572話 1回戦決着
****
「殿下ってば、魔力温存してますー?」
「……これは剣の大会ですから、ね」
「またまた〜」
まるでティータイムのような空気の軽さで、剣を交え時に避けながら会話を交わす。ドシンッと振り下ろされるそれが地面を抉り続けている。
それでも、その大剣を振り下ろす少女のような彼は疲れた様子がない。けれどそれは、ステップを踏むようにかわす相手も同じこと。
時折攻守が変わっても、戯れのように防がれ
「まさか、オレには中級魔法だけで十分だと思っちゃってますー?」
子供が拗ねるように口を尖らせて、レイナーは同時に大剣を振り回す。広範囲を横向きに半円を描く刃は、当たれば怪我では済まない。
けれどもそれもかわされる。
高跳びのような身軽さで。
アルバート王子は空中に逃げる。
着地した後も、後ろに下がるように避け続ける。
「オレ、魔力量だけならみんなの中じゃ多い方だと思いますよ? 知ってます? 魔力ってギリギリまで枯渇させた(しにかけた)方が増えるんですー」
「自分を危険に晒して何やってるんですか……」
「えー。成果見えてるなら試すのは使命ですしー」
「実用化されてない理由もあるでしょう」
少しの気の緩みを狙う。
それは戦術のうち。
お互い隙を探ろうと話し続ける。
「まぁ結局、ホンモノには負けますけど」
「……。」
「でも気になりますよね? 本気でやったらどこまで増えるのか——」
「そろそろ口を慎みましょうか」
素早く回り込み間合いを詰めた王子が、突き刺すように剣を振るう。
しかしレイナーは大剣を地面に突き刺し、迫ってきた剣を蹴り上げるように避ける。そのまま前転の勢いで大剣を引き抜くと同時に着地した。
「んーもうちょっと本気になるかと思ったのに。仕方ないですねー、遊びは終わりにしましょう」
猫が獲物を狩る時のように、紫の瞳が細められた。
「水と生命の神セイレーヌと精霊王シルフィスの名のもとに集いし精霊よ——」
「!」
呪文に気づき、王子は攻めの手を強める。
けれど、大剣はまるで盾のよう。
楽しむように笑みを浮かべながら詠唱する。
「その力を我に寄与し賜らん——穿て、飛雨」
****
「うわマジかあいつ」
セツの声につられて、その視線の方を見た。
2人じゃなくて空中。
客席よりも上の闘技場上部。
空気中がキラキラと光る。
それが水だと気づく前に、すごい勢いで流れ星のように、いや隕石のように下へ落ちていく——えぇ⁉︎
「水魔法じゃない⁉︎」
「……水と風」
「なるほどなぁ……風では足りない質量を持たせることと水だけでは足りない速さを攻撃性が高まる……矢の雨みたいなもんか。やっぱ戦いたくねー」
「ってそれよりアルはっ⁉︎」
ローザ家の解説はありがたいんだけど!
すごい威力のせいで、下の方が砂煙であまり見えない。水魔法の処理はアルも得意じゃない……! むしろ弱点属性‼︎
そして、霧のような砂埃はやがて落ち着いて——。
「! 赤い玉⁉︎」
そこにあったのは、人より大きい火の玉だった。え……さっきの飛雨では消えなかったってこと⁉︎
というか、その暑そうな中にいるの⁉︎
「さすがお兄様ですの! そうですわ、あの程度の小雨なら蒸発させてしまえばなんともいですのよ……!」
「え! 普通はあの中にいたら死んじゃいますよ⁉︎」
「わかってないですのねフィリー。相手はお兄様ですのよ? そんなヘマはしませんの。第一、お兄様が倒れていたらあの炎は消えますもの」
「な、なるほど……! さすが殿下です‼︎」
ぎゃ、逆転の発想すぎる!
え、私なら火の魔法使えても入らないよ!
絶対暑いもん! 怖いもん‼︎
まだ雨に降られるほうがいいよ⁉︎
……あ。なんかレイ君が喜んでるのが見える。顔なんか見えないのに、目が輝いてるのが見える。しかも走って近づいていく‼︎
「あーあれは……ネズミ捕りだな」
「愚かですの」
「え、ど、どういう意味ですか?」
「……決着、ついた」
「戦闘終了だな。途中までよかったんだが……」
黙ってるプランは別として、セツから順に、何かを察したモードになる。フィーちゃんはわかってなさそうだけど……私もなんとなくわかる。
だって、レイ君の性格を考えれば……。
****
「うひょー!!!! なんですかそれ!??? そんなことできたんですか殿下!!!??」
レイナーは目を輝かせて、駆け足で炎の球に近づいていく。その手には一応大剣が握られていたけれど……。
「これもしかして、風で火力を上げると同時に制御して……⁉︎ もしかして剣溶けます⁉︎ ちょっと触ってみ……うわ持ってかれる持ってかれる!」
「……何してるんですかあなたは」
ぱっと光が消えるように、炎は上に上がりながら下から消えた。そして当然のように、汗ひとつかいていない。
「あーーーー!!!! 殿下! なんで消したんですかーーーー!!!! まだ先っぽしか触れてないのにっ!」
「……。」
「もう1回! もう1回見せて……」
「その前にチェックメイトです。まぁそもそも、すでに手を離していますけど」
とん、と肩に刀が載って当てられる。きょとんとしたレイナーの手には、すでに大剣はなかった。
****
「うん、でも。いい戦いだったね」
ブランが拍手をしたから、あわてて私も拍手する。それに連なるように拍手が広がっていき、会場全体が2人の健闘を讃えた。
鋭い眼光で見守る、もとい観察していたブランの顔は、もう元通りの優しそうなブランに戻っていた。ちょっとホッとした。
「あいつもうちょっと堪えればいい線行けたろうになー」
「お姉様の弟なのに、あまりに短絡的ですの。お兄様が勝つに決まっていましたのよ!」
「ふ、2人とも落ち着いて……!」
ヒートアップしそうなところを、フィーちゃんが抑えてくれた。想像はどうであれ、結果は今出たから覆らない。
「ところであの技の名前なんだったんだろ……」
「本人に直接聞いてはいかがでしょう? 少なくとも上級ではないですからね」
「……あれ、ヴィンス大丈夫……?」
なんとなく違和感を感じて左を向くと、ヴィンスは立ち上がるところでノア君が首を振っていた。あ……次って。
「お兄様の波に乗って私も勝利を飾りにいきますの! もちろんお姉様に捧げますのよ‼︎」
「え! うんありがとう⁉︎」
正反対にテンションの高いリリちゃんがそう言って、素早く席を後にする。ヴィンスはまだいるけど……。
「あの……ヴィンス頑張ってね……」
「……どうぞご友人である姫様の応援をなさってください?」
「いやヴィンスも友達だからね……?」
よそ行きの顔貼り付けたまま、知らない人から見たら素敵な笑顔で席を立つ。
「……兄様、大丈夫」
「ヴィン君マジファイト〜」
「まぁほどほどにやりますよ、ええ」
まだ始まってもないのに、哀愁漂う背中が勝負の先を見せているようだった。いや、まだわかんないけどね……?




