埋め合わせ
炎天下の駅前。日陰のない時計台に容赦なく夏の日差しが照り付け、遠くに見えるアスファルトからは立ち上るように陽炎がゆらゆらと畝っている。
強烈な日光は俺の体表面にも降り注ぎ、引きこもり気味で不健康な色をした俺の肌を焦がしていた。
「おい暑すぎるだろ……肌の色だけサーファーみたいになっちゃうよ……」
このままでは日焼けした引きこもりとかいう気味の悪いパラドックス生物が誕生してしまう、危惧した俺はその時計台からそそくさと退散して、日陰のある駅の壁沿いへと避難した。
「まぁでも、これでちょっとは不健康なイメージが払拭されて、体育会系の感じ出たかな」
「ちょ、こんなとこにいた!」
俺が汗を拭って水分補給していると、後ろから女の子の声がかかった。振り返ると、そこにはウェーブのかかった金髪に、耳には何個もピアスをつけたオシャレなギャルが立っている。
「え、あれ、着いてたならメッセージ送ってくれよ。うっかり小麦色のサーファーになるところだったぞ」
「いやいや雄太が日焼けしても日焼けした陰キャになるだけだから。雰囲気が陰気すぎて全然サーファーに見えないし」
え、俺ってそんなに負のオーラ漂わせてたの?どんだけ忌むべき存在なんだよ、もう負の世界遺産とかと肩を並べるレベルだろソレ。
「てか、アタシ何回もメッセ送ってるし!全然既読付かないから、てっきりまだ寝てんのかと思ったじゃん!」
「え、あー、ごめん通知オフにしてたから気づかなかったのか、すまん」
「メッセの通知オフにするってどういうこと!?マジ意味わかんないんだけど!?」
「いや、むしろ当たり前だろ、俺基本メッセージの通知はオフにしてるぞ」
「マジでどういうこと!?それじゃメッセ即レス出来ないじゃん!」
「いや、即レスするほど大事なメッセージなんて来ねえよ仕事じゃないんだから。てか、ゲームしたりアニメ見たりしてる時に通知来たらウザいだろ、集中できないだろ」
特に、エッチな動画見てる時にお母さんからメッセージ届いた時とか、ウザいを通り越して、なんか死にたくなるよな。こんな息子でごめんなさいって思うよなアレ。
「いや、にしても通知切るって、アタシからしたら理解できないんだけど。急に誘われた時とか気付かなくない?」
「ごめんその急に誘われるってのが俺には発生しないんだ」
「あー、なるほど」
何がなるほどだ、その納得のされかた全然嬉しくないぞ。
「てか、仮に立科は急に誘われることがあるとしても、とはいえ通知は邪魔だろ。特に、えっ……あー、立科は女の子だから、母親からのメッセージで絶望することがないのか、なるほど」
「なんか意味わかんないけど、絶対しょうもない話だよねソレ!」
確かに、女の子は男より自家発電をする人の割合が少ないと聞く。そう考えると、メッセージの通知も男より邪魔にならないのかもしれない。
しかし、仮に自家発電をする女性がいるとしたら、結局は俺みたいに親からの通知で自己肯定感がごそっと削られたりするんじゃないだろうか。そう考えると、立科はそういうことしないタイプなのかな。これ以上そのことを考えると立科への名誉毀損による慰謝料支払い義務が発生しそうだからやめておこう。
「まぁ、通知オフにしてたのは謝るけど、待ち合わせ場所は時計台の下だったよな?」
「日陰がないなんて思ってなかったの!日焼け止め塗ってても、こんな日差しじゃ肌にダメージあるし!肌は女の子の命なの!」
「そんな気にするか?立科は肌綺麗じゃん」
俺が訝しんでそう言うと、立科は急に顔を真っ赤にして身を捩り、そこはかとなく満更でもなさそうに俺を睨みつけた。
「マジでなんなの雄太!意気地なしのクセに、毎回先手取ってくるなし!」
「は?なんの話だよ」
「この鈍感気取り!てか、せっかく2人で遊びに来てるのに、アタシの格好見て最初になんか言うことあるでしょ!」
そう言って白い小さなバッグを両手で持ち、立科は俺を覗き込むように口を尖らせた。
上から下まで黒を基調としたそのコーディネートは、肩が鎖骨まで出ているオフショルダーのトップスに、純白の太ももがあらわになっているミニスカートを合わせて、ニーソックスと厚底の靴が可愛らしさを演出している。その絶対領域は、言葉に違わぬ魅惑的なオーラを放っていて、俺が帝国主義時代のイギリスだったら何がなんでも併合してるくらい魅力的な領域だった。あぁ、領有したい、なんなら植民したい、住みたい。
ともあれ、やはりこの子は田舎の高校生とは思えないほどオシャレである。普段は制服姿ばかりを見ているため、彼女の私服のセンスとその美貌を目の当たりにした時には、惚けてしまうほど衝撃的に可憐だった。
「えっと、その、に、にに、似合ってます……」
「……不意打ちはするクセに、こういう時はめちゃくちゃヘタレなんだ」
立科はなぜか呆れたようにため息をつくと、今度は面白がるようにクスッと小さく笑って、俺の傍まで小走りで近づいてきた。おい近い近い、アンタみたいな美少女がみだりにパーソナルスペースを侵してくるな、俺がこんな街中でマリーミー!と叫んだらどうするつもりなんだまったく。
「んで?どこ行く?」
ピトっと二の腕をくっつけてきて、立科が人懐っこい愛玩動物みたいな無垢な笑みで首を傾げてくるので、俺は非モテ防衛本能からその柔らかな彼女の二の腕を振り払うと、スマホをポケットから取り出して気怠く弄った。
「うーん、都会ならまだしも、地方都市ってのは行くとこが無くて困るなぁ。暑いし、屋内の方が良いよなぁ。あ!帰宅とか?」
「あ!じゃないし!思いついたうちに入らないからソレ!」
「えー、うーん、じゃあもう行くとこないなぁ」
「どんだけ思い付かないし!デートの選択肢が帰宅一択って、シュミレーションゲームだったらクソゲーすぎるでしょ!」
確かに、何そのハードモードすぎる恋愛シュミレーションゲーム。恋愛ゲームに難しさ求めてねぇよ、そんなとこでカタルシス感じさせようとすんな。
しかし、立科も発言には気をつけて欲しいものである。デートて、今みたいなことを言うと、ほとんどの男は勘違いするぞ、もうちょっと美少女としての危機管理意識を持って欲しいものだ。
「ほら、雄太だって、かわいい女の子と一緒に行きたいところの1つや2つあるでしょ?」
「おいメタ発言するな。けど、あんだけ夜な夜な妄想したはずなのに、いざ考えろと言われると、意外と何も出てこないもんだな……」
「別に、そんな深く考えなくても良いし。雄太が行きたいところでも良いよ」
そう言われましても。こちとらヒトと遊んだ経験なんて片手で収まるレベルなんだよ、当然女の子のエスコートと仕方など知る由もなく。かといって、俺の趣味全開のモノに付き合わせるのは、少し気が引ける部分もあるのだ。
「うーん、えー、そうだな……」
「……え、そんな思い付かない?」
「ちょ、テレフォン使って良い?ファイナルアンサーは待って?」
「……シスコン」
「おい姉ちゃんに電話するなんて一言も言ってねぇだろ、人聞きの悪いこと言うな」
ボソッと突き刺す立科に、俺は慌てて誤魔化すように弁明した。
すいません、めちゃくちゃ姉に電話しようとしてました。女の子との接し方を、一から百まで指南して貰おうとしてました。あっぱれな慧眼でございます。
しかし、こうなるともう軍師あやめの手を借りることすら出来ずに、俺は戦場に放り出されてしまったことになる。俺1人で女の子のエスコートなんて無理だよぉ。
「くっ、万策尽きたか……人間16年……」
俺が天を仰ぎ、美少女との邂逅という天下統一にも等しい栄冠を目の前にして、儚くも散っていく己の運命に打ちひしがれていると、立科はジトッとした目で俺を訝しげに見つめた。
「てか、アタシと遊び行くのは決まってたんだから、前日までにはコースくらい考えとけし……」
「あのなぁ、俺みたいな天下無双の非モテ高校生に、そんな高度なことが出来ると思うか?」
「これ別に高度なことじゃないから!女の子と遊び行くのに、大まかにでも計画すんのは当たり前だし!」
さて、ここで俺が男女平等ジェンダーヒステリックを発動させて、ディベートに持ち込んで立科を論破することは容易いわけだが、そんなことをしても意味がないことくらい俺にでも分かるし、浅ましい論点のすり替えはこの場を収めるための解決策にはなり得なかった。
ともあれ、そんな男女の役割論に俺が苦笑いで閉口していると、立科はしなやかな金色の髪をクルクルと遊ばせて、伏し目がちに俺に言う。
「……こんなグダグダなの、アタシだから良かったけど、他の女の子にやっちゃダメだよ?」
「ん、あぁ。てか、心配しなくても、まず俺の周りにはこんなことやれる女の子がいないんだよ」
「……どうだか」
立科は心なしがつんけんした態度で、人差し指に髪を巻き付けて嘆息した。
「で、結局どうすんの?アタシ、今日は雄太にエスコートされたいんだけど」
「そもそも、なんで俺にそんなもん期待すんだよ、期待値低すぎて投資家だったら5流以下だぞ。せっかくの休日なのに、出資判断を見誤ったな、俺ならこんな不人気銘柄には絶対に投資しない」
「それ自分で言ってて悲しくないワケ!?てか、アタシが過去問見せた代わりに、雄太が遊びに誘ってくれるって約束だったのに、それに双葉ちゃんも安曇野ちゃんも呼ぶような詐欺したからでしょ!?あの時全然2人で居られなかったことの埋め合わせなんだから、雄太がしっかりエスコートしろし!」
それを言われると、俺も閉口するほかない。今日のこれは立科への埋め合わせとして企画されたモノであり、意見の優先権は彼女に帰属していた。
それに、夏祭りの時には無関係の彼女にいらぬ心配をかけさせてしまった。どうにも俺はそれが気がかりで、その罪悪感からこうして重い腰を上げてわざわざ駅前までやって来たのだった。
立科に何らかの不安感を感じさせてしまった以上、彼女がその代償として俺の拙いエスコートを望むなら、答える義務があるだろう。
「うーん……ゲーセンとか……?」
女の子が喜ぶであろう場所が一向に思い浮かばなかった俺は、脳内ストレージに存在している娯楽施設の中から最もレジャー性の高い場所を捻り出し、恐る恐る口にすると、立科は思いの外顔をパッと輝かせて飛びついてきた。
「ゲーセン!?良いじゃん行こ行こ!」
「え、良いの?こう言っちゃなんだけど、音ゲーやってる時の俺結構キモいよ?ガチ勢独特の手の動かし方するし、アニソンかゲーム音楽しか選択肢ないよ?」
「なんでヒトと行くのに音ゲーガチる気満々なの!まぁ雄太がやりたいなら別に良いけど、アタシそんな上手くないから手加減して!」
立科はそう言うと、俺の手首を掴んで街中の方へと引っ張る。俺はグイッと引っ張られた拍子に情けなくバランスを崩しながら、彼女に引かれるままにヨロヨロと歩を進めた。市中引き回しの刑も、美少女にやられるのはなかなか悪い気分ではない。
「ねね、プリ撮ろプリ!」
「恥ずかしいから嫌です」
「ねぇ良いじゃん撮ろうよ!雄太の死んでる目、めちゃくちゃデコって可愛くしてあげる!」
「人の顔で遊ぶ気満々じゃねえか。フリー素材じゃねえぞ俺の顔は」
「埋め合わせ!今日は雄太に拒否権ないし!」
「肖像権すら剥奪されんのかよ……1枚だけな」
「うん、10枚くらい撮ろ!」
巨大な駅舎にできた壁際の日陰に沿って、俺と立科はそんな他愛もないやり取りをしながら、ゲームセンターのある街中へと2人で歩いて行った。




