93 チェルシーの姉、救出成功!
~ルイス(レイジ)視点~
(そろそろ、ケアル達の所に行ってみるか……。上手く話を通してくれている事に賭けるしかない。ここからが本番だ……。頼むぞ、俺の演技力……!)
俺は深く息を吸い込み、再び冷酷な偽勇者の仮面を被り直した。 物置部屋の前で、未だガサゴソと捜索を続けている兵士たちに声をかける。 「おい、どうだ? 見つかったか?」
「い、いや! ここにはないっすね! 棚の下も裏も見てるんですが……埃ばっかりで……」
「でも、ルイス様からのご依頼っすからね! お金貰った以上、絶対探してみせるっす! もう少し時間を!」
兵士たちは金貨の威力で必死になっている。 俺は頷き、自然な動作で手を差し出した。
「ありがとう、感心な心がけだ。ところで……待っている間に奴隷の状態を見ておきたい。牢屋の鍵を貸してくれないか?」
兵士の一人は一瞬キョトンとして不思議そうな顔をしたが、相手は勇者様だ。疑う余地などない。
「あ、分かったっすよ! これが鍵っす!」
背の低いガリガリの兵士が、そう言いながら自分のズボンのポケットに入れてあった真鍮の鍵を差し出してくる。
「助かる。……ああ、俺が戻るまでそのまま探していてくれ。もし指輪が見つかったら大声で呼んでくれ」
「分かりましたっ! 任せてくださいっす!」
俺は鍵を受け取ると、踵を返し、真っ直ぐ駆け足で奥の通路へと向かった。 足音を殺して鉄格子の嵌まった部屋に入ると、奥の暗がりに隠れているケアルとフレアの姿が確認できた。 そして、牢屋の中には……もう一人。 黒髪に猫耳を持つ、チェルシーを少し大人びさせたような美しい少女が、ボロボロの服を纏って座り込み、鋭い視線でこちらを睨みつけていた。
「……っつ!! ルイス!! 貴様……ッ!」
少女は俺を見るなり、憎悪を剥き出しにして立ち上がった。 その瞬間、隠れていたケアル達がひょこっと頭を出し、俺が来たのを確認して飛び出してきた。
「お姉さん! 待って! この人は貴方の知っているルイスじゃないよ! 貴方を助けに来た『本物』なんだよ!」
ケアルが必死に説得する。
「安心して良い……です。今は信じられないかもしれないけど、私達が保証する……です。理由はここを出てから話をする……です……」
フレアも真剣な眼差しで訴える。
「えっ? どう……いう事ですにゃ!? でもコイツは、私を捕まえたあの……」
混乱する彼女をよそに、俺は牢屋の前へと進み出て、鍵穴に鍵を差し込んだ。 カチャリ、と硬い音がして、重厚な扉が開く。
「……とりあえず、君を助けに来た。チェルシーからの頼みだ」
「チェルシー……!?」
「疑うのも無理はない! だが、今は時間がない。説明は後だ。先ずはその女の子達と此処から出てくれ!」
俺は扉を開け放つ。 彼女は驚愕に見開かれた目で俺を見つめ、まだ警戒心を解かずにいたが、妹の名前と、開かれた扉の事実に、意を決したように頷いた。
「わ、わかりました……。信じますにゃ……」
そう言いつつも、未だに鋭い目付きで俺の挙動を監視している。 俺は気にせず、頭の中で3人に強化魔法のイメージを構築した。
「【フィジカル・ブースト(身体強化)】! 【クイック・ステップ(俊敏強化)】!」
三人の体が淡い光に包まれる。 俺はまだ兵士達が物置から出てきていない事を確認して、小声で指示を出した。
「3人に強化魔法を付与した。これで普段より速く走れるはずだ。俺ができるだけ時間を稼ぐから、脇目も振らずに裏口へ走ってくれ」
「分かった……です! ルイス兄さんも、無理はしないで……気をつける……です」
「アンタも偽物が戻る前に逃げなよ! 絶対よ!」
「ああっ! 任せろ!」
ケアルの最後に言った言葉に、チェルシーの姉は走り出しながら不思議そうな顔をした。
「に、偽物ってなんですにゃ……!?」
「詳しい話は後だ! 行けッ!」
3人は頷き、風のように牢屋の部屋から出ていき、真っ直ぐと俺達が入ってきた裏口の方へと走り去っていった。 その背中が完全に見えなくなったのを確認して、俺は一息ついた。
(……よし。確保完了。あとは仕上げだ)
俺は表情を作り込み、わざとらしく大声を張り上げた。
「おい!! お前らっ!! 大変だ!!」
「は、はいっ!? な、なんでしょうか!?」
俺の怒声に反応して、物置にいた兵士の3人が慌てて飛び出し、俺の居る牢屋の部屋へと急いでやってくる。 そして、彼らは目の前の光景――もぬけの殻になった牢屋と、開け放たれた扉を見て凍りついた。
「こ、これは、どういう事だ……!?」
「へっ?」
兵士達は一瞬ワケが分からず間抜けな声を出す。 そして直ぐに、事態を理解して顔面蒼白になった。
「はぁああああ!? ど、奴隷がいない!? また一人逃げた!?」
「う、うそ!! 鍵はルイス様に渡して……い、いや、俺たちが目を離した隙に!?」
「どうしてくれるんだ!? これじゃ俺達の首が飛ぶぞ!?」
3人の兵士は事の重大さにパニックになり、あたふたとし始める。 可哀想なほどひきつった表情を見せているが……すまない、これも君たちを救うためだ。
「ど、どうしましょうか!? ルイス様!!」
「どうしましょうか? じゃないだろ!! 貴様ら、俺の獲物を逃したのか!?」
俺は激昂した演技で剣の柄に手をかけた。 ジャラッ……!
「ひぃぃっ!!」
殺気を感じ取った3人は、その場に崩れ落ちるように土下座した。
「も、申し訳ありませぇんっ!! 罰は受けますっ!! 殺さないでくださいっ!!」
「し、死刑だけは! なんでも! なんでもするっす! 靴でも舐めるっす!」
「本当に、知らなかったんす!! 油断した俺たちが悪いんす!! 命だけは!!」
3人は半べそになりながら、額を床に擦り付けて命乞いをする。 偽勇者の恐怖政治がどれほどのものか、この反応だけでよく分かる。
「……チッ。まぁ、居なくなったのは仕方ない。奴隷ごときにこれ以上時間を割くのも馬鹿らしい。……今回の一件、あまり深く追及はしない」
「えっ……?」
「が……、役立たずのお前たちには、ここから一旦離れて貰う。二度と俺の前に顔を見せるな。それでチャラにしてやる」
「そ、それはどういう……? 見逃してくれるんですか?」
俺は懐から、一枚の高価なスクロールを取り出した。 王様から貰っていた、緊急避難用の『王都への転移スクロール』だ。
「これを使い、今すぐ『エルドアス王国』に行け。そして、王城の騎士団へ行き、洗いざらい事の話を自首してこい。『勇者ルイスに言われて来ました』と言えば、命までは取られないだろう」
「そ、それだけでいいんっすか!? 殺されないんすか!?」
「ああ。ここにとどまって、俺(偽物)の怒りを買うよりはマシだろう?」
「あ、ありがとうございますっ!! 一生ついていきますっ!!」
3人は涙と鼻水を流しながら感謝し、俺の差し出したスクロールの光に包まれていく。 これで目撃者はいなくなった。彼らもエルドアス王国で王様に尋問されれば、偽勇者の悪事の証人になってくれるはずだ。
3人が転送されたのを確認した、その時だった。 懐の共鳴石が激しく明滅し、クローディアの切羽詰まった声が響いた。
『ルイスさん! ルイスさんっ! 緊急事態です!! クロちゃんが見つけました! 偽物の姿が確認できました!! すぐそこまで戻ってきています!! すぐ逃げてくださいっ!!』
『なっ……!? もう戻って来たのか!? 分かった! すぐ行く!』
想定よりも早い帰還だ。鉢合わせれば全てが終わる。 俺は牢屋の部屋から飛び出し、全速力で裏口の階段へと駆け上がった。 外に出ると、既にヒナルやケアル、フレア、クローディア、そして任務を完遂したクロの姿があった。 俺が戻ると、皆は無言で頷き合い、音を立てないように森の中へと撤退を開始した。 後ろからは、まだ状況が飲み込めず、挙動不審な動きをしながらも、必死に妹の仲間たちについてくるチェルシーの姉の姿があった。
とりあえず、救出は成功した。 しかし、この極限状態での脱出劇において、俺達は一つ、致命的なミスをしてしまっていた。 その小さなミスが、後に大きな波乱を呼ぶことになるのだが……それはまた、後の話だ。
………。
……。
…。
地下の監獄から、チェルシーの姉を無事に連れ出した俺達は、彼女の顔を隠すために深くフードを被せ、人目を避けるように足早に夜の街を駆け抜けた。 道中、まだ不安で体が強張っている彼女に対し、俺は何度も言葉を掛けた。
「大丈夫だ。妹のチェルシーは無事に保護している。そこにいるから」
「……本当に、妹はそこにいるのですかにゃ? 幻覚ではないのですかにゃ?」
「ああ……。幻なんかじゃない。無事だよ。安心していい……」
ヒナルも隣で優しく彼女の背中を擦る。
「お兄ちゃんは安全だよ。嘘つきじゃないから。だから安心してください! もう大丈夫だから!」
俺達は宿の裏口から入り、そのまま借りていた大部屋へと向かった。 扉のノブに手をかけ、ゆっくりと開ける。 部屋の中では、心配そうに扉を見つめていたチェルシーが、飛び上がるようにして待ち構えていた。
「お、お姉ちゃんっ!!」
フードを脱いだ姉の顔を見るなり、チェルシーの目から涙が噴き出した。
「チェルシー!! ああ……本当にチェルシー!? 生きて……無事だったんだにゃっ!?」
姉もまた、妹の姿を見て崩れ落ちそうになりながら駆け寄る。 二人は部屋の中央で強く抱き合った。
「あぁ……良かったにゃ……。本当に良かったにゃ……!」
「お姉ちゃん……ごめんなさいにゃ……怖かったにゃ……!」
互いの体温を確かめ合うように抱擁する姉妹。その猫耳が安堵でぺたりと伏せられ、二本の尻尾が愛おしそうに絡み合っている。
「ふぅ……、良かった……。とりあえずこれで一安心だな……」
俺が大きく安堵の溜息を吐くと、部屋の隅で温かい飲み物を用意していたエアロが、トレイを持って近づいてきた。
「お疲れ様ですぅ……。お兄様、緊張が解けて喉が渇いたでしょう? はい! 特製の蜂蜜ホットドリンクですっ! これを飲むと落ち着きますよ」
エアロから、湯気の立つマグカップを受け取る。蜂蜜の甘い香りが鼻腔をくすぐり、張り詰めていた神経を解してくれる。
「ありがとう、エアロ。気が利くな」
「えへへ……。お姉さんたちにもどうぞ」
エアロはヒナルやクローディア、そして抱き合って泣いているチェルシーと姉にも飲み物を配った。 温かい液体を口にし、ようやく人心地ついたのか、チェルシーの姉が涙を拭い、居住まいを正して俺達の方を向いた。
「ありがとうございますにゃ……。このご恩は一生忘れませんにゃ。……ところで、貴方達は一体何者なのですか?」
彼女の視線が、俺一点に集中する。その瞳には、感謝と共に拭いきれない疑惑と恐怖が混じっていた。
「特に貴方……。その顔、その声……。貴方は、『勇者ルイス』ですよね?!」
「……ああ。俺が勇者ルイスだ」
俺が肯定すると、彼女はビクリと身を震わせ、警戒心を露わにした。
「私達を捕まえたと思ったら、何故こんな手の込んだ真似をして助けたりするのですか?! これは新たな拷問ですか? 貴方……あの時、私達をゴミを見るような目で見たルイスで間違いないよね?」
チェルシーの姉は俺を威嚇するように睨みつけてくる。当然の反応だ。自分を地獄に落とした張本人が、急に救世主のような顔をして現れたのだから。
「……確かに俺は勇者ルイスだ。だが、君を捕まえたルイスではない。俺はつい今日の朝、この街に着いたばかりなんだ」
「えっ……?」
彼女が困惑する中、チェルシーがクリステルの腕にしがみつきながら、必死に姉に訴えかけた。
「お姉ちゃん、本当だにゃ!! このルイス様は『本物』なんだにゃ! 私を助けてくれたのも、お姉ちゃんを助けに行こうって言ってくれたのも、このルイス様なんだにゃ!」
俺は彼女の目を見て、誠心誠意説明した。
「俺はエルドアス王国から、仲間達と一緒に北のアスガルド城へ向かう旅の途中なんだ。その道中でこの要塞都市に立ち寄り……こっちのチェルシーから『偽物』がいるって聞いた。実際、今日の昼間に街でそいつを見たよ。俺と瓜二つで、自分でも驚いたくらいだ……」
「……そう、でしたか……。双子のように瓜二つの偽者……」
彼女は俺の目を見て、そこに嘘偽りがないことを感じ取ったのか、ゆっくりと警戒を解いた。
「色々と聞きたい事があるのですが……アスガルド城へ向かうということは、あそこの事を知っているのですか!? あそこの王様も王妃も……それにお姫様も、16年前の戦乱で既に死んでしまい……今は廃墟だと……」
「ちょっと待つのじゃ!! 聞き捨てならぬのじゃ!」
「へっ?!」
チェルシーの姉が話している最中、いきなりベッドの上から小さな女の子が勢いよく飛び出してきた。 うん、スルトだ……。自分の死亡説を聞いて黙っていられなかったらしい。
「我こそが、アスガルドの第一王女。スルト・ガーランドなのじゃ!! ピンピン生きておるわ!」
スルトは小さな胸を張り、ドヤ顔で仁王立ちする。
「えぇっ!? スルト様!? あの……伝説の炎の申し子、スルト様ですか!? 16年くらい前に亡くなったと聞いていましたが……生きておられたのですか!? ……後、『ガーランド』って……どこかで聞いたような……」
チェルシーの姉は首を傾げて、記憶の糸を必死に手繰り寄せようとしている。
「あ、そういえばルイス様もフルネームは『ルイス・ガーランド』……? どういう事ですか?! ま、まさか!?」
彼女の顔色が変わり、交互に俺とスルトを見る。
「ふふふ! 聞いて驚くな! 死んだと思われていた我が母上であるユミル女王も生きているのじゃ。今はエルドアス近郊の村で隠居しておる! そしてルイスは昔、母上が孤児として拾い、育てた養子なのじゃ! つまり、ルイスは我の弟であり、アスガルドの正当なる王子(仮)なのじゃ! あーはっはっは! 凄かろう、のじゃ!」
「……お前、それが言いたかっただけなんじゃ……?」
俺が小声で突っ込むが、スルトは満足そうだ。 チェルシーの姉は口をあんぐりと開けて驚いていた。それはそうだ。死んでいたと思っていた伝説の王族が生きていて、さらに目の前の恩人がその弟だというのだから。
「あ、あの……、実は私のお父さんは……」
その混乱に拍車をかけるように、今度はクローディアがおずおずと手を上げた。
「……先代のアスガルド王の弟……ハロルド・ガーランドなんですよ……」
「へっ!? つ、つまり……お主は我の従姉妹だったのじゃ!?」
スルトが目を丸くする。 俺も、他のメンバーも驚いた……。クローディアの兄ハロルドが王族の血を引いているとは聞いていたが、改めて言われるとすごい家系図だ。
「はい……。スルトさんとは直接会った事がありませんが、兄さんは子供の頃、よくお城でスルトさんと遊んでもらっていたって話を聞きました……」
「ぬ、ぬぁんと!! まさか! あの時のすぐ泣く鼻垂れ坊主がハロルドか!? 覚えておるぞ! 懐かしいのじゃあ!!」
スルトがクローディアの手を取り、ブンブンと振る。 王族の生き残りが、こんな一室に集結しているとは。運命とは数奇なものだ。
「あ、あの~……、話が壮大すぎて頭が追いつかないのですが……。つまり、ここにいるルイスさんは、王族の血縁で、魔族とも親しい本物の勇者様で……本当に間違いなかったんですね?」
チェルシーの姉は、ようやく状況を整理し、改めて俺達を見た。 その目にはもう、疑いの色はなかった。
「とりあえず~、貴方のお名前聞いてもいいかな? 私はミランダ! エルドアス王国直属の騎士だよ! ルイス君の恋人の一人(自称)! 宜しくね!」
ミランダが明るく自己紹介をして場を和ませる。
「お姉ちゃん! 大丈夫にゃ! この人達は本当にいい人たちだにゃ! 私もよくしてもらっているにゃ!」
チェルシーの言葉に、姉は深く頷き、居住まいを正した。
「失礼いたしましたにゃ……。私は、ペルシアと申しますにゃ……」
ペルシアは、ぽつりぽつりと自分たちの境遇を語り始めた。
「元々、私達姉妹は、とある魔族の貴族様のお屋敷で、メイドとして働かせていただいておりましたにゃ。ご主人様はとても慈悲深い方で……。お嬢様の面倒を見たりと、人間も魔族も関係なく、穏やかで充実した日々を過ごしていましたにゃ」
彼女の表情が曇る。
「ですが……数ヶ月前、『勇者ルイス』を名乗る男が率いる軍勢が攻めてきました。彼らは問答無用で屋敷を焼き払い……抵抗しない魔族たちを『正義の執行』だと言って皆殺しにしました……。私達が仕えていたご主人様も、奥様も、小さなお嬢様も……全員……」
ペルシアの声が震え、チェルシーがまた泣き出しそうになる。
「私達は、殺されかけたお嬢様を庇いました。ですが……『魔族を庇う人間も同罪だ』という理由で捕まり、見せしめとして処刑されるために、ここまで連行されてきたのです……。明日には、闘技場で魔獣の餌にされるところでした……」
話を聞き終えた俺の中で、どす黒い怒りが渦を巻いた。 偽者のルイス……。 俺の名前を騙って贅沢をしているだけの詐欺師かと思っていたが、とんでもない極悪人だ。 魔族だからと、罪もない家族を皆殺しにし、それを庇った者まで処刑する? そんなの正義でもなんでもない。ただの虐殺者だ。
(……許せねぇ。俺の顔と名前で、そんな非道を働いているなんて)
俺は拳を握りしめ、心に誓った。 あの偽物は、必ず俺の手で叩き潰す。 これはもはや、単なる「偽物退治」ではない。 俺自身の誇りと、犠牲になった人々のための弔い合戦だ。




