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祭り5


 4人で挑んだ金魚すくいバトルだったが、結局誰1人として金魚を取れたものはおらず、後ろの客を邪魔するわけにも行かなくなった一行はそそくさと屋台から撤退した。


 「つまんない!金魚捕まらなかった!」


 「りっくんホントそれな!アレ紙薄すぎ!マジ詐欺!」


 「けど、ヒロくんはいっぱい掬えたって言ってたよ?なんで僕たちだけダメだったんだろう……」


 あからさまにしょげる安曇野弟を見て、立科はポンポンと頭を撫でて慰める。


 「しょうがないよりっくん!あんなの詐欺だもん!ね、双葉ちゃん?」


 「そ、そうですね!アレが詐欺罪に当たるかは置いといて、地縁による排他的コミュニティで著しく期待値の低い商売をしているのを公正取引委員会に告発すれば、業務改善命令に準ずるなんらかの罰則が……」


 「双葉ちゃんもうちょっと分かりやすい慰め方でお願い!全然意味わかんない!」


 「あ!えっと、その、陸くんは何も悪くないよ〜!その気になれば、お姉ちゃんたちで地域のお祭りの脱税を税務署に通告できるからね〜!」


 いくらなんでも無粋すぎるだろそれは。こういうローカルコミュニティとか伝統とかはその辺グレーゾーンでやってんだよ、金魚取れなかった腹いせにお祭りそのものを吊し上げようとするな。

 千曲の不慣れが過ぎる幼子へのふれあいに、立科は思わずブンブン首を振る。


 「違う双葉ちゃん違う!慰め方ちょー間違ってるソレ!」


 「ぜいむしょ?だつぜい?」


 「あーりっくん気にしないで!ほら、あそこに水ヨーヨーあるよ!一緒にやろ?」


 「わー!やる!」


 「な、なるほど、そうやって慰めるんですね……勉強になります!」


 「これ勉強とかじゃないし!」


 へー、この2人だと立科がツッコミ側なんだ。知り合いが別の知り合いと話しているのは案外見る機会がないから、新たな一面を垣間見た気がして新鮮である。


 「おじさん水ヨーヨーください!りっくんどれにする?」


 「えーと、その緑のヤツ!」


 「あ、じゃあ私が取りますね、はいどうぞ」


 千曲は安曇野弟が指差したところに屈んでご所望の水ヨーヨーを手に取り、彼に優しく手渡した。


 「わーい!ビヨンビヨーン!」


 「りっくん楽しいね!」


 「うん!お姉ちゃんたちも一緒にやろうよ!」


 立科と千曲は安曇野弟に微笑みかけると、水ヨーヨーの浮いたビニールプールを、膝を抱え込むようにして覗き込んだ。

 ふと、安曇野が遠慮がちにそこに近づいて行って、バツが悪そうに2人に声をかける。


 「その、ウチの弟の面倒みてもらっちゃって、悪いわね」


 「……別に、アンタのためにみてるワケじゃないし。小さい子の面倒みるのは当然っしょ?」


 「……ですね。私も、高校生の諍いに幼子を巻き込むほど、一般感覚と乖離してはいません」


 2人のその言葉に、安曇野はペコリと頭を下げた。


 「……ありがとう」


 水ヨーヨーに夢中になっている安曇野弟を横に置きながら、俺が3人の様子を注視していると、立科と千曲は安曇野のその行動に拍子抜けしたように真顔になった。


 「……アンタ、めっちゃ嫌なヤツかと思ってたけど、意外とありがとうとか言えるんだ」


 「……ですね。雄太くんへの不遜な態度は目に余りますけど、あそこまで言っちゃった私に素直に謝意を表明することはできるんですね」


 「何よ2人して、感謝くらい出来ないと、生徒会長なんて務まらないわよ」


 安曇野が肩をすくめてそう言うと、立科と千曲はあっけらかんと返答する。


 「へー、アンタどっかの生徒会長なんだ、まぁしっかりしてそうだもんね」


 「高校はこの辺りなんですか?」


 その2人の言葉に、安曇野は当惑気味に焦ったような声を出す。


 「ちょ、え、私東高の生徒会長!」


 「東高って、アタシたちの高校の?」


 「そうなんですね、知らなかった」


 「なんで知らないのよ!?じゃあ今まで私を誰だと思ってたワケ!?」


 喫驚する安曇野の表情に、立科と千曲は互いに頬をかきながら苦笑いを浮かべた。


 「えー、まぁ、多分雄太の幼馴染ポジションの子?みたいな?」


 「そうですね、発言と周辺情報から推察するに、雄太くんと旧知の仲だけど、最近は関係が密接でなかったヒトなのかなぁと……」


 2人ともご明察です。直接聞くまでもなく、そこまで推測してしまうとは。美少女名探偵コンビ誕生の予感では?美人すぎる名探偵として巷を騒がせるのでは?まぁ、実際の探偵って刑事事件の解決なんてやらないし、浮気調査とかがメインだけどな。


 「私と雄太の関係性はともかく、なんで自分の学校の生徒会長を知らないのよ!」


 「私は2年からの転校生なので……」


 「アタシもマトモに学校行きだしたの、つい最近だし……」


 「だとしても知ってるでしょ普通!全校集会で私が前で話してるの見てなかったの!?」


 言えない、俺は1年生からちゃんと学校に行っているのに、安曇野が生徒会長であることを最近知ったなんて言えない。

 しかし、俺と千曲と立科には、安曇野が生徒会長であることを知り得ない明確な共通点が存在した。それは。


 「ごめん、生徒会長とかあんま興味なくて……」


 「すいません、私も気にしてませんでした……」


 そう、俺たち3人は、三者三様に学校で起きる事象に他の生徒と比べて興味がないのだ。

 千曲は文系クラスで1軍と上手くやりながら、他の時間は勉強しているか純文学を読み耽っているかですごしているらしい。

 立科は軽音部の活動に首ったけで、むしろ他の学校生活がサブコミュニティに成り下がってしまっている。

 そして俺は、学校に興味がないのはもちろん、そもそもコミュニティすら存在しない。おい俺だけ一際悲しいな。

 ともかく、この3人は学校に所属している身でありながら、学校ごとへの関心が極端に薄い外れ値なのである。


 「なによそれ、どういうことよそれ……」


 愕然とした表情で、安曇野は2人を見つめた。

 それもそのはず、彼女は翻って、学校というコミュニティのど真ん中に鎮座する御方である。まさしく学校の、そして生徒の体現者である彼女にとって、俺たちのような人間の思考は理解の外側にあるということは想像に難くない。


 「自分の高校のことに興味がないって、意味わかんないんだけど……」


 俺からすると、大して選択肢もない中から無理やり選んだ、それも3年間しかいないコミュニティにそんな熱を上げる方が信じがたいのだが、前提が違いすぎて互いに理解不能だろうな。だからこそ、彼女は生徒会長などという俺からすれば罰ゲームにしか見えないことを嬉々として請け負っているわけで。

 俺が根本的な思想の異なるモノ同士の相互理解の難しさに苦笑いを浮かべていると、安曇野との付き合いがないぶん彼女への理解に乏しいからか、千曲と立科は訝しげな表情をして口を開く。


 「逆に、安曇野さんはなんで、生徒会長やるくらい自分の学校に興味あるんですか?」


 「それ、なんか小ちゃいっていうか、つまんなくない?」


 おい結構歯に衣着せぬクリティカルな物言いだぞソレ、気付いてるのかこの子たち。


 「ど、どういう意味よ?自分の学校を大切に思うのなんて当然だし、生徒会長なんてやりがいあるじゃない」


 「そ、そうですか?高校の生徒会長って、裁量権も自治権もそこまでないイメージがあって……」


 「アタシは双葉ちゃんが言ってることは難しくてよく分かんないけど、まぁなんていうか、普通につまんなそう」


 おい、現生徒会長のメンツを真正面から木っ端微塵にしてるぞこの子たち、容赦なさすぎるだろ。

 しかし、片や千曲はエリート一家の帰国子女、片や立科は複雑な家庭環境のミュージシャン志望である。強者の千曲と反逆者の立科からすれば、片田舎の公立高校における生徒会長というモノは、大した肩書には映らないのかもしれない。

 もちろん、不労所得志望の俺にとっても大した肩書には映らない。どうやって将来生きていこう、この豊富な哲学を聖典にしたためて、教祖にでもなろうかな。致命的に人望が足りない気がするけど。


 「じゃあ、アンタたちは何をしてるワケ!?誰かに誇れるほど、何かやってるの!?」


 今まで東高の生徒から向けられたような羨望を感じ取れずに業を煮やしたのか、安曇野が苛立った声を出す。


 「え、ゲームとアニメ鑑賞とラノベ熟読と……」


 「アンタなんかに聞いてない!結局何もやってないじゃない!」


 おい、ゲームとアニメとラノベは何もやってないカウントになんのかよ。俺は普通に誇らしく思ってるんですけど。

 俺が安曇野の一喝にしょげていると、立科は気怠げに首を傾げながら答える。


 「うーん、アタシは今バンドで忙しいっていうか。まだ全然上手くはないけど、軽音部で出会ったみんなと頑張ってるのが楽しいし、夢中になれてるし。それに……」


 立科は少し俯くと、頬を恥ずかしそうに染めながらはにかむ。


 「武道館とか、立ってみたいんだよね、アタシ」


 その彼女の羞恥心を纏った微笑みは、しかしそれ故にその本気を物語っているように見えた。きっと、彼女が恥ずかしがっているのは、身の程を分かっているからだ。しかし、それでもなおその夢を口にしてしまうほどに、彼女は部活に、バンドに、音楽に、ひたむきに取り組んでいるのである。

 

 「すごいですね、立科さん、そんな大きな夢があって」


 「まぁ、そんな簡単に叶うワケないけどね。双葉ちゃんは?なんかやりたいことあんの?」


 「私は……」


 立科からの問いに、千曲は一瞬逡巡して、ポツリポツリと呟くように話し始めた。


 「私は、その、弁護士になりたいなって。私の尊敬する祖父が、弁護士なんです。お金がないような困ってる人にも、少ない報酬で手を差し伸べる人で。だから弁護士家系なのに、お母さんの家貧乏だったみたいで、その反動で戦コン入って、高給取りのお父さんと結婚して、私のことも無理やり中学受験させたりして、けど……」


 千曲は澄んだ瞳で、静かに、しかして力強く言葉を口にする。


 「私は、誰かを救いたい。お金持ちになって欲しいってお母さんの願いに逆らうことになるかもしれないけど、それでも、困ってる人を、助けたいんです」


 澱みなく口にしたその声色が、彼女の信念の揺るがなさを、物語っているような気がした。

 彼女にとっては、弁護士というのは、ある程度手の届く距離にある目標なのかもしれない。それ故に、その力をどう振るうかは彼女次第であり、だからこそ、彼女の理想を追いかけるためには、強い信念が必要なのだ。彼女も、それを分かっているのだろう。


 「すごいじゃん!じゃあ双葉ちゃんは、美人すぎる弁護士さんになるんだね!」


 「おい急に陳腐化したぞソレ。絶対タレントやってんじゃん、美人すぎる弁護士の肩書でバラエティ出ちゃってんじゃん」


 「私はそんな下卑たことはしません!ちゃんと、司法に携わるものの矜持を持って、弁護活動に取り組むつもりです!」


 それもだいぶ棘のある言い方だけどな、世の中の弁護士タレントを下卑たって言っちゃってるよこの子。


 「へー、こんな可愛いのに、ビジュ使わないんだ、なんかもったいないね」


 「人気者になりたくて弁護士目指してるワケじゃないですから!というか、それを言ったら立科さんだって可愛いじゃないですか!」


 「うん、だからアタシは、最大限利用するつもりだし」


 立科はそう言って、指を2本立ててピースサインを作る。


 「アタシの夢はね、アタシの音楽で、少しでも多くの人を救いたいの。アタシは辛い時に、音楽に救われたから、今度はアタシの音楽で、同じように苦しんでいる誰かの心を、少しでも軽くしてあげたい」


 目をキラキラと輝かせながら、祭囃子の響き渡る夜空を見上げて、立科は続ける。


 「けど、音楽って届かなかったら意味ないじゃん?だから、少しでも届いて欲しいヒトに届けられるように、有名にならなきゃいけないの。アタシは、そのための武器になるならビジュだって使うつもり。入りがなんであれ、アタシの音楽が届くならそれで良いし」


 「随分割り切ってるんですね」


 「ミュージシャンって、結局は人気商売だし。若い女の子ってだけで聞いてもらえるなら、そっちの方が得じゃん?」


 澄み渡るほどに高潔な大義とは裏腹に、そのための手段は実利主義なところが、彼女の熱意と性格を表しているようで、俺は思わず感心して息を呑む。

 本当に、ウンザリして仕方なかった。夢も目標もない俺に、ほとほと嫌気がさした。夢はほとんど叶わないのだから、過度な期待は幸福度を下げるだけという俺の哲学が、この時ばかりはチンケな言い訳に感じられてしまった。


 「……まぁ、よく考えたら俺も夢はあるな。まず、この社会は競争が行き過ぎていて、人間に優劣をつけることが公然とまかり通っている。これは人間が到達すべき社会ではないはずだ」


 「雄太くんのソレは話が大きすぎる気がしないでもないけど……」


 「そんなことはない。つまり、キモいヤツも、モテないヤツも、無能なヤツも、本来見下されるべきじゃないんだ。むしろ、他者が勝手に個々人の価値を査定することこそが、本来唾棄すべき慣習であり……」


 「長いなぁ雄太、それで何をするワケ?」


 「うーん、は、配信者とか?キモいヤツも、モテないヤツも、無能なヤツも、みんな大切な価値ある人間なんだよという、基本的人権に立ち返って訴え続ける配信を四六時中垂れ流したり……」


 「それ誰が見るのかな!?」


 「同接0人確定だしその配信!」


 おい、2人に負けじと夢を語っているというのに、なぜか俺のだけ一蹴されたんだけど。人の夢を馬鹿にするな、この冷笑主義者たちめ。俺が資本主義を否定して、第二のソ連を作りうるかもしれないだろ、おいソレ崩壊すんじゃねえか。

 不意に、俺たちのそのやり取りを、不機嫌そうに見ている安曇野の姿が目に入った。気のせいだろうか、その不服そうな面持ちからは、普段ほどのエネルギーを感じ取れない。


 「私だって、生徒会長やって、弓道部の部長やって、このお祭りだって……」


 「こーとねちゃん!」


 ふと、何かを呟いていた安曇野の肩を、後ろからやってきた俺の姉がポンっと軽やかに叩く。


 「わ!あ、あやめさん」


 「なんか、おじちゃん達が琴音ちゃん探してたよ?ステージの準備がどうのこうのって」


 「え、あ!もうこんな時間だったんですね!すいません、ありがとうございます!」


 スマホ画面を確認した安曇野は慌てたように俺たちに背を向け、振り返って声をかけてくる。


 「ごめん!私そろそろステージの準備しなきゃいけないから!千曲双葉、立科乃亜、弟の面倒お願いできる?」


 「え、別に良いけど」


 「私も構いませんけど」


 「ありがとう!頼んだわよ!」


 そう言って、安曇野はそそくさと人だかりをかき分けてステージの方へと向かって行った。なんで俺には頼んでこないんだよ、幼子の監督者として不適格とでも言いたいのか。まぁ、正直否定はできない。

 すると、安曇野は踵を返してこちらに戻ってきたかと思うと、俺の手首を掴んだ。


 「アンタも来なさい!」


 「え、なんで?」


 「アンタ音響でしょ!?」


 「そうなの?」


 「スケジュールに書いてあったでしょうが!モタモタしてないで早く来なさい!」


 俺は安曇野に手首をグイッと引っ張られて、引きずられるようにステージに向かってヨロヨロと歩く。俺が音響で大丈夫なのか?アニメの音響監督が何やってんのかすらよく分からないレベルの素人だぞ?

 佳境に入り始めたお祭りの中の人波を、安曇野と俺はかき分けるように進んで行った。

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