番外編 僅かな希望の光 2 ~ヒナル視点~
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ギルドの二階、割り当てられた二〇三号室。 私はランプの灯りを少しだけ落とし、静寂が満ちる部屋の中で、ボロボロになったピンクのパーカーをゆっくりと脱いだ。 お気に入りだった、くすんだ桜色の生地。それは今や、赤黒い狼の血と森の泥に汚れ、見るも無残に引き裂かれている。
「……お気に入りだったのになぁ……」
呟いた声が、冷たく部屋に響いた。 あちこち破かれたパーカーの繊維を指でなぞりながら、私は、この服を無理やり引き裂こうとしたクラスメイトたちの下卑た笑い声を思い出す。
(ふざけんな。……死んで当然だよ、あいつら)
思ってはいけないことだと、日本の常識(道徳)が頭の片隅で警鐘を鳴らす。 でも、どうしても沸き上がってくるのは、胸のすくような暗い歓喜だった。 トモヤの首が飛び、シュンヤの腕が切り落とされた光景が蘇るたび、私は「かわいそう」ではなく「ざまあみろ」と思ってしまうのだ。 私は、とうの昔に壊れていたのかもしれない。
「自業自得だよ……。あいつら、本当にざまあみろって……」
一年前。 大好きな両親が、飲酒運転のトラックに巻き込まれて亡くなった。 残された私と小学生の弟は、遠縁の親戚の家に引き取られることになった。叔父と叔母は優しくしてくれたけど…。でも凄く寂しくて辛く当たる事もあった。そんな性格からか……友達も少なかった。頼れる大人もいなかった。 弟の手を握りしめ、冷たい物置部屋で震えながら、何度も何度も神様に祈った。 ――あいつらが、全員死にますように、と。
(……こっちの世界の方が、ずっと暖かい。あんな辛いところになんか、もう絶対に帰りたくない……)
私は、ふかふかで良い香りのするリネンのベッドに横になる。 親戚の家の、カビ臭い煎餅布団よりも遥かに温かく、優しい肌触り。 最初はここが、外国のどこかかと思った。でも、窓から見える街並みや、尖った耳のサラさんを見て、ようやく理解した。 ここは、ファンタジーの世界。 昔、弟が夢中になってプレイしていた「シーブリビオン」っていうRPGのゲームの世界にそっくりだ。
(あのゲームにも、ウルフがいて、剣とか弓で戦っていたから……)
非現実的な光景に恐怖するよりも、なぜかストンと腑に落ちた自分がいた。 そして今日、ずっと私を苦しめてきた「悪魔」の一匹が死んだ。 ルイスさん……。 返り血に染まりながら、迷いなく私を守ってくれた黒髪のお兄さん。 世間一般から見れば、彼は恐ろしい殺人鬼なのかもしれない。でも、絶望の泥沼で泣いていた私にとっては、彼こそが本物の白馬に乗った王子様に見えたのだ。
私はのっそりと身体を起こし、部屋の片隅にある木製の机に向かう。 そこには、サラさんが合間に作ってくれたという、温かいスープとおにぎりが二つ、湯気を立てて待っていた。
(あっ……美味しい……)
木のスプーンで掬ったスープを口にした瞬間、身体中に温かい電流が走った。 パセリとパンのほのかな香りがする、濃厚なコーンスープ。親戚の家で食べさせられていた、味のしない冷えた味噌汁とは違う、本物の「誰かの温もり」の味だ。
(おにぎりも作ってくれて……感謝、感謝……)
私は両手を合わせて一礼をし、おにぎりを頬張る。 具は何も入っていない。ただの塩結びだ。でも、塩加減が絶妙で、私の小さな口のサイズに合わせて握られたその心遣いに、涙が出そうになる。 弟と一緒に、隠れて半分こしたコンビニのおにぎりを思い出しながら、私は無我夢中で平らげた。
「ごちそうさまでした……」
空になったお皿をそっと撫でてから、私は再びベッドに横になり、目を閉じる。 満腹感と共に、急激な眠気が襲ってきた。だが、その前に決めておかなければならないことがあった。
(生き残って逃げ出した、いじめてくるアイツらのこと……。一緒に来た同じ日本人だと、ギルドの人に伝えたほうがいいのかな……?)
常識的に考えれば、そうすべきだ。 でも、もしこのまま「ただの盗賊」として報告しちゃえば……アイツらは、この世界の法律で裁かれ、賞金首として追われる身になるんじゃない? そんな、普段なら絶対に思ってはいけない残酷な考えが、脳裏をぐるぐると回り出す。 まるで、私の中の天使と悪魔が囁き合っているみたいだった。
『許してあげなさいよ。彼らも怖い思いをしたはずよ』 『馬鹿ね、今がチャンスでしょ。この世界なら、合法的にあいつらを社会から抹殺できるのよ』
(いっそ……私のあの不思議な力で、直接やっつけちゃおうかな……?)
そんなおぞましい考えまで、ふと頭をよぎる。
(でも……あの力は、一体なんだったんだろう……)
お兄さんが、私を狼の牙から庇って、ぎゅっと抱きしめてくれた時だった。 彼の温もりを感じた瞬間、お腹の上辺りと頭の奥のほうで、モヤモヤとした奇妙な熱が生まれたのだ。 そして、暗闇の中に浮かび上がった、見たこともない光の文字(ルビ:システムコード)。 その時、一瞬『光の槍』のイメージが頭の中で閃いたと同時に、さっきの文字がパッと激しく明滅した。 ――何かが、できる。 そう確信した次の瞬間、現実に、頭の中でイメージした通りの光の槍が手から飛び出していたのだ。
(あれは、本当になんなんだろう……。私、特別な人間になれたの……?)
でも、もしも私だけでなく、逃げ出したいじめてきたヤツらも、同じように不思議な力が使えたら? あいつらは、きっと私への仕返しに来るだろう。あいつらの執念深さと残虐性は、私が一番よく知っている。
(ワガママかもしれないけど……。ルイスお兄さんの側にいた方が、安全なのかな……?)
自分の身を守るために、あの強いお兄さんを利用するようで、少し心苦しい。
(それに、お兄さん……。なんか、初めて会うのに、どこか優しかったから……)
親を亡くしてから、大人の男の人が怖くて、人を中々信じられなかった私だけど……。 お兄さんが側にいると、なぜか温かくて、安心できた。 自分と同じような「黒い闇」の匂いがしたからかもしれない。同じコンプレックスの髪色だからかもしれない。 理由は分からないけれど、ただ、彼の大きな背中が心地よかったのだ。
(明日から……どうしよっか……)
そんな考え事をしているうちに、だんだんと抗いがたい睡魔が襲ってくる。 深い深い、底なしの闇の中へ……私の意識はゆっくりと落ちていく。 でも……それは、現実世界の冷たい物置部屋のような闇ではなかった。 少しか……気持ちの良い、安らかな闇だった。
かすかな光が、私を照らす。 それは、明日への希望か、それとも破滅への導きか。 そんな……温かい闇……だっ……た。
………。
……。
…。
ヒナルの過去。それを照らすはルイスの光。二人の関係は如何に?!
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