70 小さな国の騎士の異変の始まり…。
~??? 視点~
「兄ちゃん~! 起きて~! 朝だよっ!」
「貴方~。そろそろ起きないと駄目ですわよ~?」
「早く起きるッス!! お日様が高いッスよ!」
「早く起きてください~……し、死んでそうで……怖いよぉ……」
柔らかな感触と、甘い声の四重奏。 オレは4人の美少女たちに囲まれて、まどろみの中で目を覚ます。 これがオレの日常。 一人はエルフの幼馴染みで婚約者。一人は赤髪の幼馴染み。もう一人は赤髪のその妹。そしてもう一人は、血を分けた実の妹だ。
いわゆる、男なら誰もが夢見る「ハーレム」というやつだ。 オレは眠い目をこすりながら、大きくあくびをした。
「ふぁあああ~っ……。おはよ、みんな」
このセトリアという辺境の町に引っ越してきてから、一ヶ月が経とうとしていた。 静かだったこの町だが、ここ数ヶ月の間、妙に騒がしい。誰かがこの町にやってくるという噂で、町全体が異様な活気に包まれているのだ。
「……誰がこんな辺境の町にわざわざやってくるんだってんだ……」
オレは愛用の黒い聖剣を腰に差し、身支度を整えながら、愛する幼馴染みの一人に問いかけた。
「なんでも、明日、勇者様がいらっしゃるそうですよ! どんな方か凄く気になりますわ~! しかもその勇者様って、ここから離れたとある王国……なんていいましたかしら……」
幼馴染みは白い頬に指をあて、可愛らしく考え込む。 「そうそう! エルドアス王国!! そこで魔族の親玉を撃ち破った、伝説の英雄みたいですよ!!」
「魔族を……ね~……。ふぅ~ん……」
「……ね、ねぇ?! その人はいつ来るの?! 早く会ってみたいね~……怖い人じゃないといいなぁ……」
幼馴染みの妹であり、もう一人の恋人が部屋に入ってくると、不安と期待が入り混じった瞳をキラキラと輝かせて姉に聞く。
「明日だって聞いたよ?」
「楽しみだッス~!! 今回の勇者様って何百年に一度の伝説級なんでしょ?! オイラ、サイン欲しいッス!」
ハーフエルフの少女が鼻息を荒くする。 魔族を撃ち破った……か。 魔族といっても、元々はヒューマン族やケット・シー族、トカゲ族と同じ様に、この世界に住む普通の種族だったはずだ。ただ禍々しいツノや尖った耳……どの種族よりも巨大な魔力があるからか、「女神の美意識」に叶わなかったらしい。
「俺達だって、普通の種族と変わらないのにな……」
「兄ちゃん? どうしたの? 顔色が悪いよ?」
妹が何かを察したかのように、心配そうに覗き込んでくる。
「ん? なんでもないよ~。ただの寝不足さ」
すると、オレよりも遥かに年下に見えるが、実年齢は100歳を超えているハーフエルフの少女が、オレの顔をまじまじと見つめてきた。 「どうしたッスか? 腹でも痛いッスか?」
「ん~、なんかこう、複雑な気持ちになっただけだよ」
(その勇者……。話の通じる、良い人だったらいいけどなぁ~……) こっちでは「魔族」として恐怖の対象として伝わっているけど、エルドアス王国ってソロモン族との共生の道を模索している国って聞いていたんだが……。ホムンクルスか何かと戦った武勇伝がねじ曲がって伝わっているんだろうか?
「それよりも貴方? 今日は騎士団の方は非番ですよね? なら、久しぶりに皆でお出掛けしませんか?」
「あぁ。そうだな。皆、休みだし一緒に出掛けるか!!」
………。 ……。 …。
身支度を整え、オレたちは賑わう町へと繰り出した。 行く所行く所、どこもかしこも「勇者」の話題で持ちきりだ。
「すごい人気ですね~…怖いよぉ…」
「そりゃー、国を救った勇者様ですからね… なんか、話に聞くと……元々は普通の街に住む冒険者だったけど、エルドアス地方のエルフの王女様を救ったり、エルドアス王国一の騎士団長に勝ったり……とある村では捕まった奴隷を解放したりしてたみたいよ!」
「それ、有名な話ッス! まさに英雄ッスね!」
幼馴染み達は皆して勇者の話に花を咲かせている。 だが、オレの耳に入ってくるのは良い噂ばかりではなかった。
「……他にもある噂だと、ですね。勇者の周りには常に美女や美少女が侍っていて、毎晩代わる代わる女性の喘ぐ声が聞こえてくるとか……そんな破廉恥な噂も聞きましたわ……」
幼馴染みが顔を赤らめて小声で囁く。 なんなんだそれ……。勇者ってのは、よほどの色好み(タラシ)なのか?!
「あ! 見て見て! これ美味しそう!」
幼馴染みの妹は、露店から漂う香ばしい串焼きの匂いに誘われ、ふらふらとその店に向かおうとする。
「おいおい、今日はそれを食べに来たんじゃないよ?」
「えー、どけちー……。お腹すいたよぉ……」
「たまには良いじゃありませんか……。私達も食べたいですわ」
いや、そういう事じゃない。今は単純に……金がないんだよ……。 騎士団の給料日前なんだ。
「今度にしよう?! 今度!! 給料が入ったら、山ほど買ってあげるからさ!」
「……ちぇっ。まぁ、仕方ないッスね……」
「兄ちゃん? まさか……またお金がないの!?」
「ははは……面目ない」
一瞬、呆れたような間を置いてから、四人が一斉に声を揃えた。
「「「「ハロルド(兄ちゃん)なら仕方ないか~!(ッスね~~)」」」」
これがまた綺麗にハモる。
「お前ら~!! もう少しオレに威厳を持たせてくれよ!」
………。
……。
…。
翌朝。 オレことハロルドは、セトリア王からの招集を受け、城の謁見の間にいた。 この小さな国に、何故かその「伝説の勇者」が来るからだ。 オレの恋人たちも、物珍しさとミーハー心で、勇者を一目見ようと一般人に混じって広場に集まっているらしい。
「なぁ……ハロルド? なんか緊張するな……。勇者様は俺達が何百と束になっても敵わない人らしいんだぜ?」
同僚の兵士が震え声で囁く。
「……そうか? 勇者といっても、所詮は同じ人間だろ?」
昨日から続くこの異常なお祭りムード。勇者といってもただの一般人の男だろ? なんでそこまで皆、群れたがるんだ……。 昨日からオレの恋人達も勇者の話題ばかりで、正直、少し妬けてくる。
しばらくすると、城門の方から歓声が上がった。
「勇者様が来ましたー!!!」
一人の兵士が叫ぶと、ファンファーレが鳴り響く。行進曲の勇壮な音色が城内を賑やかに満たしていく。
「どうぞ! こちらへ……」
大扉が開き、やがて勇者が一人、悠然と入ってきた。
見た目は10代後半から20歳前半くらいだろうか。 整えられた黒髪に、透き通るような茶色の目をした、誰もが好感を抱きそうな好青年だ。 常に口元にはニコニコとした笑みを絶やさず、沿道の民から手を振られれば、爽やかな笑顔で手を振り返す。そんな「理想的」な青年だ。
青年は玉座の前まで進み出ると、王の前に恭しく跪いた。
「よくぞ来てくれた! エルドアス王国の一件はこちらにも届いておる。それとつい先程、我が国からも正式に『勇者』としての認定許可の通知を出した所だ。手続きが遅くなりすまん……」
王の言葉に、勇者は目を細めた。 その瞬間、口元がピクリと、何かを嘲笑うように歪んだ気がした。
「いや、気にしてないさ。それより、ここら一帯にも魔族の生き残りがいるって聞いて駆けつけて来たんだが……? 何か情報はあるか?」
敬語も使わず、まるで友人に話すような軽い口調。 王が眉をひそめる。
「はて……? 我が国でも魔族とは共生しているが? 彼らが何か問題でも起こしたのか?」
勇者は、王から興味なさげに目を逸らすと、鼻で「フッ」と笑った。 その瞳には、共生という言葉への侮蔑の色が見えた。
「いや、特にな。ただ……魔族は『狩って』おかないとね……。何しでかすか分からないからね……。害獣駆除みたいなもんさ」
「ま、まぁ……そなたの言う通りかもしれんが……」
王が気圧されている。 勇者は満面の、しかしどこか底冷えするような笑みを浮かべた。
「でしょ? もし何かあったら直ぐに言ってくれ。なんなら、怪しい奴を見つけたら捕まえて差し出してくれてもいい。俺が『処理』するからさ」
「わ! 分かった! ……して、お主の名前をお主の口から聞きたい……。名をなんという?」
勇者は立ち上がり、胸を張った。
「俺か? 俺はルイス……。『ルイス・ガーランド』っていうんだ。よろしくな、王様」
ルイスと名乗った男は、口元をニヤリと歪めながら王に告げる。 その態度は不遜で、どこまでも軽薄だ。 オレが眉を顰めて彼を見ていると、ふと、彼と視線が合った。
彼はオレを見ると、その整った顔をさらに歪め、獲物を見つけた蛇のように、ねっとりと嗤ったように見えた。
……なんだ、今の寒気は。




