41 ミランダとの再会。
-ルイス視点-
ケアルと黒猫の子猫を水路から救出した後、俺たちは噴水広場の石のベンチに腰を下ろし、ホッと息をついていた。 水路の冷たいドブ水に飛び込んだせいで、俺のズボンの裾は泥まみれになり、ビショビショに濡れて滴を垂らしている。冬の王都の冷たい風に吹かれると、さすがに骨の芯まで冷えて震えが来る。
「……仕方ない……です。風邪を引かれたら、困る……です」
見かねた双子の姉のフレアが、長い袖からちょこんと杖を出し、俺の足元に向けた。 ポワァッ……と、心地よい温風魔法が俺のズボンを包み込み、瞬時に泥を乾かし、サラサラの状態に戻してくれた。魔道の極致とも言える超高等技術を、家庭用ドライヤー代わりに使うなんて、すごく便利だ。というか、フレアの優しさが温かい。
すると、ちょうどギルドでの申請を終えて戻ってきたスルトが、俺の乾いたばかりのズボンの跡を見て、ゲラゲラと腹を抱えて笑いだした。一緒にいたコタースも何故か「ルイス、面白い~っ!」と指を差して笑いだす始末。
「なっ! ぷぷっ!! なんなのじゃあ! お主! まさかこんな大勢の人がいる広場のど真ん中で、我慢できずに小便でもお漏らししてしまったのじゃ?! 世界を救う前に、膀胱を救えなのじゃ! 情けないのじゃ!」
「ち、ちげーよ!! 水路に入っただけだ! 変な濡れ衣を着せるな!」
「違うよ。コイツが私を……」
ケアルが顔を真っ赤にしながら、俺の汚名を雪ごうと事情を説明しようとした、その時だった。
「むむっ! 遅れてすまぬ……って、まさか! ルイスどの……、とうとう拙者の娘を!?」
酒場での情報収集から戻ってきた仁さんが、濡れたケアルと子猫、そして少し気まずそうな俺を見て、一瞬で顔をこわばらせた。
「ルイスどのはロリコンで、妹のケアルがタイプだったのでござるか!? だから拙者の目を盗んで、娘を水浴びに誘ったでござるな!?」
チャキッ。
仁さんが恐ろしい勘違いをして、影からクナイを抜き、殺気のこもった目で俺の股間を狙う。
「な、何言ってるんですか!? 仁さん! 完全な誤解です! 殺気が出てます!」
「冗談でござる! ふふふ……そこにずぶ濡れの子猫がいるでござるから、大方の予想はつくでござるよ。……ルイスどのは、危険を顧みず、その子猫とケアルを助けてくれたのでござるな?」
「……そうなんだよ! コイツが、間一髪で子猫と私を助けてくれたんだよ……! コイツの癖に、凄くカッコ良かっ……」
ケアルが頬を夕焼けのように赤く染めて、俺を庇うように一歩前に出た。そして、言いかけてハッと口をつぐむ。
「ふむふむ……ほう! 『カッコよかった』のでござるか! あの素直じゃないケアルが!」
「ちがががが、違う?! 言葉のあやよ!! こんなやつ! ただのロリコンで変態で、たまたま運が良かっただけなんだから!」
「私も助けてもらった……です。ルイス兄さんはとっても格好いい……です。まるで、おとぎ話の王子様……です」
ケアルが慌てながらあたふたして必死に否定する一方で、フレアは無表情のまま、俺に向けて親指を立てて「グー」のサインを送り、燃料を投下した。
「ほうほう! モテモテでござるな! ルイスどの、このまま婿に来るでござるか? 結納金は安くしておくでござるよ?」
仁さんがニヤニヤとからかうと、ケアルがまた俺を涙目で睨みつけ……。
「くぅ~~っ! ばかっ! ニヤニヤ見ないでよ!」
バシッ!と俺の背中を叩き、顔を隠してしまった。可愛い奴らだ。
………。
……。
…。
石畳を蹴る馬の蹄の音と、車輪の軋む音が心地よいリズムを刻む。 全員が無事に合流し、ヒナルも手続きを終えて戻ってきた俺たちは、王都の北側にある目的地へと向かっていた。
「皆さん、お待たせしました! 無事に手続き終わりました! ギルドの受付のお姉さんに頼み込んで特急申請を通してもらったので、今日の午後に、そのまま学園の適性検査を受けられるそうです!」
「おお、さすがヒナル、優秀だな! それじゃ~いよいよ魔法学園に行こうか!」
『王立魔法学園』は、広大な王都の北側、神聖な空気が漂う美しい白樺の森に囲まれた小高い丘の上にある。王都があまりに広大すぎるため、ここからは市民の足である乗合の公共大型馬車を使い、皆で揺られて移動することになった。
「『少年隊』になった時は~っ、ウチの村からまたここで馬車に乗り継いで向かったんだよ~っ。どんな凄いスキルがもらえるんだろうって、希望に胸を膨らませてさ。……少し前なのに~懐かしいなぁ~」
窓際の席に座ったコタースが、流れる王都の景色を見ながら、少し目を細めて遠い過去を懐かしむように呟いた。 その言葉に、俺の胸の奥でも、封印していた古い記憶の扉が静かに開いた。
「これだけ広いからな……。俺も、五年前の『十五歳』の時に初めてここに来たな。母さんと一緒に……」
ここに来た時のことは、五年前のことだが、昨日のことのようにハッキリと覚えている。 無邪気に「絶対に立派なレアジョブについて、苦労ばかりの母さんを楽させてみせる!」と張り切って、馬車で来た。あの時の俺は、無限の夢と希望でいっぱいだった。
そして……忘れもしない。適性検査が終わり、絶望の「ジョブ無し」という烙印を押された直後の、学園からの帰り道。 夕暮れの、血のように赤い陽光が差し込む暗い路地裏で、同い年くらいの、震える金髪の女の子が二人の大人の暴漢に襲われてたのを見かけたんだ……。 未来を失い、自暴自棄になっていた俺だったが……恐怖で震える足で、それでも見過ごせなくて、なけなしの勇気を振り絞って木剣を握りしめ、飛び出した。 でも、無能の子供が、凶器を持った大人に勝てるわけがなくて……一方的に殴られ、血を流し、泥水の中に倒れ伏した。
……だけど。そこから先の記憶が、すっぽりと抜け落ちている……。 どうやってあの絶体絶命の場を切り抜けたのか。 気がついたら、静寂な夜の暗闇の中で、母さんがボロボロになった俺を優しく抱きしめて泣いていて、あんなに恐ろしかった暴漢たちは、どこにもいなかった。 だから、きっと魔法が使える母さんが、間一髪で駆けつけて助けてくれたんだろうと、ずっとそう思っていた……。
「……ルイスさんのお母さんか……。昨日、あまり自分と似てないって言ってましたよね? どんな人だったんですか?」
隣に座っていたヒナルが、俺の物憂げな横顔を覗き込むようにして聞いてくる。彼女の瞳には、純粋な興味と、俺への気遣いが滲んでいた。
「真っ赤な綺麗な髪をしていて、いつも黒い服が似合う、ミステリアスな人だったかな。村の誰とも違う、どこか異国のような、不思議な雰囲気を持っていた。でも、俺には凄く優しかったんだ。俺の自慢の母さんだよ」
思い出す母の笑顔は、いつも優しく、そしてどこか儚げで悲しそうだった。
「へぇ~、お洒落で綺麗なお母さんだったんですね! ……もしかして、お兄さんはファザコンならぬ、マザコン? そんな『赤い髪』のミステリアスな女性がタイプだったり?」
「まっさか!! 母さんは母さんだよ!」
ヒナルのからかいに、俺が苦笑いしながら否定した、その時。
ヒナルとの会話の隙間を縫うように、スルトが「スッ……」と俺の膝の上に顔をヒョコっと出した。
「ぬふふ! そうかそうか、ルイスは赤髪が好きなのか! 我の髪も、太陽も嫉妬して燃えるような美しい赤色なのじゃ~!! どうだ!! 我に溢れ出る究極の母性を感じて見惚れたのじゃ? バブみを感じるのじゃ!」
「それは……ないない。お前はただの食いしん坊のロリ魔族だろ」
俺は笑いながら、スルトのサラサラした絹糸のような赤い髪を、優しくワシャワシャと撫でる。子供扱いされるのは嫌いなはずなのに、何故か心地よさそうだ。
「むふんっ~、ご主人様のワシャワシャ好きなのじゃ~! もっと撫でるのじゃ! 我を甘やかすことを特別に許可して褒めて遣わすのじゃ!」
スルトが喉をゴロゴロと鳴らす猫のように目を細めて、俺の胸にすり寄ってくる。
……ふと、猛烈な冷気のような視線を感じて隣のヒナルを見ると……。 彼女は、俺とスルトのイチャイチャ(?)を見て、ジト目でぷく~っと頬をリスのように限界まで膨らませて、無言の圧を放っている。 周囲の気温が、魔法を使ってもいないのに確実に三度は下がった気がした。
こ、怖いよヒナル! 嫉妬のオーラが具現化して、背後に般若が見えそうだ! 馬車は、そんな俺の冷や汗など気にも留めず、運命の地である学園へと近づいていくのだった。




