566話 祝福の女神?
「あ、え、まってこれまさか直でいくんじゃ……わぷっ!」
どこについたかなんて意識するよりも先に、重力を体に感じた。そして同時に、鼻先にも痛みを感じた。
「い、いたた……」
「ティア? なぜこんなところに?」
「は……うわっっっ⁉」
頭の上から声がした。
だから上を見た。
そう、油断していた。
だって目の前にアルがいるどころか、まるで抱きつくみたいに私が上に乗っかっていたから。
「ばかばか女神様のばかーっ!!!!」
「おっと、危ないですよ急に動くと」
「ごめんごめんおりる! かえる!!!!」
「待ってください、まずは落ち着いて」
おーちついてなんかいられるかーい!!!!
言っときますけどね!
これで落ち着いてる方が変だよ!
アルがおかしい! 私はふつう‼
あせって頭がグルグルして、顔は火がでそうで。というか、もはや申し訳なさと恥ずかしさで泣きそうなんですけどっ⁉
これはちがうじゃないですか!
え⁉ アルの部屋泉でも湧いてた⁉
どうしてこうなってるのよ!!!!
しかも私が降りようとしてるのに、ぜんぜん降ろしてくれない! 暴れて危ないと思われたのか、抱きかかえられる。
挙句の果てに、背中をポンポン叩かれ……いやこれあやされてませんか?
「むぅ……私は赤ちゃんじゃないのに……」
「ふふ、落ち着きましたか?」
「あやし方が上手で将来有望なパパになれそうなことはわかったわ」
「それはよかったです」
何もよくはない。
何もよくないしおかしいと思ってほしい。頭を上げてじとーっと抗議の視線を送ると、なぜか楽しそうに見える。
「どうしてそんなにいい笑顔なのよ……いや」
手を伸ばしかけて、それより先に謝るべきだと思いだした。この事故の原因は私じゃなくて女神様なんだけど。
「順番が違ったね。それより急に降ってきてぶつかってごめんなさい。痛くない?」
「痛そうに見えましたか?」
「……みえないけど。でも私が痛かったんだから絶対ぶつかってるんだけど」
「でも、そうですね。君を見て忘れてしまっただけかもしれませんから、触れて確認しても構いませんよ」
そう言って引っ込めかけていた私の手を掴み、自分の頬に持って行く。策士だ……私は弄ばれています!
それは癪なので、反撃に出てみる。
そういうことする人は!
ほっぺむぎゅむぎゅの刑よ‼
「まず顔にはぶつかってないでしょ……はっ! 子どもの時より固くなってる……⁉ あの天使のもちゅもちゅが消えるなんて……!」
「私のこといくつだと思ってますか?」
「悲しいー! 儚いー! でもすべすべだずるーい! イケメンの真っ白すべすべお肌なんて、モテモテまっしぐらだー‼」
「それは君の方では?」
「ひょわっ⁉︎」
油断して遊んでいたら、指先が頬をかすめた。おかげさまでヘンテコな声を出してしまった。ぐぬぬ……こちらも反撃されるとは。
「ふふ、鼻先も赤くなってしまいましたね」
「さ、さっきぶつけたから……ていうか! あんまりじろじろ見ないでもらえますか⁉︎」
「目の前にいたら心配するのは普通でしょう?」
「それはそ……いやおかしい! 私が降りられないでいるのアルのせいなのに‼︎」
「先に来たのはティアですよ」
「そうだけど……そうだけどぉ……‼︎」
そうなんだけど、おかしいでしょっ⁉︎
反応を見られて、おもちゃにされている自覚がある。なんでアルは余裕があって、私ばっかりドキドキしてるのかも気に食わない。
もー、なんで自分の顔色はコントロールできないんだろ! 絶対今顔赤いしやになっちゃう、目の前の人は楽しそうですけどっ!
「とりあえず見るの禁止!」
「おっと……すみません、からかい過ぎましたか?」
怒ってそっぽを向くと、珍しくアルが様子を伺うように謝ってきた。ふふん……甘く見てると寝首をかかれるのよ!
その隙をついて、するりと首元に腕を回して捕まえる。
あーあ。これでちょっとでもドキッてしてくれたらいいのに。でもきっと、アルは余裕なんだろうなぁと思いながら口する。
「ねぇ……今日かっこよかったよ。今までもしかしたら見られたくなかったのかな、なんて思ってたけど」
身を起こして、首に回していた手を肩に置く。まぁさすがに恥ずかしくても、褒め言葉は顔を見て言わないとだから。
「あんまりわかってない人が言うべきじゃないのかもしれないけど——アルの剣、綺麗で強くてかっこよくて見惚れちゃった……えへへ」
イエローダイヤの瞳があんまりこちらをまっすぐ見つめるから、照れくさくて。いい終わり次第笑って誤魔化してしまう。んー失敗!
だけどもう時間は戻らないから、肩を軽く叩いて降りることにする。
「はい、それだけ! 嘘じゃないからね! それじゃあおとなしく帰ります!」
「……ここまできて帰れるとでも?」
「え? 帰るよ? もう暗いもん。クロ置いてきちゃったけど自力で帰れるし」
「ここで帰す人間がいたらさすがに人間性を疑いませんか?」
「普通の人は帰してくれると思うよ?」
私の答えの何がいけなかったのか、もしくは頭が痛いのか。アルはおでこを片手で押さえて深いため息をついている。だ、大丈夫……?
けれどそのおかげで解放されたので、やっとこさ自分の足で地面を踏んだ。部屋を見わたしてみたけど、机の上のティーカップは空だ。
女神様、水物ここにないですけど……。
どうやって私をここに送ったんだろ?
やっぱり王族は特別なのかな?
ちょっとだけそんなことを考えて、まだそのままの体勢でいるアルの形のいい頭を撫でた。すると虚ろな顔のアルが上を向いた。
「頭痛くなっちゃった? 早く寝てね。ごめんね押しかけちゃって。私、薬は提供できるけど治してはあげられないし……」
「……ティア。君は今帰してもらえることに感謝した方がいいですよ。相手が私でよかったですね」
「なにそれ、なんか目が怖いよ?」
「私の勝利の女神はキスもせずに去るつもりなんですか? それは酷いと思いませんか?」
そんなに頭が痛いのか。多分からかいの一環なんだろうけど、そのわりにはその目に元気がない気がして可哀想になった。
そもそも私は勝利の女神でもないし、祝福のキスは勝ってからだと思うけど……。
あんまり意味がない気がするけど、こういうのはプラシーボだからと自分に言い聞かせて。黄金に輝く髪を耳にかけて、こめかみにキスをした。
離れた時、大きく開かれた黄色の瞳と目があって笑ってしまった。びっくりさせるのは成功したみたいだ。
「おやすみ。頭痛、よくなるといいね」
それだけ言って素早く身体を翻し、闇魔法で無理やり作ったドアに駆け込んだ。ちなみに帰ったらシーナに怒られて、恥ずかしさは即忘れられた。




