7 ギルド長アドバン
部屋に入るなり、奥のソファにドカリと腰を下ろしている巨漢と目が合った。ギルド長のアドバンだ。
「よ~、ルイス君。それと迷人の嬢ちゃん。こっちに座ってくれ」
アドバンに応接室のソファへと案内される。 アドバンは丸太のように太い腕を持ち、スキンヘッドにちょび髭を生やした、いかつい強面の男性だ。一瞬見れば、ただの山賊の頭目にしか見えない。 だが、その見た目に反して、彼は誰よりも冒険者想いで、義理人情に厚い男だった。
「まずは、レッドウルフ六頭の討伐報酬と、緑骨団残党の賞金だ。受け取ってくれ」
「ありがとう」
テーブルの上に置かれたずっしりと重い革袋。 中身を確認すると、六万ディルはある。この世界の一般人が一ヶ月間、汗水流して働いて得られる給金が大体一万四千~二万四千ディルくらいだ。一般人の数ヶ月分の大金だった。
「こんなに!? ギルドの規定報酬より多くないか!?」
「おうよ! それだけの事をしてくれたんだ。街の安全を守った特別ボーナスも込みだ。遠慮なんざせず、素直に受け取れ」
「ありがとう! 助かるよ……」
俺は感謝と共に、懐に重い革袋をしまう。 クビになって生活費に困窮していた俺にとって、これは本当にありがたい収入だった。
「それで本題だが……。まずはルイス。お前、ついにスキルを使えたんだってな?」
「ああ。でも……あれっきり、また使えなくなったみたいだ。今は頭の中でイメージしようとしても、何も浮かばない」
「ふむ……。んで、そこの嬢ちゃん……んっと、ヒナルちゃんだったな?」
「は、はいっ!」
ヒナルの顔が少し引きつっている。 アドバンの顔を間近で見れば、初対面の人、ましてや平和な世界から来た少女ならビビるのも無理はない。
「ヒナルちゃんが、ルイスのスキル行使を目撃したんだな?」
「はい。レッドウルフにお兄さんが噛まれて大ケガをしたのを、光の魔法で一瞬で治したり、狼の群れを鎖の魔法で縛って、光の玉で倒したのを見ました。間違いありません」
ヒナルが真剣な顔で証言する。 アドバンは腕を組み、数秒沈黙してから、天井を見上げて目を瞑る。
「……回復魔法と、高火力の攻撃魔法か。ンなの聞いたことねぇなぁ~。普通の魔術師でも、そんな相反する系統を同時に操れる奴は片手で数えるほどしかいねぇ」
また数秒沈黙してから、アドバンが俺に向き直る。
「ルイス。ちょっと傷を見せてみろ」
「わかった」
俺は服をまくり上げ、アドバンに昨日、レッドウルフに噛まれた脇腹の傷跡を見せる。 そこにはもう傷口はなく、うっすらとピンク色の新しい皮膚が再生しているだけだった。
「あぁ、確かに……。高度な治癒魔法の痕跡があるな。これほどの短時間で傷を塞ぐとは、かなりの高位魔法だ」
それからまた数秒、アドバンは唸るように考え込む。
「スキルは確かに使えたのに、また使えなくなった? それも聞いた事がねぇ……。魔力切れとも違うようだしな」
アドバンはテーブルに置いてあるタバコを取り出し、火をつけて深く一口ふかす。 紫煙が部屋に漂い、少しだけ場に落ち着いた空気が流れた。
「……ふぅ~。まぁ、ルイスのスキルについては、おいおい考えるとして。今度は嬢ちゃん……。あんたは『異世界から来た』って事で間違いないんだよな?」
ヒナルは、意を決したように静かに頷き、自分の転移前の状況を話し始めた。 元の世界での学校生活。毎日酷いいじめに遭い、不登校になっていたこと。 たまたま外出した時に、いじめっ子たちと遭遇してしまい、金銭を要求された挙句、払えないなら身体を売れと脅されたこと。 その時、突如として空が光り、気付いたらあの暗い森の中に彼らと共に転移していたということ……。 彼女の絞り出すような過去の告白に、俺は胸を締め付けられるような怒りと悲しみを感じた。 そして、一つ、重大な事実に思い至る。
「まてよ? なら、昨日俺が森の中で殺してしまったあの連中も……緑骨団なんかじゃなく、ヒナルと同じ『迷人』だったのか!?」
「はい……。黙っていて、ごめんなさい……。あの時は、あんなヤツラ、死ねばいいって思って……」
ヒナルが膝の上で拳を握りしめ、ポタポタと涙をこぼす。 俺は絶句した。盗賊だと思って斬り捨てた相手が、平和な世界から来た、何の罪もない……いや、人間として最低のクズだが、ただの一般人だったなんて。 人を殺したという重い事実が、冷たい泥となって俺の胃の底に沈む。
「それは嬢ちゃんが悪いわけでも、ルイスが悪いわけでもねぇ~」
アドバンは吐き出した煙の向こうで、ヒナルと俺の方を真っ直ぐに見て答えた。その声は、驚くほど優しく、力強かった。
「……え?」
「嬢ちゃん。いじめっ子だろうが何だろうがな、ここは弱肉強食の異世界だ。抵抗できない女を寄ってたかって暴行し、服を剥ごうとする。それはこの世界じゃー、立派な『重犯罪』だ。嬢ちゃんの世界じゃー法が守ってくれるから許されるんだろうが、この世界は甘くねぇ」
アドバンはタバコを灰皿に押し付ける。
「彼らがやっていたことは、盗賊の悪行と何ら変わりねぇ。むしろ、ギルドの理念に照らし合わせれば、即刻討伐対象だ。だから安心しろ。ルイスは、ただ一人の冒険者として、正当防衛と人命救助を行っただけだ。二人とも、一切の罪には問わん。むしろ、あんな状況でよくやった。仕方無い事だったんだよ」
そのアドバンの断言に、俺の心の底に澱んでいた冷たい泥が、すっと溶けて消えていくのを感じた。 俺は、アドバンの心に救われた気がした。 ヒナルもまた、重い枷が外れたかのように、ほっとしたような表情を見せ、顔を覆って小さく嗚咽した。
「それにだ。仮にヤツラがこの世界に来て、お行儀よくしてられるか? まずは無理だろ。あのまま野放しにすれば、間違いなく他の村や街で略奪や暴行を働いたはずだ。そんなヤツラは、こっちが願い下げだ」
「あ、ありがとうございます……! 本当に……」
ヒナルが涙を拭いながら、深々と頭を下げる。
「ところで、嬢ちゃん……。自分が『迷人』だということは、極力広めない方がいいだろうな。迷人はこの世界の人よりも、強いスキルを持つポテンシャルを秘めている。それに目を眩ませた貴族や闇ギルドの連中が、間違いなく利用しようと近寄ってくる」
確かに、帝国に知られれば、有無を言わさず最前線の戦場や、危険な魔境の開拓に送り込まれることもよくある話だ。 勇者としてもてはやされているアレックスなんかも、まさにいい例だ。
「それで、俺からの提案だが……。ルイスと嬢ちゃんが嫌じゃないなら、しばらく二人で一緒に過ごすってのはどうよ?」
「えっ!?」
アドバンの唐突な話に、俺は驚き、思わず変な声をあげてしまった。 一緒に過ごす? 年頃の女の子と、俺が同棲するってことか!?
「私は構いませんが……。お兄さんは悪さしてくる人に見えないので! むしろ、護衛までしてくれてありがたいです」
ヒナルのあっさりとした発言にもビックリだ。 おいおい、俺は一応、健康な男だぞ!? あんないい匂いのする女の子と同じ屋根の下にいたら、俺だって狼になってしまう時もあるんだぞ!?
「んっ? ルイス~。お前、なんか変な事かんがえてるんじゃねぇだろうな? 顔がニヤけてるぞ?」
「あはは、まさかー……。そんなこと考えてないですよ」
なんて、アドバンはニヤニヤと笑いながら俺の肩を叩く。完全にからかわれている。
しばらく雑談をして、場の空気が和んだところで、アドバンが真面目な顔に戻った。
「ルイス。お前、王都の『魔術学院』にいって、もう一度適性検査を受けてこい。旅費も入学費も、全部ギルドがバックアップしてやるからよ」
「えっ? 魔術学院に……俺が?」
「いつまでも自分のスキルの正体が分からんかったら、冒険者としての仕事も困るだろ? なんせお前は、自己犠牲がすぎるくらい良いやつだからよ。これ以上、無能扱いされて虐げられるのは、俺が見てて腹が立つ。……それに、ヒナルの件もある。ヒナルも一応、適性検査とスキルの確認を受けた方がいい」
「魔術学院……ですか? 私、魔法の勉強なんて……」
ヒナルは困惑しながらも答えるが、アドバンの表情はにこやかだ。また一口、新しいタバコに火をつけて吸ってから。
「おう。ヒナルちゃんも、いつまでもこの危険な世界に居たくないだろ? 魔術学院には、国一番の賢者たちと、膨大な古代の禁書が集まってる。もしかしたら、元の世界へ帰る術も見つかるかもしれないしなっ。……それと、ルイス。勇者パーティーによるダンジョン置き去りの件だが」
「あぁ……」
「本当なら、仲間を見捨てる行為はギルドの法に照らし合わせて処罰の対象なんだが……。アレックスの奴は『勇者』という国賓扱いの特権階級だから、俺たちの一存じゃ何もできねぇんだ……。ギルド長として、情けねぇ話だ」
「その件は仕方ないさ。アドバンさんが気に病むことじゃない」
「いや、本当に申し訳ない……」
アドバンは立ち上がり、俺たちに向かって深々と頭を下げた。 ギルド長という立場にありながら、一介の冒険者に頭を下げる。その誠実さに、胸が熱くなった。
そしてまた、俺達を見て。
「魔術学院の件は、俺が責任を持ってしっかり対応させてもらう。……せめてもの、ギルドからの罪滅ぼしと思って受け取ってくれ」
………。
……。
…。
ギルドを出て、とりあえず俺の家へとヒナルを案内することになった。 魔術学院にアドバンが招待状を送り、返答を待ってから王都へ出発することになる。それまでの数日間、俺とヒナルは、俺の古びた家で一緒に生活することになったのだ。 ヒナルの生活用品も着替えもないため、今日貰ったばかりの討伐報酬で、服や日用品を買いに出掛けることになった。
「それじゃあ、お兄さん……。行きますか? 改めまして、暫くの間、宜しくお願いします!」
「ああ。……もし俺が悪さしようとしたり、襲いかかろうとしたら、遠慮なく大声で怒鳴ってくれ」
「いや、その時は怒鳴るんじゃなくて、衛兵さんに通報しまーす」
ヒナルはクスクスとにこにこしながら、重い過去を吹き飛ばすように、俺より一歩先に明るい日差しの差す街道へと歩き出した。 俺もまた、心の奥底で小さく微笑みながら、彼女の背中を追う。
まだ見ぬ魔術学院での出会いと、俺たちの中に眠る「力」の正体。 世界から見捨てられた俺たちの、本当の冒険が、今ようやく始まろうとしていた。
ヒナルと同居生活はじまる?!いや普通ありえないだろ!思いますが、番外編にて、ヒナルのあの気持ちが同居生活を後押しするきっかけとなってます。
はたしてどんな同居生活なるのか?この数日間で二人は少しずつ距離が近付いてくる感じになります。
続きが気になる方は是非 いいね 宜しくお願いします!




