45 勇者、王様に出会う…
-ルイス視点-
「……どうしたのじゃ? ルイス。そんな眉間に皺を寄せて、世界が終わるような深刻そうな顔をしているのじゃ!」
地下の冷たい静寂の中、不意に明るい声が響いた。 検査室から飛び出してきたスルトが、可愛い大きな赤い目をくりくりとさせながら、小首を傾げて俺の顔を覗き込んでいる。
「あぁ……、なんでもないよ。ちょっと、これからの事を考えていただけだ」
俺は先ほどのフィリシアからの『アレックスの洗脳』の話を頭から振り払い、無理に笑顔を作った。
「嘘なのじゃ。ルイスはすぐに顔に出るのじゃ。……何か困っているのなら、我に相談するのじゃ!」
「本当になんでもない。心配かけてごめんな。……それより、スルトはどうだったんだ? 適性検査」
俺が話を逸らすと、スルトは得意げに姿勢を起こし、両手を腰に当てて、思い切り胸を張った。小さい胸がぴょこっと前に出て、服の上からも形が分かる。その無邪気な仕草に、周囲の重苦しい空気が少しだけ緩んだ。
「ぬふふ! よくぞ聞いたのじゃ! なんと我のジョブは、人類の敵である『魔王』だったぞ!!」
「「「「え~~~~っ!!??」」」」
その場にいた俺、ヒナル、コタース、そして護衛のミランダの悲鳴が、地下室に木霊した。
「な、何をそんなに驚いているのじゃ!! 嘘じゃないのじゃ、本当なのじゃ!」
一番驚き、そして殺気立ったのは、近衛騎士であるミランダだった。 チャキッ!と、彼女は反射的に剣の柄に手をかける。
「ち、ちょっとまって! 『魔王』って……!? この世界を滅ぼそうとする、あの邪悪な魔族の王のことじゃないの!? 討伐対象よ!?」
ミランダが顔を青ざめさせながら後ずさる。無理もない。魔王といえば、人類にとっての絶対的な敵の象徴だ。
「……ふんっ。人間どもには、何百年も前から変な誤解が定着しているようじゃな。仕方ない、特別にもう一度説明してやるのじゃ!」
スルトは剣呑な雰囲気にも動じず、コホンと咳払いをして、俺達に衝撃の『歴史の真実』を語り始めた。
一般的に『魔族』と呼ばれ、忌み嫌われている種族の本当の名前は『ソロモン族』。 今、この世界で人間に対して脅威を振るっているのは、実は二種類いるという。一つは、かつて人間により迫害を受けて闇に追いやられ、復讐の恨みを持った一部のソロモン族。 そしてもう一つが……『創造神(女神)』が、自らの暇潰し(エンターテインメント)のためだけに遊びで作り出した、心を持たない破壊兵器である『魔族型ホムンクルス』だというのだ。
魔族という名前は本来存在せず、ただ魔力が高く、角や翼などの見た目が異形だからというだけで、人間から差別され、魔物と同一視されてしまった悲しき種族。 そして何より恐ろしいのは……この世界の秩序を司る『女神』が、人間族の中でも唯一、神に匹敵する高密度な魔力を持つソロモン族という種族を恐れ、毛嫌いし、人間に討伐させるよう仕向けたという事だった。
「そんな……!? それが本当なら、ソロモン族(魔族)は、悪でもなんでもなく、ただ単に女神の都合で迫害され、歴史の影に追放されたってわけ!?」
ミランダが剣から手を離し、信じられないという顔で震えた。
「そうなのじゃ! 神官の爺さんは、古の文献でその真実を知っていたみたいでな、我を普通の人間と同じように接してくれたのじゃ! 『ひかえおろー! ひかえおろー!』なのじゃ! 我は被害者なのじゃ!」
「調子にのるな!」
俺はスルトの頭を軽くぽんぽんと叩いた。 歴史の真実。神話の改竄。あまりにスケールが大きすぎて眩暈がしそうだが、この世界の『勇者』となった俺には、無視できない重い事実だった。
「むぅ~! もっとするのじゃー!! あ! 後、我の特性は『ソロモン族を束ねられる力(統率)』……なのじゃ! ……でも、悪い特性も一つ見つかったのじゃ……。やっぱり、我の本来の記憶は、何者かによって封じ込められていたのじゃ……。それと、強大な力も全て封印されておる……。ルイスたちをもっと助けられると思ったのに……役立たずなのじゃ……」
スルトが急にしゅんとして、耳(角?)を垂らす。
「ありがとうな。スルト。俺たちのために、そんな風に思ってくれて」
俺は、落ち込むスルトの小さな身体を抱き寄せ、その赤い髪を優しく撫でる。 スルトは、自分がどんなに不安でも、色々と頑張ってくれている。体が小さいのに俺たちの荷物を持とうとしてくれたり、どんよりとしたムードな時も、わざと明るく振る舞って場を和ましてくれている……。その優しさは、間違いなく本物だ。今のままでも十分すぎるくらい、大切な仲間だよ。
その時。隣で静かに話を聞き終わるのを待っていたフィリシアが、神妙な面持ちで口を開いた。
「ルイス殿。……世界の真理に触れたばかりで悪いが、コタースの検査が終わったら、一足先に『国王陛下』に謁見していただきたい。これは、エルドアス王国とエルフの国、両国の王命でもある」
ふぇ! ちょっと待って! 両国の王様がって……! ついさっきまで、ただの無能な一般人だった俺が!?
「俺が、『真の勇者』だと判明したから……か?」
「それもある。……それと、『聖剣』の話を聞いた事はあるか?」
聖剣。 この世界で知らない者はいない。女神が作ったとされる聖武具の一つであり、五十年前に伝説の勇者パーティーが残した最強の武器。 かつての勇者が魔王と戦った際に残し、再び世界に闇が訪れるべき時代に備えて、世界各国の厳重な結界の中で管理する事になったとされる伝説の武具だ。
「それが、この王国に納められていると?」
「そうだ。王城の地下深くな。……これは正規の『真の勇者』にしか引き抜けないように、強力な魔法が掛けられている。もちろん、あのアレックスも今まで何度も抜こうとしたが、ビクともしなかったらしいがな……」
……アレックスが抜けなかった。本当の勇者じゃないなら、抜けなくて当たり前か。聖剣は、人を見る。
「その話も知っているのじゃ!! ただ、ここでも歴史を変えられて伝わっているようじゃが……聖剣は『魔王(ソロモン族)』を殺すためのものではなく、女神が作り出した『ホムンクルス』を倒すためのものなのじゃ!」
ホムンクルスを倒すための武具? 俺の思考が深淵に沈む。でも、聖剣って『女神様』が作った武具だよな? わざわざ自ら遊びで作り出したホムンクルスを、自らそれを倒すために『聖剣』を作る必要があるのか? マッチポンプじゃないか。これもスルトが言う通り、単に女神の「退屈しのぎの遊び」のために作られた舞台装置なのか?
じゃあ、今、あっこっちの森やダンジョンで活発化している魔物ってなんなんだ? 誰の意志で動いている? う~ん……、分からん……。世界は、俺が思っている以上に歪んでいる。
重い思索に沈んでいると、重い扉が開き、最後に検査を受けていたコタースが、満面の笑みで部屋から飛び出してきた。
「お待たせ~っ! ウチ、やったよーっ!」
「コタース! お疲れ様~!? どうだった~?!」
「うん~っ! えっとね~っ……」
ヒナルとコタースが手を取り合ってピョンピョンと跳ねる。二人の笑顔を見ていると、本当に普通の仲の良い友達同士に見えて、心が和む。
コタースのジョブは変わらず『魔弓使い』だった。 だが、神官の精密検査で、一つ詳しい事実が分かった。魔弓使い特有の弓技は、一発ごとに『莫大な魔力』を消費するため、魔力総量の少ない彼女には、今まで全くスキルが扱えなかった(発動しなかった)ようだ……。 しかし、俺の『十倍バフ』によって魔力底上げがされた今、彼女の真の力が解放された。 そのスキルは『魔力付与』だけでなく、『心眼』の極致とも言える超広域探知スキルが付与される。どんな遠くからでも、障害物をすり抜けて狙った場所に百発百中で必殺の矢を放てるという、とんでもない狙撃スキルだった。 これで彼女は、もう二度と「耳長ノロマ」の無能と呼ばれなくて済むだろう……。
俺達、全員の検査が終わった。 いよいよ、これから王様の元へと向かうことになる。世界の運命が、俺の肩にのしかかる。
「……よし。じゃあ、行こうか」
「……うん」
俺は歩き出そうとして……隣にいるヒナルの冷たい手を、そっと握った。勇気をもらうために。
ヒナルはビクッとした後、優しく握り返してくれたが……。 その横顔は、いつもの太陽のような笑顔ではなく、俺の顔を見ることもなく、どこか遠くの悲しい未来を見つめるような、酷く寂しそうで、泣き出しそうな表情をしていた……。
………。
……。
…。
適性検査を終えた後、フィリシアは「結果と緊急の事態を、一足先に国王陛下へ報告してくる」と言い残し、マントを翻して去っていった。 地下の待合室でしばらく待機していると、王都の裏路地の調査から戻ってきた仁さんと、王都観光(という名の子守り)を終えた双子のフレアとケアルが合流した。
……実は、先ほどの移動の間に知った衝撃の事実がある。 ただの親バカな忍者だと思っていた仁さんは、なんと五十年前に先代の勇者と共に魔王を倒した、伝説の勇者パーティーの一員である『影の忍者』の末裔だったのだ。さらに、あの優しげな奥さんのペトロさんも、かつて『大魔導士』の称号を持ち、世界を救った英雄の一人だったらしい。 ……そんな英雄の血を引くサラブレッドの双子と、伝説の忍者の末裔を加え、俺達全員は近衛騎士ミランダの厳重な先導のもと、王城の最奥、立ち入ることすら恐れ多い『玉座の間(王の間)』へと案内された。
ギギィ……と、見上げるほど巨大な黄金の扉が開かれる。
絨毯の赤が目に痛い。左右には、微動だにしない重装甲の近衛騎士たちがずらりと並び、ピンと張り詰めた空気が漂っている。俺の心臓は、適性検査の時とは違う種類の極度の緊張で、早鐘のように鳴っていた。
その最奥、一段高くなった豪奢な玉座に座っていたのは……髪が雪のように白い、古稀を迎えたばかりの温厚そうな国王陛下だった。 威厳に満ちたその目が、静かに俺達を見下ろしている。 俺達は作法に従い、絨毯の上に膝をつき、深く頭を下げて平伏し、王の言葉を待つ。
「……そちが、神託に導かれし『真の勇者』、ルイス・ガーランドで間違いないな……」
低く、しかしよく通る声が、大広間に響いた。
「はい」
「……うむ。苦しゅうない。顔を上げてくれぬか? 余に、世界の希望たるその顔をよく見せてほしい」
俺がゆっくりと顔をあげて王様を見ると……。 そこには、冷酷な絶対君主ではなく、孫を見るような、凄く温和でにこやかな表情の王様がこちらを見ていた。
「フィリシア王女より、話は大方聞いておる……。いや、それだけではない。この五年間のお主の苦境も、調べがついた。……余の目が節穴で、早くあの偽物の陰謀に気づいていれば、お主にこんな辛い思いをさせずに済んだのに……。一国の王として、心から詫びよう。すまんな……ルイスよ」
「……いえ」
王様は深く頭を下げた。周囲の貴族たちがざわめく。 ……別に、王様が悪いわけではない。騙されていたのは国も同じだ。頭では理解している。だが、俺の胸の奥底では、割り切れない黒い感情がドロドロと渦巻き、凄くむしゃくしゃしていた。 どんなに謝られても、失われた五年という青春の時間は、もう二度と戻ってこないのだから。
「……それと。アレックスの卑劣な術により、長年魅了(洗脳)されてしまっていた、お主の元・婚約者である三人の少女の事も聞いておる。適性検査での見落としも含め、これも全てワシの、国の責任である……。彼女たちは悲惨な被害者なのだ。……どうか、彼女達の過去の行いを責めないでやってほしい。救ってやってはくれまいか?」
王様は、慈悲深い目で俺に訴えかけてくる。 ……また、その話か。フィリシアの時と同じだ。周りの人間は、簡単に「許せ」と言う。
「……いえ。その件に関しては、もう全く興味がないですし、今の私には『関係のない他人』の事なので。ご心配には及びません」
俺は、感情を完全に押し殺した、氷のように冷たい声で即答した。
「……お兄さん……」
「ルイス……」
背後で、ヒナルとコタースが、俺の異常な冷たさに心配そうな声を漏らす。
「アイツに何かあったの? すっごい怒ってるけど……」
「姉さん…… 事情がある……です。シー……です」
双子たちが小声でひそひそと喋る気配がする。
「……そうか……。そう……だな」
王様は、俺の瞳に宿る決して消えない『拒絶』の炎を見て、深く悲しそうに目を閉じた。
「……だが、もしかしたら。今はまだ無理でも、いつか彼女達もお主にとって、掛け替えのない強力な仲間になるかもしれない……とだけは言っておく。洗脳から解かれ、操られていた正気に戻った今の彼女達は、地獄のような後悔の中で、誰よりも、常にお主の名前を呼んで泣き叫んでいた……。いつか、彼女たちの贖罪が必ず報われる事を……余は祈っておる」
……うるさい。 俺は、勝手に善人ぶって、べらべらと人の気も知らずに綺麗事を喋り続ける王様に、限界のイラ立ちを感じていた。 お前に、俺の地獄の何が分かる。寝取られた男の惨めさが、王族に分かるものか。 だが、ここで王に牙を剥けば、ヒナルたちにまで迷惑がかかる。俺は拳を強く握りしめ、沸点に達しそうな怒りを冷静さの奥に押し込んだ。
「……国王陛下。大変無礼な事を承知で、話を遮ることをお許しください。私は、過去の女の話をしにここへ来たのではありません。……国に代々伝わる『聖剣』についてお話を伺い、それを手にするために、こちらに参りました」
俺の張り詰めた声が響くと、玉座の間の空気が一瞬にして凍りついた。 王様は一瞬ビクッとし、俺の覚悟を見て、大きくため息をついた。
「……そうか……。無神経なことを言ったな、すまぬ……。お主の言う通りだ。今は魔王の影が迫っておる。急がねばならんな」
王様は表情を切り替え、護衛として控えていたミランダに顔を向ける。
「ミランダよ……。真の勇者を、王城の地下深くに眠る『聖剣の聖域』へと案内してほしい。……あの剣が、主を選ぶ時が来た」
「はっ! 仰せのままに!」
ミランダは踵を鳴らして一礼をすると、俺の方へ向かってきて「こちらへ……」と、緊張した面持ちで案内してくれる。
俺たちは、重苦しい玉座の間を後にし、運命を変える聖剣が眠る場所へと、ミランダの背中について静かに歩き出した……。 過去への決別と、未来への力が、その先に待っていると信じて。




