77 バハムートの背中。
今日は、エルドアス王国の冒険者ギルドへとやってきていた。 メンバーは、俺と忍者の双子姉妹フレア&ケアル、そして幼馴染のミランダ、さらに見た目は幼女の竜神バハムートの4人だ。 目的は、最近各地で暴れ回っているという凶悪な魔獣「ビッグベア」の討伐依頼を受けるためだ。
受付カウンターには、眼鏡が良く似合う、いかにも仕事が出来そうな事務のお姉さん――ミシェルさんが座っていた。
「あら、ミランダ様!? それに勇者様も!? もしかして、あのビッグベア討伐の依頼を、貴女方が受けていただけるんですか!?」
ミシェルさんが驚きと期待で目を輝かせる。
「うん。私達が行くよ~。ねっ、ルイス君?」
ミランダがニコッと笑う。
「まぁ……小遣い稼ぎに、ね! ちょっと運動不足解消も兼ねてさ」
俺は適当な嘘をついて誤魔化した。 本当は「被害が出て誰かが犠牲になるのが嫌だから、俺たちが片付ける」なんて、ちょっと格好良すぎて言いづらいし、あまり目立ちたくないからだ。
「アンタねぇ~、もっとハッキリ言いなよ。『僕が皆を守ります!』ってさ。被害出たらいやだからって顔に書いてあるわよ?」
ケアルが呆れたようにツッコミを入れる。
「ふむ。お主はすぐ照れるからのう……。素直じゃないのう」
バハムートが足元でクスクスと笑う。
「そう……です。ルイス兄様は、ヒーローぶるのが苦手……です。でも、そこが好き……です」
フレアがボソリと核心を突く。 3人に立て続けに言われて、俺は降参した。
「……ははは。まぁ、そういうことですよ。最近、目撃情報があったから、放っておけなくてね」
俺が観念して認めると、ミシェルさんはパァっと顔を輝かせた。
「助かりますぅ~!! 勇者様たちが動いてくださるなら百人力です! ではでは……こちらの資料をどうぞ」
ミシェルさんから渡された資料によると、目撃情報は広範囲に渡っていた。 俺たちの村近郊にある丘陵地帯、王国近郊のクレンセント森の手前付近、他には忍者の里へと続く山道の湖畔などだ。 相手はビッグベア。普通の熊より一回りも二回りも大きく、体長は4メートル、体重は600キロを超える巨体を持つ。しかも冬眠に失敗して凶暴化した「狂暴種」だ。
「ルイス兄様……。そんな広大な大地の中で、どうやって神出鬼没な魔獣を見つける……です? 歩いて探してたら日が暮れる……です」
「ま、まさかアンタ! それ考えないで選んだわけじゃないでしょうね!? あたい、無駄に歩くのはゴメンだよ?」
ケアルが疑いの眼差しを向けてくる。 俺はニヤリと笑った。
「ふふふ、聞いて驚くなよ。ちゃんと秘策はあるし。だからこそ、今日はバハムートを連れてきたんだよ」
俺が視線を落とすと、バハムートは普段は無表情な幼女だが、どこか遠足前の子どものようにウズウズしているのが伝わってきた。 たまには一緒にクエストを受注して、外の空気を吸わせてあげたかったのだ。
「バハムートがいるから安心しなよ。最強の索敵&移動手段だぞ?」
「「へ!?」」
バハムートはトコトコとフレアとケアルの前に出てきて、小さな指でVの字を作り、精一杯の「どや顔」をして見せた。
「こ、こんな小さいのにどうするワケ!? おんぶして走ってくれるの?」
「流石に……それは体格的に不可能……です……」
「あー……! なるほどね! 相手は竜神様だもんね。なんとなくルイス君の言いたい事が分かったよ!」
なんとなく察して楽しそうなミランダと、首を傾げて不思議そうな双子。 その反応を見て、バハムートの口元が微かにニヤリと吊り上がった。
「まぁ、詳しい話は王国の外に出てからだ! 百聞は一見にしかずってね」
俺達は皆で王国の外へと足を運んだ。 バハムートの服装は、ヒナルが用意したという異世界の国「日本」の着物だ。 黒髪に映える、赤と白とピンクの花が細かく描かれた華やかな振袖。 そのおかげか、見た目は10歳くらいの可憐な幼女に見えるのに、纏っている空気は神秘的で、どこか近寄りがたい神々しささえ感じられる。流石は竜神様だ。
街道を外れ、木々もない開けた草原までやってきた。
「もう、ここら辺で良いか?」
「ああ! 頼むよ、バハムート」
「何がはじまるの!?」
バハムートは草原の中央に立つと、スゥっと息を吸い込んだ。
「では……刮目せよ」
カッ……!!
バハムートの小さな体が光りだしたかと思うと、瞬く間に辺り一面が直視できないほどの眩い閃光に包まれた。
「うわっ! 眩しっ!」
全員が思わず目を瞑り、腕で顔を覆う。 やがて、光が収まりだすと……その向こう側に、とてつもなく巨大な「黒い影」が鎮座していた。
「なななな、なにあれ!? あの黒い影は何!? ア、アンタ! 一体何をしたのよ! 魔獣召喚!?」
「姉さん……。うるさい……です……。ルイス兄さんが……困る……です」
「わぁ~!! やっぱり! ルイス君とこれに乗って空中デートできるんだね!!」
光の粒子が晴れ、その全貌が露わになる。 それは、漆黒の鱗に覆われ、巨大な翼と長い尾を持つ、神話から抜け出してきたような威容を誇る「伝説のドラゴン」そのものだった。 その存在感だけで、周囲の大気が震えている。
俺はそのドラゴンに近づき、親しげに声をかけた。
「サンキュー! バハムート! やっぱり格好いいな」
そう言うと、バハムートは……その巨大な竜の口から、地響きのような、しかし聞き覚えのある幼女の声で答えた。
『ふふふ! どうだ。世の姿は。これぞ世の本来の姿……天空を統べる竜神バハムートの真なる姿だぞ……』
ドラゴンの姿になっても、中身はあのバハムートのままだ。 そのギャップと事実に、双子が驚愕する。
「ふぇええええ!! 凄いってもんじゃないよ!! あのちっこいバハムートちゃんが!? こんなデカいドラゴンに!?」
「す、凄い……です。流石、竜神様……です……。圧倒的……です……」
「そういう事だと思ったけど、想像したより100倍凄いよ!! きゃーっ! 素敵!」
3人は目を丸くし、恐怖よりも好奇心と興奮で目を輝かせている。
「でも、バハムートちゃんにはどうやって乗るの?! ハシゴとかないよ?」
ケアルがもっともな疑問を口にする。 あまりにも巨大な為、よじ登ることは不可能だ。
「それは、俺がバハムートに『選ばれた者』だからさ。特別席への案内は、魔法でちょちょいっとね?」
俺と3人はバハムートの前に集まると、バハムートから教わった固有の転移魔法をイメージした。 俺達3人は光に包まれ……バハムートの背中へと伸びた光の道を一瞬で駆け上がった。 視界が一瞬白み、気が付くと、俺達4人は既にバハムートの広大な背中の上に立っていた。
「おおおっ~! 本当に乗ってるよ! ルイス!! 高い!!」
そして、バハムートは……。 『グルルルルッ!!』
と喉を鳴らし、巨大な翼をバサリと広げ、力強く羽ばたかせた。 ふわりと体が浮く感覚と共に、地面がぐんぐんと遠ざかっていく。 家々が豆粒のようになり、広大な大地がジオラマのように眼下に広がる。 やがてバハムートは、四肢を畳んで流線型になり、滑るように空を翔け始めた。
驚くべきことに、風圧も寒さも感じない。 バハムートの背中に張られた結界のおかげで、まるで地上の部屋にいるかのように快適だ。 これは「搭乗者」として認められた者だけの特権。許可なき者が近づけば、強力なバリアで消し炭にされるだろう。
「凄い! やばいって! マジで夢みたい!! ドラゴンの……伝説のバハムートの背中に乗って空を飛ぶなんて! アンタに勿体無いって!」
『どうだ? 世の背に乗れる者は、歴史上でも片手で数えるほどもおらぬぞ。ルイスやスルトの仲間のお主達だから、特別に許すのだ……感謝せい』
「うん!! 感謝するよ!! バハムートちゃん! ……ちぇっ、ルイスのおかげってこと? まぁ! 今回だけはそういう事にしておくよ!!」
ケアルはそう言うと、はしゃぎながら、揺れた拍子を装ってどさくさに紛れて俺の腕に抱きついてきた。 「姉さん……? 姉さんだけ……ずるい……です。私もルイス兄さんに抱きつきたい……です!」
フレアも負けじと、反対側の腕にぴたりと張り付いてくる。 無表情だが、その体温は高く、鼻息も少し荒い。興奮しているのが伝わってくる。
「ふふふ。なんかロマンチックな気分ね~。空の上でのデートなんて……。まさか、初めてルイス君に出会った時は、こうして一緒にドラゴンの背中に乗れるなんて夢にも思わなかったよ!」
ミランダも、そっと俺の正面に来ると、背伸びをして俺の首に腕を回し、軽くぎゅっと抱き締めてきた。 甘い香りが鼻をくすぐる。 ミランダの顔が至近距離まで近づき、長いまつ毛が震え……軽く目を閉じて、俺の唇にチュッ、と触れるだけのキスをした。
「……大好きだよ、ルイス君」
「ミ、ミランダ……///」
それを見ていた双子も、対抗意識を燃やしたのか、背伸びをして俺の左右の頬に、同時に優しくキスをしてきた。
「「チュッ!」」
……これ、もし仁さんに見られたら、俺は即座に抹殺されるんじゃないか!? 冷や汗と幸福感が同時に押し寄せる。
『むぅー、ずるいのう。余もルイスにキスしたいのだがな……。人の姿に戻ったら、覚えておれよ?』
「へ?!」
竜の姿で嫉妬するバハムートの声に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。 そんな賑やかで甘いやり取りをしながら、俺達は空の旅を楽しみつつ、眼下の森に潜むビッグベアの影を探し始めたのだった。




