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向かうは森へ


 あまりにもな寒さにセナは目を覚ました、ガラガラ、と車輪を動かす音を聞いて、今自分は竜車に乗っていると確認した。

 キャビンの中を見渡す、友人が眠っていた。

 アルマデル、イザベル・・・。


「あれ?アーバン・・・?」

 いなかった、この4人の中で唯一の男子、アーバン・ロックスがこの場にいなかった。

 もしかして、落ちちゃった?

 なんてアホな考えが脳裏を過り、セナは慌てて外に出る。

 幸いにも、竜車は低速で移動している。

 セナの様な小さい体躯で足を動かしても、隊列は乱れる事はなかった。

「おはようございます。どうしました?」

「えっと・・・友達が、1人居なくて」

「ん、ああ!アーバン様ですか?それなら、後ろの竜車で睡眠を取ってますよ」

 1人の兵士が物腰柔らかくそう言った、全身は甲冑に包まれているから、どんな見た目をしているかは分からないけど、優しい印象を覚える。

 ひとまず、アーバンは落ちておらず、別の竜車で寝ていると聞いて、セナは安心感を覚えた。

 ここで、キャビンを引いている小竜達が、セナを見つめていた。

 1匹が声を上げた。

「ギャウ」

 その声がすると、1匹、また1匹と鳴き声を上げていく。

「ど、どうしたの?」

「珍しいな・・・。君に対して敬意を払っているんですよ」

 頭を垂れながら、セナの視線よりも低く下がった小竜達の瞳は、淡いシアンで綺麗だった。

「これでも竜の血脈ですから、プライドが高い子達なんですよ」

「そうなんですか・・・」

 セナにはひとつの確信があった。

 その視線の先にいる、黒色の魂を小竜達は見つめている。

 敬意を払っているのは自分ではなく、ただ宙に漂っているだけのミラに対してだろう。

「頭、撫でてみますか?」

「・・・だ、大丈夫です」

「そうですか?」

 変に誤解して、手でも噛まれたら嫌だったセナはその言葉を断って、登っていく朝日を見た。

 光は登っているのに、どうして世界はまだ少し暗いのかな、という疑問を抱えていると、前の竜車が開いた。

「うお、さむさむ。早朝は冷えてて嫌だね〜」

「ロイド先生」

「ロイドさん、おはようございます」

 煙草をマッチでつけながら、出てきたロイド・パニスターが現れた。

 ひとつ煙草を吹かしながら、こちらに歩み寄ってくる。

「おはよう、なんだセナ、早起きだな」

「おはようございます、ロイド先生も速いですね」

「煙草を吸いたくてな、ふわぁ〜あ・・・。ふぅ」

 欠伸をしながら煙草をまた吹かす。

 モクモク、と煙がミラの方向へと漂っていく。

 魂はその煙を浴びて、文句をひとつでも言ってやろうかと思ったが、聞こえないだろうからやめた。

 代わりに、セナの頭の上へと移動し、休憩し始める。

 

「セナ、ひとつ聞いていいか?」

「なんですか?」

 しばしの沈黙の中、ロイドが口を開いた。

 煙草を吸い終わり、吸い殻を小さなポーチに仕舞う仕草は手慣れていた。

「剣の事だ。誰から習ったんだ?」

 ロイドとユリウスは互いに平民出身だった。

 その道の人間として歩んだ結果、貴族となる名を貰い、今日ここまでやって来れた。

 これはひとつの好奇心、ユリウスから度々聞かされていたセナの印象。

 闘争本能、無自覚の剣才、剣の重さ。

 気になった、ロイドは教師としてではなく、ひとりの剣士としてその剣の所在を聞いた。

「誰・・・。それは、秘密です」

「えぇー、なんでだよ」

 セナは、自分の師がアルスだと言う事をあまり言いたがらなかった。

 武に囚われただの、剣の亡霊だの言われていたから、というのもあるが、それ以前に、アルスは自分の話をしたがらなかった、それは老人となって、セナに剣を師事してもなお変わらなかった。

 セナはそこで識った。

 力というのは、言いふらすものではないと。


「私の先生は、そういうのを嫌ってたから」

「そうか・・・。ま、そういう師匠もいるわな」

「ロイド先生は?誰かに師事されてたの?」

「ん?あぁ、まぁ、ちょっとな」

 そこで、先程の兵士が言葉を挟んだ。

「ロイドさんの師は、騎兵隊3番隊長のガイア・エバーテイル様ですよ」

「おい、勝手に言うな・・・」

 嬉々として言われても、セナはピンと来なかった。

 ミラに問いかけても。

「知らん」

 とだけ言われてしまった、なんと冷たい事か。

「はい、この話はやめやめ。ったく、最近の若い奴はすぐに言いふらすんだから」

「あはは・・・。すみません、ロイドさん」

「いや、良いんだけどさ・・・」

「ガイアさんって?」

「あのな、空気を読んでくれ。大人には、人に言えない事のひとつやふたつあるの」

「実働部隊で唯一、魔法と武力に精通した人ですよ」

「あれ?2人とも、俺の話を聞いてる?」

 魔法、武力の両立と聞いて、セナの瞳が輝いた。

 なんせ、それはまさしく己の到達点ともいえる人物だったからだ。


「面白い話をしているね」


 突然、背中から声をかけられた。

 銀髪が揺れて、夜の化身が人間の姿を模れば、きっと、こうなる。

 セナは記憶を振り返って、名前を絞り出す。

「ルリ・・・さん。おはようございます」

「おはよう。君は起きるのが速いね」

 ルリ・トリスタ、騎兵隊の1番隊長である彼女は、部隊の体調確認のため、後ろから声かけ、異常は無いかの確認等をしていた。

「それより、セナさんはガイア様に興味があるのかな?」

 麗しい声はどこか揶揄いを含んでいる、その視線の先を見れば、理由は明らかだった。

「勘弁してください、ルリさん・・・」

「はは、セナさん。この通りロイドさんが嫌がるから、ガイア様の話が聞きたかったら、後でボクに聞きに来るといいよ」

「わかりましたっ」

 これは面白い話が聞けるとセナは嬉しそうに返事をした。

 

 それと同時に、前の方から笛の音が聞こえた。


「前方!!狼角の群れに遭遇!!」

 どうやら、魔物の群れに出くわしたらしい。

 兵のひとりが、慌ただしくも、努めて冷静にそれを大声で伝えた。

「おおよその数は!!!」

「10体前後です!!」

「小竜に叫ばせろ!!」

 ルリがそう言うや否や、ロイドと側にいた兵士が慌て始めた。

「セナ、ほら、竜車の中に入るぞ」

「え?え?」

「速く入りましょう、耳がいくつあっても足りません」

 バダバタ、と半ばロイドに抱えられる様に竜車の中へと入っていく、それに合わせてルリも竜車へと入った、おかげさまで中は少し窮屈だった。

「耳、塞いどけ。ルリさん、イザベルの耳を」

「ああ、もちろんだ」

「な、何が始まるの?」

 セナはアルマデルの耳を塞ぐ、何が始まるかはわからないが、そんなセナの耳を、ロイドが塞ぐ。

「まぁ、あれだ。早朝に鶏が鳴くみたいなもんだ」

「・・・?」

「何が始まると言う──」

 ミラが言い終わる前に、小竜達の息を吸う音が聞こえてきた、そして。



 ──ガァアァァァァァァァァァァッッッッ!!!!


 ビリビリと、痺れる様な感覚に陥る。

 空気を切り裂いたかの様な、金切り声の様な、とりあえず、それは声とよりも振動にも近い轟音だった。

「な、なに!?ちょ、何してるんですの!」

「う、動かないで・・・」

「きゃ、え、ちょ、ルリ様!?」

「おはよう」

 寝ていた女子2人が飛び起きた、当然だ、いきなり騒音が聞こえてきたら、誰だってそうするだろう。

「ふむ、一種の音響定位かと思ったが、竜種特有の大音響か」

 竜車を引き摺る小竜達の喉は以上発達しており、独自の音波を響かせる事が可能だ、けれどその代わり炎は吐けない、その音は中位の魔物ぐらいなら怯んでしまう程。

 所謂、威嚇というやつだ。



 数分経って、鳴き声は収まった。

「もう、いきなりなんです!?」

「あ、ごめん。アルマデル」

 パッと耳から手を離せば、アルマデルはプリプリと怒りはじめた。

「びっ・・・くりしたぁ〜。あれ、アーバンは?」

「アーバン君なら、後ろの竜車にいたよ」

「はぁ・・・。──あ、あの、ルリ様?その、お手をそろそろ離してもらえると」

「おっと、すまないね」

 ルリと話せるだけでも嬉しいのに、過度な触れ合いには耐えられないのか、イザベルは耳まで真っ赤になっていた。


 

「いやぁ、まさか狼角の群れだなんて。街道で出くわすとは思わなかったな」

 先程の件のおかげで、みんな目を覚ましてしまったらしく、緩やかに動く竜車と並歩している。

 セナの隣を歩くアルマデルが欠伸をひとつ溢した。

「アルマデル、まだ眠い?」

「いえ、平気ですわ。・・・にしても、朝の空気が美味しいですわね〜」

 2人は手を繋ぎながら、他愛もない話をしている。

「・・・へへ」

「どうしました?」

「ううん、アルマデルと仲良く出来るの、嬉しい」

 昨日の確執は、時間でいえば一瞬だったが、セナにとってはとてつもない傷だった。

 持てた繋がりを断たれることは、灰色の少女に残された傷よりも痛々しい。

「・・・ま、この私と仲良く出来ることを光栄に思う事です」

 ミラみたい。

「おい、一緒にするな」

 だからこそなのかもしれない。

 アルマデルの自信満々な振る舞いは、早朝の朝日よりも輝いている。

 この人と仲良くなれて良かったと、セナは改めて認識した。

 

 

 

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