67 勝利と代償…
~ルイス(レイジ)視点~
エアロとシューの亡骸を前に、俺は拳を握りしめた。 もっと早く……あいつらの声に、心に、耳を傾けてあげていれば……。こんな結末にはならなかったかもしれないのに……。
「ルイス……。今は、悲しんでいる時間はありません……。彼女達の死を、無駄にはできませんわ……ッ」
クリステルが気丈に振る舞いながらも、その瞳からは涙が溢れている。
「ああっ……。くそっ!! 分かってる、分かってるけど……ッ!!」
俺が立ち上がろうとした、その時だった。
「お兄ちゃん……。あ、あれ……! 見て……!」
ヒナルが震える指で、上空の巨大な影――赤いドラゴンのような生き物を指差す。 その異様な生命体は、鎌首をもたげ、大きく開いた口腔に、周囲の空間が歪むほどの赤黒い光を収束させていた。
「おいおい……!!! あれはなんだよ!? 魔力が桁違いだぞ!?」
次の瞬間。 ドラゴンのような生命体の口から、世界を切り裂くような一直線の閃光が放たれた。 音すら置き去りにする、極太の熱線。
ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
それは一瞬の出来事だった。 放たれた閃光は、王都を飛び越え、城よりも遥か後方にそびえる高い山の麓へと着弾した。 閃光が消えた後、そこには信じられない光景が広がっていた。 山肌がごっそりと抉り取られ、中心にぽっかりと巨大な穴が空き、岩盤が赤熱してドロドロに溶け落ちている。辺り一面に、バチバチと赤黒い電流のような余波が迸っていた。
「……嘘だろ……。山が一つ、消し飛んだぞ……」
俺は戦慄した。 あんなの、まともに食らえば防衛結界どころか、王都ごと地図から消滅する。一溜まりもない。
そのドラゴンのような生命体をみれば、放出した反動か、まるで排熱を行うかのように口を閉じ、硬直状態で白い蒸気を上げている。
「ルイス! ルイス~っ! ちょっと来るのじゃ!! こっちなのじゃ!!」
その時、瓦礫の陰に残った比較的安全な民家の入り口から、スルトが顔を出して俺を呼んだ。 俺たちは互いに頷き合い、その民家へと駆け込んだ。
薄暗い室内。 簡易的なベッド代わりのソファに横たえられていた人物が、身じろぎをした。 俺の母さん……ユミルの体が。
「……んっ…… ふぅ……」
長い、長い悪夢から覚めたように。 彼女はゆっくりと目を開け、弱々しく体を起こした。その瞳には、さきほどまでのホーエンの冷酷な光はなく、俺がよく知る慈愛の色が戻っていた。
「か、母……さん?」
俺は恐る恐る声をかける。
「……ルイス!? ルイスなのね!? ああ、大きくなって……。それと……スルト……愛しのスルト……私の可愛いスルト……」
母さんが、目に大粒の涙を浮かべながら、俺とスルトを交互に見つめて泣いている。 間違いない……。この温かい声、優しい眼差し。俺を育ててくれた、大好きな母さんだ……。
「本当に……母さんなんだな!?」
俺は駆け寄り、母さんの手を握りしめた。温かい。 まさか、本当に母さんが……。5年前に死んだはずの、俺を育ててくれた母さんがここにいる……。夢を見ているみたいだ……。
「もしかして……我の……母上……?」
スルトがおずおずと近づく。
「えぇ……。貴方達の事は、ホーエンに憑依されていた時も、ずっと内側から見ていたわ……。苦しかったでしょう……ごめんなさいね……」
母さんはゆっくり立ち上がり、スルトを抱きしめて頷く。 しかし、すぐに表情を険しくし、窓の外――あの巨大な怪物がいる空を見上げた。
「っつ…… こうはしていられない……。感動の再会をしている場合じゃないわ……。『ラグナロク』を止めなくては……」
「ラグナロク……? ラグナロクって!?」
俺は息を呑んだ。 その言葉には聞き覚えがある。 いや、ただの聞き覚えではない。それは、俺の育ての親父……母さん(ユミル)の夫であり、俺に剣を教えてくれたあの人が、酔っ払った時によく口にしていた言葉だった。
『いつか、ラグナロクが世界を終わらせる……』
まさか、親父が恐れていた「それ」が、アレなのか!?
ご提示いただいたあらすじを元に、衝撃の事実の発覚、スルトの覚醒と感動の再会、そして束の間の安らぎを切り裂く不穏な音までを、情感たっぷりにボリュームを増やして書き直しました。
「……ラグナロク……?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。 それは単なる神話の用語ではない。俺の記憶の奥底、まだ剣の握り方さえ知らなかった幼い頃、酒に酔った親父が遠い目をしながら呟いていた言葉だ。
「……あの、ドラゴンの事じゃな!?」
スルトが窓の外を指差して叫ぶ。 俺と母さん(ユミル)は、窓枠越しに、その禍々しい巨体を見上げた。
「えぇ……。信じたくはないけれど……あれは、私の夫だった生命体……。貴方達の父親の、成れの果てよ……」
「なっ……!?」
俺は絶句した。あの、不器用だけど優しくて、俺に剣のイロハを叩き込んでくれた親父が……あんな、世界を滅ぼす化け物になったというのか?
「もう、人間としての意識は残っていないわ……。女神崇拝教の実験によって魂を冒涜され、破壊衝動だけの怪物に変えられてしまった……。もう手遅れだわ……。だから……私達の手で『ラグナロク』を……彼を、眠らせてあげなければならないの……」
母さんの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。それは、愛する夫を自らの手で葬らねばならないという、悲痛な覚悟の涙だった。
「ま、待つのじゃ!? 母の旦那様ということは……。あの怪物が……我の父なのじゃ!?」
スルトが顔面蒼白になって後ずさる。
「えぇ……ごめんなさい……スルト……。今まで、貴方に酷い事をさせてしまったわね……。あの時、私はホーエンに操られていた……。けれど、貴方の記憶と力を封じていたこの『首輪』を作ったのは、まぎれもなく私自身なの。貴方を守るために……」
「……母上……」
「もう、その必要はないわ。……本来の貴方に戻りなさい」
そう言うと、母さんはスルトの首に嵌められた黒い封印の首輪に、そっと手を触れた。 母さんの手から温かい光が流れ込むと、首輪が赤黒く脈動し始める。
パリンッ!!
澄んだ音が響き、決して外れなかった首輪が光の粒子となって砕け散った。 その瞬間、スルトの小さな体が眩い光に包まれる。
「ぁぁぁ……あああっ……。お、思い出した……のじゃ……。全て、思い出したのじゃ!! 頭の中に、懐かしい景色が……!」 スルトの瞳に、知性と記憶の光が戻っていく。 魔王の娘としての誇り高い記憶と、両親に愛されていた幼い日々の記憶が統合されていくのが分かった。
「わかるのじゃ! 貴女が母だと分かるのじゃ!! あの時……あの日、迷子になってごめんなのじゃあああ!! ずっと、ずっと会いたかったのじゃあぁぁ!!」
スルトは泣きじゃくりながら母さんの胸に飛び込んだ。 母さんは、愛しい我が子を壊れ物のように優しく、力強く抱きしめる。
「ごめんね……スルト。辛かったわね……。お母さんだよ……」
「うわぁぁぁぁん!! 思い出したのじゃ! 優しかった母も、厳しかったけどいつも可愛がってくれた父も……。そして……、そして我……自分の本当の名前も、全部思い出したのじゃ!!」
涙でぐしゃぐしゃになったスルトの顔は、今まで見たどの表情よりも生き生きとしていて、本当の子供の顔に戻っていた。 「良かったな……スルト……。本当によかった」
俺もまた、目頭が熱くなるのを抑えられなかった。 だが、感傷に浸っている時間は残されていない。俺は涙を拭い、窓の外の脅威へと意識を向けた。
「ところで母さん……。あれは、なんで動かないんだ? さっきあの一撃を放ってから、微動だにしていない」
俺は、向こう側の山脈を消し飛ばした後、口を閉ざしたまま硬直しているラグナロクを見て問いかけた。全身から凄まじい熱蒸気を噴出している。
「あの一撃は、彼の生命力そのものを変換した高濃度の魔力砲……。一度撃てば、炉心がオーバーヒートして、排熱のために暫く動けなくなるの……」
母さんは冷静な分析眼でラグナロクを見据える。
「次の魔力をチャージして撃てるようになるまでに、およそ15分……。そして、この魔力砲を撃つ瞬間にだけ、堅牢な装甲が開いて『口』を開けるわ」
「……15分……」
「そう。ただ、その時が唯一にして最大のチャンス……。口を開けた時を見計らって、内部に攻撃を叩き込むといいわ。何せ、彼の弱点は……あの口の奥にある『核』だけだから……」
母さんは昔と変わらず、少し悪戯っぽい、でも頼もしい母親の顔でニコっと笑った。
「命がけの賭けになるけど……ルイスなら、できるわね?」
「そっか! わかった! その一瞬に全てを賭ける!」
攻略の糸口は見えた。 母さんは頷くと、今度は部屋の隅で控えていたクリステルの方へと歩み寄った。
「それから、クリステルさん……。私のせいで、酷い目に遭わせてしまって本当にごめんなさい……。全ては、操られていたとはいえ私の責任……」
母さんは深々と頭を下げた。
「あんなやつに体を乗っ取られ、一時的に貴女を『スキルレンダー(貸与者)』として利用し、ルイスから力を奪うような真似をさせなければ……。ルイスも勇者のままだったし、貴方達との関係も、こんなに拗れることはなかった……」
「……顔を上げてください、ユミル様。……大丈夫です」
クリステルは穏やかに首を横に振った。
「それに、お母様がいなければ……ルイスは一度挫折を知ることもなく、今の『本当の強さ』を手に入れることはなかったかもしれません。大切な人達と巡り会うこともなかったでしょうし……」
「クリステルさん……」
それでも、母さんは何度もクリステルの方を見て、申し訳なさそうに、しかししっかりと謝罪の言葉を重ねた。母さんの誠実さが痛いほど伝わってくる。
しばらくすると、母さんは俺の隣でじっと控えていたヒナルの方を見て、優しく微笑みかけた。
「ずっと気になっていたのだけど……。そちらの、もう一人の可愛らしい聖女様? お名前を聞かせてもらえるかしら?」
ヒナルは緊張した面持ちで一歩前に出た。
「私は……、ヒナルです。偶然こちらの世界に来て、実のお兄ちゃん……ルイスに助けてもらいました……。あなたの事は、お兄ちゃんが大切にしていた日記を見て知りました……」
「あら……。じゃあ……ルイスの日記も見たのね? ふふ、あの子、恥ずかしい事も書いてなかったかしら?」
母さんが少し照れくさそうに笑う。
「なら、たまたま実の妹に会えたわけね……。運命って不思議ね」
「あぁ……。ヒナルは俺の本当の妹だ。事実は全て知っているよ。でも……ユミル母さんが俺の母さんなのは間違いないし、これからもずっと俺の母さんだ! 俺を拾って、ずっと育ててくれた事に、心から感謝してる!」
俺の言葉に、母さんの目が潤む。 ヒナルもまた、涙ぐみながら深く頭を下げた。
「あと、ルイス……。ううん。レイジお兄ちゃんを、あの日拾って助けてくれて、本当にありがとうございました! あなたがいなければ……私は実のお兄ちゃんに会えませんでした……。お兄ちゃんを育ててくれて、ありがとうございます!」
ヒナルがそう言うと、母さんはヒナルを優しく抱き締め、その頭を撫でた。
「ふふふ。本当に良い子ね……。ルイスの妹なら……私にとっても、もう一人の大切な娘みたいなものよ? 遠慮なく『お母さん』って呼んでちょうだい?」
「お、お母さん……」
「そうそう! 可愛い娘が二人も増えて、嬉しいわ」
母さんはヒナルとスルトを両腕に抱き寄せながら、にっこりと聖母のような微笑みを浮かべる。 戦場の中、奇跡のような温かい時間が流れた。
――しかし、その時!
ガガガガガガガガガガガガッ!!!!!
不快な、何か硬質なものが激しく擦れ合うような機械音が、民家の壁を突き破るように響き渡った。 地面が激しく揺れ、天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。
「な、なんだ!? この音は!?」
俺が身構えると同時に、窓の外から『絶望』の影が再び覆いかぶさろうとしていた。
ご提示いただいたあらすじを基に、ラグナロクとの最終決戦を、極限の緊張感と悲壮感、そしてカタルシスを込めた大ボリュームの描写で書き直しました。
ガガガガガガガガガガガガッ!!!!!
不快な機械音が鳴り止むと同時に、「!!」――小さな揺れが足元を走り、直後、立っていられないほどの大きな地震が王都跡地を襲った。 それは、世界の終わりを告げる警鐘だった。
微動だにしていなかったラグナロクの巨体が、再起動の熱風を撒き散らしながら軋み、揺れ動く。 あの絶望の象徴である巨大な口腔が、ギギギ……と、まるで地獄の門が開くようにゆっくりと開きだした。 奥に見えるのは、赤黒く脈動する破滅の光。炉心が臨界点に達している。 次、あれを食らえば、もう俺たちに防ぐ手立てはない。一溜りもなく消し飛ぶだろう。
その時、俺の目の前にいたクリステルが、決意を秘めた瞳でスッと立ち上がった。 その背中には、もう迷いも、恐怖もなかった。
「……私が、隙を作ります。ヒナルちゃんとルイスは、私に強化魔法やバフを……ありったけの支援をお願いします! あの一撃を撃たせてはなりません!」
「クリステル!? 無茶だ、あいつの正面に立つ気か!?」
「我も行くのじゃ! ルイス! 力を取り戻した今の我は強いのじゃ!! 父上を……あの悲しい怪物を止めるのじゃ!」
スルトもまた、小さな拳を握りしめて前に出る。 すると、母さん(ユミル)がスルトを呼び止めた。
「スルト……。待ちなさい。貴方に、この力を託すわ……」
母さんは、スルトの前に跪き、その小さな頭に震える手を翳した。
「私は体が乗っ取られていたせいで、魔力が乱れてしばらく全力を出せない……。けれど、私の血を引き、魔王の血を引く貴方なら……このオリジナルの力を扱えるはずだから……。お願い、みんなを救って……」
母さんの掌から、底知れぬ深淵のような円形のオーラが地面から湧き上がる。
「それは『黒の王権』……。全てをねじ伏せる、絶対的な黒の力よ……」
ドクンッ!! スルトの小さな体が、漆黒の闘気に包まれた。
「……おおおっ! 力が……力が湧いてくるのじゃ!! ふふふ! 母上、任せるのじゃああああ!!」
役者は揃った。やるしかない!
「ヒナル! 防御を頼む! クリステル、行くぞ!」
「はいっ! ――【セイクリッド・シールド】・フルバースト!!」
ヒナルが即座にクリステルや俺、そしてスルトに多重の光の盾を展開する。 クリステルは、杖を掲げて突撃しながら、ラグナロクが放つ熱波と魔力を中和するための結界を展開していく。
「――【アンチ・マジック・シェル】・展開ッ!! 熱よ、退きなさいッ!!」
そして、スルトはそのまま一直線に、黒い弾丸となってラグナロクの頭部へ向かって飛行していく。
「うらあぁぁぁぁぁぁっ! 覚悟するのじゃ、父上ぇぇぇッ!!」
スルトは小さな手に凝縮された、空間さえも歪めるほどの『黒の王権』を込めると、手から黒い色のモヤが噴出する。その質量を持った闇の拳で、巨獣の顎を殴りつける。
ドガァァァァァァァァンッ!!
大気が爆ぜる音がした。 山のような巨体が、少女の一撃で揺らぐ。
「どぉりゃあああああ! なのじゃ! 目を覚ますのじゃぁぁぁッ!!」
スルトは止まらない。残像が見えるほどの速度で旋回し、何度も何度も、光速の連打を顔面に叩き込む。 衝撃のたびに黒い稲妻が走り、ラグナロクの装甲がひしゃげる。 次第にラグナロクはバランスを崩し……大きく体勢を傾けた。
ズズゥゥゥゥン……!!
巨獣が膝をつくように倒れ込む。その衝撃で、狙いが逸れ、大きく口が無防備に開かれたまま目の前に晒された。 今だ! 母さんの言っていた弱点、口の奥の『核』が見える!
俺はそのぽっかりと開いた、灼熱の地獄の入り口の前に立つ。 聖剣エクスカリバーを構え……ありったけの、俺の全ての魔力を刀身に流し込む。 黄金の光が溢れ出し、世界を白く染め上げる。
「これで……これで終わりだぁぁぁぁッ!! ――【セイント・バースト・クロス】ッ!!」
俺が放った十字の極大閃光が、ラグナロクの口の中へと吸い込まれる。 一瞬の静寂の後。
ズドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
ラグナロクの体内から、爆発音が轟き、背中から光の柱が突き抜けた。巨体がビクンと大きく跳ね、力が抜けたように動かなくなる。 噴き出す黒煙。消えゆく赤い光。
俺は肩で息をしながら、「終わった……」と確信し、聖剣を下ろして仲間の元を振り返ろうとした。 しかし――。
「ルイス! 危ないっ!!!!」
クリステルの、喉が裂けんばかりの悲鳴。 時が止まった。 振り返ると、死んだと思われたラグナロクの瞳が、ギロリと憎悪を滾らせて俺を睨んでいた。 まだ……死んでいなかった……!
ラグナロクの口の奥、爆煙の中から、予備動作なしで一筋の小さな、しかし極限まで凝縮された閃光が放たれる。先ほどの山を消した一撃よりは小さいが……至近距離だ。当たれば確実に消滅する――。
「ルイス~~~っ!! 離れるのじゃああああ!!」 「お兄ちゃ~~~~んっ! だめぇええええっ!」
体が動かない。思考が追いつかない。 死ぬ――そう思った、その時だった。
ドンッ!!
何かが、横から俺を猛烈な勢いで突き飛ばした。
(えっ!?)
俺は地面を転がる。視界が回転する中、スローモーションの世界で、耳元に愛しい声が聞こえた気がした。
「ルイス……最後は貴方と一緒にいれて……幸せ……でした……。ありがとう……ございます。昔も今も変わらず好きです……。いえ、今の方がずっと……もっと……」
「や、やめろ! やめろ!! やめろよ!! なんでお前まで!!」
この声は……。クリステルだ。 最後の言葉を聞く前に……彼女は俺の身代わりとなり、光の奔流の中に立ち尽くしていた。 その背中は、どこか誇らしげで、そして美しかった。
ジュッ……
音が消えた。熱線が、彼女の華奢な体を飲み込む。
「クリステルさぁぁぁぁぁぁぁんッ!!! もういやああああああっ!!」
ヒナルの泣き叫ぶ声がこだまする。 光が収まった時。そこには、吹き飛ばされ、ボロ雑巾のように力なく倒れるクリステルの姿があった。
「うわぁぁぁぁぁぁああああああっ! くそがあああああああああっ!! ふざけるなぁぁぁぁッ!!」
俺の中で、何かが完全に壊れ、そして燃え上がった。 悲しみも、後悔も、理性さえも、全てを焼き尽くす純粋な『怒り』。
俺は聖剣エクスカリバーを拾い上げ、口が開いたまま硬直するラグナロクを見上げた。 「きぃぃえろおおおおっっっ!! 俺の……俺の大切なものを、これ以上奪うんじゃねぇぇぇッ!!」
限界を超え、命を削って全魔力を聖剣に注ぎ込む。剣が悲鳴を上げ、俺の腕の血管が破裂し、血が噴き出す。それでも構わない。 エアロも、シューも、そしてクリステルも。 俺が弱かったから。俺が油断したから!
(俺が油断したのがバカだった!!! 俺のせいでクリステルがッ!! 俺は! 俺は!!!)
極限の集中の中で、世界の色が消えた。 新しいスキルが、脳裏に浮かぶ。 時間すらも断ち切る、神速の一撃。
「――【刹那不動剣】……」
僅か0.1秒。 世界の色が反転し、漆黒と光が混じり合う静止した空間の中で、俺は聖剣を振り抜いた。 放たれたのは、斬撃ではない。空間そのものを消滅させる光の断層。
キィィィィィィィン……
光の斬撃は細かな粒子となり、ラグナロクの体内へ浸透し……そして一気に膨張する。
ズバァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
山のような巨体をもつラグナロクが、一瞬にして細胞レベルまで粉々に砕け散った。 それはラグナロクの、そして父だった者の、最後の救済でもあった。 もう脅威はいない。何も残っていない。
俺はラグナロクの消滅など目もくれず、辺りを見回す。 クリステルが吹き飛ばされた場所を探す……。 瓦礫の陰に、血だまりの中に横たわる彼女を見つけると、俺は転がるように駆け寄った。
「クリステル!! だ、大丈夫! そんなの直ぐに治してあげるから!! ヒナル! 回復を!! 早く!!」
抱き起こした彼女の体は、あまりにも軽かった。腹部が紅く染まり、生命の灯火が消えかけている。致命傷だ。回復魔法でも、もう……。
「ル……ルイ……ス……。お……お見事……でした……。私は……も……もうダメ……みたいですわ……」
意識が朦朧としているのか、クリステルの美しい瞳は視点が定まっていない。
「まだ諦めるな! まだ諦めるなよ!!! お前にもまだ、『もう苦しまなくても大丈夫だよ!』って言えてない! これから償うんだろ!? 一緒に生きてくれよ!!」
俺の涙が彼女の蒼白な頬に落ちる。クリステルは、最後の力を振り絞って、震える手で俺の頬に触れた。
「さ、最後まで……優しい……ですね……。貴方を守れて……罪滅ぼしができて……今までで一番……幸せ……でした……」
その手が、ぱたりと落ちた。 彼女はそのまま、安らかな顔で眠るように……動かなくなった。
「クリステル……? おい……嘘だろ……? 目を開けてくれよ……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! クリステルさんっ!! いやぁぁぁぁぁっ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ああああああああああああああッ!!」
俺は天を仰ぎ、獣のように咆哮し、叫んだ。 勝利などない。心臓が張り裂けそうなほどの慟哭だけが残った。
しかし! その時、世界から音が消え、一瞬、時が止まった。
気付けば、戦場の瓦礫も、血の匂いも消えていた。 見渡す限り、辺り一面が果てしない『白色の異空間』。 何故かそこには、俺と……ヒナル以外だけしかいなかった。母さんも、スルトも、クリステルの亡骸もない。
「お、お兄ちゃん!? ここどこ!?」 「わからない……。俺達、死んだのか……?」
すると、白の世界の奥の方から、光の粒子が集まりだす。 そこには、一人のいかつい貫禄のある髭の男性と、10才くらいの神々しい幼女の姿が現れるのが見えた。
その男性の顔を、俺は知っていた。 幼い頃、剣を教えてくれた、厳しくも優しい父の顔。
貫禄のある男性が、穏やかな表情で俺たちに歩み寄り、話しかけてくる。 「……勇気ある者よ。……よくぞ、私を止めてくれた。そして、よくぞここまで強くなったな……ルイス」
「……父さん……なのか?」
「そちは我を、そして世界を救ってくれた……。呪縛は解かれた。我はこれで、心置きなく旅立てる……。本当にありがとう……」
父さんは満足そうに頷き、隣にいる幼女と共に手招きをした。 その光は、俺たちをどこかへ導こうとしているようだった。
「……」
俺とヒナルは、吸い寄せられるように、二人のいる方へとゆっくりと歩きだした……。




