53 これからの事とミランダのお父上…
~ルイス(レイジ)視点~
眩い光が弾け、空間が歪む感覚が過ぎ去った直後。 俺とヒナルの足は、見覚えのある石造りのバルコニーに着地していた。
転移魔法のスクロールを使う前、「一番思い出に残っていて、安全な場所」を強くイメージする必要があった。王都の中で、俺とヒナルが全く同じ場所……『このホテルのベランダ』を思い浮かべたのは、ある意味必然だったかもしれない。 なんせここは、俺たちが初めて想いをぶつけ合い、甘いキスを交わした、二人だけの秘密の聖域なのだから。
時間はもう夕方。オレンジ色の夕陽が、王都の街並みを赤く染めている。
「……あははっ! やっぱり、ここだったね!」
ヒナルが俺の手を握ったまま、イタズラが成功した子供のような表情で口元を緩め、ニィ~っと笑いかけてくる。
「行きも帰りも、全く同じ場所を思い浮かべるなんて。……これって『相思相愛』ってやつ? それとも、双子みたいに心が繋がってる『実の兄妹』だからかな?」
「こら、からかうなよ。……でも、まぁ、両方だな」
俺が照れ隠しにヒナルの鼻先をつまむと、彼女は「えへへ」と幸せそうに笑った。 実の兄妹という禁忌の壁を乗り越えた俺たちには、もう迷いはない。
「ルイス殿! ヒナル殿!」
ベランダから部屋に入ろうとしたその時だった。 俺達の帰りを心配して待っていた小さな影が、弾丸のようなスピードで俺の胸へと向かって強烈なダイブをして突撃してきた。
「ぐはっ!?」
「遅いのじゃ~! 遅いのじゃ、ルイスーっ! どこに行っておったのじゃ!」
俺の胸に頭突きをかまして抱きついてきたのは、魔王の娘スルトだった。彼女は俺のシャツをギュッと握りしめ、ポロポロと涙を流している。
「ごめんごめん、スルト。ちょっと忘れ物を取りに行ってただけだよ。ただいま」
スルトの後を追いかけるように、バタバタと廊下からコタースと、双子のフレア、ケアルも部屋に飛び込んでくる。
「あーっ! ルイスにヒナルっ! 無事だった~っ!」
ウサギの獣人であるコタースは、俺たちを見るなり長い耳をピクピクと動かし……やがて、クンクンと鼻を鳴らしてヒナルに顔を近づけた。
「……んん~? ヒナル~っ、なんか身体から『メスの匂い』がするよ~っ。えっとね、何ていえばいいのかな~。こう~なんていうか~っ……、ルイスと一つになった、夫婦の匂いっていうか、こう!! とにかく色っぽい匂い!!」
「えぇっ!? ち、ちが、あの、これはっ……!!」
コタースの野生の勘ともいえる爆弾発言に、ヒナルが顔から火が出るほど赤面して慌てふためく。いや、全く意味が分からないが、核心を突かれすぎて俺までドキッとしてしまう。
続けざまに、双子の姉のフレアと妹のケアルが、ジト目で俺とヒナルを睨みつけてきた。
「……ふんっ! どうせ、私たちを置いて、ヒナルをたぶらかして、どこかで危ない『大人の事』をしていたんでしょ!! せっかく私が、ルイスが帰ってきたらデートに誘おうと思ってオシャレして待ってたのに!! バカ! 変態ルイス!」
ケアルが腕を組みながら、プイッと顔を背けて怒る。
「……ケアル。ルイス兄さんの事……そんなに好きだった……です? 隠れてオシャレしてたとは抜け駆け……です。……なら、これからは、ケアルと私は……ルイス兄さんを巡る『ライバル』……です。ヒナルお姉ちゃんにも負けない……です」
無表情のフレアが、杖を構えてケアルと火花を散らす。 この二人、王都に来てから一緒に買い物をしたりして少し仲良くなったと思っていたが……なんだか俺を巡って、とんでもない修羅場になりつつある。それでもケアルは何故かいつもツンツンと突っかかってくるけど……本心はどっちか分からないのだ。
「……待ってくれ、みんな。落ち着いて聞いてほしい」
俺は表情を引き締め、騒ぐ仲間たちを制止した。
「皆に、どうしても伝えたい『重要な事』がある。……聞いてくれるか」
「ルイス……?」
「……これは、俺とヒナルの出生の秘密。そして、これから起こる戦争……ここにいる私たち全員に関わる、重大な問題だ」
俺とヒナルの真剣な声とただならぬ空気に、皆がピタリと話をやめ、ゴクリと息を呑んで聞く姿勢を作ってくれた。
俺は、隠し部屋で知った真実を、全て皆に伝えた。
俺が、ヒナルと同じ『日本』という異世界から転移してきた『迷い人』であり、本当の名前は「スガ・レイジ」だという事。 ヒナルは、俺と血の繋がった『実の妹』だという事。 そして――、俺の育ての母親であり、スルトの実の母親である女性の体が、狂気の女神崇拝教の幹部『ホーエン』の魂に憑依され、乗っ取られているという事。
今、仁さん達が血眼になって追っている、王国を脅かす巨大な敵……『スザク』と『黒ずくめの赤髪の女』の正体が、俺たちの母親だという残酷な真実を。
「……これもまだ確証は定かでないけど、ヤツらは、王国を内側から攻めるために、地下牢にいる『アレックス』と接触して何か仕掛けようとしている。……もしそうなれば、コタースの住むこの王都も、かつてのエルフ国みたいに滅ぼされてしまう。その規模は何千人と被害が出てしまう、未曾有の災厄になる」
静まり返った部屋に、俺の声だけが重く響いた。
「そ、そんな……。我の母上が……生きておったのは嬉しいが……悪い奴に乗っ取られて、世界を滅ぼそうとしておるのか……?」
スルトが、顔面を蒼白にして震え始めた。 彼女が記憶を失い、魔王の力を出せないのは、多分、ホーエンが母親の体を使って、一時的に『封の首輪』のような魔道具で、記憶の遮断とスキルを封印させているからだろう。
「……じゃあ、パパが探しているスザクと、その黒ずくめの女が……今夜にでも、ここを攻めてくる可能性もあるってこと!?」
「父上……仁さんは大丈夫……ですか……。不安になる……です」
ケアルが怯えたように俺の服の袖を掴み、フレアも杖を握る手を震わせている。
俺は、フレアとケアルの頭に手を置き、ぽんぽんと優しく撫でた。
「……心配するな。そうならないようにするさ。俺が、必ずそれを阻止する。……俺を育ててくれた母さんもいるし、何より、お前達の父(仁さん)には、底辺だった頃に俺は命を救われたから……。絶対に、誰も死なせない」
「ルイス兄さん……ありがと……です……」
「ふ、ふん……。あんたにしては……その……何て言うのかな……凄くカッコよくて、安心してまかせられる……よ! ……だ、だからって、私が惚れ直したとか、いい気になるんじゃないよ!!」
ケアルが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ああ!!」
すると、コタースが長い耳をピンと立てて、俺に話しかけてくる。
「……でも、ルイス~っ。もしも~、そのヤバい奴らが本気で攻めてきたら~っ、何か対抗する『策』はあるの~? 相手は実態のない幽霊(魂)と、父さんを追い詰めるほど強い元忍者なんだよね~っ? 物理攻撃は効かないんじゃないの~?」
そう……。そこが最大の問題だ。 洗脳されたスザクやアレックスに関しては、俺の剣でなんとかなるかもしれない……。でも、ホーエンの「怨念の魂」が攻めてきたら……。ホーエンは育ての母親の肉体に憑依している。下手に傷つければ、母さんが死ぬ。それが一番厄介だ……。
「……霊体なら~、光の魔力を持つ、聖女様のスキルでなんとかなるかも~?」
コタースの何気ない一言に、部屋の空気が変わった。 あぁ……そうか! その手があるのか!? 俺はハッとして、隣にいるヒナルに目を向けた。 ……だが、本音を言えば、俺の最愛の妹であり、結ばれたばかりの恋人を、そんな最前線の危険な目に遭わせたくない。できれば、安全な城で待っていてほしい。
「……ヒナル。いや、でも……」
俺が返事に困り、言葉を濁そうとした、その時。
「――お兄ちゃん。……もし攻めてきたら、私がやってみる。私に、戦わせて」
ヒナルが、迷いのない、凛とした強い眼差しで一歩前に出た。
「……!」
「一応、これでも、神様に選ばれた『大聖女』なんだから。……私はもう、お兄ちゃんの背中に隠れて守られるだけの、か弱い妹じゃない。お兄ちゃんの役に立ちたい! お兄ちゃんの隣に立って、一緒に横で戦うよ。……それで、スルトちゃんや、レイジお兄ちゃんの育ててくれたお母さんを救えるなら、私は自分の命を賭ける!」
「……ヒナル……、お主……」
ヒナルの、慈愛と勇気に満ちた決意の言葉に、沈みぎみだったスルトの表情が、みるみるうちに光を取り戻し、泣き笑いのような顔で微笑んだ。
「……わかった。お前の強さ、信じるよ」
俺は、頼もしく成長した妹の姿に胸を熱くしながら、大きく頷いた。 エルフ国が崩壊された以上、この国も、いつテロの標的になって攻められてもおかしくない、緊迫した状態だ……。 まずは、明日の朝一番で王宮に登城し、国王陛下と騎士団にこの危機を報告に向かう事にする。
「……お兄ちゃん! じゃあ、後で夜にそっちの部屋いくね!」
解散の直前。ヒナルが皆に見えない角度で、俺に向かってニコニコしながら、色っぽく舌をペロッと出した。……夜這いの合図だ。
「あ、ああ! 待ってる!」
その夜、俺達はまた、明日の決戦への恐怖をかき消すように、めちゃくちゃ情熱的なえっちをいっぱいした……。ヒナルの秘められた性欲と体力が凄まじすぎて、勇者の俺が先にダウンして寝てしまい、「お兄ちゃんのヘタレ!」と朝まで頬を抓られて怒られたのは、ここだけの秘密だ。
………。
……。
…。
翌朝。 俺は、国の危機を国王に報告・面会をするため、一人で王城へとやってきた。 指定された応接間に入ると、そこには、美しい騎士の鎧に身を包んだエルフの女性騎士、ミランダが待っていてくれた。 俺たちは、国王の面会時間まで、二人きりでソファーで待機することになった。
「ルイス君。おはよう! あの時は、王宮の試験でヒナルちゃんを助けてくれて、ほんっとありがとうね!」
「いいよいいよ! でも、ミランダが多少のケガだけで済んだみたいで良かった。俺、無意識のうちに勇者のスキルを使っていて……その強大な魔力の負担が掛かって、戦闘中の記憶が一部飛んじゃっててさ……。変なこと言ってなかった?」
「ううん! 変なことどころか、凄くカッコよかった! どんな理由があろうと、私を命懸けで助けてもらったのは事実だし。……惚れ直しちゃった」
ミランダは、テーブルに肘を乗せ、両手で頬杖をつきながら、とろんとした熱っぽい視線で俺を見つめる。まるで、おとぎ話の白馬の王子様を見るような、甘い顔で……。
「……それと、こうやって二人っきりでゆっくり話す時間なんて、五年ぶりだからね……」
ミランダはニッと悪戯っぽく笑い、少しだけ身を乗り出してきた。ほのかに甘い香水の匂いがする。
「ねぇ、ルイス君。……あのパーティーの仲間の女の子達、みんなルイス君の事、大好きなんだよね?」
「えっ!? う、うん~どうなんだろ? 一人とは、まぁ、その……特別な関係で仲良くやってるけどね」
「そっか~! ……じゃあ、私もそのハーレムの仲に、入ってみたい!!」
「えっ?!」
いきなりの爆弾発言に、俺はむせた。
「……ルイス君。私ね、実は、このエルフの森を出て王国の『護衛騎士』になったのも……いつか、絶対に勇者として大成して王都に来る、ルイス君とまた会いたかったからなんだ~」
「じゃ、じゃあ……。もしかして、五年前に俺が助けたあの日から、ずっと俺の事を待っていてくれたの?」
「うん。……ずっと、ずっと待ってた。今、こうして私の初恋の王子様が、目の前に来てくれている……。夢みたいに、すごく嬉しいよ!」
ミランダの頬が、桜色に染まる。 そっか……。俺がどん底だった時も、彼女は俺の事をずっと信じて、待っていてくれたんだ……。
「……だから、もし、ルイス君や『その本命の子』がOKしてくれるなら……、私もルイス君のお嫁さんの輪に、混ぜてよね!」
ミランダがウインクをした、その時だった。
バンッ!!
応接間の重厚な扉が、蹴破られるような勢いで開いた。 入ってきたのは、見上げるほどの大男だった。年は50前半ぐらい……全身に傷だらけの白銀のフルアーマーを装着し、金色の短髪で、顎にはダンディなちょび髭を蓄えている。 身体中から溢れ出る闘気。歴戦の猛者であり、かなり「できる男」だと一目で分かった。
「あっ!! カノープス隊長!!」
ミランダが、慌てて姿勢を正し、大きな声をあげる。 やがて、カノープスと呼ばれた大男は、険しく厳つい、鬼神のような表情でズンズンと俺の方へ歩み寄ってきた。
「……貴様が。噂の『真の勇者』ルイスか!」
「は、はい。ルイスです。自分でも驚いていますが……」
「そうか。俺は、この王国の近衛護衛騎士団を束ねる隊長、カノープスだ!」
男は、まるで岩石のような大きな右手を差し出してきた。 俺も彼の手に自分の手を添えて、固く握手をする。ギリギリと骨が軋むほどの、凄まじい握力だ。
「……まず、貴様に言いたいことは、一つだけだ……」
ごくり。 俺は生唾を飲み込んだ。何を言われるのだろうか? 挨拶か? それとも尋問か?
「……六年前、森で魔物に襲われていた『俺の愛娘』を助けてくれて、ありがとうな! 感謝している! ……だがな、ルイス! 俺の大事な娘を、貴様なんぞには絶対にやらんぞ!!」
「……へっ?」
いきなりの親バカ宣言に、俺はぽかんと口を開けた。 横にいるミランダが、顔を真っ赤にして叫ぶ。 「ちょ、ちょっと! お父様!! いきなり何言ってるんですか!? 恥ずかしいっ!!」
「ええい、黙れミランダ! こんな何処の馬の骨とも知らん、どこの女ともイチャイチャしているチャラチャラした若造に、俺の天使のような娘を嫁にやれるか! っていう事だ! それと今は職務中だぞ! 公の場では、お父様ではなく隊長といえ!」
あ……。なるほど。 カノープス隊長は、ミランダのお父さんだったのね。遺伝子すげぇな。
「……勇者ルイス。そこでだ。貴様の力量と誠意を確かめるために、明日の午前中に『御前試合』を行いたい」
「ま、まじすか!?」
カノープス隊長は本気だ……。剣に手をかけ、本気の殺気を放っている。ここで断ったら……男として、ダメだよね?
「わ、わかりました! お受けします!」
「ふん、良い返事だ。勿論、一対一の真剣勝負で手合わせを頼む。……神話の勇者サマが、俺の娘の夫に相応しい器かどうか、この俺の剣でじっくり見定めてやるからな」
「……お父様ったら。ルイス君が勝つに決まっていますよ。私を助けた人なんですから」
ミランダが、俺の腕に抱きつきながら、然り気無く父親を挑発する。いや、ミランダさん、それめっちゃ煽ってるよ! 火に油だよ!
「むむむっ……! このっ! 親の心子知らずめ! ……まぁ……良い。場所は王国の兵士達の練習場だ。逃げずに来てくれるな?」
「はい! わかりました!」
俺が真っ直ぐに答えると、カノープス隊長は、一瞬だけ嬉しそうにニヤリと笑い。 「……フッ、悪くない目だ。楽しみにしてるぞ」とだけ言い残し、マントを翻して嵐のように去っていった。
「……ごめんね、ルイス君? お父様が、あんな大人気なくて……。でも、お父様だけど、ルイス君と闘えること、雰囲気的に何故か凄く楽しそうだったよ?」
「へ? あんなに怒ってたのに?」
「ふふっ。あれは、娘の恩人に会えて、絶対嬉しそうだった! うん、間違いないよ……」
「そうなのか? 騎士団長って、難しいな……」
ミランダはニコニコしながら、俺の顔を覗き込んだ。
「……お父様に、絶対勝ってみせてね? 私の、未来の旦那様?」
「ああ! 決闘を受けたからには、負けないよ!」
世界を救う戦いの前に、思わぬ試練が舞い込んだ。 ……それからしばらくして、ようやく王様へ会う時間になり、俺達は気を引き締めて、荘厳な『王の間』へと向かったのだった。
………。
……。
…。




