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85 騎士ハロルドの考え…


 ~フィリシア視点~


異空間ストレージ『サンクチュアリ』の中は、外の荒野の殺伐とした空気が嘘のように、穏やかな時間が流れていた。  だが、私の心の内は、先ほど保護した魔族の少女――クローディアから聞いた話によって、激しく波立っていた。


 偽物の勇者ルイスが、アスガルド近郊やセトリア王国で魔族を虐殺していること。  そして、その傍らには――あろうことか『エルフ族』の女が侍り、その虐殺に加担しているということ。


 (……許せない)


 エルフの誇りを汚すその行為。そして何より、愛するルイスの名を騙り、貶める卑劣な行い。  私は、拳を強く握りしめ、決断した。


「……ルイス。少し、いいか?」


 私は、仲間たちと今後の対策を話し合っていたルイスに声をかけた。


「フィリシア? どうしたんだ、そんな怖い顔をして」


 ルイスが心配そうに私を見る。  私は努めて冷静な声で、自らの意思を告げた。


「……単刀直入に言う。私は一度、ここを離れ『エルドアス王国』へと戻ろうと思う」


「えっ!? 王国に戻るって……一人でか?」


 周囲の仲間たちが驚きの声を上げる。  私は頷き、その理由を語った。


「うむ。クローディアの話によれば、偽物の勇者の一味には『エルフ』が関わっているそうだな。これはもはや、単なる偽物騒ぎではない。我がエルフ国としての威信に関わる重大な問題だ」


 同胞が、勇者の偽物と組んで悪事を働いている。もしこれが事実なら、エルフ族全体が「魔族虐殺の共犯」として断罪されかねない。  王女として、そしてエルフ族を代表する者として、この事態を見過ごすわけにはいかないのだ。


「それに、今回の件……背後にあの『女神崇拝教』が絡んでいると見て間違いないだろう。奴らは人間の国だけでなく、エルフの里にも毒牙を伸ばそうとしているのかもしれん。私が直接動き、王都のエルフ駐在員や、エルドアス王と連携して情報を洗う必要がある」


 私の言葉に、ルイスは真剣な眼差しで少しの間考え込み……やがて、深く頷いた。


「……分かった。フィリシアの言う通りだ。エルフの件は、フィリシアに任せるのが一番確実だと思う。それに、王都とのパイプ役がいてくれるのは心強い」


 ルイスはそう言うと、懐から青白く発光する一対の美しい石を取り出した。


「それじゃあ、フィリシアには悪いけど……。王様への報告と、情報収集を頼むよ。……あと、これを持っていてくれ」


 ルイスが私に差し出してきたのは、『共鳴石』だった。  魔力を通すことで、どれだけ離れていても互いの意思を飛ばし合い、会話ができる希少な魔法道具だ。


「共鳴石か……。これがあれば、離れていても連絡が取れるな」


 私は石を受け取る。ルイスの手の温もりが、石を通じて伝わってくるようだった。


「ああ!! 何かあったらすぐに連絡してくれ。フィリシアも……一人旅になるんだ。くれぐれも気をつけて、無理だけはするなよ?」


 ルイスは、私の目をじっと見つめ、いつものあの太陽のような笑顔を向けた。  その笑顔を見るだけで、胸が熱くなる。  本当は離れたくない。彼のそばで剣を振るい、背中を守っていたい。  だが、今はそれぞれの役割を果たさなければならない。


「……フン、誰に向かって言っている。私はエルフの王女にして、弓の名手だぞ? 自分の身くらい守れる」


 私は照れ隠しに強気な言葉を返しつつ、共鳴石を大切に懐へとしまった。


「ルイスこそ、無茶をするなよ。お主はすぐにお人好しを発揮して、厄介事に首を突っ込むからな……」


「あはは……善処するよ」


 ルイスが苦笑する。  そして、彼はもう一つ、高価な羊皮紙を私に手渡した。


「これは『転移のスクロール』だ。王都のギルド前まで登録してある。これを使えば一瞬だ」


「かたじけない。……では、行ってくる」


 私はスクロールを受け取ると、仲間たち一人一人に視線を送った。


「皆も、ルイスを頼んだぞ。特にスルト、お主は暴走するでないぞ?」


「分かっているのじゃ! フィリシアこそ、お土産を忘れるでないぞ!」


「気をつけてね、フィリシアさん!」


 仲間たちの声援を背に、私はスクロールを開いた。  魔法陣が展開され、光が溢れ出す。


「……必ず、戻る。待っていてくれ」


 最後にルイスの方を振り返り、私は小さく微笑んだ。  光が視界を覆い尽くし、転移魔法が発動する。


 ヒュンッ……


 身体が浮遊感に包まれ、次の瞬間には見慣れた王都の石畳の上に立っていた。  周囲の喧騒が耳に入ってくる。  私は服の埃を払い、王城の方角を鋭く睨みつけた。


 (さて……。私の愛しい人を愚弄し、同胞を悪事に利用する不届き者どもよ……)


 偽物のルイス。そして、それに加担するエルフの女。  さらには、その糸を引く女神崇拝教団。


 (覚悟するがいい。このフィリシアが、その化けの皮を剥ぎ、白日の元に晒してくれようぞ……!)


 私は弓を背負い直し、決意を胸に王城への道を疾走し始めた。


………。

……。

…。



私は王城の執務室にて、エルドアス王と対面していた。  この国の王は元々、一介の冒険者から成り上がったという異色の経歴を持つ。  彼は王冠を少し斜めに被り直し、玉座にどかっと座ると、私が伝えたクローディアからの衝撃的な情報を聞き終え、低い声で唸った。


「……マジかよ。ルイスの偽物が……だァ? そいつが民を騙して、セトリアやアスガルドの連中に『魔族は悪だ』なんて嘘を吹き込んでやがるってのか……」


 王は顎に手を当て、不快そうに舌打ちをした。その瞳には、かつて死線を潜り抜けてきた冒険者特有の鋭い光が宿っている。


「まだ、その少女の証言が真実かどうか、確たる証拠はありません。しかし、状況証拠はあまりにも符合します。何より、その偽物の傍らには……我が同胞である『エルフ』の女が侍っていたそうです」


 私は悔しさで声を震わせながら報告する。  勇者ルイスの偽物が、権威を利用して魔族や、魔族を庇護する人間を殺し回っているという事実。そしてそれにエルフが加担しているという屈辱。


「なので、ルイスからの返答を待たず、我がエルフ国からも精鋭部隊を派遣したいと考えています。エルドアス王にも、どうか力を貸して頂きたいのですが……」


 王はしばらく沈黙した後、ニカっと笑い、力強く膝を叩いた。


「おう、いいぜ! 協力してやるよ。ウチとしても、ダチの勇者の名前を勝手に使って悪さするような野郎を、野放しにはできねぇからな。胸糞悪ぃ話だ」


「感謝いたします、王よ」


「堅苦しいのはナシだぜ、フィリシアちゃん。……しかし、気になるのは『戦の女神』に似た女の噂と、女神崇拝教の動き、そして勇者ルイスの偽物……。これらが全部、裏で繋がってやがる気がしてならねぇんだよな」


「……同感です。全ては仕組まれた混沌かと」


「ルイスから連絡が来たらすぐに教えてくれ。こっちも動ける手駒は用意しとく。……ったく、引退した身だってのに、血が騒ぐじゃねぇか」


「分かりました! 頼りにしています!」


 私は一礼して退室すると、すぐに懐から『共鳴石』を取り出し、遠く離れた父様――エルフの王へと連絡を入れた。  父様は、あのラグナロクを討ち滅ぼした勇者ルイスを高く評価し、尊敬さえしている。私の報告を聞くと、父様は即座に激怒し、そして協力を約束してくれた。  『我が国の誇りを汚す者は許さん。ルイス殿に伝えよ。エルフの全軍を持ってしても、その偽物を討つとな』


 私は通信を切り、王都の空を見上げた。  風が、血の匂いを運んでくるような気がした。


「何事もなければいいのですがね……。ルイス、どうか無事で……」


………。

……。

…。



~ハロルド視点~


「ハロルドさん……? ハロルドさん? 起きてください!」


 遠慮がちな、しかし必死な少女の声が意識を浮上させる。


「んっ……ああ……」


 重い瞼を開けると、視界いっぱいに心配そうなティーンの顔があった。  オレはどうやら、泥のように眠っていたようだ。逃亡生活の緊張と疲労で、最近まともに睡眠をとれていなかったからな……。  森の木々の隙間から見える空はまだ薄暗い。夜明け前の、最も冷え込む時間帯だ。


「これ……私が作りました。残り物の木の実と干し肉だけですけど……お口に合えばいいですが……」


 ティーンが差し出してきたのは、粗末だが丁寧に調理されたスープだった。


「ありがとう……。ティーン……」


 数ヶ月前のあのサーカスの惨劇から助け出した少女、ティーン。  オレたちはあれ以来、人目を避けるように森の中を転々としながら生活している。以前までは、ここ一帯もセトリアの兵士や勇者の手先が頻繁に偵察に来ていたが、ここ数日でなんとか落ち着きを見せている。


「もう……あれから数ヶ月か……」


 スープを啜りながら、オレは誰に言うともなく呟いた。


「はい……。どれくらい経ったか、もう日付の感覚も曖昧ですが……」


「あの勇者は……まだこの国に居るのかな?」


 勇者ルイス。  あいつが、オレのささやかな幸せを、愛する家族を、全て奪っていった。  全てはあいつが元凶だ。あいつさえいなければ。


「えぇ……。街の噂では、なんでも次から次へと魔族を捕まえ、公開処刑という名目で殺し回っているそうです……。民衆はそれを『正義の執行』だと熱狂しているとか……」


 ティーンが悔しそうに唇を噛む。


「そうか……。相変わらずだな」


 オレの心に、どす黒い炎が灯る。  逃げているだけでは何も変わらない。奪われたものは戻らない。  オレは立ち上がり、隣に置いてあった『黒の聖剣』を手に取り、背中に背負った。


「ここに居ても時間が勿体無い……。だから……」


 オレは決意を込めてティーンを見た。


「俺は……かつて魔王様が居たと言われる、滅びの地『アスガルド』へと向かう。危険な旅になる。ティーン、お前はどうする? ここに残るか?」


 ティーンは即座に立ち上がり、真っ直ぐにオレを見つめ返した。


「いいえ! ハロルドさんが行くなら、私も地の果てまでお供致します! 私の命は、貴方様のものなのですから!」


「……分かった。ほら、足元が悪い。俺の手を取って」


 オレはティーンの手を取り、ゆっくりと彼女を引き寄せる。その手は小さく、震えていたが、握り返す力は強かった。


「あ、ありがとうございます……」


 視界がまだ明るくないため、周りの状況が掴みづらい深い森の中を進む。  その時、ティーンがビクリと体を強張らせた。


「は、ハロルドさん! 気をつけてください……。何か、居ます……」


 魔族特有の感覚か。  オレは小声で話すティーンの言葉に耳を傾け、神経を研ぎ澄ませて周囲の気配を探る。  獣臭。そして、複数の殺気。


「……囲まれたな。多分、レッドウルフの群れだ。数匹いる。ティーン、絶対に俺から離れるなよ?」


「はい!!」


 オレは背中の黒の聖剣を引き抜く。  漆黒の刃が、月光を吸い込むように鈍く輝く。  オレからジリジリと溢れ出る殺気を感じ取ったのか、茂みから赤い毛並みの巨狼たちが一斉に飛びかかってきた。


「グァルルルルッッ!!」


 先頭の一匹が大きく跳躍し、喉笛を狙って襲いかかってくる。  速い。だが、今のオレには止まって見える。  オレは半身になって牙を躱し、レッドウルフが地面に着地する瞬間に合わせ、一直線に剣を振り下ろした。


 ズンッ!!


「ヴォウッッッ!!」


 悲鳴を上げる間もなく、首が切断され、鮮血が舞う。


「ガルゥッグァル!!」


 仲間の死に怯むことなく、更に二匹のレッドウルフが左右から同時に突進してくる。  連携攻撃か。  ウルフの牙が目の前10センチまで迫った瞬間、オレは旋回しながら剣を一閃させ、右の一匹を横薙ぎにする。  同時に、左のウルフがオレの左腕にガブリと噛みついた。


 ガキンッ!!


 硬い音が響く。  鉄製のガントレットが牙を阻み、傷一つ負わせない。  オレは噛みついているウルフごと腕を振り上げ、そのまま地面に全力で叩きつけた。


 ドゴォォォン!!


「ギャワンッッ!!」


 背骨が砕ける感触。  地面に叩きつけられ動けなくなったウルフを、サッカーボールのように蹴り飛ばし、もう一匹の怯んだウルフにぶつける。  二匹がもつれ合ったところへ、オレは無慈悲に近づき、二匹まとめて剣を振り下ろした。


 ザシュッ!!


「後、もう二匹か! 逃がすか! はぁああああああっ!」


 残りのウルフは、仲間の惨殺を見て尻尾を巻いて逃げ出そうと背を向けた。  オレは手に持つ黒い聖剣を、槍のように投擲した。  漆黒の刃は回転しながら風を切り裂き、手前に居たウルフの胴体を貫通し、その勢いのまま奥にいる最後の一匹の頭蓋をも砕いた。


「ふぅ……。これで全部だな……」


 オレは血振るいもせず、剣を回収して鞘に納めた。  物陰で震えているティーンの側に向かう。  暗闇の中、草むらから頭だけひょっこりと出している彼女を発見する。


「ティーン? 大丈夫か? 怪我はないか?」


「は、はい!! 凄いです……ハロルドさん……」


「良かった……。もう片付いたから、出てきても問題ないぞ」


 草むらの中から彼女が立ち上がり、安堵の表情を見せる。


「またまた……助けられました。ありがとうございます……」


「いい。気にするな……。でも、やはり剣技だけじゃ限界がある。魔法やスキルが自由に使えれば、もっと楽に守れるのにな……。やはり、あそこに行ってみるしかないか……」


 オレの固有スキル……。それすらもまだ分からない。  そしてこの、父親から託された『黒の聖剣』。  オレの父親は、今は亡きアスガルド王の弟だった。つまり、オレもまた、王家の血を引く人間だ。  父親と人間の母親が恋に落ち……禁忌の末に産まれたのが、オレと、生き別れた妹のクローディアだった。    だから、アスガルドに戻る必要がある。  オレの親父と、国王だった伯父貴しか知らない『秘密』が、あそこの城の地下には眠っているはずだ。


「あそこに? ハロルドさん? 次はどちらに?」


「あぁ……。俺の伯父貴がいた、アスガルド城だ……」


「あ、アスガルド城!? あの魔王によって滅ぼされたという……!?」


「あぁ……。廃墟にはなっているだろうがな」


 そういえば、伯父貴の娘さん……。俺の従姉妹にあたるスルトはどこへ行ったんだろうな……。やっぱりスルトも人間に殺されたのか……。


「つくづく……人間にはクズが多いな……。なら、オレが全員始末しなきゃいけないのか?」


 オレの口から、冷たい言葉がこぼれ落ちる。


「は、ハロルドさん……?」


 ティーンが不安そうに俺を見る。  オレは夜空を見上げ、歪んだ月を睨みつけた。


「いっそのこと……オレが新しくアスガルドの王様になってもいいのかもな……。『魔王』にな……」


「えっ……?」


「勇者が悪なら、それを討つのは魔王だろ? 理不尽な人間どもを駆逐する、絶対的な力を持つ魔王に……」


 オレの中で、どす黒い考えが確信へと変わっていく。  まずは力を手に入れる。そして、同じ志を持つ仲間を探さなければ……。


 復讐の旅が、今始まる。

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※誤字脱字には気を付けるようにしていますが、結構あります…。あった際は教えて頂けると嬉しいです。


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