魔力の森にて 四
初めて人を殺したのはいつだったか、9歳の時だったかな。
ナイフが相手の肉に刺さっていく感覚は、短い自分の人生経験では言い表せない感覚だった。
「初めて人を殺したけど、感想とかある?」
「特には」
「そっか、初勝利おめでとう。シフォンに美味しいもの頼もうね」
少し適当なその手つきで頭を撫でられる。
表情がほとんど変わらないこの人は、私が勝つと心なしか嬉しそうだった。
「シャル様は、私が勝つと嬉しいですか?」
「うん。嬉しいよ」
なら、次も勝とう。
5勝、10勝と、次々と勝利を重ねた。
気がつけば私は、周りからはいじんと呼ばれはじめていた、けれど、相手からはいつも死ねとか殺してやるとか言われていた。
「シャル様、死ねってどういう意味ですか?」
「どうして?」
「私が勝ちそうになると、相手の人によく言われるの」
私にはその言葉の意味が分からなかった。
口から、身体中から飲めない赤を垂らしながら、何度も言われた。
「さぁね、意味なんて無いと思うよ」
「そうなんですか?」
「うん」
「・・・どうして、血を流すとみんな倒れるんですか?」
私もよく血を流していたけど、倒れた事は一度もなかった、倒れればご飯を貰えなかったから。
「倒れたらお腹空いちゃうのに」
「眠くなっちゃったのかもね」
「そうなんですね」
倒れ伏して運ばれていく相手を見やりながら、納得していたら、シャル様が笑った。
「もし、力が欲しいってなったら貴女も言うといいよ」
「何をですか?」
「死ね、って」
シャル様はまた、私を撫でた。
「わかりました」
シャル様がそう言うなら、今度からはそうしよう。
死ね。
「追い詰められすぎ、今日はご飯無し」
死ね──。
「時間かかったね?貴女ならもっと速く仕留められたよ」
死ね──っ
「ボロボロだね。もっと反省して」
死ね、死ね。
「うん、良い感じだった。今日は豪勢にしようね」
そして、97戦目の事だった。
「はぁ、はぁ・・・」
「あれ」
いつも通り、相手は血を沢山流して、一度倒れ伏した。
それなのに、また再び立ち上がってきた。
「おーっと!!〜〜〜選手、立ち上がる!!致死量の出血をしてるのに、立ち上がりました!!!」
騒がしい声は、思考する私の耳には届かない。
沢山斬った、腕の関節、脇、太もも、顎。
「・・・は、はは、はははははは!!!!」
「──なんで」
相手は高らかに笑った、身体中から血が噴き出ている。
「・・・死、ね。化け物──ッ!!!」
「は、ぁっ──」
不気味な笑顔だった、シャル様が時々浮かべるのとは程遠いもの。
胸の中にある鼓動が逆立つ、初めて感じる感情だった。
衝動のまま、駆け出して、同じ様に相手を斬りつけた。
「はいじんの連撃が決まる決まる!!〜〜〜選手、何も出来ずに耐えています!!!」
斬った、刺した、捻った、ぐちゃぐちゃにした。
「はぁ、はぁ──」
「・・・ゲホ、まだだ」
「──ッ」
なんで、なんでなんでなんで──。
「死ね!!!」
もう何がなんだか分からなかった。
こんなにナイフを振った事は無かった、こんなにナイフで刺した事は無かった、こんなに抉った事は無かった。
「死ね!!死ね!!!死ね!!!!!!!!!」
倒れ伏した相手に馬乗りになって、頭を何度も滅多刺しにする。
肉に食い込む感覚はほとんどなくて、あったのは骨を砕く感覚だった。
立ち上がらないで、もう眠って、これ以上時間をかけたら私はご飯を食べられない。
「死ね!!死ね!!速く、速く死ね!!」
喉に突き刺す、そこ起点にして点を線にしていく。
重たくて、力一杯使わないとナイフが上手く動かなかった、それでも、本能のまま裂いていく。
起点に到達すると、ナイフが軽くなった、それと同時に相手の頭がコロコロと転がっていった。
よくやった!!!はいじん!!!
その異端者をよく殺した!
神聖な闘技場で、魔法を使うなんて!!
観衆の声なんて耳に入らなかった、身体にのしかかる疲労感と、ずっと騒がしいこの胸の中にしか意識がいかない。
肩で息をしながら、首から離れたその頭を見やると。
「ひ・・・っ」
生気のないその瞳が、私を見つめていた。
「は──ぁ」
夜風がルリとセナの頬を撫でた。
荒い息を吐き続けるのは馬乗りになっているセナの方で、逆に落ち着いた呼吸を繰り返すのはルリだった。
「はぁ、はぁ、はぁ──!!」
セナの持っているナイフはいつでもルリの首を刎ねれる、だというのにルリはそんな少女の瞳を見つめ続けている、というより、見惚れていると言った方が近い。
「・・・殺さないのかな」
「うるさいっ!!」
ナイフを握る手に力が籠る、夜風は涼しいのに身体の熱が冷める事がない。
バレた、ミラの事が。
その事実がセナの思考を奪っていく、糸に操られた様に身体が言う事を聞かない。
殺さないと、私はもう戻れなくなってしまう。
「セナ、殺すのか?その女を」
「──っ!!」
ミラの声はどこか冷めていた。
「だって、こ、殺さないと!!!私、もう学園に戻れなくなっちゃうんだよ!?」
「セナさん・・・?」
急に大きな声で叫ぶセナに、ルリは戸惑う。
「こ、殺して・・・、じゃないと、もうわ、私の、私は夢から、覚めちゃう・・・っ」
暖かい居場所も、美味しいご飯も、剣術も魔法も、アルマデル達とも会えなくなってしまう。
「ミラも・・・離れちゃう──!」
ナイフを掲げる、両手に持って力を最大限に込めて、狙いを定める。
「はっ、あ──。は──」
息を呑んでルリの眉間に狙いを定めて、ナイフを突き立て──・・・。
「つまらんな、貴様」
ミラの言葉で、ピタリとナイフが止まった。
「良いだろう、ならば殺せ。またもう一度、その手を血に染めるといい」
「──っ」
金色の瞳が揺れる、口はガチガチと震えて恐怖に絡め取られている。
「お前がそいつを殺したら、次は貴様の番だ。安心しろ、我が貴様を殺してやる」
酷く簡単に伝えられた言葉だった。
「な、なんで──!」
「つまらん奴に興味は無い」
「ぇ」
一瞬セナは固まる、ナイフは力無さげに手から離れていって、地面に落ちる。
「!」
「あぅ・・・っ!」
その隙をついて、ルリはセナを押し除ける、そのままナイフを拾い上げ、セナから距離を取る。
「一体、何が・・・」
押し除けられ、尻餅をついたままのセナを見つめればどこか普通ではない。
「セナさ──っ!?」
近づこうと歩み寄ろうとした途端、辺りの空気感が変わった。
近づくな、と何かに言われている気がする。
「セナ、その程度の理由でお前は人を殺すのか」
「・・・っ」
「いとも簡単に人を殺すのだな」
そんなわけ無い、人なんて殺したくない、だから私はあの人から離れたのに。
貴女に、ふたつの選択肢をあげるよ。
差し出された手には、シャル様がいつも使っていたナイフが、そこにあった。
いつも私に傷をつけた綺麗な銀色。
「怖気付くな。お前はもう選択出来る側の人間だ」
顔を上げれば、ミラが揺らめいていた。
黒い桃源郷、なんと自分に都合の良い存在だったのかセナは理解する。
ミラはいつだって欲しい言葉をくれる。
「吐き出すのだ、今お前はどうしたいのだ?」
「・・・っ」
震えていた自分の手が、少しだけ和らぐ。
「セナさん?」
「──み、見逃して下さい」
「え?」
それは逃避の言葉だった、あまりにも自分都合な言葉でしか無い。
「お願いします」
「君という存在は、エルセルク──、いや、この世に被害をもたらすかもしれないんだ」
「そんな事は絶対にありません」
「心蝕、されているんだろう?」
初めて聞く単語だったけど、今の自分の状態はきっとそれの事なのだろう。
けれど、セナには確信があった。
「多分、そうなんだと思います。わ、私の魂には悪魔が取り憑いています」
「──、そうか」
「でも!私の悪魔は、悪い存在じゃないんです!!」
「戯言を。悪魔は数々の悪事を働いた、信じられないよ」
「・・・ホ、ホワイトデイさん」
そう、ミラの存在を知っているのはセナだけではない、1番最初にミラに気づいた、純白の魔法使い。
「ホワイトデイ様?」
「ホワイトデイさんが証明してくれます。この悪魔は、悪い存在じゃないって」
「・・・いづれ、その悪魔は君という存在を喰い破って生まれて来る。わかるかい、死ぬんだよ。君は」
「それでも良い・・・です」
ミラは最初に言ってくれた、セナの魂を喰って再びこの現世に生まれると、今は原因がわからず食べれないらしいけど、いつかそれが実現する可能性はあるだろう。
でも良い、良いんだ。
「どうして、そこまでその悪魔を守ろうとするんだい」
「私を、見つけてくれたから」
「見つけた・・・?」
「生かすと願われた、だから私も・・・ミラが願った私であり続けたい」
血に濡れ続けた自分にとって、それは救いだった。
この世界で初めて生きても良いと願ってくれたのは、この黒い魂だったんだ。
「ルリさん、お願いします。私を、見逃して・・・っ」
聖女の様にセナは手を組んで祈った。
どうか届いて欲しい、ミラと自分を離れ離れにしないで欲しい、この先の日常にこの魂を持っていっても良いと許可を欲しい。
「・・・わかった。けれど、もしホワイトデイ様に事情を聞いて、少しでも不信感があれば、また君の前に、ボクは現れるよ」
「──っ!あ、ありがとうございます!」
祈りが届いたのか、ルリは剣を鞘に戻してくれた。
「もう遅い、速く野営地に戻ろう」
「は、はいっ」
ルリは拾ったナイフをセナに渡して、来た道を2人で戻る。
後ろをついて来る、小さな少女を見やる。
ルリに刻まれた一刻、脳裏に焼きついた光景を忘れる事は無いだろう。




