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8 手を高く上げて…


「ここが、お兄さんのご自宅ですか!?」


「ああ。……まぁ、見ての通り何も無くてごめん。今まで家を空ける時間も多かったから、たまに帰ってきて寝るだけの場所だったんだ」


 俺が少し恥ずかしそうに頭を掻きながら、木製の古びた玄関の扉を開ける。  中は薄暗く、埃っぽい匂いが微かに漂っていた。玄関を開けてすぐ、一・八メートルほどの短い土間の通路になっていて、正面には簡素な脱衣場がある。  通路の真ん中の右側に、六畳ほどの居間と小さな台所。そして奥の方に、八畳間の寝室が一つある。居間には二階に向かう軋む木の階段があり、二階は屋根裏部屋のような六畳間が一つだけという、冒険者の一人暮らしらしい殺風景な間取りだった。  装飾品はおろか、家具らしい家具もほとんどない。


「俺は二階の屋根裏で寝るから、一階の部屋は好きなように使ってくれて構わない」


「えっ!? お兄さんの部屋って、二階なんですか?」


「いや、普段は一階の八畳間で寝てるんだけど……一階の方が広いし、日当たりもいいからヒナルが使ってくれ」


「そ、そんな! 私なんかに気を使わなくていいですよ! 居候の身なんですから、私が狭い方を使います!」


 ヒナルは慌てて遠慮する。  だが、二階は屋根裏で隙間風が入り、冬場は凍えるほど寒い。特にこれから夜が冷えてくる季節だから尚更のことだ。風邪でも引かれたら俺の寝覚めが悪い。  少し強引に彼女の荷物を一階の部屋に置き、各部屋の場所を案内した。


 荷解きもそこそこに、居間の古びたテーブルに向かい合って座り、俺が淹れた温かいハーブティーを飲みながら少し雑談をした。  湯気を挟んで、ヒナルがポツリポツリと自分の過去を話し始めた。


 彼女の父親は、交通事故で他界してしまい、それからは母親が女手一つで育ててくれたという。  だが、その頃から「父親がいない」という残酷な理由だけで、学校のクラスメイトから心無い言葉を浴びせられ、元々大人しかった彼女はどんどん引っ込み思案になってしまった。  高校に入ってからは、その悪意がさらにエスカレート。あの森で襲ってきた連中は、そのいじめの主犯格たちだった。  親の愛を十分に知らず、理不尽な暴力に晒され続けた彼女の人生は、俺の想像を絶するほど過酷なものだった。


 ちなみに、あの逃げた連中は、ギルドの依頼として既に「捕獲対象」になっている。  見つけ次第保護し、ギルドの地下牢に収容する手はずになっているらしい。この街の衛兵のネットワークを舐めてもらっては困る。


 それと、話の中でこんなことも聞いた。  本当ならヒナルには、四つ年上の兄もいたという。だが、彼もまた、ヒナルが産まれて直ぐの行方不明で死んでしまったらしい。


「……そのお兄ちゃんと、ルイスお兄さんの年がちょうど一緒なんです。だから私、お兄さんのことを『兄ちゃん』みたいに見えちゃって……図々しいですよね」


 ヒナルは寂しそうに笑いながら、ティーカップの縁を指でなぞった。  俺は何も言えず、ただ黙って彼女の小さな頭を優しく撫でた。俺にとっても、彼女は失われた妹たちの面影を重ねてしまう、守るべき存在になりつつあった。


………。

……。

…。


「そろそろ、買い出しにいくか。夜になったら冷えるしな」


 時間は昼の一時を過ぎて、外も少し暖かくなってきた。  俺はヒナルを連れて外に出て、街の中心にある市場へと足を運んだ。  大通りに出ると、そこは色鮮やかな別世界だった。石畳の道沿いに並ぶ露店、威勢の良い商人たちの掛け声、焼きたてのパンや香辛料の匂い。沢山の人や、様々な種族の冒険者たちで賑わっている。  ヒナルは初めて見るファンタジー世界の日中の光景に、目をキラキラと輝かせていた。


「こんにちはー。今日はいい天気だねぇ」


「ああ! こんにちは、オバナさん」


 声をかけてきたのは、市場の入り口で薬草の露店を出している、オバナさんだった。五十代くらいの恰幅の良い女性で、いつみても太陽のように優しい顔の人だ。駆け出しの頃から、俺はずっとこの人にお世話になっている。


「あらまぁ! 後ろに隠れてる可愛らしい子は、彼女さんかいー? ルイス、あんたもようやく春が来たのかいー?」


「い、いやいや! 違うよ! 暫くの間、俺の家で預かることになった、遠い親戚の子だよ!」


 俺は慌てて両手を振って否定する。ヒナルも顔を真っ赤にして俯いている。  すると、オバナさんの足元の木箱の陰から、ひょっこりと小さな女の子が顔を出した。オバナさんの娘のユリシアちゃんだ。まだ五歳くらいの、天使のように愛らしい少女だ。


「あっ、ユリシア。こんにちは~」


「おにーたん! おにーたんだぁ! こんにちわ~」


 ユリシアがトコトコと短い足で歩いてきて、俺ではなく、後ろにいたヒナルの方へと向かった。  そして、「はいっ!」と、小さな両手をヒナルに向かって差し出した。


「お花? おねーちゃんにくれるの?」


「うん! おねーたん、これあげるねー。おねーたんに、とーっても似合うの!」


「わぁ……ありがとう! ユリシアちゃん!」


 ユリシアがそっと、その小さな手に握られていた「黄色い花」をヒナルに手渡した。  それは『陽だまり草』と呼ばれる、ポーションの原料の一部でもある珍しい花だった。そのまま花の液を傷口に塗るだけでも、傷がたちまち塞がるという不思議な魔法の花だ。  きっと、オバナさんの薬草採取の手伝いをした時に、ユリシアが一生懸命集めてきた花なのだろう。  ユリシアはにこにこと満面の笑顔で、ヒナルに花を渡した。


「貰っていいのか? オバナさん。これ、結構いい値段で売れる花だろ?」


「いいよ、いいよ! ユリシアが自分で摘んできた宝物さ。気に入った人に持っていきな!」


「ありがとう!」


「ありがとうございます! 大切にしますね!」


 ヒナルは両手で黄色い花を包み込むように持ち、ニコニコしながら俺の方を見て、にぃーっと口を横に引き伸ばして満面の笑顔を見せた。  その笑顔は、昨日の怯えきった表情からは想像もつかないほど、無邪気で美しいものだった。


「……えっ?」


 オバナさんが、そのヒナルの笑顔を見て、不意に目を丸くした。


「あんたたち……。よく見たら、お嬢ちゃんの笑顔がルイスの笑顔にそっくりだね~。彼女っていうよりは、本当の兄妹みたいねぇ。目元が特にそっくりさ」


「そ、そうか……?」


「そうなら……嬉しいですね~! えへへ」


 ヒナルは嬉しそうに照れ笑いを浮かべ、俺の腕にギュッと抱きついてきた。俺の顔に熱が集まるのが分かる。


「まぁ、なんか困ったことがあったら、いつでもウチに寄りなよ! ルイスにゃー、また薬草を安くしてあげるからさ」


「ああ、その時はまた頼むよ! 行くぞ、ヒナル」


「はーい! バイバイ、ユリシアちゃん!」


 ユリシアとオバナさんに手を振りながら、俺たちは再び市場の奥へと歩き出す。  俺の腕には、ヒナルの温かい体温が伝わってくる。  「兄妹みたい」か。  赤の他人のはずなのに、そう言われて、どうしようもなく心が温かくなるのを感じていた。俺の失われた家族が、形を変えて戻ってきたような、そんな不思議な陽だまりの中にいるような気分だった。


………。

……。

…。


 そんなやり取りをしてから、色々と市場や雑貨店に足を運ぶ。ヒナルの服や生活に必要な物を買い集める。2時間くらい経った時の事だった。


「どいてどいてー!」


 声がした方を見ると大きな荷台が横ぎる。多分建築資材なのだろう。木材が大量に積まれていて釘等も飛び出している。荷台が通り過ぎようとしたその時、荷台のタイヤが石に引っ掛かりバランスを崩した。


「あっ!!しまった!」


 荷台を動かす男の人が変な声をあげた矢先に木材が俺の方へと落ちてきた…。


「お兄さん!!」


 俺は咄嗟に両手で木材を受け止めるが、不運な事に釘が中指に刺さってしまった。対した傷ではないが…、血がじわりじわりと出てきて地味に痛い…


「す、すいませんでした!ケガの治療費払いますが!?」

「気にするな。これくらい何ともない」


 男は荷台に木材を詰めなおして、また荷台を押していった。


「お兄さん?指見せて?!大丈夫!?」

「いや、いいって!大丈夫だから!」

「よくない!菌入ったらやばいじゃん!」


 ヒナルは俺の手を取り、服の中にある柔らかい紙で血を拭き始める。


「ほら!手を上にあげて!」


 俺の手を取り上にあげさせる。


「いやいや!大丈夫だって!」

「こうやれば血が止まるってドラマで見たから!」

「ドラマってなんだよ!ってか恥ずかしいって!」


 周りの人が俺達をみて、微笑んでいる。恥ずかしいったらありゃーしない。でも何故か心が癒える。


「もっと高くもっと高く!」

「え、ええ?こう?」

「あはは!お兄さん面白い~!あははは」

「ヒナルさん?わざとやってません?」

「バレた? もう遅いから暫くこうしてなよ!ほら!」


 その時だった。また頭の中で声がした。


『貴方の奪われている能力を一時的に解放します…』


 咄嗟に頭の中でまた、昨晩の文字列が浮かび上がる。これは… ヒールの文字列だ…。まさか…。昨晩と同じように意識を集中させ…。俺は唱える。


「ヒール!」


 唱えたと同時にヒナルの手とともに白く光りだした。じんじんしていた痛みが消え傷が塞がっていくのが分かる。


「お兄さん!それ魔法?!昨日使った傷をふさぐ魔法ですよね!」

「あ、あぁ…!またできた!」

(スキルがまた使えた…。まぐれでなかったんか!?)


 周りにいた人からも「おおーっ!」とか「回復術士?!」なんて声もあった。


「あは… あはは!」


 俺は何故か嬉しくなり笑いだした。だって今までスキルなんて一つも使えず無能と呼ばれてたんだぜ?!笑いたくもなるさ…。ヒナルがいたから?あの時もヒナルが側にいたから?確証はないけど…。


「ヒナル?」

「お、お兄さん?」

「ありがとうな!」


 俺はヒナルと手をあげながら、ヒナルに感謝を述べた…。何故だか分からないけど…。凄く嬉しくなり感謝したい気持ちで溢れ

 またスキルを使えたルイス。なんでなんだろう?次で少し明らかになるスキルの実態…。


続きが気になる方は是非 いいね 宜しくお願いします!

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― 新着の感想 ―
ようやく春が来たと認識されてるということは婚約者は相手と認識されてなかったってこと?
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