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78 お昼のひととき。


~ルイス(レイジ)視点~


 バハムートの広大な背中に揺られながら、俺達は優雅な空中散歩を楽しんでいた。  眼下には、一面の銀世界。冬の澄んだ空気は本来なら肌を刺すほど冷たいはずだが、バハムートが展開している不可視の結界のおかげで、まるで春の日差しの中にいるかのように暖かく、快適だ。


『お主、下を見るがよい。もうすぐで「クレセントの森」の上空につくぞ』


 バハムートの念話が頭に響く。  俺は身を乗り出して下界を見下ろした。  5ヶ月前、俺たちがエルドアス王国へ向かっていた時に通り抜けた森だ。地上では鬱蒼として先が見えないほど深く感じたが、こうして上空から俯瞰すると、地平線の彼方まで続く広大な樹海だったのだと改めて実感させられる。雪化粧を纏った木々は、まるで砂糖菓子のようにも見えた。


「そういえばさ、バハムートがこうして空を飛んでいたら、下から見たら大騒ぎになるんじゃないの?! 伝説のドラゴン襲来! って」


 ケアルが心配そうに声を上げる。


「あ、それ、私も思った……。こんな大きな影が通ったら、国中パニックになっちゃうよね? ルイス君は何か知ってる?」


 ミランダも不安げに俺を見る。  俺が答えようと口を開きかけたその時、バハムートがその巨大な竜の口を器用に動かし、勝ち誇ったように笑った。


『ふっふっふっ! 心配は無用なのだ。世の姿は、地上の者には見えぬように認識阻害のスキルをかけてあるからのう。当然、背に乗っておるお主達の姿も見えぬ。雲が流れているようにしか見えんよ』


「……その魔法……ほしい……です。隠密任務に最適……羨ま……です」


 フレアがボソリと呟き、羨望の眼差しをバハムートの背中に向ける。  やっぱりバハムートの魔法ってすげぇなぁ~。確かに、こんな規格外のドラゴンが上空に居座っていたら、討伐隊が編成されて大戦争になりかねないからな……。


 それから俺達は、ビッグベアの目撃情報があったクレセントの森の上空を旋回し、目を凝らして探索を続けた。  だが、木々の隙間や雪原に、それらしい巨大な魔獣の影や痕跡は見当たらない。


『ここにはおらぬようじゃな。お主、次に向かう所はどうするのだ?』


「ん~、そうだな……。次は『元の忍者の里』の方へ行ってみようか!」


「ルイス君~。久しぶりだね~! そこ行くの!」


 ミランダが懐かしそうに言う。  つい先日、俺達の村に移住してきた忍者の生き残りの人達と一緒に、全員でその里へ向かい、残っていた物資を運搬したばかりだ。  かつての故郷は、ホーエンの手によって見るも無惨な廃墟となっていたが、彼らの表情は暗くなかった。仇敵スザクを討てたという達成感と、新たな生活への希望で、皆の瞳は輝いていた。  そんな、悲しみと希望が入り混じった場所だ。


 空気が少ししんみりしたのを感じてか、隣に座っていたケアルが、もじもじと身を捩らせながら口を開いた。


「……ルイス。その……。あの時は……」


「んっ? どうした?」


「だ、だからっ! その!! ありがとうって!! うん。ありがとうって言ってんのよ!! 聞こえてる!?」


 ケアルは照れ臭そうに、それでいて何故か俺を睨みつけるようにして叫んだ。顔は林檎のように真っ赤だ。  やっぱり怒っているのか……? いや、これが彼女なりの感謝の表現なのだろう。


「気にするなよ! 思い出の物、見つかって本当に良かったな」


「ふ、ふん……。当たり前でしょ……。……早く私を抱きなさいよね……。こっちは心の準備してずっと待ってるのに……。父さんも母さんも『早くルイス殿にアタックして既成事実を作れ』ってウルサイし……」


 ケアルがボソボソと蚊の鳴くような声で何か独り言を呟いたが、風の音にかき消されて後半は何も聞こえなかった。  何て言ったんだ? まあ、悪いことではないだろう。


「……うん。大事なもの……。見つかって良かった……です。これは、私の命の次に大事なもの……」


 反対側にいたフレアが、懐から大切そうに一枚の古びた写真を取り出した。  あの忍者の里の瓦礫の下から、俺が偶然発見し、二人に渡したものだ。  そこには、まだ幼い双子の姉妹と、若かりし頃の仁さん夫妻、そして優しそうな祖父母が笑顔で映っていた。


「もう……永遠に失くなったと思ってた……です。お祖父さんは凄く厳しくて、でも凄く優しかった……です」


 写真を見つめるフレアの大きな瞳から、ぽろりと一筋の涙がこぼれ落ちた。  彼女は涙を拭うと、スッと俺に顔を近付けてきて……。  柔らかい唇で、俺の頬に優しく「ちゅっ」とキスをした。


「……ありがと……です。ルイス兄様」


「なっ……/// なんも、気にするなよ? 当たり前のことをしただけだ」


 俺が照れ隠しにフレアの頭を優しく撫でてあげると、彼女は目を細め、まるで甘える猫のように身を擦り寄せてきた。


「ん……うん……!! ごろにゃん! ……です……。クロちゃんの真似……です」


 そう言って、5ヶ月前にケアルと俺が救い、今は我が家のマスコットとなっている黒猫クロちゃんの真似をし始めた。  四つん這いになり、背中をきゅっと丸め、お尻を突き出し、両手を顔の横で招き猫のように丸めて「にゃんにゃんポーズ」を決める。  普段のクールな無表情と、その愛くるしいポーズのギャップが破壊的すぎて、俺の心臓が止まりそうになった。    (か、可愛いすぎる……!)


「でも、本当に私達の大切な宝物……。守ってくれて、ありがと……です」


「ちょっ、フレア! あんただけズルい! ……パパもママも喜んでたしね! ルイスにしてはやるよ! 見直したわ!」


 ケアルも負けじと俺の腕にしがみつく。


「むぅ……。本当にルイス君はモテモテだよね! 私も負けてられないなぁ~! 正妻にして、一番の婚約者として!」


 ミランダが頬を膨らませて、俺の背中からぎゅっと抱きついてくる。  温かい幸福感に包まれながら、俺たちは忍者の里の上空へ到着した。  眼下をくまなく探すが、雪原は綺麗なままで、巨大な足跡の一つも見当たらない。  ここら辺一帯にも、ビッグベアはいないようだ……。   『さて、お主ら。ここにもおらんようじゃな。次はどうする? もう半周するか?』


 バハムートが首を巡らせて聞いてくる。


「ん~……。次は……」


 俺が地図を広げようとすると、ミランダのお腹が「ぐぅ~」と可愛らしい音を立てた。


「あ……/// ル、ルイス君? 私、お腹空いちゃったんだけど、そろそろお昼にしない?」


 ミランダが顔を赤くして提案する。


「あはは、そうだね~、ルイス君~! 私も賛成! 腹が減っては戦はできぬってね!」


「そう……です。バハムートちゃんだって、ずっと飛び回って疲れたはず……です」


 その言葉に反応するように、バハムートの巨大なお腹からも、雷鳴のような「ゴロゴロ~」という音が響いた。


『む~っ、う~っ、余は……、余は……神であるからして空腹など……う、うむ! 嘘だ! 余もお腹すいたのだ! ペコペコなのだ!』


 そういえば、ぐるぐると空中散歩に夢中になっていて、すっかり時間の事を忘れていた。  太陽は既に天頂にあり、もうお昼時だ。


「よっしゃ! じゃあ、景色のいい場所を探して、お昼にしよっか? クリステルが作ってくれたお弁当もあるしな!」


『うむ! 賛成だ! 早く降りる場所を探すのだ!』


 俺たちは顔を見合わせて笑い、ランチタイムに向けてバハムートの進路を変えるのだった。



………。

……。

…。

 


 上空からの捜索を一通り終え、俺達は一度地上へと降り立った。  バハムートが光に包まれて巨大なドラゴンの姿から、いつもの可愛らしい銀髪の幼女の姿へと戻る。


「ふぅ……。飛ぶのも意外と体力を使うのじゃ。腹ペコなのじゃ」


 バハムートが小さなお腹をさする。  ここら辺は雪深い森の中だが、食事をするのに最適な場所がある。  俺は懐から、セトリア王様から褒美の一つとして授かった宝具、『異空間ストレージ・サンクチュアリ』を取り出した。


 見た目は手のひらサイズの豪奢な小箱だが、これは『ストレージバッグ』の上位互換とも言える代物だ。  無機物を収納するだけでなく、「人間が生きたまま入って生活すること」を想定して作られた、超高級な魔法道具である。


「よし、みんな入ろうか」


 俺が魔力を込めると、空間が歪んで入り口が開いた。


 中に一歩足を踏み入れれば、そこは別世界だった。  外の厳しい冬の寒さが嘘のように、肌を撫でる風は暖かく、穏やかだ。  見渡す限りの緑豊かな高原。頭上には擬似的に再現された青空が広がり、どこからか小川のせせらぎや、小鳥のさえずりが聞こえてくる。  季節設定は「初夏」。常に過ごしやすい気候に保たれた、まさに地上の楽園だ。


 ただ、一つだけ欠点があるとすれば……。


「あ痛っ!」


 走り出したケアルが、何もない空中でコツンと頭をぶつけた。


「も~! またやっちゃった! ここ、見えない壁があるんだった!」


「大丈夫か? この空間、広大に見えて実は一定距離で空間が遮断されてるからな。端っこに行くと見えない壁にぶつかるんだよ」


 俺は苦笑しながら説明する。まあ、ぶつかってもボヨヨンと弾かれるだけで痛くはないのだが。


 この異空間の中央には、生活に必要な家具や設備が整った可愛らしいログハウスが建っている。  見晴らしも良ければ気候も最高。遠出の任務やキャンプの際には、重いテントを張る必要もなく、別荘感覚で使える最高の拠点だ。


「さーて、お昼にしようか!」


 俺達はログハウスの前の芝生に、ピクニックテーブルと椅子を用意して腰を下ろした。  そして、テーブルの中央に広げられたのは、今朝出発する前に、村に残っているヒナル、コタース、エアロの3人が早起きして作ってくれた特大の「愛妻弁当」だ。  我が家の料理は当番制になっており、大体その3人が腕を振るってくれることが多い。俺もたまに参加するが、その時は全員から「ルイスに料理を教える」という名目で、ベタベタと密着指導をされるのが恒例行事になっている。


「今日は何が入っているんだろうねー? 皆、張り切ってたからさ……」


 ミランダがワクワクしながら重箱の蓋を開ける。


「うわぁー! ルイス君みてみて!? これ、すごく美味しそう!」


 一段目にぎっしりと詰められていたのは、色鮮やかな揚げ物料理だった。


「これは……ニンジンとじゃがいもを揚げたやつだな!」


 乱切りにしたニンジンとじゃがいもに、薄く片栗粉をまぶしてカラリと揚げ、熱いうちにバターを乗せてパセリを散らした一品。  バターの熱で溶けた黄金色のソースが絡まり、パセリの緑が彩りを添えて食欲を強烈にそそる。  この甘い味付けと野菜のチョイス……間違いなく、コタースの作品だ。


「いただきまーす! ……ん! サクサクで甘い! ニンジンの臭みが全然ないよ!」


 ミランダが頬張って笑顔になる。


「さて、次は……と」


 ケアルがおそるおそる二段目の箱に手を伸ばす。


「ん~……ピーマン料理だったら嫌だな……。でも皆が早起きして作ってくれてるからなぁ~……残すわけにはいかないし……」


 覚悟を決めて蓋を開けると、ケアルの表情がパァっと輝いた。


「やった! サンドイッチだ!」


 そこには、ふわふわの白いパンに具材がたっぷりと挟まれたサンドイッチが、綺麗に整列していた。  シャキシャキのレタスに、塩気の効いたサラミ、甘いコーンマヨネーズ、そして濃厚なタマゴサラダ。  パンの耳が丁寧に切り落とされ、一口サイズにカットされた繊細な仕事ぶり。この料理を作ったのは、間違いなく几帳面なエアロだろう。


「ふふ、これならいくらでも食べられるわ! ルイス、ほら口開けて! あーん!」


 ケアルがタマゴサンドを俺の口元に運んでくる。


「お主よ。……ズルズルッ……。これはなんなのだ? 初めて見るが、美味であるな」


 ふと見ると、幼女姿のバハムートが、別の容器に入っていた麺料理を、器用にフォークを使ってズルズルと音を立てて食べていた。  茶色く色づいた麺に、キノコや玉ねぎが絡み、ふわりと香ばしい醤油の香りが漂う。


「ああ! それはヒナルが作った『パスタ』っていう麺料理なんだけど、今回は特別製だよ。仁さんの仲間の忍者が作った『醤油』と呼ばれる調味料と、すりおろした生姜、砂糖で味付けした『和風生姜パスタ』らしい」


 ヒナルが「日本にいた頃はよく作ってたの! お母さんの味なんだ~」と懐かしそうに話していた試作品だ。


「和風……パスタとな? うむ、この醤油という黒いソースの香り……食欲を刺激するのじゃ」


 バハムートは口の周りについたソースをタオルで上品に拭うと、満足そうに頷いた。


「うむ。なかなかの美味であるぞ! 気に入った! お主も食べてみるか? ほれ」


 バハムートは、自分の取り皿にまだ残っているパスタを、俺の皿に取り分けてくれた。  普段は尊大なのに、こういう所は妙に面倒見が良い。


「ありがとう、バハムート」


 それを見ていたフレアとケアルの双子姉妹に、対抗意識の火がついた。


「あ、アンタ! これ美味しいから食べてみなよ! ほら、一番具が大きいやつ!」


 ケアルがサンドイッチを俺の皿に積み上げる。


「ルイス兄さん……。このポテトも美味しい……です。栄養つけないと……です」


 フレアも負けじと、バターたっぷりの芋料理を俺の口元へ運んでくる。


「ちょ、ちょっと待って! 俺の皿、もう山盛りなんだけど!?」


「いいから食べるの! 私達の愛(と残り物)を受け取りなさい!」


「ほんと、美味しいね! ルイス君! みんなで食べると最高だね!」


 ミランダもニコニコしながら、俺にお茶を注いでくれる。  穏やかな日差し、美味しい料理、そして賑やかな仲間たち。  外の世界には凶暴なビッグベアがいるというのに、この箱の中だけは、時間が止まったかのように平和で温かい。


 こうして俺達は、お腹も心も満たされる、楽しい楽しいお昼休みを過ごしていくのだった……。


………。

……。

…。




 昼ご飯を食べ終わり、片付けをしていると、なにやら、外から何やら、男性の悲鳴らしき声が聞こえる。


 「あれ?何か聞こえるけど…」


 「うむ。余も聞こえたぞ…」


 家から出て周りを見渡すが誰もいる気配がない。その悲鳴は、どうやら異空間ボックスの外から聞こえてくる声だ。俺達は直ぐに片付けをして異空間ボックスから出るのだった…。

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