないとなるとまた色々と前提がおかしくなる。
そんな慌てている騎兵隊の隊長に対して、微笑みながらもホワイトデイは続けた。
「ふたつ。黒竜を討伐をしたのは間違いなく、セナさんに憑いている悪魔の仕業です」
「・・・何を根拠に?」
「私は一度、セナさんについた悪魔と対峙した事があります。春の初め、だったでしょうか」
淹れてくれた紅茶に口をつける、相当良い茶葉を扱っている、それこそ雑に淹れても風味が消えないぐらいに。
鼻に通る紅茶を堪能しながら、ルリは疑問に思った。
「その時に、なぜ封印をしなかったのですか?ホワイトデイ様程の魔法使いなら、簡単でしょう」
「出来なかったんです」
「出来な──かった?」
あのホワイトデイが?
現代の魔法を切り拓き、今もなお頂点に位置している魔法使いが、一端の悪魔に遅れをとるのか?
「セナさんに憑いた悪魔は私では太刀打ち出来ませんでした」
「そんな・・・!ほ、放っておくのは危険じゃないですか!!」
「それがそうでもないんです」
窓を見る、夕焼け空が訪れている。
セナについた黒い星は、そろそろこの空に紛れてしまうのだろうか。
「あの悪魔は・・・長く生きた存在なのでしょうね。それこそ、数千の時を歩んだと思います」
「どう、対処をすれば?」
「・・・私としては、少し落ち着いたらソルガラックに連れていこうと思っています」
「ああ、なるほど。ソルガラックは悪魔と深い関わりがある国・・・。あそこは、心蝕している聖女がいると聞いた事があります」
魔法の国ソルガラック。
その歴史と文化に根付いているのは悪魔と魔物への信仰心、それならば問題を解決術があるかもとルリは納得する。
「しかし、セナさんは・・・。レヴァーティアの血筋ですよね」
思い出すのは灰色の髪、その身体的特徴はソルガラック人が最も畏怖する象徴だった。
「まぁ、なんとかなりますよ。あちらの方々もセナさんを見れば難しい顔はしない筈ですから」
「・・・わかりました。ひとまず、今回の件は見流します」
書類を燃やそうかと考えたが取りやめる。
もしまた何かあればたまったものではないから、素直にその書類達は脇に抱える。
「ルリさんも大変ですね」
「・・・私は、これでも国の未来を担っている1人ですので、ホワイトデイ様もそうでしょう」
恐らく、セナの事情を知っているのはこの純白の魔女だけなのだろう。
「ホワイトデイ様の心労も、私達が背負います」
「助かります。1人ではどうしても、あれこれと考えるのが大変でして」
どこか憂げに紅茶に広がる波紋を見つめるホワイトデイ。
「どうしました?」
「・・・あの子は、どこまで行ってしまうのでしょうね」
それは心配か、はたまた期待なのか。
ルリがホワイトデイの心情を察する事は出来なかった、しかし、それでも。
「セナさんにとって、取り憑いた悪魔をどこか大切にしていました・・・」
「そうですね。セナさんと、ミラは・・・仲が良いですから」
「ミラと言うのですか?初めて聞きますね」
「セナさんが付けたんですよ、私の魔法から取ったんです」
見つめていた紅茶を手に取って、ホワイトデイは飲み干した、おかわりをしないまま空になったカップを見つめるだけ。
「この可能性が、希望になる事をただ祈るのみです」
「おっと」
「・・・何を?」
扉を開ければ、壁に背中を預け堂々と煙草を吹かしている中年男性がそこにいた。
「いや別に。ルリさんとホワイトデイさんの声が聞こえたんで」
「はぁ、盗み聞きは関心しませんよ。ロイド先輩
揶揄いを含んだその声色にロイドは心地悪く頭を掻いた。
「やめてくださいよ。・・・それで、何を?」
「安心してください、悪い報告ではありませんから」
「セナの事だろ」
ふぅ、と煙草の匂いがルリの鼻腔を刺激する、あまり得意ではないその臭いに顔を顰める。
「わかっているなら、聞かないでください。ロイド先輩は気づいてたんですか?」
「先輩をやめなさい」
「良いじゃないですか、先に騎兵隊に入ったのは先輩なんですから」
「・・・セナに何かあったか?」
これ以上何を言ってもかわされると気づいたから、ロイドは単刀直入で尋ねれば、ルリはため息を吐いた。
「ただの教師である今のロイド先輩に言える事はありませんよ。騎兵隊になら言えるんですけどね」
「なんか嫌味ったらしいな・・・」
「ま、ロイド先輩も察してください。元騎兵隊なんですから」
手を振りながら去っていくルリの後ろ姿は、変わりない様に見えたけれど。
「はぁ・・・。大丈夫なのかな〜」
以前よりもはるかに剣呑な雰囲気にロイドは何度目かのため息を吐いた。
──場所は変わって。
「というわけで!明日は学園、休みでしょ!?みんなでどこか遊びに行かない?」
そう快活に言い放ったのはイザベルだった。
テーブルに座っているアーバン、アルマデルに向けた言葉はイマイチ響いて無さそうに見える。
「元気ですわね」
「僕は断るよ。休日はゆっくりとしたいからね」
「えぇ〜!!アルマデルは?」
「距離の詰め方どうなってるんですか」
いつの間にかさん付けは消えており、昔からの友人かの様に振る舞ってくるイザベルにアルマデルは戸惑った。
「遊ぼ?ね、遊ぼ?」
「申し訳ありませんが、私もアーバンさんと同じで休日はゆっくりしたいので」
「えぇ!!どうしてぇ〜!!」
ぐわんぐわんとアーバンの頭を揺らす。
遠い目をしながらされるがままのアーバンはどこか慣れた様子だった。
「郊外学習のお疲れ様会、やろうよぉ!!」
「セナはどうなんだ、セナは、酔う。酔うからやめて」
「そうよ、セナはどこに──」
魔法科の食堂に集まった3人はこの場にいない1人を思い浮かべる。
「あ、みんないた」
「セナっ!!」
噂をすればなんとやら、件のセナ・イディアルは要件を終えて合流した。
「セナ、ルリ様とは何を──」
「セナ!!明日は暇かしら!!遊びに行かない!?」
「ちょっと、イザベル!今は私が話して──」
「いいよ」
「聞きなさい!!」
アルマデルの騒がしい声が食堂に響く。
「アルマデルさん、声の大きさを少し下げよう」
「くっ、マイペースな人が多すぎるッッ!!」
「そう、特に用は無いのですね」
「うん・・・」
「本当に何も無かったんですか・・・?」
どこか落ち込んだ様子のセナが引っかかって仕方ないアルマデル。
「セナがそう言うならそうなのよ。ね、セナ!」
「うん」
「セナ、イザベルのテンションに無理に合わせなくて良いんだぞ」
「うん」
何もないなら、3人は何も聞かなかった。
セナはただひとり、沈みゆく夕日を見つめながら、これからとこれまでを振り返っていた。




