92 奴隷救出作戦、侵入成功?
1話の前の話。0話を公開しました。まだ見ていない方は是非…。いまだから言えるNTR前のイヤな雰囲気味わってください…。
地下水路の湿った空気の中、俺たちは小声で最終的な作戦の詰めを行っていた。 ターゲットは、この奥の牢屋に囚われているチェルシーの姉。そして障害となるのは、見張りの兵士たちだ。
「協力って……、具体的に私達は何をすればいい……です? 囮……です?」
フレアが首を傾げる。
「まぁ、アンタの頼みなら仕方ないわね。どうせロクな作戦じゃないでしょうけど、聞いてあげるわ。それで? 私達は何を協力すればいいの?」
ケアルが腕組みをして、ツンとした態度で聞いてくるが、その瞳にはやる気が満ちている。
「作戦はこうだ。……俺がまた『偽物の勇者ルイス』のふりをして、正面から堂々と看守の兵士に近づく。奴らは俺の顔を見れば直立不動になるはずだ。二人はその隙を見て、死角から牢屋に忍び寄り、チェルシーのお姉さんに近づいてくれ」
俺の提案に、二人が真剣な顔で頷く。
「二人を牢屋に連れて行き、チェルシーのお姉さんの拘束を解いて、そのまま助け出すというのが第一段階だ。ただ、勇者が牢屋に来た直後に奴隷が逃げたとなれば、俺(の偽物)が逃がしたと疑われかねない。それはそれで面白いが、騒ぎが大きくなると脱出が難しくなる。そこで……」
俺はニヤリと笑い、続きを話す。
「その後、チェルシーのお姉さんに接触したら、お前達2人とチェルシーのお姉さんに、俺がこっそり『身体強化』と『隠密』の魔法を付与する。そうしたら、暫く3人で牢屋の奥の物陰に隠れていてくれ。俺がその間に兵士の所に居て、適当な理由をつけて注意を引き付けておくから」
「う、うん!! わかった!! 隠れていればいいのね!」
ケアルが納得するが、フレアが冷静な指摘を入れる。
「でも……助けて私達が居なくなった後に、もし本物の『偽者』が現れたらどうする……です? 兵士からすれば、『さっき会ったのに用件を忘れたのですか?』とか……話の矛盾が発生しそう……です。怪しまれて包囲されたら終わり……です」
「鋭いな、フレア。だが、その辺りなら問題ないさ。俺が兵士たちに命令して、ここの番兵を違う場所へ移動させるつもりだ」
俺は自信たっぷりに答えた。
「例えば、『逃げ出した奴隷を見た』とか、『上階で侵入者騒ぎだ』とか言って、ここから離れさせる。奴らがいなくなれば、もぬけの殻になった牢屋から堂々と脱出できるし、後で偽物が戻ってきても『兵士が勝手に持ち場を離れたせいで奴隷が逃げた』という事になり、兵士たちの過失にできる」
つまり、偽物と兵士たちを仲間割れさせることもできる一石二鳥の策だ。
「なるほど……。性格悪い……です。でも、完璧な作戦……です」
フレアが感心したように(?)褒めてくれた。
「よし。じゃあ、クローディアとヒナルは、ここの入り口付近に残って、外の見張りをお願いできるか? もし誰か来たらすぐに共鳴石で知らせてくれ」
「了解だよ、お兄ちゃん!」
「はい! 任せてください!」
「それから……、クロにもまた一つ、重要な仕事をしてもらいたい」
俺が足元の黒猫に視線を向けると、クロは「にゃう?(なんだ?)」と首を傾げた。
「どうすればいいのでしょうか? また偵察?」
クローディアが通訳の体制に入る。
「いや、今度は『見張り』だ。ここから少し離れた通路の分岐点にいて、もし本物の『偽者』が戻ってきたら、直ぐにヒナルとクローディアに伝えて欲しいんだ。人間が見張っていると目立つが、猫なら誰も気に留めない。クロにしか出来ない任務だ」
「……っていう感じだ。宜しく頼めるかな?」
俺が話を終えると、クローディアはクロの目を見て、俺の言葉をそのまま念話で伝えた。 伝え終えると、クロは「にゃん!(合点承知之助!)」と元気よく鳴いた。
「クロちゃん、『分かったよ! 任せとけ!』って言ってます!」
クロはまた、可愛らしいその頭をコクコクと器用に下げてお辞儀をする。 本当に言葉が伝わっているんだから、何度見ても驚かされる。頼もしい相棒だ。
「オッケー! これで準備万端だね。お兄ちゃんも、演技とはいえあんな奴のフリをするんだから……無理しないでね? 気をつけてね?」
ヒナルが心配そうに俺の服の裾を掴み、背伸びをして……俺の右のほっぺたに「チュッ」と軽くキスをした。
「お守りだよ!」
ヒナルが照れ笑いを浮かべる。 その瞬間、場の空気が凍りついた。 それをじーっと見ていたケアルとフレアは、半眼になり、ジト目でこちらを睨み付けてくる。殺気にも似たプレッシャーだ。
「……ずるい……です。ヒナルさんだけ……抜け駆け……です。作戦成功したら、私達にも『ご褒美』を要求する……です。拒否権はない……です」
フレアが淡々と、しかし絶対零度の声で告げる。
「そ、そうよ! 私だってアンタにちゅーしたいんだから……! その……こ、今度こそさせなさいよね!! ほっぺたじゃなくて、口に!! わかった!?」
ケアルが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「あはは……、わ、わかったよ! 無事に帰れたらな!」
俺が苦笑しながら約束すると、二人はパァっと表情を明るくし、ニシシと嬉しそうな、勝利を確信したような笑顔を見せた。 ……これは、失敗できないな。別の意味で命がけだ。
俺は再び魔法で変装し、傲慢な偽勇者の仮面を被った。
「そんじゃー、作戦開始といこうか!! 行くぞ!」
「「おーっ!!」」
俺達は気合を入れ、闇の奥へと足を踏み入れた。
………。
……。
…。
クロの偵察情報を頼りに、俺と、ケアル、フレアの3人は薄暗い地下通路を慎重に進んでいく。 奥へ進むにつれ、先ほどまでの鼻を突くような腐敗臭やカビ臭さは薄れ、少しずつ空気の流れを感じるようになってきた。 さらに歩を進めると、通路の向こう側から、松明の揺らめくオレンジ色の明かりが漏れ出しているのが見えてきた。あそこが、見張りの兵士がいる広間だ。
「……あそこで間違いなさそうだね。いよいよだね」
ケアルが小声で呟く。
「……少し怖いけど、アンタがいるから頑張れるよ! 頼りにしてるんだからね!」
「ああ! ありがとう……。こんな危ない事をさせてごめんな」
俺が謝ると、ケアルはそっと俺の背後に回り、腰に両腕を回してギュッと抱きついてきた。 背中越しに、彼女の小刻みな震えが伝わってくる。口では強がっていても、やはり恐怖はあるのだろう。
「……大丈夫だから。俺を信じて? 絶対に守るから」
「うん……。信じてる……」
俺は彼女の手を一度だけ強く握り返し、安心させた。 クロがこの施設の入り口で見張りに就いたのを確認した後、俺はケアルとフレアに連絡用の共鳴石を渡した。
「二人はこの入り口付近の物陰に待機していてくれ。俺が合図を送るまでは、息を殺しててくれよ」
「了解……です」
「分かったわ」
二人を闇に隠れさせた後、俺は深呼吸を一つ。 魔法薬による変装は既に解いてある。今の俺の姿は、黒髪に精悍な顔つき――つまり、本来の「勇者ルイス」の姿だ。 ここからは、「本物のルイス」としてではなく、あの傲慢で冷酷な「偽物のルイス」になりきって振る舞わなければならない。
俺は表情筋を緩め、冷徹な仮面を被ると、堂々とした足取りで明かりの灯る広間へと踏み込んだ。
カツーン、カツーン……。
足音が響くと、広間の中央でテーブルを囲んでいた兵士たちが弾かれたように顔を上げた。
「ああん? 誰だ……って、ル、ルイス様!?」
一人の小太りの兵士が、俺の顔を見るなり椅子から転げ落ちんばかりに驚き、震えながら駆け寄ってきた。 その顔色は青ざめ、頬がピクピクと引きつっている。
「じ、実は……その! 報告しようと思っていたのですが……!」
兵士は脂汗を流しながら、必死に言葉を探している。 俺は冷ややかな視線で見下ろし、先手を打った。
「あぁ……。あの脱走したケットシー族の少女の事だろ? 騒がしいから気付いている」
「は、はい! そ、そうですっ! も、申し訳ございませんでしたっ! 一瞬の隙を突かれてしまい……すぐに捜索隊を出して……!」
兵士は地面に額をこすりつける勢いで頭を下げ、何度も何度も謝罪を繰り返す。俺(偽物)に殺されるとでも思っているのだろう。
「フン……。まあいい、気にしなくて良い。あの程度の雑魚、放っておいても野垂れ死ぬだけだ。それよりも……」
俺は苛立ったように言葉を遮り、話題を変えた。
「俺は忘れ物をしたのだ。この辺りで、魔力を増幅させる『指輪』を落としたみたいなんだ。大切な物なんだが……」
俺はわざとらしく周囲を見回し、広間の隅にある扉――クロの情報にあった「物置部屋」を指差した。
「あっちの奥、資材置き場の方で落としたのかもしれん。おい、お前ら。突っ立ってないで、一緒に探すのを手伝ってくれないか? 早く見つけたいんだ」
「は、はいっ! わ、分かりましたっ!! すぐに探します!!」
小太りの兵士が他の2名の兵士を手招きし、合計3名の兵士が俺の元へ集まってくる。
(クロの話によれば、牢屋は奥の通路を進んだ先……右側の開けっ放しの扉がある部屋だ)
俺はチラリと視線を走らせる。 確かに、広間の向こう側に通路が伸びており、その奥に鉄格子の嵌まった扉が見える。あそこが牢屋だ。 そして、俺が兵士たちを誘導しようとしている物置部屋は、牢屋とは反対側の通路にある。
「あの薄暗い物置で落としたみたいだ。……ほら、これはその謝礼だ。3人で山分けするといい」
俺は懐から、金貨がジャラリと入った小袋を取り出し、小太りの兵士に投げ渡した。
「い、良いんですか!? こ、こんなに!? ありがたき幸せ!!」
兵士たちの目が欲望でぎらつく。金に目がくらめば、判断力は鈍る。 俺は彼らを引き連れ、物置部屋へと足を踏み入れた。 3人がガサゴソと探し始めたのを確認してから、俺は入り口付近に立ち、背後でこっそりと共鳴石を握りしめた。
(……今だ)
『兵士が入っていったから、そのまま真っ直ぐ奥の部屋に向かってくれ……。そしてチェルシーの姉さんに事情を話した後、救出の準備ができたら俺に連絡を。それまでこいつらを引き付けておくから』
すぐに返信が返ってくる。
『わ、わかったよ! 上手くいったわね! アンタもバレないように頑張ってよ!』
『じゃあ……突入する……です!』
連絡をした直後、広間の入り口から、黒装束に身を包んだ小さい双子の姿が、猫のように音もなく現れた。 二人は兵士たちが物置に夢中になっている隙を突き、影から影へと移動し、軽やかに奥の牢屋の方へと走り抜けて行く。 その途中、フレアがこちらをチラリと見て、無表情のまま小さく手を振ったのが見えた。
(頼んだぞ、二人とも……)
ケアル達の姿が奥の暗闇へと消えたのを確認した後、俺は兵士たちに向き直り、尊大な態度で声を張り上げた。
「おい、どうだ? 見つかったか? 隅々まで探せよ?」
「い、いえ! まだです! すみません、ここにはガラクタが多くて……」
物置へと入ると、運が良い事にそれなりに広く、木箱や樽が乱雑に積まれていた。これなら、「ないものを探させる」ふりをして、かなりの時間を稼げるはずだ。
「チッ、しっかり探せ。見つかるまでは部屋から出るなよ?」
俺は腕組みをして入り口を塞ぎ、心の中で時間の経過をカウントし始めた。
………。
……。
…。
~ケアル視点~
ルイスに言われた通り、兵士たちの目が逸れている隙を突いて、私とフレアは音もなく廊下を抜け、奥にある鉄格子の嵌まった部屋へと滑り込んだ。 薄暗く、湿った空気が漂う牢獄エリア。 心臓がバクバクと早鐘を打っている。本当は、怖くて足がすくみそう。 でも……これはルイスのためだもん! 彼が私達を信じて任せてくれた任務なんだから、失敗なんてできない。
(……まったく、アンタってば、いっつも無茶ばっかり言うんだから。私がどれだけ心配してるか、分かってないでしょ?)
いつもは照れ隠しで、つい冷たい態度を取ったり、「変態」なんて罵ったりしちゃうけど……。 本当はどうしようもないくらい、ルイスのことが大好きなんだからね……。 あの日、父さんやクロを、そしていつも私達を庇ってくれた瞬間から、私の心はずっと彼に囚われたまま。 彼は私のこの気持ち、少しは気付いてくれてるのかな? それとも、やっぱりただの「子供扱い」なのかな……。
そんな乙女な悩みを抱えつつも、私は気を引き締めて周囲を見渡した。
「フレア……あそこ。あそこに誰か居る……です」
フレアが小声で囁き、部屋の奥にある一つの牢屋を指差した。 目を凝らすと、薄汚れた石の床の上に、力なく座り込んでいる人影があった。 三角の耳と、揺れる尻尾。 間違いなく、猫耳が生えたケットシー族の少女だ。
「……あの子だわ」
見てすぐに、チェルシーのお姉さんだと分かった。 黒髪で、チェルシーよりも少し背が高くて大人びているけれど、顔立ちはチェルシーにそっくりだ。やつれてはいるが、面影がはっきりと残っている。
私達が忍び寄ると、気配に気づいた彼女がビクリと体を震わせ、怯えた瞳でこちらを見上げた。
「だ、だれですにゃ!? こ、こども……? 兵士じゃ……ないですにゃ?」
「しーっ! 静かに……です……。敵じゃない……です」
フレアが人差し指を口元に当てて制する。
「私達は味方よ。チェルシーちゃんに頼まれて、貴方を助け出しに来たの」
私が鉄格子の隙間から小声で告げると、彼女の瞳が大きく見開かれた。
「チェルシー……! チェルシーに会ったのですかにゃ!? あの子は……あの子は無事ですにゃ!?」
チェルシーのお姉さんは鉄格子に縋り付き、目に涙を浮かべながら必死に聞いてくる。妹を逃がすために自分を犠牲にしたお姉さん……その愛情の深さが痛いほど伝わってくる。
「うん! 大丈夫よ。私達の仲間がチェルシーちゃんを保護してるから。ご飯も食べて、今は安全な場所で貴方の帰りを待ってるわ」
「あぁっ……、良かったです……本当に良かった……!! 神様……」
彼女はその場に崩れ落ち、安堵の涙を流した。
「さて、ここから出すわよ」
私は牢屋の扉に手を掛け、開けようと試みた。 ガチャガチャ……。 しかし、重厚な鍵が掛かっていて、ビクともしない。
「くっ、やっぱり鍵がかかってる……。ピッキング道具なんて持ってないし……」
これ以上はどうも出来ない……。ルイスが兵士から鍵を奪ってくるか、あるいは彼が来て直接壊してくれるのを待つしかない。
「ごめんね、鍵がないから今は開けられないの。でも安心して、今、私の『恋人』が鍵を持ってすぐに駆けつけてくるから! もう少しだけ待ってて!」
私が胸を張ってそう言うと、隣にいたフレアがジト目で私を突っついた。
「姉ちゃん……。ドサクサに紛れて、何言ってる……です? 『私の』恋人じゃなくて、『私達の』もしくは『ルイス兄さんは皆のもの』……です。独占禁止法違反……です」
「あ、アンタも細かいわね! 今はいいでしょーが! 事実上の恋人みたいなもんなんだから!」
「抜け駆けは許さない……です。後でルイス兄さんにチクリます……」
こんな緊急事態だというのに、ついルイスのことになるとムキになってしまう。 私達の小競り合いを見て、チェルシーのお姉さんは涙を引っ込め、ポカーンとした顔で不安そうにこちらを見ていた。
「あ、あの~? 本当に……大丈夫ですかにゃ? 喧嘩してる場合じゃ……」
しまった。不安にさせてしまった。
「う、うん……問題ない……です。私達のチームワークは完璧……です。気楽に待っていてください……です……」
フレアが真顔でサムズアップするが、説得力があるようなないような。
「ほ、本当に大丈夫なのにゃ~?! 変わった救助隊だにゃ……」
とりあえず、ルイスが来るまでここに突っ立っているわけにはいかない。見回りの兵士が来るかもしれない。 私は牢屋の横、暗がりになっている場所に無造作に積まれていた、古くて大きな布(多分、資材カバーか何かだ)を見つけた。
「フレア、あの中に隠れるわよ」
「了解……です」
私達は埃っぽい布の中に潜り込み、息を潜めて身を隠した。 暗い布の中で、フレアの体温を感じながら、私は強く祈った。
(早く来てほしいな……ルイス……。私達の、格好いい王子様……待ってるんだからね!)




