魔力の森にて 一
森と聞いて、一般の人間ならまずは緑豊かで動物がノビノビと暮らす、そんな一帯を思い出すだろう。
「アォォォォン──!!」
「また狼角の咆哮!?アルマデルさん!」
「分かってますわ」
アルマデルは指を一本かざして集中する、魔法使いにとっての必須技術のひとつ、魔力探知。
魔力を大きく展開して、その包囲に触れた魔力の所在を特定する技術だ。
「4・・・、いえ5ですわね。3匹が先に先導してきます」
「了解〜!」
「確認しました。行きます」
アルマデルの言った通り、狼角が3匹。獲物を見つけたかのように恐ろしい形相で向かってくる、踏み鳴らす足音ですら静かで、草木が遅れて揺れる。
「アルマデルが魔力探知使えてよかったな」
「うっ」
ロイドの一言にダメージを受けたのはセナだった。
それも仕方ない、何を隠そうセナは微細な魔力操作が極端に下手だった。
自分を起点にして、湖を作る様な感覚とは習ったが、やはりというかこの娘はどこまでも不器用でした。
「ふむ、中々の魔力探知だ。ここまで広く探知出来るとは」
──ミラも一応、魔力の塊だよね?なんでアルマデルの魔力探知に引っかからないの?
「我の魔力の所在はお前にある。並外れた魔力操作を持てなければ引っ掛かることはない。ホワイトデイ程度なら、我を見つける事は出来よう」
──へぇ・・・。
なんて、呑気に隣人の魔王であるミラと会話していたら、剣士2人、イザベル・ステインとアーバン・ロックスの華麗な剣技が決まっていた。
「──ッ!!クゥゥ・・・!」
同じ様な悲鳴をあげて、3匹の狼角が地に伏せる。
「いぇーい!見てた?」
「イザベル、集中するんだ」
「あ、ごめんっ」
「私がやります」
アルマデル、ここで一歩前へと出てくる。
目を閉じて集中して、それは対象を探していると同時に、扱う魔法のイメージを作り出していた。
「見つけた──!」
利口な2匹の狼角は先の木の影に隠れている。
ならば、その木ごと切り裂ける風魔法を放つべきだと思考が到達する。
「[切り裂く烈風]」
「ギャッ!?」
「グゥゥゥオンッ!!」
狼角達の呻き声が聞こえて、アルマデルの肩の荷が降りる。
「ふぅ、ただでさえ視界の悪い森の中。気を抜けませんわね」
「正確な魔法だったわ!さっすが〜!」
「ありがとうございました。アルマデルさん」
「・・・」
「えと、わ、私の顔に何かついてる?」
事が終わって、アルマデルは真顔でイザベルを見ていた、摩訶不思議な生物を見る様な眼差しでジーッと。
「貴女、魔法を扱った経験は?」
「え、えっと無いわよ。剣士の家系だし、昔から剣しか教わってない・・・」
「──そう」
そして、深く考え込む。
「どうしたのかしら・・・」
「アルマデルさんは顔に出ないから、いまいち掴みづらいかもな」
戦闘が終わって、場の空気感が緩む。
それを見て、ロイドは近くの切り株に腰を落とした
「ほら、気を抜くなぁ〜。魔力が充満した森は、いつどこから魔物が来るかわかんないからなぁ」
「いや、1番脱力してるの先生よね・・・」
イザベルのツッコミに対して、煙草に火をつけて返すロイド・パニスター先生。
そんな教師の目線は、2人が手に持っている剣に向いていた。
「どうだ、真剣の感覚は」
「少し重いです。普段は、細身の剣を使ってるので」
「僕は丁度良いです」
「そかそか、良かった良かった」
煙草を吸い込み、吐き出す。
次に見たのは、ロイドの近くでボーッと2人を眺めている灰色の少女、セナ。
「不満か?」
「・・・うん」
「素直なやつ」
セナは、腰に携えたナイフを撫でる。
2人とは違って、剣士ではないセナは2人の真剣が羨ましく思っていた。
魔法使いとして支給された、銀色のナイフ。
「魔法使いとしてここに来るって言ったのは、お前自信だろ?残念だったなぁ〜、プレゼントがナイフ一本で」
この郊外学習では魔物との実戦が主であるために、学園側から武器を支給される。
学園でいつも振るっている刃の無い剣ではなく、裂けば斬れる本物を。
「どうして魔法使いはナイフなんですか・・・」
「剣を持っても使う場面ないだろ。護身用で持つならナイフのがいい」
「そうですわよ、魔法使いとナイフは結構所縁があるんですから、例えば薬草を採取する際、生き物を解体する際なんかに──」
「・・・」
「不貞腐れてますわね」
セナは持ってきていた訓練用の剣に触れる。
何も傷つける事が出来ない、というのは美点なのか、はたまた難点なのか。
思考に陥る寸前、セナの瞳に光が消える。
「──ッ!」
「どうした、セナ」
セナの表情が変わる。
「・・・なんかいる」
「え?・・・魔力探知には何も」
──感じませんわ。
そう言おうとした途端、茂みが揺れた。
「ガァァァァァウッッッッ!!」
まさに一瞬だった。
一際大きな狼角、体毛は他とは違って白毛であり、一瞬でそれがボスであるとセナは認識した。
──殺すべきだ。
幸いな事に、その獰猛な牙はセナに向けられていた。
その殺意に勘づいたセナに向けられた。
セナは手を伸ばす。
無意識のうちに伸びた。
ナイフという名の、隣人に。
「ギャァァ・・・ッ」
気がつけば、白色の狼角は3度切り裂かれて、血をあげて、倒れ伏していた。
「え」
煙草を口に咥えながら、固まっていたセナに近づいたのは、今まさに群れの長を切った本人
「こら」
「いたっ」
ロイドが、セナの頭にチョップをかます。
血を払う様に、剣を振りながら、血液なんて一切付いてないのに。
「ボーッとするな。お前ならやれたろ?」
「あ、えと」
「──せ、セナ!!だ、大丈夫ですか?怪我は?」
事の重大さに気づいたアルマデルは、すぐにセナへと駆け寄った。
「どうしましたー!?」
「何かあったのー?」
アルマデルの絶叫を聞きつけて、周囲の警戒をしていた2人が戻ってくる。
「白毛の狼角・・・。もしかして、これがルリ様の言っていた?」
「かもな」
レヴァーティア近辺で被害を出している老年の狼角。
長い時を経て白に染まった狼角は、黒い血を流しながら息絶えている。
「えっと、一体どうすれば?」
困った様にアーバンはロイドに問いかけた。
咥えていた煙草を思いっきりを吸い込み、灰を落としながら教師は立ち上がる。
「報告あるのみだろ、ほら、ナイフ持ちの方々〜」
「はいはい。セナ、やってみますか?」
「う、うん」
少し震える手で、セナはナイフを鞘から引き抜くと同時に、逆手に切り替える。
「・・・様になってますわね、解体の経験はあるんですか?」
「え?あ、えと・・・。ホワイトデイさんの手伝いで」
「あぁ、そういう事」
「・・・」
「ロイド先生?」
「なんだ、イザベル」
「いや・・・あの、それ」
イザベルが指差すのは、口に咥えている煙草だった。
今更何か、教師が仕事中に吸う事に苦言でも溢すつもりなのかと、身構える。
「イザベル〜、今更言うか〜?それはさ」
言っても意味無いぜ、なんてカッコつけて言おうとした途端、唇がとてつもない熱源に触れた。
「あ゙っづぅ!?」
「煙草、もうほとんど無いですよ・・・」
アーバンが言うには、頭を斬り落とせば良いとの事で、セナはアルマデルの指示に従いながら、白狼角の首にナイフを立てる。
「ぐるっと──、そうです。頭を持ち上げて、そうそう」
「後は骨か、任せてくれ」
アーバンが構えて、その首に剣を振り下ろした。
鈍い音を立てて、首の骨を断ち切る事に成功したらしく、ボトりと首が落ちた。
「お疲れ様、セナ。ナイフの扱いとても上手ね」
「うん、ありがとう」
指で血と脂を拭き取って、セナは小さな銀をしまった。
「セナよ、手慣れているな」
──まぁ、色々とね。
「そうか?感嘆な腕前だ、そんな特技があるなら何故言わん?」
──特技では、無いかな。
「さーてと、ルリさんに報告しに行こうか。野営場所に戻ろう」
白狼角の頭を布に包みながら、ロイドは立ち上がる。
「セナ」
「え、はい?」
「・・・いや、何でもない。ほら、移動移動〜」
目的の成果を持って、5人は来た道を戻る。
黒色の血を流す、狼角達の死体をその場に残して。
「う〜ん」
「どうしました?アーバンさん」
先程の狼角達に後ろ髪でも引かれているのか、チラチラと背後を気にしている。
「アルマデルさん・・・。いや、ただおかしいなって」
「おかしいとは?」
「狼角は仲間意識の強い魔物だ。なのに、さっきの戦いでは、それとは正反対だった・・・」
険しい顔が更に強くなる、その横に並ぶのは、険しいとは遠縁である軽薄男。
「犠牲ありきの狩りはしないのが狼角の特徴だ。最後のコイツみたいに、極力姿を見せないんだよな」
「そうです、それを言いたかったんです!」
「それは・・・つまり──」
「見て見て!こんなキノコ見た事ある!?」
真面目な会話を切り裂いたのは、お転婆娘のイザベル・ステインだった。
「何これ!何これ!?私こんなキノコ見た事ないわ!」
「・・・炎煙茸ですわね。レヴァーティア近辺で見かけるキノコです」
ため息を吐きながらも、イザベルの好奇心に返答を返すアルマデル。
当のお転婆娘はその答えに更に目を輝かせる。
「へぇー!!道理で見た事無いわけだわ!ねぇ、これって食べれるの?」
「食べれません。炎の煙の通り、酸性に触れれば溶けて有毒の煙を出すので」
アルマデルの説明を4人の人間は、おお〜っと感心な声を漏らしながら、拍手を送った。
「すごぉいっ!とっても物知り・・・!!」
「博識だね。流石はヒースクリフ家だ」
「将来は安泰だな」
「けほ、アル、けほ、ごほ。凄いね」
「ま、まぁ?これくらいどうって事・・・、待って?セナさん?貴女、その口から出てるのは何?」
咳き込み、お腹を摩りながら、セナは煙を吐き出しながら褒めるもそんなのはどうでもよかった。
「けほ、美味しかった」
「何してるんですの!?み、水!誰か水を持ってませんか!?」
「あるわよー!!」
しばらくして──。
「ごめん、美味しそうだったから食べちゃった」
「アホですか!?生えたキノコを食べるなんて何を考えてるんですの!!」
「お腹痛い」
「でしょうね!」
水を飲みながら現状を伝えるセナの背中を摩り続けるアルマデル。
「具合は大丈夫か?有毒と言っていたが」
「大丈夫、ありがとう。アーバン」
「どうやったら、毒への耐性がつくんだ?」
「そこですか・・・」
何故セナがキノコを食べたかというと、何を隠そう側に漂う黒き魂、ミラの犯行だった。
当の魂は大爆笑していた、アルマデルが聞いてなくてよかった。
「どんな味だったの?」
「結構クリーミーだった」
「へぇー!」
「本当に大丈夫ですの・・・?痒みが出たりとか」
「ないよ」
もう体調は戻ったのか、セナの口から煙が出なくなった、代わりに煙を吐き出したのは煙草を吸っていたロイドだった。
「料理したら食えんの?」
「食べれません」
「セナならいけそうだな」
「食べれませんって」
アルマデルはこの5人を見て、ひとつのこと察してしまった。
──まともなのは、自分だけかと。




