71 騎士と恋人達との亀裂… その1
~ハロルド視点~
あの騒がしい凱旋パレードから、およそ1ヶ月が過ぎた。 勇者ルイスは、あれからずっとこの小さな国に滞在を続けている。 表向きは、近隣に潜む魔族の残党狩りと、国の治安維持への協力。だが、城内の空気は日に日に重く、淀んでいくのを感じていた。
度々、街に住む「魔族」の人間が、兵士たちによって城へと連行されていく。 かつては隣人として共に笑い合っていた彼らは、勇者の元へ連れていかれたが最後、二度と姿を見せることなく「浄化」という名目で消えていくらしい。 その中には、武器など持ったこともない老人や、怯える子供といった無抵抗の魔族も含まれていた。
(……また、魔族狩りか……。これで何人目だ?)
オレは訓練場の隅で、連行されていく顔なじみのパン屋の店主を見送りながら、拳を強く握りしめた。 違和感しかない。だが、国を救った英雄のやり方に異を唱えることなど、一介の兵士には許されなかった。
そんな時だった。 背筋に、冷たい蛇が這い上がるような感覚が走った。
「よぉ、騎士さん? あんた、ハロルドって名前の人でしょ?」
振り返ると、そこにはいつもの完璧な笑顔を張り付けた勇者――ルイスが立っていた。 これが、彼がオレに個人的に話しかけてきた初めての瞬間だった。
「勇者……様……」
「次の魔族の巣窟攻略、あんた達の部隊が同行するって聞いたからさ。まあ、宜しく頼むよ~」
「あ、ああ! こちらこそ、宜しく頼む!」
彼は親愛の情を示すように、スッと左手を差し出してくる。 オレは緊張と動揺で、つられて自分の左手を出してしまい、ハッとして慌てて右手を出し直し、彼の手を握った。 冷たい。 人間離れした、体温の低い手だった。 ルイスは、オレのその狼狽える様子を見て、目を細めてクスクスと喉を鳴らした。
「そういえばさ、ハロルド。あんたは『ホレー通り』の長屋に住んでるのか?」
「ん……? なぜ、それを知ってる?」
オレの警戒心が跳ね上がる。 ホレー通りは、城下町でも外れにある貧しい区画だ。勇者が気にするような場所じゃない。 ルイスは、握った手にじっとりと力を込めながら、不気味な笑みを浮かべる。
「いやいや、特に深い意味はないさ。この間、城下を視察がてら歩いていたら、たまたま買い物をしているアンタの姿を見たからさ? ……一緒に居たのは、あんたの恋人かい?」
「……そうだけど……?」
「へぇ~……。噂通り、随分と可愛らしい恋人たちだねぇ~。しかも4人も? 羨ましい限りだよ。……ちゃんと、守ってあげないとねぇ!」
その言い方は、まるで品定めをするようであり、同時に脅しのようにも聞こえた。
「ああ!! 言われるまでもない、オレの大事な家族だ!」
そういえば、街の噂で聞いたことがある。この勇者はかなりの女好きで、気に入った女は手当たり次第に毒牙にかけていると。 オレの脳裏に、幼馴染みや妹たちの笑顔が浮かぶ。 絶対に、あいつらには指一本触れさせない。オレの視線が鋭くなる。
「ははっ、怖い顔すんなって。……じゃあ、次の攻略の時にまたな~」
ルイスは興味を失ったように手を離すと、すれ違いざまにオレの肩に手をポンッと載せた。 そして、流れるような動作でオレの方へ顔を寄せ、誰にも聞こえないような低い声で――耳元に毒を注ぎ込んだ。
「せいぜい……俺の足だけは引っ張るなよ……雑魚が」
「……ッッ!?」
オレは弾かれたように振り返る。 何言ってるんだ、こいつは!!
「当たり前だっ! 任務は遂行する!」
オレが叫ぶと、ルイスは背を向けたまま、肩を揺らした。
「フッ……」
鼻で笑った。 明らかにオレを、いや、この国の騎士全てを見下し、バカにしている嘲笑だった。 彼はそのまま、一度もこちらを振り向くことなく、優雅な足取りで去っていった。その背中には、英雄の輝きなど微塵もなく、ただ底知れぬ闇がまとわりついているように見えた。
腹の底から、どす黒いイライラが湧き上がってくる。 本当に、いちいち癇に障る男だ。 オレは勇者が消えた回廊を睨みつけながら、嫌な予感が確信に変わるのを止めることができなかった。
………。
……。
…。
勇者ルイスがこの国に来てから、数週間が経った。 表向きは平穏な日々が続いていたが、水面下では何かが確実に狂い始めていた。 今日、オレ達は王の勅命を受け、魔族の残党が潜伏しているとされる洞窟へと来ていた。 メンバーは、勇者ルイスとオレ。そしてオレの幼馴染みで黒魔道士の少女、その妹で格闘家の少女、さらにプリーストのハイエルフの少女だ。
「ルイス様? 今日はあの有名な聖剣は持ってないんですかね?」
幼馴染みの妹が、ルイスの腰を見ながら尋ねる。そこにはいつもの豪奢な聖剣ではなく、青白い光を帯びた細身の剣が下げられていた。
「あぁ。聖剣は本当の巨大な敵を倒す時しか使わないからな。普段は、この愛剣で十分なんだ」
ルイスは爽やかに笑って答える。
「噂で聞きましたけど、婚約者がたくさん居るとか……本当なのですか?」
「うん。君とハロルドみたいに小さい頃から一緒に居た幼馴染みや、旅の途中で出会った大聖女とも恋人同士だよ。みんな、俺の大切なパートナーさ」
「幼馴染みと結ばれるのは、やっぱりいいですわね~」
幼馴染みが頬を染めて羨ましがる。 そういえば、こいつは大聖女とも偶然出会って一緒に戦ってきたって言ってたよな……。 だが、オレにはどうしても信じられなかった。こんな軽薄で、目の奥が笑っていない奴のどこがいいのか。性格が破綻しているとしか思えない。
「エルフの国の王女様とは、どうやって知り合ったんスか?」
ハイエルフが興味津々に聞く。
「んっ? あぁ~……えっと……。困っていたみたいだったから助けたんだ。それも偶然だな」
「勇者様はなんか縁がありすぎでスゴいっスね…!」
「ははは! だろ? 俺は『運』だけはいいからな」
そう言うと、ルイスは自然な動作で、ハイエルフと幼馴染みの妹の二人の肩を抱き寄せた。
「お、おい!」
オレは咄嗟に声を上げてしまう。
「なんだ? なんかあったか?」
ルイスはきょとんとした顔で振り返る。抱かれた二人も、不思議そうにオレを見ている。
「あれ? ハロルド~、もしかして妬いているのかね~?」
「勇者様に肩組みされちゃったっス! これは一生の自慢になるっスよ!!」
二人は嬉しそうに笑っている。 オレは唇を噛み締め、無言で前を向き、早足で進み始めた。 ……ルイスに彼女達を会わせたくなかった。こうなるのは、なんとなく予想していたからだ。 いや、これは王様の命令だ。仕方ないことなんだと自分に言い聞かせるが、胃の腑が焼けるように熱い。
そして、洞窟の奥へと進むと、ハイエルフのライトボールの明かりの中に、ぼんやりとした小さな人影が浮かび上がった。
「ほう……み~つけた……」
ルイスがボソッと、獲物を見つけた獣のような声で独り言を漏らす。 光の先には、まだ幼い、小さな角が生えた少女が一人、オレ達の姿を見て怯え震えていた。 武器など持っていない。ただの子供だ。
(あぁ……魔族の子か……。でも、なんでこんな場所に一人で!?)
幼馴染みが心配そうに近付こうとする。
「君。行くのはよせ……」
「えっ!? ですが……あの子、泣いてますわ」
ルイスは恋人の肩を掴み、制止させる。
「魔族はああやって、か弱い姿で人間を誑かし、同情させて油断を誘ってから襲ってくる厄介なモンスターなんだ。擬態だよ、擬態」
「そ、そうなんですか!? あ、危なかったでした……」
「だから……。こうしてね! っと!」
ルイスは流れるような動作で腰の剣を抜き放ち、一足飛びに間合いを詰めた。
「お、おい! やめ……!!」
バシュッ!!
オレが静止の言葉を発するよりも早く、ルイスの剣が閃いた。 銀色の軌跡が、無慈悲に空間を切り裂く。
「あ……」
泣いていた少女の体が、音もなく真っ二つに割れ、崩れ落ちた。 鮮血が洞窟の壁に飛び散る。
「襲ってくる前に倒しておかねばな……。これが『正義』だ」
「あ、あれは本当に魔族なんスか?! あんな子供が……」
ハイエルフは驚き、目を白黒させている。
「ああ! 『ミミック』って聞いた事があるだろ? 宝箱に化けるやつ」
「はい。おとぎ話とかによく出てくるあれね?!」 いや、魔族でそんな擬態をするなんて聞いた事がない! 何言ってるんだ、こいつは! あれはどう見ても、ただの子供だったじゃないか!
「ああ。それと一緒と思ってくれた方がいい。見た目に騙されちゃいけないよ」
ルイスは何事もなかったように剣を振るい、血糊を払って鞘に戻す。 一瞬だったが、その剣が獲物の血を吸って、青く脈動したように見えた……。
そして、直後だった。
「め、メリッサ!? メリッサ!!! おい!!! メリッサあああああああ!!」
「い、いやあああああああっ! 貴方達っ!! なんて事を!? ばけもの~~っ!! 私の娘を返せっ!!」
洞窟の奥から、絶叫と共に二人の影が飛び出してきた。 その少女の両親だろう。 一人は巨大な角の生えた屈強な男。もう一人は背中から羽根が生えたサキュバスの女性だった。
「ふん。親玉がお出ましだ……。正体を表したか……。魔物め!」
ルイスが嘲笑う。 二人の魔族は、娘の亡骸を見て狂乱し、ルイスに向かって突撃してくる。
「こっちに向かってきます!!」
幼馴染みは反射的に杖を構え、スパークの魔法を詠唱し、瞬時に放つ。
「よくも娘をっ!! 殺してやるッ!!」
父親が怒りの形相で、魔法を放った幼馴染みに向かって進路を変える。 オレは無意識のうちに幼馴染みの前に飛び出し、盾になろうとしたが……。
「邪魔するなぁっ!!」
ドガッ!!
ルイスの怒号と共に、オレの顔面に強烈な衝撃が走った。 魔族の攻撃ではない。横からルイスに蹴り飛ばされたのだ。
「ぐはっ!!」
オレは視界が明滅し、そのまま壁まで吹き飛ばされてしまう。
ルイスはそれから何事も無かったかのように、無防備になった父親の顔面を殴り付ける。 父親はそのままゴムまりのように転がり、壁に激突して動かなくなった。
「あ、アナタ!! ……許せないよ! あんた達!!」
サキュバスは涙を流しながら詠唱を唱え始めるが……。
ドスッ!
幼馴染みの妹が放った鋭い回し蹴りが、サキュバスの鳩尾に深く突き刺さる。 その隙を見逃さず、プリーストがルイスに強化魔法のバフを付与する。
「ナイスだ!」
そのままルイスは加速し、サキュバスの懐に飛び込むと……。 その腰の剣を逆手に持ち、サキュバスの胴体を目掛けて大きく横薙ぎにした。
ザンッ!!
サキュバスは悲鳴を上げる間もなく、その豊満な胴体が上下に分かれ、どうと倒れ伏した。 ルイスは、まだピクピクと痙攣している父親の元へと、ゆっくりと歩み寄る。 まだ彼は、かろうじて息をしているみたいだ……。
「お、お前達……。なんで……なんで静かに暮らしていただけなのに……。なぜなんだ! 何故俺達が……こんな理不尽な仕打ちを受けなければならない!!」
父親が血の泡を吐きながら、怨嗟の声を上げる。
「黙れ。俺の剣の餌となれっ!」
ルイスが剣を振り上げる。 オレはふらつく足で立ち上がり、叫んだ。
「や、やめろっ!! 既に彼は無抵抗だ!! もう十分だろ!? これ以上は虐殺だ!」
「あぁ? だから、うるさいっつーの……」
ルイスが冷たい目でオレを見る。
ボカッ!!
「がっ……!?」
オレはまた、ルイスの裏拳を顔面にモロに食らい、その場に崩れ落ちた。 鼻を押さえると……生暖かいものがドクドクと垂れてくる。大量の鼻血だ。
「ちょっとハロルド! 勇者様の邪魔はだめですわ!!」
「今のはないッスよ!? 勇者様に謝った方がいいッス……!」
「勇者様……。悪を倒す姿、かっこいいね……」
……嘘だろ? オレの恋人たちが、オレではなく、ルイスを擁護し、熱っぽい視線を送っている。 目の前で行われているのは「正義の執行」なんかじゃない。ただの「殺戮」だぞ!? なんで……なんで誰もおかしいと思わないんだ!?
そしてルイスはまた、何事もなかったように……。
ズブリ。
少女の父親の頭に、無造作に剣を突き刺した。 断末魔すら上げさせず、命を刈り取る。
「ふぅ……。任務完了。これでこの辺りの平和は守られたな」
勇者ルイスと、オレの彼女たちは、任務が無事達成できたからか、談笑しながら嬉しそうにダンジョンの入り口へと向かっていく。 オレはただ一人、血の味と絶望を噛み締めながら、そいつらの後ろをトボトボと付いていくしかなかった……。




