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祭り6


 お祭りのステージの横に添えられた骨組みのテント。俺は安曇野に引っ張られるように、その中へと入る。


 「おお!琴音ちゃん来たね!」


 「はい!お待たせしてすみませんでした!」


 先の中年男性が安曇野を向かい入れ、それに彼女はペコリと丁寧に頭を下げる。俺も申し訳程度に慣れない愛想笑いを浮かべた。


 「塚田さんは相変わらず歌が上手いねぇ!」


 「私は昔、テレビのオーディションで最終選考まで残ったことがあるのよ!」


 「へー!そりゃ上手いワケだ!」


 ステージの袖口で、階段を降りてきた中年女性に中年男性が声をかけて談笑している。あ、今は近所対抗のど自慢大会だったのね。マジ誰が見にきてんだよこのステージ。

 俺がその様子をげんなりと眺めていると、先の中年男性がこちらを手招きする。


 「あやめちゃんの弟くん!君ここから音響だから、次の香盤読み上げて!」


 「え、あーはい」


 まぁ、当然名前は覚えてもらえませんよね。姉の添え物として扱われた経験には枚挙にいとまがないワケだが、ともあれ毎回少し傷ついてしまうのは、俺に捨てきれない自尊心があるからだろうか。

 ノソノソと香盤表の置いてあるテーブルの前に行くと、オジサンにマイクを手渡されたので、言われるがままに俺は指さされた文字を読み上げた。


 「次は、田中五郎さん、山岸隆史さん、渡辺慎吾さんの、山町小ブラザーズによる、オカリナ披露です」


 おい自分で読み上げておいてアレだけどなんだこれ?山町小ブラザーズってなんだよ、ローカルすぎるだろ、むしろ見たくなってきたんだが。

 俺の読み上げに呼応するように、袖で待機していたパーティグッズのアフロヘアーを被った中年男性3人組が、目一杯はしゃいでステージに続く階段を駆け上っていく。普段は黙々と働いているオッサン達による年一の大チョケ、なんか悲哀を感じるよ、涙ぐましいなぁ。


 「ハッハッハ!アイツら今年もやってるぜ!」


 袖で見ていたオジサンが、腹を抱えて大笑いする。

 あえて言うが、それほど面白くはない。腰痛に悩まされている中年男性がステージ上で騒ぎ立てる様は、健気さと痛々しさはあれど、見せ物としての質は言うまでもなかった。

 つまり、知り合いだから面白がれるだけなのだ。文化祭の漫才や、結婚式の余興は、知り合いがやってるから見てられるだけで、全然知らないヤツのなんてつまらなすぎて見てられないのである。

 そして、俺はこの『マジ俺たち最強!地元最高!』みたいなノリに、どうしても馴染めそうにないのである。


 「あやめちゃんの弟くんも、何かステージでやるかい?時間的には余裕あるよ」


 「はは、遠慮しておきます……」


 そう声をかけてきた中年男性に、俺は乾いた笑い声で返した。やるワケないだろ、人前に出るなんて考えただけでも動悸がするわ。


 「さて、琴音ちゃんはお化粧からだよね。お化粧係の草間さんは?」


 「もうすぐ来るってよ、琴音ちゃんちょっとそこ座って待っててな」


 「はい!わかりました!」


 安曇野は着物を整えつつ、簪の位置を確認するようにスマホのインカメラをつけた。


 「へー、化粧なんてするんだ、大変だな」


 「日本舞踊だから白粉塗るのよ。このまま出るワケにはいかないでしょ」


 わざわざ白粉まで塗るとは、思いの外本格的にやるようである。

 俺がマイク片手に祭りの喧騒を眺めている後ろで、安曇野は待ち時間の間近所の人達との談笑をしていた。


 「琴音ちゃんの日本舞踊は今日のステージのメインだからね!期待してるよ!」


 「が、頑張りますね」


 「いやぁ、こんな可愛い子が踊ってくれたら、男たちはみんな喜んじまうよ!」


 「そ、そうですか」


 どうにも、安曇野の様子がいつもと違うような気がして、俺はチラチラとそちらを伺う。


 「こんなべっぴんさんなら、彼氏もいるんだろ?」


 「いやぁ、まだ出来たことなくて……」


 「あれ!こりゃ勿体無い!美人なのに、なんでだい?」


 「な、なんででしょうね……」


 「それならよ!ウチの倅が彼女いなくてよ!どうだい?」


 「え、ええ〜……」


 「だって彼氏いねえんだろ?な?デートくらいしてやってくれよ〜!」


 「は、はは……」


 おい、午前中までの愛想の良さ完全に失われて俺レベルまで下がってるぞ。流石に助け舟を出すべきだろうか。


 「おいおい、あんまり琴音ちゃんを困らすなよ。この子には、この町内会を背負っていって貰うんだから」


 「そうよ!変なこと言って逃げられたらどうすんの!琴音ちゃんがいれば、この町内会も、このお祭りも、安心して任せられるでしょ!」


 中年男性と中年女性の2人がその会話に割って入ったが、安曇野の表情は暗い影を落としたままだった。それ、多分助け舟になってないぞ。


 「いやぁ、しかし若いって良いねぇ。琴音ちゃんはここからどうするんだい?」


 「え、進路ですか?とりあえず、大学に行こうかなって……」


 「うんうん、地元の大学行って、その後は?やっぱりお父さんと同じで、地銀を目指してたりするのかな?」


 「地銀なら安定してるものね〜!」


 「え、えっと……」


 安曇野のその表情に流石に耐えきれなくなった俺は、思わずマイクをテーブルにおいて口を挟む。


 「……俺は地元の大学には行かないっすよ」


 「え?そうなのかい?就職するのかい?」


 「いや、違いますよ、東京の大学に行きます」


 俺はその問答に、少しの苛立ちを覚えながらも努めて冷静に話す。


 「東京の大学?卒業したら帰ってくるの?」


 「いや、分かんないですけど、どっちで就職するかは、就活の時に決めようかなって」


 ぶっきらぼうにそう言うと、オバサンが俺の肩をバシッと叩いた。


 「絶対長野よ!長野で就職した方が良いに決まってるじゃない!」


 「はぁ、そうなんですか?」


 「だって、ご両親の面倒は誰が見るの?お父さんお母さんを置いていくなんて可哀想じゃない!」


 だから、だから田舎は嫌なのだ。切れそうな堪忍袋の緒を、必死で結び直す。

 俺の生き方は、俺の意思に委ねられて然るべきである。千曲も、立科も、もちろん安曇野も、他人に生き方をとやかく言われる道理などないはずだ。

 俺は親に感謝している。しかしそれは、俺が親のために生きる理由にはなり得ない。ただそれだけのことなのだ。俺は親のために生きているのではない、俺のために生きているのだ。

 両親の老後を、知ったことかと捨て置くつもりはないが、それが俺の前途の障害になることを容認できるほど、殊勝な人間でもない。


 「……俺は、俺の幸せのために生きてます。俺のお父さんとお母さんは、そう願ってくれてるはずだし、そう願ってくれてたら良いなって、そう思いますけど」


 俺のその言葉に、オバサンは不機嫌そうに口をつぐんだ。俺だってあの少女達のように、自分の未来を夢想したい時があるのだ、少なくとも、アンタなんかの思い通りになってたまるものか。

 

 「……私、ちょっとお手洗いに行ってきますね」


 俺たちの様子を見ていた安曇野が、スッと立ち上がってそう言うと、まっすぐ歩いてテントから出て行った。

 しばらく、俺は肩身の狭い思いをしながらステージ袖で音響機械を弄っていたが、化粧係の女性がテントに来たのと同時に、周りが少しザワついた。


 「あれ?琴音ちゃんは?」


 「トイレに行ったっきり戻ってないね、ちょっと遅いなぁ」


 眉を顰めるオジサンに、俺はテントの外を指差しながら声をかける。

 

 「俺、探してきましょうか?」


 「え、でもトイレだよ?」


 「いや、分かんないですけど、とりあえず俺探してきますね」


 居づらさマックスのこの環境を抜け出す口実を得た俺は、そそくさと小走りでテントを出る。

 俺が向かった先は、トイレではなく神社の入り口方面。仮に本当にトイレだったとしたら、どのみち俺は入れないのだから向かっても意味はない。まだそれほど時間が経っていない以上、遠くには行っていないハズである。

 俺は鳥居をくぐり、遠くに見える影を追った。田園を吹き抜ける夏の風が、緑の稲を撫でつける。


 「おい、どこ行くんだよ」


 暗闇に溶けた漆黒の影に追いついた俺は、呼吸を整えつつ声をかける。


 「……ついてこないで」


 「いや、もうちょっとでアンタの出番が」


 「ついてこないでよ!」


 伸ばしかかった俺の手を、安曇野は強く振り払って弾いた。髪に刺さった簪のスミレが、カラカラと音を立てて揺れる。


 「なんで追いかけてきたの!?まさか、私の日本舞踊が見たいからってワケでもないんでしょ!?」


 「いや、少なくとも他の人はみんな安曇野のことを待ってて……」


 「誰も私のことなんて待ってない!」


 安曇野は叫ぶようにそう言って、着物の袖口をギュッと握った。瞬間、その大きな瞳から涙が頬を伝う。


 「待ってないって、そんなことは……」


 「だって、私のことなんて、誰も見てないもん……」


 安曇野は消え入りそうな声でそう呟くと、その砂利道に屈み込んで、肩を揺らしながらシクシクと泣いた。

 俺はその様子に狼狽えたが、一度深く深呼吸をして、安曇野と目線を合わせるように屈んだ。


 「そんなことないだろ。安曇野はみんなから頼りにされて、人気者で、俺なんかよりよっぽど……」


 「……しくしないで」


 「……え?」


 「アンタが私に!優しくしないでよ!」


 大粒の涙を溢しながら、安曇野は俺のことを見つめてそう言った。


 「そ、そりゃどういう……」


 「中学の頃、私がアンタにやったこと、覚えてる!?」


 「それは……」


 まさか、彼女がそれを、覚えていたなんて。俺が、俺だけが、いつまでも忘れられないのだと、そう思っていた。嫌なことだけが記憶にこびりついてしまう俺だけが、矮小にも忘却しきれない記憶だと、そう思っていた。


 「……安曇野も、覚えてるのか?」


 「忘れられるワケない!私だって、ずっと、ずっと……」


 ギュッと目を瞑った彼女のその表情を見て、胸が痛む。そして、その痛みが、気付かないふりをして閉じ込めていたあの時の傷を抉って、記憶を鮮明に蘇らせた。

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