562話 神と人の領域
「ノア君のことかなぁ?」
「どうしてそう思うの?」
「最近ノア君ちょっと調子悪そうなんだよ。だから出られるか心配してたのかもね? まぁヴィンスの剣の苦手意識は本当なんだろうけど……」
体調不良もそうだけれど。リリちゃんの倒れた一件以来、ノア君はどうも距離を置いている。リリちゃんが警戒するからだよな……と思ってる。
本当はこれをどうにかできるのは、私だけなんだろうけどね……。
とにかく賢いヴィンスのことなので、それもあってリリちゃんの前でノア君の話は避けたのかもしれない。本来なら言われっぱなしな性格じゃない。
あそこで大人しくからかわれてたのは、自分に引きつけてノア君に目をいかせないためでもあったのかも。
でももしノア君が出ないなら、ヴィンスにも家門もかかってるんだろう。いろんなことが重なって、ヴィンスは頑張るしかなくなっているかもしれない。
「ノア君が出ないなら、余計にヴィンスは力が入ってるのかもね。ヴィンスが目立てば、ノア君は魔力相性で出なかったように映るし」
「ノアール様は光使いだから?」
「そう。それは結構みんなが知ってることでしょ? それで養子になってるし。光は貴重だから、それで出されなくても納得されやすい」
「でも、そんなにノアール様はご調子がよろしくないの? 光の魔力が弱まってるのかな……光の魔力は、強いほど治癒力も高いのに……」
あ、鋭い。
ちょっと冷や汗が出たよ。
かなり核心に近いから。
でもその原因が魔獣——ノア君の中に裏ノア君がいるせいだとはばれようがない。フィーちゃんがノア君会っても何か反応したことはないし。
これは幻惑の結果なのかな……と思ってるけど。女神様をも欺くなら、フィーちゃんだって当然気づかなくて普通なのかもしれない。
でもその力が、弱ったノア君自体に影響しないとはとても思えないけど。
「光の魔法はどうして魂は直せないんだろう……」
「それは、どういう……」
「あーいや! ノア君の話じゃなくてね⁉ いや……うーん、関係なくはないけど」
ポロっと口を滑らせた自分に驚きながらも、否定しかけて止めた。ここで否定してもフィーちゃんにはお見通しだ!
こうなったら筋をずらすしかない!
「その……体調不良は、私たちが出会う前のことが原因かな、と思ってて……。ノア君も、シブニー教の被害者だから」
嘘じゃない。でもこういえばフィーちゃんはこれ以上突っ込まないとわかっていて言う。こういう時、自分の性格の悪さを思い出す。
返ってくる答えもわかってる。
わかっているのに少し期待する。
だって、フィーちゃんだったから。
フィーちゃんなら何か変わるかも——全てを照らす主人公は救いだから。
だけどフィリアナがいくら主人公でも、この世界の法則は変えられない。それも、知っていた。
「……傷ついたり壊れてしまった魂は、光魔法では治せないよ。寿命は伸ばせないの。それは、神様の領域の話だから——」
フィーちゃんは瞬きを数回したあと。優しく、噛みしめるように答えてくれた。聞いて後悔した。変な悟らせ方をしてしまった気がする。
「あ、その……えっと、ノア君はそこまでではないんだけどね……?」
「……。」
「いややめてその視線! じっと見ないで! 覗こうとしないで私の心を!」
「最近の悩みはノアール様のことなの?」
「う……いや……うーん……!」
変に唸ってとぼけてみても、動揺は漏れてしまってるだろう。くぅ! 光使いめ! この時ばかりは憎らしい‼︎
でも私と対照的にフィーちゃんは落ち着いていた。あわてふためく私をまっすぐ見つめて、ゆっくりと口を開く。
「うん……それは言いにくいよね。それを知ってるということは、何かを視たんでしょう?」
「…………。」
「今からじゃ私に闇魔法はかけられないですよ、預言師様?」
「その呼び方はやめてくれませんか聖女様……」
「ふふ、私は呼ばれたら嬉しいです!」
「そうですか……」
空気を和らげようとしたのか、珍しくそんな軽口を並べながら。フィーちゃんは眉を下げて続けて言った。
「ねぇ。だけど、魂は神様の領域の話だよ。私たち人間では、そこに手出しはできないの——人は神様にはなれないから」
それはとても残酷で。
それはとても誠実で。
そして、とても正しかった。
そんなのは私も知っている。壊れた魂は、私でも直せない。闇魔法でも魂を作ることはできない——擬似魂が限界なのだから。
それでも、それでも私は。
「……ねぇフィーちゃん。運命って変わると思う?」
「へ?」
「悲しい終わりを迎える運命があったとして。変えられるなら、変えるでしょう? それこそ預言師の腕の見せどころだよ!」
ニコッと笑ってウィンクもオマケしておく。嘘を本当にするのも不可能を可能にするのも、闇魔法にしかできない技だ。
「私って諦め悪いんだ。でもね、強欲なほど闇の魔力は強くなるの——不可能だって可能にできちゃうかも!」
「でも……」
まだ何か言いたそうなフィーちゃんの手を握って、丸め込みにかかる。
「フィーちゃんだけは、私の味方でいてくれるでしょ? 大丈夫、信じてくれたらそれだけでいいよ」
フィーちゃんは正しい子だ。
だけど優しくて甘い。
だから力づくで止めたりはしない。
「……そう言ってリスティちゃんはあぶないことするでしょ。ダメだよ。せめて私を連れてってね」
「それは約束できないけど」
「こういう時だけ素直!」
「あはは……でもフィーちゃんは私よりセツの事見ててほしいんだよね」
「セス君?」
「うん。だってさぁ……」
ずるずると、何かを引きずる音が近づいてくる。その方向を見ると、何か大きなものを引きずってこっちにくるセツだった。
そしてその大きなものは、扱かれて疲れたらしい他2名だった。うん。私より弟の方が周りに無理させるタイプだ。
「悪いんだけど、レイとヴィン君がへたっちゃったから回復させてくれない? 教えるために軽く手合わせしたら加減間違えたかも」
「え! は、はい!」
「鬼畜ー! 鬼ー!」
「あ、なんだ元気じゃん。じゃあレイこのままいくか?」
「暴力反対ー! 休み時間よこせー!」
声をかけられたフィーちゃんは、すぐに回復にまわる。元気にブーブー言ってるレイ君とは正反対に、ヴィンスは黙ったままで心配になった。
「えっと……ヴィンス大丈夫? 止めさせようか?」
「動かず運ばれてる方が効率がいいと判断しただけです」
「あ、疲れてるね……」
でもそれだけ言って、大人しく回復してもらっている。機械みたいになっちゃってるけど、大丈夫かな……?
「これ、狩りの前に自分の癖を知る練習した方がいいかも。クリスティアさん2人の分身体とか出せる?」
「だせるけど……本人と似た動きさせるなら実体より幻惑側になっちゃうかな。それだと闘いの指導はしにくいかも……」
「え? 闇魔法ってなんでもできるんじゃないの?」
「イメージが固まらないと上手くできないのっ!」
やっぱり姉を便利屋だと思ってる!
一言文句を言おうと思ったら、それより先にクロが飛び出してきた。今日はブレスレットモードでいたのに、と思ってたら。
あっという間に人型になった——2つにわかれて。
「えっ分裂⁉︎ クロそんなことできたの⁉︎」
「飼い主より優秀じゃん」
「はい⁉︎」
「まぁ飼い主の方は後でモンスターの時にでも頼むわ。行くぞー」
「せめて水分補給させろー!」
「はいはい。でも座んなよ。座ったら休むから」
このスパルタに扱かれて、その後2人がどうなったか。それはまぁ、大会のお楽しみというところかもしれない。




