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80 クローン技術?


 アスガルド近郊から命からがら逃げてきた魔族の夫婦、アルガスさんとカミラさんを連れ、俺達は白銀の村へと帰還した。  村の入り口をくぐり、俺達が暮らす大きな屋敷へと二人を案内する。  その間も、夫婦は俺達に向かって何度も何度も頭を下げ続けていた。


「ありがとうございます……。本当に、なんとお礼を申し上げたら良いか……。このご恩は一生忘れません!」


「ああ! 気にしないでください! 困った時はお互い様ですから」


 あまりにも恐縮されるので、俺の方が居心地が悪くなってしまう。  俺は苦笑しながら二人を自宅の玄関へと招き入れた。


「今、空き家の確認と清掃を仲間たちがしてくれているので……準備ができるまで、こっちで温かいお茶でも飲んで待っていてください」


「す、すみません。何から何まで……」


 二人が恐縮しながら屋敷に入ろうとした、その時だった。


「おっ! ルイス、帰ってきたのじゃな! 遅かったではないか!」


 俺の足音を聞きつけたのか、居間のドアが勢いよく開き、元気よくパタパタとスルトが飛び出してきた。


「あ、あれ!? えっ……!?」


 アルガスさんがスルトの顔をまじまじと見つめ、目を見開いてギョッとした表情で固まった。  膝が震えているのが見て取れる。


「ま、まさか……! その角、そのお姿……! 亡くなられたはずの、アスガルド国の王女、スルト様ではありませんか!?」


「うむ!! そうじゃぞ! 我の事を知っているのじゃな!?」


 スルトは満足げに目を瞑り、両手を腰に当てて「えっへん!」と胸を張ったポーズを取る。


「あー、ちなみにルイスは我と将来を誓い合った、フィアンセのような中なのじゃ! 羨ましいじゃろ?」


「お、おいスルトぉ! 誤解を招くような言い方はよせ!」


 俺が慌てて訂正しようとすると、スルトはキョトンとした顔で首を傾げた。


「なんじゃ? 事実じゃろ?」


 アルガスさんとカミラさんは、何が起きているのか理解が追いつかないようで、口をポカンと開けたまま放心状態で俺とスルトを交互に見ている。  すると、屋敷の奥からさらに、穏やかで懐かしい声が響いた。


「あら? ルイス? 帰ったのね? おかえり~」


「ああ! ただいま! 母さん!」 


 台所の方からエプロン姿の母さん(ユミル)が、手を拭きながら居間の方へとやってくる。


「あら? お客様かしら? その方は?」


 アルガスさんとカミラさんが、母さんの顔を見た瞬間――。  放心状態だった表情がさらに崩壊し、目が点どころか飛び出さんばかりに見開かれた。


「あ、あああ! あなた様は!!」


「ゆ、ゆゆゆゆゆ!!」


「ゆ?」


 母さんは不思議そうに小首を傾げ、笑顔でその続きを待っている。


「ユミル王妃様ぁ!? そんな、馬鹿な!」


「い、生きておられたのですか!? あの崩落の中で……!」


 魔族夫妻は、その場に崩れ落ちるようにして平伏した。  どうやら、俺の育ての母親であるユミルが、元アスガルド王妃であることを知っているらしい。


「あら? 貴方達はたしか……。アスガルド王立魔術研究所の? アルガスさんと、奥様のカミラさん?」


 どうやら母さんも二人の顔に見覚えがあったらしい。  アルガスさんとカミラさん。元研究員の夫婦だという。


「そうです!! 覚えていてくださったのですか……! ああ、生きておられてよかった……」


 二人は涙を流して喜んでいる。母さんは二人に駆け寄り、優しく手を握った。


「まぁ……。旦那様アスガルドは、あの日亡くなってしまいましたがね……。でも、今は私の愛する二人の娘と、自慢の息子と一緒に暮らして、とても幸せよ」


 母さんは……本当に優しく、慈愛に満ちている。  血の繋がっていない俺を、本当の子供以上に愛し、育ててくれた。この人には感謝してもしきれない。


「き、君の育ててくれた『魔族の母親』とは……まさかユミル王妃様の事だったのか!?」


 アルガスさんが信じられないという顔で俺を見る。


「ああ! この人が、俺の大好きな母さんだよ!」


「「どっひぇーーーー!」」


 アルガスさんとカミラさん夫妻は、あまりの衝撃に漫画のように綺麗にハモってのけぞった。  無理もない。伝説の勇者が魔族に育てられ、その母親が死んだはずの王妃だったなんて。今日1日で、一生分の驚きを使い果たしてしまったかもしれない。



………。

……。

…。



 それから、空き家の清掃と準備が完了するまでの間、俺達は居間のソファで彼らの話を聞くことにした。温かいお茶とお菓子を囲みながら、話題は自然と彼らが逃げてきた経緯へと移っていった。  二人はアスガルドが崩落する前は、王立魔術研究所で研究員として働いていたという。国が滅びた後は、生き残った魔族たちと共に隠れ里のような村に逃げ込み、ひっそりと暮らしていたらしい。  しかし、そこで女神崇拝教団の不穏な動きを目撃してしまったのだという。


「奴らは、捕らえた魔族の命を使って……とある悍ましい研究をしていたんです。私達は偶然その現場を見てしまい……口封じのために追われることになりました」


「それって、以前俺達が遭遇した『ホムンクルス』の実験のことですか?」


 俺は数ヶ月前のエルドアス王国襲撃時の記憶を呼び起こした。


「いえ、それよりもさらにタチが悪い……。『クローン作成』の禁忌錬金術です」


「クローン?」


 初めて聞く言葉に俺が首を傾げると、隣に座っていた母さんが深刻な顔で口を開いた。


「……あの者達は、ついに神の領域である禁忌をおかす研究を始めたのね……。クローンというのは、その対象の血液や髪の毛……あらゆる体細胞から、その人物と遺伝子的に全く同じ『もう一人の人間』を人工的に作りだす技術なの……」


「つまり……例えば、俺の血があれば、俺と同じ顔をした人間をもう一人作れるってことか!?」


 背筋が寒くなる話だ。  丁度その時、夕食の下準備を終えたヒナルがエプロン姿で居間に戻ってきた。


「えぇ!? この世界でもクローン技術の研究が進んでいるの!?」


 ヒナルが驚いた声を上げる。  そうか、ヒナルのいた「日本」という世界には、そんな技術があったのか。


「つまり、お兄ちゃんのたった一滴の血液があれば、もう一人の『お兄ちゃん』が培養槽の中で作れてしまうって感じ。私の居た世界でも、倫理的な問題で人間への使用は厳しく禁止されていた禁断の技術だよ……」


 その技術を、女神崇拝教団が……。  奴らは一体、何をするつもりなんだ。死者の復活か? それとも兵器の量産か?  どちらにせよ、ろくなことじゃない。


「それにしても、それは許せないね……。命を弄ぶなんて」


 ヒナルは真剣な眼差しで、クローン技術を否定する。  俺はふと、意地悪な質問を思いついた。  


「例えばさ、ヒナルは俺がもう一人増えたら、どちらも好きになれるか? 俺が二人いれば、倍愛せるだろ?」


「そんなわけないじゃん」


 ヒナルは即答で首を横に振った。ポニーテールがふさふさと揺れる。


「あー、これ、私の世界の倫理的な話だけど……クローン技術で作られた人って、遺伝子は同じでも、育った環境や記憶が違うから、必ずしもその人と同じ性格になるって限らないんだよね……」


 ヒナルは俺の目をまっすぐに見て言った。


「だから、私はいくらお兄ちゃんのクローンでも、好きにはなれないと思う……。だって、ただ顔とかが似ているだけで、私との思い出も、優しい性格も違うなら、それは『私の好きなお兄ちゃん』じゃないし……」


「うむ! ルイスはルイスじゃからの! 我も同じなのじゃ! 偽物はいらぬ!」


「世もルイス、お主だから世の背中に乗せてるのだ。ルイスという魂は、この世にお主一人しかおらぬよ」


 スルトもバハムートも、力強く頷いてくれた。  俺も、もし皆のクローンが目の前に現れても、俺が愛するのはここにいて、共に苦楽を乗り越えてきた「本物」の皆だけだ。  代わりなんていない。


 重苦しい空気が漂い始めた頃、玄関のドアが開き、賑やかな声が響いてきた。  空き家の準備に行っていたコタース、クリステル、シュー、エアロが帰ってきたのだ。


「ただいまーっ! 兄貴~っ! 言われた通り、ピカピカにしてきたよ! 誉めて? 誉めて? えへへ!!」


 シューがいきなりドスドスと走り寄り、俺の背中に勢いよく抱きついてくる。  喜びが余っているのか、腕に力が入っていて肋骨が軋むほど痛い。


「ぐぇっ……! お、お帰り~。みんな。ありがとうな! 助かったよ」


「うん~っ! みんなで協力して頑張ってきたよ~っ! ウチ、窓拭き頑張ったよぉ~」


 コタースが長い耳を揺らしてアピールする。


「ふふふ、ルイスのためだもの! 妻として当たり前ですわ!」


 クリステルが優雅に微笑む。


「わ、私も……お布団干しましたぁ!! な、ナデナデってしてほしいです……。お兄様……」    エアロが上目遣いで甘えてくるので、俺はクリステルとエアロの頭も優しくナデナデとしてあげた。


 魔族の夫婦は、そんな俺たちのイチャイチャぶりを見て、目を丸くしていた。


「あ、あのー? ルイスさんって……もの凄く女の子にモテてるんですね……?」


「ルイスさん? まさか……この美女たち全員、奥さんなんですか!?」


 すると、いきなり横からシューが、俺と魔族夫婦の間にひょこっと顔を出し、堂々と宣言した。


「そだよー!! もちろん全員、ルイスに命も体も『初』を捧げたいくらい、皆、彼にゾッコンなんだぜ! あー、ちなみに私は既にルイスに捧げちゃったけどね! テヘッ☆」


 シューは可愛らしく片目を瞑り、舌をペロッと出す。  なんと言うか、破壊力抜群に可愛いんだけど……でも、言う場所と相手を考えてくれ!


「し、シュー!!! こらぁ!! 『テヘ』じゃねーよ! アルガスさんたちがめっちゃ引いてるだろー! は、恥ずかしい~!」


「いーじゃん本当の事なんだから! 隠すことないよ!」


「お兄ちゃん!!! ずるい! 私だって!」


「あっ! ウチを置いて~っ!! ウチもくっつく~っ!」


 ヒナルとコタースも対抗意識を燃やし、俺に左右から抱きついてくる。  もみくちゃにされる俺を見て、夫妻は完全に思考停止し、口をポカーンと開けて固まってしまっていた。


「はいはい~。皆? そろそろやめないと、アルガスさんとカミラさんが困ってしまうわよ? イチャイチャは夜になさい」


 母さんは手をパンパンと叩き、母親の威厳でこのどんちゃん騒ぎを鎮めた。  サンキュー! 母さん! あんたが一番の救世主だよ!


 それから、二人をこれから生活していく住居へと案内し、村でのルールや生活の仕方を説明した。  全てが終わる頃には、日はすっかり落ちていた。


 ただ……俺の戦いはこれからだった。  夜になれば、彼女たちの「夜襲」という名の愛の猛攻が待っている。  あ、ある意味、魔獣討伐よりハードな戦いね……。  疲れてるから、今日は休ましてぇ~~!! (という願いは、きっと届かないだろう)



………。

……。

…。



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