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5 僅かな希望の光 1



………。

……。

…。


 静寂が戻った森の中で、俺は倒したレッドウルフの素材回収作業に取り掛かっていた。  先ほどまでの神がかった解像度の視界は失われ、元通りの暗く底知れない夜の森に戻ってしまった。だが、長年の冒険者生活で身体に染み付いたナイフ捌きは衰えていない。慣れた手つきで血抜きをし、鉄よりも硬い毛皮を剥ぎ、魔力を宿した牙や心臓近くにある魔石を抉り出していく。肉を断ち、骨を砕く生々しい音が、夜の静寂に響く。


「うげぇ~……っ、ぐすっ……。血のにおいが……すごいです……」


 数歩離れた木の根元で、ヒナルが鼻をつまみながら情けない声を漏らしていた。


 スマホのライトで手元を照らしてくれているのだが、その手はまだ微かに震えている。平和な異世界から来た少女にとって、魔物の解体ショーなど、吐き気を催すトラウマ以外の何物でもないだろう。足の震えも止まっていない。  だが、それでも彼女は目を逸らしながらも、逃げ出すことなく俺を照らし続けてくれていた。さっきの極限のパニック状態から見れば、随分と落ち着きを取り戻している。大した度胸だ。


「よし、終わった。帰ろう、ヒナル。これ以上ここにいるのは危険だ」


「は、はいっ! ルイスさん、お疲れ様です!」


 俺たちは重くなった麻袋を背負い、死の匂いが染み付いた夜の森を抜け、街の正門へと向かった。



………。

……。

…。



 ギルドの重厚な木製の扉を開けると、そこには深夜だというのに温かな灯りと、酒と木材の匂いが充満していた。  その日常の空気に触れた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が緩み、俺はホッと深い息を吐き出す。外の地獄が嘘のような、変わらない営みがここにはあった。  カウンターの奥には、いつも通り、ギルドの夜勤を任されているハイエルフの受付嬢、サラの姿があった。


「あ、ルイスさん。お帰りなさい。……って、えっ!? そ、その子は!?」


 俺の後ろに隠れるようにしているヒナルを見て、サラが羽ペンを落として目を丸くする。


 俺はカウンターにどさりと血の滲んだ麻袋を置き、今日起きた信じられない出来事のすべてをサラに報告した。  迷人(異世界人)であるヒナルを助けたこと、緑骨団の残党との接触、そしてレッドウルフの群れとの遭遇。……さらには、俺自身が一時的にだけ、あの神のような『スキル』を使えたことまで。


「……って具合さ。信じられないだろうが、全部事実だ」


「えー! そんなことが……!?」


 サラは驚きに声を上げながらも、カウンターの上に広げられたレッドウルフの素材を見て、すぐに仕事の表情へと引き締まった。


「確かに、これは……まごうことなきレッドウルフの毛皮と牙ですね。しかも五頭分。さらに緑骨団の残党まで討伐するなんて……」


「俺もびっくりしたよ。自分が何をやっているのか、まるで夢でも見ているみたいだった」


「私も驚きましたよ。鑑定の結果、間違いありません。でも、この素材の切り口……ルイスさんのいつもの剣筋とは明らかに違います。寸分の無駄もない、完璧な太刀筋。でも、ルイスさんがスキルをねぇ……」


 サラが不思議そうに俺を見つめる。


 そう……。スキルは確かに使えた。だが、今はもう一番最初に頭に浮かんだ『ヒール』の術式すら、欠片もイメージすることができない。あの声も、身体の中から溢れ出した全能感も、完全に消え失せている。あれは一体、何だったのだろうか。


「まぁ、一時的とはいえスキルが使えたわけですし、魔力回路の詰まりが取れたのかもしれませんよ。徐々に使えるようになるんじゃないですかね……?」


「そうだと嬉しいけどな……」


 俺は苦笑いした。期待してまた裏切られるのは、もう御免だった。


「それにしても……まさか、迷人ねぇ……」


 サラは視線を動かし、俺の背中に隠れているヒナルの方を真剣な眼差しで見つめた。


 ヒナルの方も、サラの姿を見て完全に硬直していた。  尖った長い耳、人間離れした美しい金髪と碧眼。本物のエルフを見るのが初めてらしく、恐怖とも驚嘆ともつかない表情で、まじまじとサラを凝視している。


「あ、あの……耳が、長いです……っ! ゲームみたい……」


「えっと……何が何だか、って顔してますね」


「まぁ、緊張しないで? ここは安全だから。……ルイスさんに襲われないかぎりね~」


「はぃ~!?」


 いきなりのサラの爆弾発言に、ヒナルが変な声を上げて飛び退いた。


「た、多分、お兄さんはそんな人じゃない……はず……です……?」


「ヒナル! そこは真っ向から否定してくれ! 『はず』ってなんだよ!」


 俺がツッコミを入れると、ヒナルの強張っていた表情が少しだけ緩み、口元に微かな笑みが浮かんだ。


「まぁ、冗談だけどね。ルイスさんはそんな野蛮人じゃないから安心して! ちょっと優しすぎて、女の子の気持ちに鈍感な『朴念仁』なだけだから」


「はぁ……。お兄さんは、朴念仁だったんですね」


「おい! ちょ待て! 勝手に俺のキャラを確定させるな!」


 サラのクスクスという笑い声が響く。


 こういう空気の作り方は、さすがいくつものチームを受け持つベテラン受付嬢だ。見た目は子供のようだが、中身は完全に大人。ヒナルの緊張を解くために、わざと俺をダシに使ったのだ。


(……ん?)


 ふと視線を感じて見ると、サラが半眼(ジト目)になってこちらを見ていた。まるで俺の思考を読んでいるかのような目だ。


「ん? ルイスさん、今、私のこと『見た目はロリだけど』って失礼なこと思いませんでした?」


「い、いえ、なんでもありません……」


 俺は視線を逸らした。エルフの直感は恐ろしい。


 サラはフンと鼻を鳴らすと、後ろの棚のキーボックスから真鍮製の鍵を取り出し、ヒナルに手渡した。


「これ、二〇三号室の鍵だから。今日から自由に使っていいわよ! 汗を流してお風呂に入りたいなら一階。あそこの奥の右側が女性用だからね。……色々と大変だったでしょう。ゆっくり休んで」


 このギルドは、行き場のない冒険者のための宿泊施設も兼ねている。ヒナルが街の近辺に転移してきて本当に良かった。もし人気のない辺境や、モンスターの巣窟に飛ばされていたら、彼女は今頃、骨も残らず喰われていたか、盗賊に身ぐるみ剥がされて奴隷市場に売られていただろう。


「じゃあ、ヒナルちゃん。明日、詳しいお話を聞かせてね? 悪いようにはしないし、この私がしっかり守ってあげるから! なんたって私は、立派な『お姉さん』だからね!」


「は、はいっ!」


「そうそう! 頼れるお姉さんだからね!」


「ヒナルが困ってるだろ! 二度も言うな!」


「そこは大事なことですから!」


 サラはキリッとした目で俺を見た。いわゆるドヤ顔というやつだ。事情を知らない人が見たら、ただの幼い少女がドヤ顔をして大人ぶっているようにしか見えない。威厳も何もないぞ。


「ルイスさん。レッドウルフの正式な鑑定結果と、緑骨団の賞金の手続きは明日になります。なので、報酬も明日になるから、またお昼頃に来てください」


「ああ、それでも構わない。……助かるよ」


 そのセリフの直後、サラは少しだけ表情を曇らせ、声を潜めた。


「……実は、このレッドウルフ討伐。緊急の指名依頼として……アレックスさん達にお願いしていたものだったんですけどね……」


「……えっ?」


「まぁ、ギルドとしては誰が倒してくれてもありがたいのですが……。ルイスさんが追放されて戻って来る前に、アレックスさん方が『俺たちに任せてくれ』って依頼を受けられていたのですが……。あの方々、一体何をしていたんですかねぇ……」


「……あいつら」


 俺の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。


 少し前の光景が脳裏に蘇る。薄暗い森の奥、夕闇の中で重なり合う肌と、獣のような喘ぎ声。


(討伐依頼を受けておきながら、あんな森の奥で交尾していたのか……。近くに街の人々を脅かす魔物がいるっていうのに。……何をやってんだよ、あいつら……!)


 無意識のうちに、俺は唇を強く噛み締めていた。  唇からじわりと血が滲み、口の中に鉄錆のような味が広がる。怒りか、それとも虚しさか。拳が震えそうになるのを、必死に抑え込んだ。


「ルイスさんも、今日は本当に色々あって疲れたでしょ? 今日は帰って、泥のように休んじゃってください」


 サラが俺の心の闇を察したのか、再びいつものニコニコとした表情に戻ってそう言った。


「あ、でも、ヒナルちゃんが可愛いからって、夜這いとか覗きに来たら駄目ですからね! 衛兵を呼んで、取っ捕まえてもらいますからねー」


「たしかに……! ルイスさん、危ないですね!」


「なんでだよ! お前ら、絶対わざと結託してるだろ!」


 俺のツッコミに、ヒナルが声を上げて笑った。


 その笑顔にはもう、森の中で見せたような不安の影はない。だが、その瞳の奥には、親元から遠く離れてしまった者特有の、隠しきれない寂しさが揺れていた。


(……こんな訳の分からない場所に放り出されて、化け物に殺されかけて、それでも笑えるなんて。ヒナルは、強いな……)



………。

……。

…。



 そんなやり取りをして、俺はギルドを後にした。


(……にしても、あの『スキル』は一体なんだったんだ? それにあの声……。俺が勇者だって……? そんなバカな事、あるわけがないだろ……)


 人気のない深夜の石畳を歩きながら、俺は独りごちた。


 ギルドからの帰り道、俺は冷たい空気の向こうにある、キラキラと光る星で埋め尽くされた真っ暗な空を見上げた。  暗闇の中で、圧倒的な孤独を照らし出す無数の小さな光の瞬き。それはまるで、今の俺のようだった。  どこへ向かえばいいのかも分からず、彷徨う暗闇の中で見つけた、ヒナルというかすかな希望。不安な反面、何か得体の知れない嬉しさが込み上げてくる。  もしかしたら……。ありえないくらいの強い何かの力が、本当に俺の中に眠っているんじゃないかと。


 今はまだ、この時の俺は何も知らなかった。  この日を境に動き出した運命の歯車が、やがてこの腐敗した世界を揺るがし、数多の理不尽から人々を救う、巨大な光の奔流となっていくことを。


これからどんな様々な物語が始まっていくか、気になる方は是非 いいね を宜しくお願い致します。


 本当に、文法適当ですが、書きたいことだらけで、早く書きたい!思ってまたまた投稿しています。完全にきまぐれですが宜しくお願い致します。

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