86 貿易都市エストリアと偽物ルイス
~ルイス視点~
灼熱の砂漠地帯で巨大サンドワームと死闘を繰り広げてから、さらに4日間。 俺達は来る日も来る日も、ただひたすらに赤茶けた荒野を歩き続けた。 そして遂に、地平線の彼方に巨大な石造りの城壁と、その向こうに広がる青い海原が見えてきた。
「すっげぇ~なぁ!! ヒナル、スルト!! あれ見てみなよ! でっかい街だ!」
俺の口から、無意識のうちに感嘆の声が漏れた。 ここは貿易都市エストリア。 大陸の南西に位置し、海路と陸路が交差する交通の要衝だ。様々な人種が行き来し、あらゆる世界の物品が集まる流通の心臓部と言われている。
俺達は長い行列に並び、ようやく街の入り口にある巨大な門の前へと辿り着いた。 強面の門番が、鋭い視線で俺達を見下ろす。
「通行書の提示を願おう。……ほう、大人数だな」
俺は懐から、エルドアス王が用意してくれた偽造……いや、特別な身分証明書を取り出し、堂々と手渡した。
「ご苦労様です。エルドアス王国、王家直属騎士団の『レイジ』と、副団長のミランダ。……そして、その連れの一行です」
門番は書類に目を通し、俺の顔と、背後の女性陣を確認すると、納得したように頷いた。
「なるほど、王家直属の……。よし、通っていいぞ。エストリアへようこそ」
ここでは「勇者ルイス」の名は伏せている。偽物の情報収集をする上で、本物が目立っては元も子もないからだ。 俺は用心のため、この世界では珍しい黒髪を魔法薬で金髪に変え、さらに顔を隠すように大きな白いターバンを頭に巻いていた。
門をくぐると、そこには砂漠の静寂とは対照的な、爆発的な活気が広がっていた。 石畳の大通りには馬車が行き交い、道の両側には色とりどりのテントを張った露店がずらりと並んでいる。 人間、エルフ、ドワーフ、獣人……そして、普通に魔族の姿も混じっている。まさに人種のるつぼだ。
「お兄ちゃんのそのターバン姿……なんかアラビアンナイトみたいで格好いいね! 金髪も似合ってるよ」
ヒナルが俺の顔を覗き込んで微笑む。
「兄貴の金髪もかっけぇなあ!! 異国の王子様みたいだぜ! 大好き!!」
シューが俺の背中に飛びつき、首に腕を回してくる。
「わぁ……! すごい……! 私が居た世界のお祭りの屋台みたい!! お兄ちゃん! お兄ちゃん!! なにか買ってくれるよね!? ねっ!?」
ヒナルは屋台から漂う香ばしい匂いに鼻をひくつかせ、俺の手をぎゅっと握って引っ張る。その目は完全に「食い気」に支配されている。
「わぁ~っ! いい匂い~っ! あそこにあるの、ニンジンの料理かな~っ!? 甘い匂いがするよ~っ!」
コタースが長い耳をピコピコ動かし、特定の匂いに反応している。
「お~~! あれなんなのじゃ!! 人が壁のようにいて見えぬのじゃ! お主、あれ見るのじゃ! 抱っこするのじゃ!」
背の低いスルトが、人混みの向こうを見ようとピョンピョン飛び跳ねている。
「あ、アンタ!! アンタが前に居ても見えないっつーの! チョロチョロしない!」
ケアルがスルトの首根っこを掴んで静止させる。
「フレア……レイジ兄さんに肩車してもらったらどうです……? いや……だめです。そこは私の特等席……私がしてもらう……です」
フレアがボソリと独占欲を滲ませる。 ヒナルはどうやら元の世界の祭りを思い出して懐かしんでいるようだが、スルトや双子たちは初めて見る異国の光景に目を輝かせ、小鳥のようにあっちこっちと首を振ってキョロキョロしている。
そんな中、クリステルが一つの屋台の前で立ち止まり、不穏な笑みを浮かべていた。
「あら、レイジ? あちらの水槽にいるのは何かしら? スッポン……? ふふふ。レイジの『精力剤』を作るのにピッタリかしら? 生き血を……ふふふ」
「クリステル……それだけはやめろ……亀はペットだぞ! 亀が泣くぞ! あと公衆の面前で精力剤とか言うな!」
クリステルは何故かニヤニヤしながら、怪しげな独り言を呟いている……。いや怖いぞ! 慈愛の聖女様の見た目でその顔はアカンやつだ!
「兄貴! 兄貴! あれ見てくれ! 『射的』だってよ! ボク、あれやりたいなー! 僕の弓スキルなら、景品全部撃ち落とせる自信あるぜ! 店ごと更地にしてやるよ!」
シューが物騒なことを言い出す。
「お兄様? 私はお兄様とあれやってみたいです……『ホラー屋敷』って面白そうじゃないですか? 大丈夫です。もし本物のオバケが出たら、私が火の魔法で建物ごと浄化しますから……」
エアロがさらに物騒な提案をする。
「お、お前らもやめろ……。テロ行為だぞ。着いて早々、街を追い出されるぞ!」
俺が冷や汗をかきながらツッコミを入れていると、少し離れたところでミランダとバハムートが落ち着いた様子で街を眺めていた。
「ほうほう……。これが世界の人間が集まる場所か……。20年前より発展しておるのぅ。凄いのう……」
バハムートが老婆のような口調で感心している。
「本当よね~。活気があって素敵だわ。……あっ、レイジ? 私……、手を繋ぎたいなぁ……」
ミランダは、そう言うとそっと俺の空いている方の手を握ってきた。
「実は私、こうしてレイジと、こういう賑やかな場所で普通にデートして歩くのが夢だったんだ~」
顔を見ると、夕焼けのように頬を赤らめている。 騎士団の副団長として常に気を張っていた彼女にとって、こういう普通の幸せは憧れだったのだろう。
「……ああ。こんなので良かったら、いつでもしてあげるよ」
俺が手を握り返すと、ミランダは嬉しそうに微笑んだ。
「レイジどの? 拙者は先に行って、あそこの宿の手配をしてくるでござる。娘達と、姫様たちを頼むでござるよ」
最後尾を歩いていた仁さんが、気を利かせて声をかけてきた。
「いや、俺が行きますよ? 仁さんにばかり雑用をさせるわけには……」
「レイジどの? 拙者の事は大丈夫でござる。レイジどのは彼女達と、こういう時間にこそ一緒に居てあげるべきだと思うでござるよ? 拙者の事は気にせずに、彼女らとの逢瀬を楽しむでござる!」
そう言うと仁さんは、父親のような優しい目で俺の肩に両手を置いた。
「……ありがとうございます。じゃあ……甘えさせてもらって、宜しくお願いします!」
「うむ! 受付が終わったら拙者は荷物を運んで、酒場で偽勇者の情報収集でもしてくるでござるよ! 気にせずに夜まで楽しむといいでござる! ……ついでに、今夜あたりケアルとフレアを『大人の女』にしてあげてもらっていいでござるか?! 孫の顔が見たいでござる!」
「ち、ちょっと! 仁さん! 去り際に爆弾発言しないでください! 実の親が何を言っているんですか?! それに彼女達だって選ぶ権利が……」
「ははは! 冗談でござるよ(半分は本気だがな)!」
仁さんには本当に頭が上がらない……つくづくそう思う。 色んな修羅場を共に潜り抜けてきた大事な仲間でもあり、年の離れた兄貴分のような、頼れる友人でもある。 仁さんは豪快に笑いながら、全員分の荷物を軽々と担ぎ上げ、宿の方へと消えていった。
「お兄ちゃん? 宿が決まるまで、ちょっとだけ皆でブラブラしてこよ?」
「いいね~っ! ルイス~っ! 皆でデートだぁ! ウチ、迷子にならないようにルイスの服掴んでる~っ!」
「良かったね! クロ。アンタの食べたい美味しいお魚もあるかもよ!」
ケアルは、腕に抱いている黒猫のクロの顎の下をゆっくり撫でる。 あれからクロも随分と皆に懐いた。初めて出会った時から見れば、良いものを食べているせいか一回りくらい大きくなっている気がする。 クロは特に、エアロともとても仲がいいみたいだ。
「にゃんにゃーん! ああん、可愛いですねー! 私の癒やしです……」
「でしょー!? 良かったね~クロ! にゃ~ん!」
クロはケアルの頬に自分の頭をコツンとぶつけて、甘えるように頬をすり寄せる。 エアロが横から頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めて「にゃあ~ん」と高く鳴く。
「お兄様!! 見てください! ペロペロしてくれてますぅ!! ザラザラして気持ちいいです……!」
クロはエアロの頬を、小さい可愛らしい舌を使ってペロペロと熱心に舐めている。完全に心を許している証拠だ。
「本当、可愛いやつだなぁ! 俺も混ぜてくれよ」
俺はその愛くるしい姿に癒やされ、そっとクロの頭を撫でようと指を伸ばした。
その瞬間。 クロの瞳孔が開き、猫相が変わった。
「フシャーッ!!」
鋭い威嚇音と共に、猫パンチが飛んできた。
「いぃいいいい!? なんで!? かじられるとこだったよ!! 爪出てるし!! なんで俺だけ!? ガブリって指なくなるとこだったよ!!」
俺は慌てて手を引っ込める。 何故かクロにだけは、出会った当初から徹底的に嫌われている。というか、敵対視されている。
「あはは! レイジ~っ? クロに何かしたの~っ? 嫌われてるね~っ!」
コタースは俺の情けない表情を見て、お腹を抱えてケラケラと笑いだす。
「あらあら……レイジ? まさか、貴方……皆が見ていない隙に、この子猫ちゃんに『ナニか』いかがわしいことでもしようとしたのかしら? 猫にまで手を出すなんて……」
クリステルが口元を押さえて、冷ややかな、しかし楽しそうな目で見てくる。
「や、やるわけないだろ!! 俺をなんだと思ってるんだ!」
「へへっ、レイジ君なら分からないなぁ~。種族を超えた愛に目覚めたとか?」
ミランダまで悪ノリしてくる。
「違うって! ……多分、俺から他の女の子の匂いがしすぎて、嫉妬してるんじゃないかな……?」
「ほう? それはそれで、自業自得というやつかのう」
バハムートが呆れたように言った。 皆がふざけて色々と言ってくる中、俺はクロに睨まれながら、この理不尽な扱いに肩を落とすのだった。 ……エストリアの夜は、まだまだ騒がしくなりそうだ。
………。
……。
…。
宿の手配を仁さんに任せた俺達は、そのままエストリアのメインストリートへと繰り出した。 日が落ちると共に、街の空気は一変していた。 魔法石を組み込んだ色とりどりのランタンが灯り、石造りの街並みを極彩色に染め上げる。昼間の熱気とは違う、むせ返るような祭りの熱気が渦巻いている。
通りは、昼間以上に多様な種族で溢れかえっていた。 酒瓶を片手に陽気に肩を組んで踊るドワーフたち、煌びやかな衣装を纏った踊り子の舞に見惚れる獣人の男たち、そして家族連れで屋台を巡るエルフや魔族の姿。 どこからか異国の楽器の音色が響き、香ばしいスパイスと焼けたソースの匂いが胃袋を刺激してくる。 これぞ貿易都市。眠らない街の宴だ。
あまりの混雑と屋台の多さに、俺達は二手に分かれることにした。 ヒナル、コタース、スルト、フレア、ケアル、そしてクローディアの6人は、右側のエリアにある屋台街へ買い出しに向かい、俺とシュー、エアロ、クリステル、ミランダ、バハムートの留守番組は、広場のベンチを確保しつつ近くの屋台を物色することになった。
「兄貴~! 買ってきたぜ! はい! あ~んして!!」
先陣を切って戻ってきたシューが、湯気を立てている巨大な物体を俺の顔に突き出してきた。 「むぐっ!?」
有無を言わさず、俺の口の中に熱々の、そしてふにゃふにゃした弾力のあるものがねじ込まれる。 それは、脂が滴る極太のソーセージだった。 だが、揚げたてなのか焼きたてなのか、とにかく熱い! そして噛んだ瞬間に溢れ出る肉汁が、口内を火傷させる勢いで暴れまわる。
「アッつ!! んぐっ……ゲホッ! ゲホゲホッ!」
俺はあまりの熱さと脂の量に咽せてしまった。
「あっ! わりぃ!! ボクのあげたソーセージ、そんなに熱かった?! うわ、口の端からなんか熱い汁まで垂れてるし! 大丈夫!? 兄貴!?」
シューが慌てて俺の口元を指で拭う。
「ゲホッ! ……んっ……。ご、ごめんごめん! せっかく『あ~ん』して食べさせて貰ったのに、すまん……」
俺が涙目で謝ると、シューはニシシと悪戯っぽく笑った。
「へへっ、いいってことよ! ごめんな? また次、兄貴の口に冷ましてからいっぱい入れてやるからさ!! ……そのかわりー、次は兄貴の『フランクフルト』ちょーだい! ボク、あれ食べたい!」
シューがビシッと指差した先には、確かに『ジャンボ・フランクフルト』と書かれた看板の屋台があった。 鉄板の上でジュージューと焼かれる、子供の腕ほどもありそうな巨大な肉の塊の棒。
「ふっ、フランクフルト?」
俺は思わず復唱する。 ……待て。シューの口に、俺がこれをねじ込むのか? いやいやいやいや! 何を考えてるんだ俺は!! 言葉の響きが妙に艶かしいのは気のせいか!?
俺が一人で動揺していると、隣にいたエアロが俺の袖をクイっと引いた。
「お兄様……? シューだけじゃなく、私も口にいれて欲しいですぅ……! あんな太くて美味しそうなの……シューばっかりズルいですぅ!! はやく私の口にもいれて欲しいですっ……じゅるり」
エアロが上目遣いで、どこか欲情したような(食欲で)目で訴えてくる。
「ルイス? ふふふ、私も食べてみたいですわ? その立派で大きな肉の棒を……。レイジの手で食べさせてくださいますか? 私のも差し上げますので……。お互いに、口いっぱいに頬張り合いましょう?」
クリステルまで、聖女とは思えない妖艶な笑みで参戦してくる。 周囲の客たちが、ギョッとした顔で俺達を見ている。 「おい見ろよ、あの男……」「公衆の面前でなんて破廉恥な……」「羨ましい……」というヒソヒソ話が聞こえる。 ち、違うんだ! ただの食事の話なんだ!
俺が弁解しようとしたその時、背後から切迫した声がかかった。
「……ねぇねぇ……レイジ君? 私には、いつになったらレイジ君の大きなフランクフルト、食べさせてくれるのかしら?」
振り返ると、ミランダが顔を真っ赤にし、しかし決意に満ちた目で俺を見つめていた。
「私……もう我慢できなくなってきて……。皆ばかりズルいから、今日は私が相手をするよ? ……ここじゃアレだから、宿でたっぷりと……ね?」
ん? 相手をする? 宿で? ……あ、これ完全に勘違いしてるやつだ。 俺たちは食べ物の話をしているだけなのだが、ミランダの脳内では完全にR指定の展開に変換されている。
「ミ、ミランダさん……、ミランダさん? 落ち着いてください。あれですよ……あれ……。私達は、あの屋台の『肉』を、レイジの手で食べさせて欲しくてですね……」
クリステルが慌てて、屋台の看板を指差す。
「んっ!? ななななな!!! なんですってぇっ!?!? あ、アレ(隠語)の話じゃないの!?」
ミランダの視線が、俺の股間から屋台の看板へと移動する。 そして、自分の発言の意味を理解した瞬間――。
ボンッ!!
と音がしそうなほど、顔から火を噴いた。
「い、いやぁぁぁっ!! わ、私ったらなんてことを!? ち、違うの! 忘れて! 今の忘れてぇぇぇ!!」
ミランダはその場にしゃがみ込み、顔を覆って悶絶した。
「ふむ。世も理解しておったぞ! ミランダはむっつりスケベじゃのう。……しかし、あの肉棒、美味そうだな」
バハムートが冷静にトドメを刺す。
そうこうして、俺がミランダを慰めていると、買い出し部隊のヒナル達も戻ってきた。 両手いっぱいに紙袋やトレイを抱えている。
「ただいま~! いっぱい買ってきたよ!! ……あれ? お兄ちゃん? ミランダさん、なんで真っ赤になってるの? 何の話していたの?」
ヒナルが不思議そうに首を傾げる。 すると、鼻の利くコタースが俺の周りをクンクンと嗅ぎ回った。
「ん~っ?! なんか~っ、ミランダから~濃厚な雌の香りがする~! 発情期かな~っ?! どうしたの~っ?!」
「ど、どうもしないよ! なんでもないんだ! はは……、ははははは……」
ミランダは乾いた笑い声を上げ、完全に壊れている。
「アンタ……。留守番させてる間に、まさかミランダさんに『何か』したんじゃないでしょうね!?」
ケアルは俺の事をジト目で睨み付けてくる……が、その口元はニヤニヤと楽しげに笑っていた。 誤解だと言いたいが、説明すると余計にややこしくなりそうだ。
「そ、それより……これ……、皆で食べる分、いっぱい買ってきた……です……。早く食べないと冷める……です」
フレアが話題を変えるように、抱えていた袋を差し出してきた。
「お、おう! ありがとうフレア! ……ルイスさん? あ、違った……レイジさん? 私も……食べていいの?!」
クローディアが遠慮がちに聞いてくる。
「ああ! もちろんさ! クローディアも遠慮せずに腹一杯食べてくれ! これからの旅の活力だ!」
手渡された袋の中を覗くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。 出汁の染みた大根や練り物が入った『おでん』、生クリームたっぷりの『ショートケーキ』、カリカリの『フライドポテト』、タレの香ばしい『イカの丸焼き』、さらには『タコの唐揚げ』や醤油の焦げた匂いがたまらない『焼きとうもろこし』……。
この食べ物のほとんどが、この世界のものではない。 異世界……つまり、俺とヒナルが来た『日本』の食べ物だ。 どうやらこの街には、俺たち以外にも「迷い人」が持ち込んだ食文化が根付いているらしい。
「わぁ……! いい匂いだ……!」
「でしょ!? お兄ちゃん! 絶対食べたいと思って全部買ってきたの!」
どれもこれも、強烈に食欲をそそる匂い。 俺達はベンチに座り、異世界の夜空の下、懐かしくも新しい味に舌鼓を打つのだった。
………。
……。
…。
賑やかな売店通りから少し離れた場所に、石造りのテーブルとベンチが並ぶ休憩スペースがあった。 俺達はそこを陣取り、ヒナルたちが買い込んできた山盛りの「異世界料理」を広げていた。 喧騒から離れ、夜風に吹かれながら皆で囲む食事。それは旅の疲れを癒やす最高のスパイスだ。
「ん~っ! この『イカ焼き』って食べ物! 弾力があって、噛めば噛むほど味が染み出してきて……めっちゃ美味しい!」
ヒナルが串に刺さったイカを頬張り、満面の笑みを浮かべる。
「お祭り思い出すなぁ~……。醤油の焦げた匂い、こちらの世界でも再現できるなんて感動だよ!」
「ヒナル? やっぱり、この食べ物って俺達が来た世界の料理と同じなのか?」
「うん。味付けもそっくりだし、タレの隠し味まで完璧だよ!」
ヒナルの懐かしむ顔を見て、クリステルが妖艶に微笑んだ。
「ふふふ、そんなにレイジが気に入る味なら……今度、私が厨房で作ってみようかしら……。私の愛をたっぷりと込めた特製イカ焼きを、レイジに食べて貰いたいですわ! 逃がしませんよ?」
うっ……! クリステルの料理スキル(破壊的)を知っている俺は、背筋に冷たいものが走った。ありがたいけど……命の危険が……ねっ?!
「ヒナル!? この黄色の粒々した食べ物? 『とうきび』って言うの? プチプチしてて甘くて、すごい美味しい!」
ケアルは焼きとうもろこしが気に入ったようだ。夢中で齧り付いている。 その足元で、黒猫のクロが「ニャ~ン」と切なげな声を上げて見上げている。 ケアルはそれに気付き、とうきびの粒を一つ取ってあげようとしたが……。
「あ、ケアルちゃんストップ! 猫にとうきびとかネギ類は毒になることがあるから、あげちゃダメだよ~」
ヒナルが慌てて制止する。
「えっ!? そうなの!? 危なかった……ごめんね、クロ」
「にゃぅ……」
ケアルもクロも、同時に耳を垂れてシュンとなる姿が微笑ましい。
「このニンジンケーキ~っ! 美味しい~っ!! 生地が甘くて~ふかふかしてる~っ! 後味もニンジンの自然な甘味があって最高だね~っ! これ毎日食べたい~っ!」
コタースは至福の表情でケーキを頬張っている。
「コタースさん、本当にニンジン好きですね! 私はこの甘いクリームが乗ったチョコケーキが好きですぅ!! ほっぺが落ちそうです……」
エアロが口の端にクリームをつけながら幸せそうに笑う。
「兄貴! 兄貴! この黒い飲み物飲んでみろよ! 甘くて口の中がシュワシュワして弾けるんだぜ!! 痛いけど美味しい!! これなんて言うの!?」
シューが目を白黒させながら、黒い液体の入ったカップを差し出してくる。
「それね。私達の世界にもあった『コーラ』って飲み物に似てるね! 炭酸水に甘味と香料を混ぜたやつだよ」
「うむ。世も飲んでみたが……舌がピリピリして攻撃してくるぞ。微妙であった」
「むむむー! シュワシュワして変な味なのじゃあ! 毒ではないのか?」
バハムートとスルトには、炭酸の刺激はまだ早かったようだ。
俺は、皆の賑やかな様子を見ながら、手に持っていた巨大なフランクフルトを口に入れた。 さっきは熱すぎて火傷しかけたが、今はちょうどいい温度になっていて、肉の旨味を存分に味わえる。 ……ふと視線を感じて顔を上げると、ミランダとクローディアが、じっと俺の口元を凝視していた。 その瞳が、どこか熱っぽい。
「……ねぇ。あんなに太い肉を頬張っているだけなのに……レイジ君がエロくみえるのは私だけ?」
ミランダがボソリと呟く。
「み、ミランダさんもそう思いますか!? やっぱり……! って、私は何を考えてるんだー! はしたない!」
クローディアが顔を両手で覆う。
「ど、どうした? 二人とも? 顔が赤いぞ?」
「な、なんでもないよ! レイジ君! 続けて! その、食べるのを!」
「気にしない~気にしない~! 眼福です!」
なんか、二人とも顔を赤くして照れてるし。よく分からんが、まあいいか。
皆でそんな感じでわいわいと食べていた、その時だった。 売店通りの奥から、人波が割れるような気配がした。 そこから、それなりに身なりが良い3人の少女を引き連れ、黒い豪奢な鎧を身に纏い、腰に白い綺麗な装飾剣をぶら下げた男が歩いてくるのが見えた。 その顔を見て、スルトが小さな悲鳴を上げた。
「な……なんなのじゃ? あれ……って……嘘なのじゃあああああ!」
「う、嘘! あっちにもお兄様が!? ドッペルゲンガーですか!?」
エアロがスプーンを取り落とす。
「あら? 本当ですわ……。まさか、あれが噂の!?」
クリステルの目が鋭く細められる。 そして、クローディアが震える声で告げた。
「あ……、あいつが例の……『偽物』みたいです……。それに、あの隣にいる女の人たち……兄さんの元恋人達も……。何でこんな所にまで来ているの……」
俺は息を呑んだ。 あいつがか……。 遠目に見ても、身長、体格、顔の造作まで、本当に俺と瓜二つだ。 だが、決定的に違うのは、その瞳の奥にある冷徹な光と、滲み出る傲慢な雰囲気だった。 男は店を冷やかしながら、徐々にこちらに近づいてくる。
「どういう事だ……? とりあえず、スルトとクローディアは顔を見られないようにターバンを深く被ってくれ。魔族だとバレたら面倒だ」
「わかったのじゃ!」
「うん……。わかったよ……」
やがて、偽物は俺達の異様な集団――特に美女揃いのメンバーが気になったのか、真っ直ぐにこちらに向かってきた。 俺は心臓の鼓動を抑え、平然を装う。
「やあ、初めまして。俺は『勇者ルイス』だ! さっきたまたま見かけてね、君達がそれなりに強そうに見えたから、つい声をかけてしまったよ。……特に君? リーダーかな? 名前は?」
偽物が、俺の顔を覗き込んでくる。 鏡を見ているような錯覚に陥るが、吐き気がするほどの違和感がある。
「俺ですか? 俺はただの冒険者の『レイジ』だ」
「レイジか! 君もたくさんの女の子を連れて、ハーレムパーティとは羨ましいね。楽しくやってそうだ。……ところで、もしもこの辺りで『魔族』を見かけたら、セトリア王国の詰所へ直ぐ伝えて欲しいんだ」
偽物は爽やかな笑みを浮かべたまま、物騒なことを言い出した。
「特に、『黒い剣を持つ魔族の男』だ。彼は魔族でありながら人間に紛れて悪さをしている、極悪人だからね。見つけ次第、俺が『処分』する」
「……分かったよ。見かけたら伝える」
こいつ……ハロルドのことを言っているのか。 偽物の俺がニコニコしながら、平然と嘘を吐いているのがかなり不快に感じる。 隣にいる少女達も、偽物のルイスに腕を組んだりと、これ見よがしにベタベタして見せつけてくる。
「レイジさんって言うんでしたか? 貴方達、凄いですね。皆レイジさんの恋人かなにか?」
取り巻きの少女の一人が聞いてくる。
「そうですよ。ここにいる皆が、レイジと一緒になる事を望んでいるのです……。彼は素晴らしいお方ですから」
クリステルが咄嗟に話を合わせる。
「へぇ! 勇者様の隣にいる君達もそんな関係? ならすげぇなあ! 幼馴染みだったり?!」
シューが上手く話を振り、情報を引き出そうとする。 偽物の隣にいる少女の中で一番年上に見える子が、偽物にぎゅっと腕を絡めた。
「いや、俺達は数ヶ月前に知り合ったんだ。悪い魔族に騙されていた彼女達を、俺が助けてね」
「ええ! 勇者様は、私を絶望から救い出してくれた白馬の王子様ですわ!」
「勇者様は優しくてかっこいいんだよ! ね! お姉ちゃん!」
「勇者様にかかれば、ハロルドみたいな汚い魔族なんてイチコロっス!」
姉と妹、そしてエルフの女は、偽物に心酔しきっている。 ほんと、俺と瓜二つの顔をしたやつが、他人の愛を奪い、それを「正義」だと誇っているのを見ると、胃液が逆流しそうなほど気分が悪い。 ハロルドが可哀想すぎる。
「私は聖女の『キアラ』と申します……。勇者ルイス様、貴方達はこれからどちらへ向かうのでしょうか?」
クリステルは、自分の名前を逆さ読みした偽名を使い、冷静に偽物の動向を探る。
「俺達はね、捕まえた魔族を使って、この街の闘技場で『ショー』を開くのさ」
「ショー……ですか?」
「ああ。魔族の公開処刑ショーだよ。それと、魔族に加担していた裏切り者の『ケット・シー姉妹』も見つけたからね……。見せしめに、とある『面白いこと』をするつもりさ! 良かったら見にこないか? 特等席を用意するよ」
ケットシー姉妹!? 俺の隣で、コタースの耳がピクリと跳ねた。
「……ああ! ありがとう。今日、ここに着いたばかりだけど、もし疲れてなかったら行かせて貰うよ。伝説の勇者様に会えた事は光栄に思う」
俺は笑顔を貼り付け、怒りを腹の底に押し込めた。
「絶対に来た方がいいっスよ! 勇者様の華麗な技が見られるんスから!!」
これ以上話していると、ボロが出るか、俺がキレて殴りかかってしまいそうだ。 そう察したのか、ヒナルが俺の袖を引いた。
「レイジ? そろそろ宿の準備、終わったんじゃないかな? 仁さん待ってるよ」
「おっと、もうそんな時間か?! では勇者様、引き止めて悪かったな。また会える時を楽しみにしています」
「ああ! 何かあったら頼ってくれ! 俺は皆の味方だからな」
「じゃあ皆? 宿にいこうか?」
「うむ! 行くのじゃ!」
「アンタが言うならいいわ。……早く行きましょ」
「姉さん……。アンタ呼ばわりするとレイジさん困る……です。でも、賛成……です」
俺達は偽物に丁寧にお辞儀をすると、足早にその場を離れ、宿へと向かった。 背後では、偽物の勇者様がその後も色々な人、特に女性たちに声をかけ、愛想を振りまいているのが見えた。
とりあえず、正体はバレずに済んだ。 だが、奴の言っていた「ケット・シー姉妹」の件……。 ただ事ではない予感が、俺の胸に重くのしかかっていた。
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