43 大聖女誕生…、そして…。
第四十九章:大聖女の目覚めと、残酷すぎる「同じ血」の真実
-ヒナル視点-
重厚な鉄の扉がゆっくりと開き、地下の適性検査室から、ルイスお兄さんが静かに姿を現した。 その表情は、極度の緊張の糸が切れたのか、どこかどっと疲れ切っているように見えた。けれど、その漆黒の瞳には、今までになかった確かな自信と、未来への強い光が宿っていた。 待機していたミランダさんや仁さん、そして私たちが一斉に彼を囲んで結果を聞くと……。 信じられないことに、お兄さんはこの世界で最も尊く、最も強力な力を持つ『真の勇者』だということが判明したらしい。それも、神話の領域とされる「レア7」という、人類史上最高の評価で。
「……ヒナル」
お兄さんは、歓喜に沸く皆の輪からそっと抜け出し、私を見つめて優しく微笑んだ。そして、少し照れくさそうに頬を掻きながら、私の耳元で囁いた。
「ヒナルの検査が終わったら、少し二人きりで……『大事な話』がしたい」
大事な、話。 ……あ。 私の心臓が、トクン、と大きく跳ねた。 それはきっと……この間、魔物の森の冷たい雨の中で、一つのテントで身を寄せ合った時に保留になっていた、『あの返事』のことだ。
私がこの異世界に飛ばされて、一人ぼっちで目覚めた時。一番最初に思ったのは……「早く私は消えたい。死にたい」という、真っ暗な絶望だった。 でも、底なしの恐怖の中で震えていた私を、お兄さんが見つけて、その温かい手で助けてくれた。 一緒に旅をして、焚き火を囲んで笑って、時には命の危険を冒して冒険して……。何度も何度も、お兄さんは身を挺して私を助けてくれた。 最近、ようやく私にもお兄さんの力になれる事が少しずつ増えてきた。 だから私は、命の恩人であるお兄さんに、ただ守られるだけじゃなくて、精一杯の恩返しをしたいと思うようになった。……それでもお兄さんは、やっぱりいつだって、私を一番に守ってくれる。
その優しさに、その真っ直ぐな瞳に触れるたびに。 次第に、私はお兄さんの存在そのものに、強く惹かれるようになっていた。 もう、ただの恩人じゃない。
――そう、私は、ルイスお兄さんの事が大好きなんだ。一人の男性として。 検査が終わったら、勇気を出して、私のこの想いを全部伝えよう。そう決意して、私はお兄さんの背中を見送った。
「……では、次。スガ・ヒナルよ。前へ……」
老神官さんの厳かな声に呼ばれ、私は緊張で震える足を一歩前に出し、検査部屋の祭壇へと上がった。 ひんやりとした冷気の中、中央には星空を閉じ込めたような巨大な魔導水晶が鎮座している。 私はそっと目を閉じ、お兄さんの温かい手を思い出しながら……そっと水晶に手をかざした。
――カッ!!
私の手が、内側から溢れ出るような純白の光を放ちだし……それに応えるように、巨大な水晶が眩い光の奔流を生み出した。
ズゴゴゴゴゴゴゴ……!!
すると、辺りは先ほどお兄さんが検査した時と同じように、まるで巨大な地震が起きたかのように激しく揺れ動いた。
「な、なんじゃ!? またか!?」 「結界が持たんぞ!」
神官のおじいちゃんが、信じられないものを見るような目で慌てている気配がする。 私が目を開けて水晶をよく見ると……。 そこには、お兄さんの時と同じ……いや、それ以上に透き通った、七色の虹色の輝きが、部屋全体を神秘的に照らし出していた。とても、とても綺麗で、涙が出そうになるほど温かい光だった。
暫く激しい揺れは続き、部屋にいる皆さんが悲鳴を上げて壁に掴まる。
「こ、これもレア7の光じゃ!! まさか、今日たった一日で、神の奇跡が二度も!? 神よ!!! 我ら人類に、光の栄光があらんことを!!」
神官さんが、涙を流しながら膝をつき、祈りを捧げている。こんな事は、学園の歴史上、初めての異常事態らしい。
暫くして……。私の中から魔力が抜け出し、徐々に揺れが小さくなる。さっきの虹色の光も、少しずつ薄くなっていった。 ……私、何かとんでもない事しちゃった?? そう不安に考えていると……。
「……ヒナルよ……。そなたは……」
神官さんが、震える口を開く。私は極度の緊張で固まりながら、その言葉を聞く。
「……そなたは、この世界を浄化する、神に選ばれし『大聖女』である……」
え……、大聖女。 日本にいた時、昔お兄ちゃん(の遺品)や弟が見ていたファンタジー漫画で、その言葉を見た事があった。色々な物語に登場していた。おしとやかで、献身的に勇者や主人公達を後ろから守る、特別な存在。……もしくは、見た目は綺麗だけど性格がちょっとアレな悪役キャラとか……。 何の取り柄もない、ただの女子高生だった私が……大聖女!?
「大聖女ヒナルよ……。そなたには、他の聖女とは比較にならない、一つ大きな『特性』がある……」
「……はい」
「そなたには……、そなたが『仲間』だと、心から愛し想った相手にふりかかった、いかなる強力な呪術や悪意をも、無意識のうちに浄化し、解いてしまう『破邪の力』があるのじゃ」
「それは、例えば……?」
「先ほど、真の勇者として誕生した、ルイス・ガーランドがいい例じゃ……」
「……お兄さんが、呪われていた!?」
「そうじゃ……。『スキルレンダー』という禁忌のジョブを持つ何者かに、彼の魔力やスキル、ジョブそのものを強奪されていたのじゃ……。これは呪いの一種で、呪われた者は、術者が死なない限り、永遠に力を奪われたまま、無能として生きる地獄を味わう……」
「そんな!? じゃあ、お兄さんはこの五年間、ずっと奪われていたままだったんですか!?」
「左様……。だから、彼が十五歳の時の検定で、本来の勇者の力が出ず、『無能』の烙印を押されてしまったのじゃろう。……すべては仕組まれていたことじゃ」
お兄さんがずっと……。 お兄さんが村で迫害され、冒険者として馬鹿にされ、ずっと苦しまされていたのは……全部、そいつのせい?!
「じゃあ、ルイスお兄さんの力を盗んだのは……アレックスという人ですか!?」
「……それが、分からんのじゃ。あやつの検査結果には、他者を操る力はあれど、『スキルレンダー(略奪)』のスキルは見当たらなかった……。別の何者かが、背後で糸を引いておる可能性がある……」
じゃあ、誰? 誰が、私の大切なお兄さんを、あんなに苦しませていたの……?
「……して、ヒナルよ。お主なら、これからもルイスを守ってあげられるはずじゃ……。何より、今まで無意識にそれを経験してきたはずじゃ……」
そっか……。お兄さんが最近、本来のスキルを自由に使えるようになっていたのは……。 私がいつも、不安な時に彼の手を繋いだり、温もりを求めて抱きしめたり、あの夜、頬にキスをしたり……。そういう二人の触れ合いがあったから、私の力が彼を呪いから守っていたのか……。
「……これまで通り、どうか勇者の側にいて、彼を支え、共に生きてあげてくれぬか? これは、お主にしか出来ぬ、神から与えられた運命じゃ……」
「……はいっ! 分かりました!!」
私は、強く頷いた。 いつも守られてばかりだったと思っていた私。……でも、違った。私もずっと、お兄さんを守ってあげてたんだ……。 お兄さんと一緒に、これからも互いに守り合って生きていきたい。 私は、お兄さんの一番近くにいる、特別な「大事な人」になり……ずっと彼を守ってあげたい……。
大好きだよ……。ルイスお兄さん……。
「……それと、ヒナル。これでもう終わりじゃが……。これはまだ、ワシらにもハッキリとわからない事なのだが……」
神官さんが、少し言い淀み、極秘事項を告げるように声を潜めた。
「ルイスとヒナルには……二人とも、全く同じ特性が発現しておる。ルイスにはまだ伝えておらんかったが……先ほどのそなたの検査で、今はっきりと確定したのじゃ……」
「……それは? 何の特性ですか?」
「『血の複製』……という、古代の神話スキルじゃ……」
えっ……? 血の複製? 何か怖いスキルなのかな?
「同じ『血』を持つ者同士が、その血の力を共鳴させ、操れば……それはどんな神や魔王をも越える、人知を離れた最強の二人になれるという……。しかし、これの意味が全くわからないのじゃ……」
「おな……じ……血……?」
「ワシにも分からぬのじゃ……。お主達は、赤の他人で、兄妹ではないのであろう? 『同じ血』とはつまり、実の血縁者の事を指すのじゃが……」
「は……ぃ……」
どう……い……う事? 私の心臓が、今度は恐怖で凍りついた。 いや……。こころ……辺りは、ありすぎる……。
ペトロさんや皆が、私達は瓜二つで、オーラが似ていると言った。 私の本当の兄、レイジお兄ちゃんは、私が産まれてすぐ、火事で遺体すら残さずにこの世から居なくなった……。 ルイスお兄さんも、私よりちょうど四歳上の人……。 五年前、ルイスお兄さんは「赤い髪の病弱な母親」に助けられた記憶があると言っていたけど……本当は、四歳の時に、私たちの世界から異世界転移してきて……記憶が混濁していたとしたら……?
ルイスお兄さんって……まさか、行方不明になった私の、レイジお兄ちゃん…… な……の? ルイスお兄さんとレイジお兄ちゃんは同じ年。ルイスお兄さんは、この世界にはいないはずの、黒髪黒目の日本人そのものの見た目……。 合致しすぎる。全ての奇妙な偶然が、一本の残酷な線で繋がってしまった。
……でも。でも、私……。 私は、一人の男性として、お兄さんの事が好きなんだよ……。愛しているの。 もし、これが本当なら……。 私達は、同じ血を分けた、実の兄妹……。
……ダメだよ……。兄妹じゃ、だめだよ……。そんなの、愛し合っちゃいけないんだよ……。 胸が、引き裂かれるように苦しいよ……。大好きなのに。触れたいのに。こんなに想っているのに、ダメなんだよ!!!
なんで、なんで今更分かるの……? 神様、酷すぎるよ。こんな事なら、知らない方が……『他人の空似』だと笑い合っていた方が、ずっと幸せだったかな……。
「……一応、このスキルはまだワシらにも未解明じゃ……。それと、このスキルについても、絶対に他言無用にしてくれ……。世界の秩序すら変えかねぬ、危険な力じゃ……。ましてや伝説級の勇者と大聖女が、近親の血で結ばれているなど……。よって、ルイスどのには、動揺を避けるためにも、まだ伝えぬように……」
「……分かりました……。誰にも……言いません……」
私は、自分の震える声が、他人のもののように遠く聞こえた。 足の力が抜けそうになるのを、必死に堪える。
ルイスお兄さんが、私の本当のお兄ちゃん……レイジお兄ちゃんだとしたら……。 この甘くて幸せだった初恋は、今日、ここで終わりにしよう……。 お兄さんへの想いは、鍵をかけて、永遠に私の心の奥底に閉じ込めよう。 妹として、ただの家族として、これからも彼の隣で笑っていられるように……。
私は、流れる涙を必死に拭いながら、残酷すぎる運命の扉の向こうにいる、愛する「兄」の元へと歩き出した。




