84 パーティーVSサンドワーム
エストリアを目指し、俺達はどこまでも続く灼熱の砂漠地帯へと足を踏み入れていた。 陽炎が揺らめく地平線。じりじりと肌を焼く日差し。一歩踏み出すたびに足を取られる流砂。 過酷な環境に体力を奪われながらも進んでいた、その時だった。
突如、足元の砂が爆発したかのような轟音と共に、巨大な「何か」が地中から噴き出した。
「な、ななな、なんなのじゃこれ~~~! ぐねぐねして、ねばねばして、気持ち悪いのじゃああああ!」
スルトが悲鳴を上げながら、降り注ぐ粘液から逃げ惑う。
「うへ~っ、この白いの臭いし~! 服についたら取れないじゃん!」
シューが顔をしかめ、頬についた白い液体を拭い取る。
「か、硬くて太いですし!! こんなの、初めて……ですっ!!」
エアロが目の前にそびえ立つ巨体を見上げ、戦慄する。
うん、やめてくれ……。3人の言葉が、いちいち卑猥な発言に聞こえてくるのは俺の心が汚れているからだろうか。いかん、雑念を払え!! 何を想像してるんだ俺は!今はそれどころじゃない!
「ルイスどの! 下がられよ! こやつは『ジャイアント・サンドワーム』でござる!」
仁さんの警告と共に、砂煙の中からその全貌が露わになった。 体長は優に20メートルを超えるだろうか。 全身が毒々しい黄色い体液と硬質な皮膚に覆われた、巨大なミミズのような怪物だ。 目はない。だが、先端にある巨大な「口」が、この世の全てを喰らい尽くさんばかりに開かれている。 ギシャァァァァァァッ!!
円形に並んだ無数の鋭利な牙が、回転鋸のように擦れ合い、耳障りな金属音を立てている。あの口に入ったが最後、脱出など不可能。ただミンチにされて補食されるのみだ。 怪物は威嚇するように、口から白いベタベタした消化粘液を撒き散らした。
「これがサンドワームか! 想像以上にデカイな!」
俺が聖剣に手をかけた瞬間、サンドワームはその巨体に似合わぬ俊敏さで身をよじらせた。
ドゴォォォォン!!
鞭のようにしなる巨体が、俺達のいた場所を薙ぎ払う。 俺達は四方に飛び退いて回避したが、その衝撃で砂の大地が陥没した。
「ルイスどの! 虫なら火に弱そうでござるが……あの表皮、生半可な攻撃では通じぬでござるぞ!」
仁さんがクナイを投擲するが、硬質な皮膚に弾かれる。 敵は体をミミズのように不規則にぐねぐねとさせ、こちらの狙いを絞らせない。 そして、次の瞬間にはその大きな頭を振り上げ、再び俺達を飲み込もうと襲いかかってくる。
「くっ、動きが読みにくい! 何とかして一瞬でも動きを止めて、隙を突かないと……!」
俺が叫ぶと、岩陰に着地したシューが不敵な笑みを浮かべた。
「なら! ボクの番だな! 兄貴、見ててくれよ!」
シューは近くに転がっていた、俺の背丈ほどもある巨大な岩に駆け寄ると、掌を押し当ててスキルを発動させる。
「【グラビティ・ゼロ(重量消失)】!」
数トンの重量があるはずの巨岩が、まるで風船のように軽く浮き上がる。 シューはそれを軽々と持ち上げると、サンドワームの頭部目掛けてバレーボールのように打ち放った。
「いっけぇぇぇぇぇっ!!」
岩が空気を切り裂いて飛んでいく。そして、サンドワームの顔面に直撃する寸前――。
「さ~っ!! これで終わりだぜっ! 【リリース(付与解除)】!」
シューが指をパチンと鳴らす。 その瞬間、軽くなっていた岩の重量が元の数トンに戻り、さらに落下速度が乗った質量の塊へと変貌する。
グシャアァァァァッ!!
鈍く、重い音が響き渡る。 物理的な超質量の直撃を受け、サンドワームの頭部が大きくのけぞり、悲鳴を上げてよろめいた。
「グギィィィィッ!?」
その隙を見逃すはずがない。 黒い稲妻のような影が、砂煙を切り裂いて走り出した。
「次! 誰か頼むぜぇ~っ!」
シューの合図に応えたのは、小さな魔王だ。
「次は、我がやるのじゃぁぁぁあああ!! 白いベトベトの恨み、晴らしてくれるわ!! ぬぉぉぉおおなのじゃ~~~っ!!」
勢いよく走り出したスルトの右手に、漆黒の禍々しいオーラが渦を巻く。 彼女は跳躍し、よろめいたサンドワームの懐に飛び込むと、渾身の力を込めた右拳を、そのブヨブヨとした腹部に叩き込んだ。
「【ダークネス・インパクト(魔王の鉄槌)】!!」
ズキュゥゥゥゥン!!
小さな拳が接触した瞬間、サンドワームの背中側から黒い衝撃波が貫通し、空を割った。 内部を破壊されたサンドワームの巨体が、その衝撃でくの字に折れ曲がり、十メートル以上もの高さへ打ち上げられる。
「どうじゃ!! これが我の魔王の力なのじゃあ!! 参ったか!」
スルトが着地してドヤ顔を決めるが、攻撃の手は緩まない。
「次は私がやりますっ!! この化け物をさらに浮かせますので、トドメをお願いしますっ!! 【トルネード・カッター】!!」
エアロは詠唱を完了させ、両手に持つ杖を、空中に浮いたサンドワームに向けた。 砂漠の熱気が渦を巻き、巨大な緑色の竜巻が顕現する。 竜巻はサンドワームを飲み込み、その巨体を逃げ場のない暴風の檻へと閉じ込めた。
「ギィィィヤァァァァッ!!」
サンドワームは体ごとぐるぐると高速回転させられながら、さらに上空へと持ち上げられていく。 竜巻の中に無数に発生した風の刃が、硬い表皮を容赦なく切り刻み、黄色い体液が霧のように散布される。
「空中に完全に固定しましたっ!! 仁様、お願いしますっ!!」
エアロの掛け声と共に、今度は仁さんが動く。 砂煙を蹴散らし、一直線に空中へと飛び上がると、サンドワームの胴体の高さまで一瞬で到達した。
「承知! これで黒焦げになって倒れてくれたら良いでござるが……! 神牙忍法っ!! 【火遁・豪炎龍の術】っ!!」
仁さんが高速で印を結び、突き出した両手から灼熱の炎が噴出した。 炎は龍の形を成し、咆哮を上げながらサンドワームに食らいつく。
ボォォォォォォォッ!!
一気に全身が紅蓮の炎に包み込まれる。 風魔法による竜巻が火の勢いを煽り、火災旋風となってサンドワームを焼き尽くす。 サンドワームは断末魔を上げ、空中で身をよじらせて踠くが、逃れる術はない。
やがて、エアロの竜巻が消え、黒焦げになった巨塊が重力に従ってまっ逆さまに落ちてくる。 俺は、その落下地点を見据え、背中の聖剣エクスカリバーを抜いた。
「皆、最高の連携だ! 最後は俺が決める!」
聖剣が黄金の光を放ち、俺の魔力と共鳴する。 刀身に集束するのは、浄化と破断の光。
「うおぉぉぉぉっっっ!! 食らえっ! 【セイント・バースト・クロス】!!」
俺はサンドワームが落ちてくる寸前、渾身の力で十字の斬撃を放った。 ズダァァァァァンンン!!!
閃光が奔り、空間ごと切り裂くような衝撃が走る。 光の刃はサンドワームの巨体を豆腐のように軽々と切断し、さらに背後の砂丘をも消し飛ばした。 爆発的な衝撃波が砂を巻き上げ、視界を奪う。 それが収まる頃には、巨大なサンドワームの姿は跡形もなく消滅し、ただ黒い塵となって風に流されていた。
静寂が戻った砂漠で、俺は剣を鞘に納めた。 まさに激戦だったが、仲間たちの頼もしさを改めて実感する戦いだった。
………。
……。
…。
巨大サンドワームが光の粒子となって消滅すると、戦場に静寂が戻った。 舞い上がっていた砂煙が晴れ、俺は聖剣エクスカリバーを鞘に納めた。
「流石、ルイスどのの必殺技でござるな! その威力、またレベルが上がったのではないか? 末恐ろしいでござるよ」
仁さんが感心したように髭を撫でる。
「ヒュ~~ゥ!! やっぱ兄貴はすげぇやぁ!! 惚れ直したぜ!」
「お兄様も、仁様もお姉様もスルトちゃんも……皆で力を合わせた勝利……です!! 頑張りましたぁ!!」
シューとエアロが、戦いの興奮冷めやらぬ様子で左右から俺に抱きついてくる。 二人の体温と、柔らかい感触が心地よい。
「皆が完璧な連携で隙を作ってくれたお陰だよ! 俺一人じゃ苦戦してたさ」
俺は二人の頭をワシャワシャと撫でて労った。 すると、足元でスルトが自分の頭を突き出し、期待に満ちた上目遣いで俺を見上げていた。
「我も頑張ったのじゃ! あのデカブツをぶっ飛ばしたのじゃ! 褒めるのじゃ!」
「はいはい、スルトも偉かったな。最強の魔王様だ」
俺はスルトの頭も優しくナデナデする。 目を細めて嬉しそうにする姿は、魔王というより完全に甘えん坊の妹だ。
その時、空間が揺らぎ、異空間ストレージのゲートが開いた。 安全地帯から戦況を見守っていたミランダとコタース、そしてクローディアが出てくる。 (ちなみにヒナル、クリステル、フレア、ケアルの四人は、今日の晩御飯の仕込みのためにストレージ内のキッチンに残っている)
「ルイス君~! すごいね!! あんな大きな怪物を一撃なんて!」
ミランダが駆け寄ってくる。
「うんうん~っ! やっぱりルイスはウサ神様の如く~凄い人だよ~っ! だって~、あの気持ち悪い化け物もズバズバズバ~っだったもん! 人参切るみたいだったよ~!」
コタースがピョンピョンと跳ねて称賛する。 そして、クローディアがおずおずと口を開いた。
「あれが……勇者の戦い方ですか!? 凄かったです!! 痺れました!! こんな戦い、見たことありません!」
いつになく興奮した口調でまくし立てるクローディア。 だが、その直後、彼女はハッとした顔をして、少しバツが悪そうに縮こまった。
「あ、って……ごめんなさい……。周りのテンションに合わせて、少し無理して言ってみました……」
「あー……」
そうか……。まだ出会ったばかりで距離感を測りかねていて、一生懸命に周りに合わせようとしてくれたんだな。 これまで辛い思いをしてきて、やっと心を許せる場所を見つけたんだ。健気で可愛いじゃないか。
俺はそんなクローディアに歩み寄り、その頭に手を置いた。
「無理しなくていいんだぞ? でも、応援してくれて嬉しかったよ。クローディアも、見守っててくれてありがとうな! 頑張ったな!」
俺が優しく撫でると、クローディアの顔がポッと赤らんだ。
「う、うん!! へへっ! なんだか……兄ちゃんみたいで照れちゃう……!」
彼女がはにかんだ笑顔を見せた、その瞬間。 周囲の空気がピリついた。
「あーっ! またライバル増やすのか!? 兄貴は! どんだけハーレム作れば気が済むんだよ! 天然ジゴロ!」
「うーっ……! お兄様ぁ~! 他の娘ばかり可愛がって……ずるいです!! 私の方がもっと撫でられたい……です!」
「あちゃ~っ。こりゃ完全に雌の顔にされるなぁ~っ! ウチはまぁ……許すかな~っ! でも後で人参ちょーだいね~っ!」
「むむむっ! 我のルイスなのじゃ! 浮気は死刑なのじゃ!」
四方八方からの嫉妬の視線。
「ルイス君? 順番は守ってね? まずは幼馴染の私とだからね? ねっ?」
ミランダが笑顔で圧をかけてくる。 い、いや、そういう手篭めにするつもりはないぞ! ただのスキンシップだ! なのに何故か皆怒ってるし! なんでぇ~!!
そんな騒がしいやり取りをしていた時だった。 ふと、スルトが自分の服を見て悲鳴を上げた。
「……それにしても、ぐねぐねして、ねばねばして、気持ち悪いのじゃああああ!」
「それにしても、砂漠にはこんなのがうじゃうじゃいるのかな? 嫌だなぁ……」
「ううう……、戦闘中は必死で忘れていましたけど、全身ベタベタしています……。早くお風呂に入りたいですね……。気持ち悪いです……」
エアロが涙目で訴える。
「だなぁ~! こんな姿、兄貴に見られたくないし! 兄貴? ストレージの中のお風呂、沸かしていいー?」
「なのじゃあ~……、ヌルヌルして気持ち悪いのじゃ~、早く洗うのじゃ~」
「あちゃ~っ、それあれだよ~っ! あれ~っ! なんか卑猥だね~っ!」
コタースがニヤニヤしながら言う。 その時、ミランダが不思議そうな顔で、とんでもない爆弾を投下した。
「ねぇルイス君? この魔物みたいにさ、ルイス君も……興奮すると、こんなにいっぱい『出す』んですか?」
「へっ?」
俺の思考が停止した。 え? 出すって? 興奮って? 何を?
俺の脳裏に、つい最近の夜の営みや、やましい妄想が一気にフラッシュバックする。 粘液まみれになったヒロインたちの姿と、ミランダの言葉が化学反応を起こし、俺は一人、パニックに陥った。 や、やめてくれ!! そう意識しながら3人を見ると、髪やら顔やら服やらに白い液体がぶっかけられていて、なんか、こう……俺の知っている「あるビデオ」のような光景になってしまっている……。
「ん、んっと~っ……、そ、それは、その……」
俺は顔を真っ赤にして口ごもる。
「ん? 兄貴? なんで顔が赤いんだぜ?? ……まさかさぁ~?」
シューがジト目で俺の顔を覗き込む。
「あ……。お兄様……。まさか……いけないことを想像しましたね……?」
エアロも気付いたようだ。顔を赤らめつつも、妖艶な視線を送ってくる。
「や、やめろ! 俺の考えを見抜くな! 心を覗くな! やめてくれ! 俺は変態でもエロくもない! 健全な男子だ!」
俺が必死に否定すればするほど、墓穴を掘っていく。 シューとエアロはまるで全てを察したかのように、二人はお互い顔を合わせて、ニヤ~っ! と悪魔のような笑みを浮かべる。 そして俺の顔を見るなり……。
「いや、ボク達、まだ何も言ってねーぜ? 『魔力』の話かもしれないだろ?」
「お、お兄様!? やっぱり……ムッツリですね……。そうだったらそう言ってくれたら良かったのに……。私達、いつでも受け止める準備はできてますのに……」
「むむむ~っ、さっきから何の話をしているのじゃ? ルイスが出す? 何を出すのじゃ? お金か? まったく分からんのじゃ!!」
純真無垢なスルトだけが、首を傾げている。その純粋さが今は痛い。
「ま、まぁまぁ! そうそう! お風呂ならついさっきヒナルちゃん達が沸かしてくれたから、すぐに入ったらいいよ! ルイス君も~、頭冷やしてきてね?」
ミランダが苦笑しながら助け舟を出してくれた。
「あ、ああ!! そうする!! すぐ入る!!」
俺は逃げるようにストレージへのゲートへ向かった。 サンドワームとは二度と戦いたくない……。 物理的な強さよりも、精神的なダメージと、俺の理性を試されるという意味で、ある意味最も危険なモンスターだった……。 俺は深く溜息をつき、白い粘液の悪夢を振り払うように頭を振った。
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