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42 真の勇者誕生。それは伝説級以上!?



-ルイス視点-


 石造りの重厚な階段を一歩降りるたびに、地上界の喧騒が遠のき、太古の静寂が俺たちを包み込んでいく。  俺達は、酒場の調査へ向かう仁さんと、お留守番の双子の姉妹たちと一旦分かれ、王立魔法学園の深部……星の歴史が眠る地下へと足を踏み入れていた。


 ミランダの凛とした背中に先導され、一般の生徒は決して立ち入れないという螺旋階段をゆっくりと降りていく。  肌を撫でるのは、数千年の時を経て澱んだ冷気と、肺の奥まで痺れさせるような濃密な魔力のプレッシャーだ。空間そのものが、何か巨大な意志を持って呼吸しているかのように感じられる。  足元には、王族の血を象徴するような深紅のレッドカーペットが、松明の揺らめく光に照らされ、底知れぬ地下のその先までどこまでも続いている。  その厳粛で恐ろしい光景は、俺の脳裏の最深部に焼き付いた『あの日』と全く同じで、非常に懐かしく、そして……魂が凍りつくほどに恐ろしかった。


 今、俺の胸の中では、心臓が早鐘のように、まるで警鐘のように激しく鳴り響いている。  喉が張り付き、息をするのも苦しいほど、凄まじい重圧に押しつぶされそうになっている。  果たして、俺の正体はまだ分からないままなのか……。それとも、この五年間の『無能』という暗黒の鎖を断ち切る、本当の自分のジョブが分かるのか……。  できれば分かってほしい。だが、心の片隅には「もしまた、何も分からなかったら?」「もしまた、皆を失望させ、独りぼっちになったら?」という真っ黒な恐怖の渦が口を開け、俺の足元を暗闇へと引きずり込もうとする。


「……ふぅーっ……」


 俺が極度の緊張のあまり、震える唇から浅い深呼吸を漏らした、その時だった。


「……大丈夫ですよ。お兄さん」


 冷え切って震える俺の右手を、柔らかくて、羽毛のように温かい小さな手が、ギュッと優しく包み込んだ。  ヒナルだ。  彼女は俺の顔を下から覗き込み、夜明けの太陽が闇を切り裂くような、全てを許し、全てを受け入れる慈愛に満ちた笑顔で、俺に無言の勇気を注ぎ込んでくれた。  その温もりが、指先から血流に乗って心臓へと届き、俺の心のざわめきを嘘のように凪いでいく。


「……ああ。ありがとう、ヒナル」


 俺は、ヒナルの温もりを命綱のようにお守りとして手のひらに残したまま、一人、分厚い鉄の扉の先にある『適性検査の間』へと入った。


 辺りは神聖な星の空気に満ちた、神秘的で薄暗い大空間だった。  中央の白い大理石で造られた祭壇には、夜空の星を閉じ込めたかのような、人の背丈ほどもある巨大な魔導水晶が鎮座している。十五歳の頃と何も変わらない、人生の運命を分かつ場所。だからこそ、当時の「無能」の宣告を受けた絶望が、痛いほどの鮮明さでフラッシュバックしてくる。


「……久しいな……ルイスどの……。エルフの国や他国からも、お主の英雄的な活躍の噂は、風の便りに色々と聞いておる……。今のお主の纏う、その澄み切ったオーラなら……もしかすると……」


 祭壇の前に立っていたのは、長く白い髭を蓄えた老神官だった。俺の担当する神官には見覚えがあった。五年前、十五歳の適性検査の時に、「計測不能」という非情な判定を下した、あの時の神官長だ。だが、その目は以前のような同情ではなく、確かな期待に満ちていた。


「それでは、世界樹の雫より創られし魔導水晶の準備ができましたぞ……。さあ、手をかざすのじゃ。過去を恐れるな、己を信じるのじゃ」


 神官の厳かな言葉に背中を押され、俺はゆっくりと一歩、また一歩と前に進み出る。  水晶の冷たい表面にそっと手を触れ、俺は静かに目を閉じた。  脳裏に浮かぶのは、過去の悲しみではない。昨日、一昨日と、俺の隣で笑ってくれたヒナルの顔だ。彼女を守りたい、その一心で、心臓の奥底に眠る魔力の源泉から、全ての力を手の平に集中させる……!


 ――カッ!!


 水晶が、眩しく光りだした。  いや、ただの光ではない。それはまるで、天地開闢てんちかいびゃくの瞬間の閃光。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!  途端に、堅牢な地下室全体が激しい地響きと共に揺れ動く。天井からパラパラと砂埃が落ち、空間そのものが魔力の重圧に耐えきれずに悲鳴を上げる。


「な、なんじゃこれは!? 魔力の奔流が止まらん! 水晶が許容量を超えようとしている!」 「じ、地震だ! 結界が軋んでいるぞ! 王城まで揺れている!」


 前はこんなことなかったぞ!? 俺の中で何がおこっている?!  俺の身体の奥底、魂の最深部で、何かが……長年俺を縛り付けていた真っ黒な重い鎖が、ガキン!と音を立てて砕け散るような、圧倒的な解放の感覚が走った。


 すると、水晶を監視していた一人の神官が、ボソッと腰を抜かして床にへたり込んだ。


「す、すごい……! あ、ありえない! 神よ……これすごい!!!」


 周りの見学者たちがざわつき、悲鳴にも似た驚愕の声を上げる。  俺がゆっくりと目を開け、暴走する水晶の深部をよく見ると……。


 そこには、俺の知る『勇者』特有の黄金の光だけではなかった。  赤(炎)、青(水)、緑(風)、黄(土)、白(光)、黒(闇)……森羅万象を司る全ての元素の色。  その水晶は、まるで神の奇跡そのもののように、眩い『七色(虹色)』に輝いていたのだ……。


「ひぃっ! こんな事は学園設立以来、いや、人類の歴史上初めてじゃ!!! まさか、神話の、世界の創世主の……!?」


 やがて、部屋を包んでいた激しい揺れは、虹色の光が俺の体内に収束すると共に、ゆっくりと止まる……。


「……な、なんじゃこれは!? どうなったんだ?」


 え? なしたの?! またエラー? また「無能」って言われるのか……。  俺の心臓は、破裂しそうなほどばくばくしている。極限の緊張で喉がカラカラだ。


 老神官が、震える手で眼鏡を直し、水晶の深部に浮かび上がった、神々しい七色の文字を読み上げる。


「……で、出てきましたぞ……。神よ……これは奇跡だ……」


 長い沈黙。時が止まったかのようだった。  早く、言ってくれ……。俺は、何者なんだ。


「お、お主のジョブは……」


 神官が、感極まったように天を仰ぎ、大広間に響き渡る声で絶叫した。


「お主は……存在しないはずの神の領域、レア7の『真の勇者』じゃ!!!!」


『お~~っ!!』

『うおおおおおおおおっ!!』


 周りの神官や屈強な騎士たちが、割れんばかりの大歓声をあげる。まるで自分の事のように、涙を流して抱き合っている者もいる。


「うむ。お主こそが、この世界を救う、まことの勇者じゃ!! かつて現れた『レア6の勇者アレックス』など足元にも及ばぬ、伝説級以上の、神の代行者なのじゃ!!!」


 俺が、伝説…… 伝説級以上……? レア7……?  は?! なんで!? だって今まで、俺は木剣一本振るうことすらままならない、ただの落ちこぼれだったのに……。


「……じ、実感が全くないんだが……」


 俺が呆然と立ち尽くしていると、老神官は先ほどの歓喜の表情を引き締め、深刻な声色で水晶の裏に刻まれた文字を指差した。


「……して、ルイスどの。お主のスキルや特性じゃが……極めて不可解な点、いや、お主の人生を狂わせた恐ろしい事実が判明した。心して聞くがよい……」


 何か不可解な点があるのか……。俺の人生は、やっぱり一筋縄ではいかないみたいだ……。


「まずスキルについてじゃが……『神のオートバフ』。お主が『味方(愛する者)』だと想う者達全員に、自動であらゆる能力の『十倍以上』のバフを与えているみたいじゃ……。故に、それはお主の精神(愛)の成長と共に、まだまだ無限に成長する可能性もある……」


 そうか……。だから、あのクレンセントの森で、コタースやスルトたちが、あんなデタラメな強さを発揮したのか……。  ははっ、俺がみんなに守られていたんじゃない。俺の想いが、みんなを守ってたんだ……。


「そして、特性としては『万象具現』。あらゆるスキルを、自分の意志と想像力で自在に変化させ、適応する能力があるみたいじゃ……」


 あの時、とっさに放ったセイントバーストの新技がいい例か……。


「……それから。これが、今回の最も厄介で、悲劇的な真実じゃが……」


 老神官の言葉に、周囲の空気が一気に凍りつく。俺が一番気になっていた事だ……。


「悪い特性が二つ……。いや、これは特性ではなく『極悪な呪い』じゃ。  お主は十五歳の適性検査の直後から……『何者か』の卑劣な魔術により、お主の持つ莫大な魔力やジョブ、スキルを、五年間にわたり『貸し出し(略奪)』されてしまっている状態じゃった……。それは、魂を直接縛る、悪魔の契約にも近い性質を持つ。  そして二つ目じゃが……そのスキルやジョブが貸し出(奪われ)てしまっている間は、お主自身は『無能』となり、ジョブもスキルも一切使えないということわりになっておったのじゃ……」


 俺の頭の中で、五年間バラバラだった全てのパズルのピースが「カチリ」と音を立ててはまった。  思い当たる節はある……。  そう……。五年前のあの日から、何故かトントン拍子に唯一の『勇者』として崇められ……、俺から未来も、名誉も、仲間も、クリステルたちの大切な純潔も……全てを奪い去った、あの金髪の男……。


「……まさか、アレックスが……俺から全てを奪っていたのか!?」


「そうじゃろうな……。あの時、何らかの禁忌の魔道具を使い、お主の力をそっくりそのまま自分に転写させたのじゃ。お主が最近スランプに陥ったのは、奴が女遊びで力を使いすぎて、お主の魔力を食い潰していたからじゃろう……。許せぬ悪逆非道……! 神への冒涜じゃ!」


 怒りで視界が赤く染まりそうになる。五年間、俺が流した血と涙は何だったんだ。  だが、老神官は俺の怒りを鎮めるように、優しく、慈悲深い笑みを浮かべた。


「して、最後にもう一つ……。これが、お主を救った一番の奇跡じゃ。  お主には今、強烈な『加護』がかけられておる……。それは、神にも愛されし『大聖女の加護』……。あらゆる呪術や毒、悪しき精神支配すらも寄せ付けず、浄化する絶対防御のお守りみたいな効果がある……。  ただ、その効果には時間制限と『距離』の制限があるみたいじゃが……この純粋な聖なる加護が、お主の魂に絡みついた呪いを徐々に解き、本来の力を元に戻していたのじゃろう……」 


 これも、思い当たる節しかなかった……。  全ては、ヒナルと出会ってからだ。  異世界から来た、あの泣き虫で、だけど誰よりも優しくて、芯の強い少女と出会ってからだ。  ヒナルに触れたあの瞬間から、俺の身体は軽く、本来の力を取り戻せていた……。最近はあまりスキルが使えなくなる事がなかったのは……。  ヒナルと手を繋いだり、あの夜、冷たい夜に頬にキスしてくれたり、一つの布団で抱き合って一緒に寝たり……。  常に、ヒナルが俺の側に居て、その無防備な温もりを与えてくれていたから……。彼女が無意識に、俺の呪いを浄化してくれていたんだ。


 俺が彼女を守っていたんじゃない。彼女が、俺の魂を救ってくれていたんだ。


 ヒナル……。  俺は、お前の事が……。  うん……もう、絶対に離したくない……。気付かないうちに、俺の心は全部、君の優しさに救われていた。君のいない世界なんて、もう考えられない。  心の底から、好きになっていたんだ……。


 今すぐ、あの分厚い扉の向こうにいる彼女の元へ走って行って、その華奢な身体を壊れるほど抱きしめて「ありがとう」と言いたい。  そして、この前の夜に聞けなかった、いや、言う勇気がなかった俺の想いの答えを、今度は俺の口から聞かせたい……。


 誰よりも、世界中の誰よりも、愛している。大好きだと……。


「ルイス・ガーランドよ!! お主こそが、光の救世主!! 『真の勇者』の称号を、ここに返還しよう!!」


 ワァァァァァァァァァァァッ!!!  周りが一斉に、割れんばかりの歓声を上げ、祝福の拍手が地下室に響き渡る……。


 物凄く実感が湧かないが……、俺は本物の『勇者』だった……。  あの日、路地裏で暴漢を倒したのも、母さんじゃなく、俺自身だったんだ。


 伝説の剣も、名誉も、富も、もう何もいらない。  とりあえず今は……一秒でも早くヒナルに会って、この胸から溢れ出る「愛」の気持ちをぶつけたい……。  俺は、歓声の渦を掻き分け、愛する人が待つ光の差す扉へと、力強く、翼が生えたように駆け出したのだった。

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