554話 恐ろしい記憶
ぼやかしてますがグロめなのでご注意ください。
その始まりは、拍子抜けするくらい穏やかな——どこにでもありそうな、家族の朝の日常だ。
朝の挨拶で子どもを抱きしめる母親。
寝ぼけた子どもは、まだぼーっとしている。
笑いながら、父親がその頭をなでる。
その子どもの、やわらかそうなシルバーのくりくの髪にかくれた幼い顔が、重いまぶたの隙間から見える緑が、どう見ても知ってる顔だった。
「ノアくん……」
ぽやぽやとした彼は、まだ眠たげに小さな手で目をこすっていた。
そしてその母親の顔も短い髪に気を取られていたけれど、どこか見たことある顔をしていた。というか、似てるんだ……リリちゃんに。
アメジストのような紫。
その目尻は優しく下がっている。
印象が違うのはこの雰囲気のせいもある。
だけど下手したら、親子くらい似てそうだと思わせるだけの血のつながりを感じた。庶民の服では出るはずのない気品を漂わせている。
『私に叔母様……リリアーヌ様を重ねてるんですの』
いつか聞いたリリちゃんの言葉。
王様の扱いに不満げな様子を思い出す。
でも正直、わかるなと思ってしまった。
この様子は……雰囲気こそノア君の方が近いけれど、見た目はリリちゃんの成長した後を思い描いてしまう。
そして父親の髪。
その短髪は黒い。
そして深緑の瞳。
体格がいいというより高身長という感じ。髪色的にもそこそこ魔力があるのだろうと思った——クリスティアの父親でさえ、髪色は黒ではなかったし。
でも闇魔法は、少し使えるくらいではそこまで便利でもない。……特に、身を守るには。
だからなのだろうか。
何かに気づいたように彼がドアを見た。
そしてあわてた様子を見せる。
逃げるよう、隠れるよう言いながらリリアーヌ様とノア君の背を押すように、家の奥へ押しやろうとする。
ドンドンドン!!!!
大きなノックの音がした。
一瞬で察する大きさだ。
これは、安全な相手ではないと。
やがてそれはもはやノックではなくなった。
ガン、ガン、ガンッッ!!!!
音に合わせてバキバキと、木が軋む。目を見合わせた夫婦は、その空気とは場違いなほどに優しくノア君を抱きしめて笑顔で言った。
「かくれんぼをしましょう」と。
「何があっても出てこないように」と。
眠気も覚める緊迫感の中、やだやだと首をふる彼をなだめながら、クローゼットの中に押しこめてすぐにそれは雪崩れ込んできた。
黒いローブを纏った、謎の集団。
……でも予想はつく。
そして、この後の展開も。
ここは彼らの家で、狭い場所。しかもクローゼットにはノア君もいる。無意識にかかるブレーキは、多人数を相手にするには不利すぎた。
多分普通に戦うなら、リリアーヌ様はもう少し……もう少しだけは戦えたかもしれない。中途半端な闇の魔力は、そんなに役に立たない……悪役令嬢がそうだったように。
どこか他人事のように。
映画の中でも観てるような気分だった。
私の見る、見せる過去視は臭いはしない。
だから飛び散っていく赤や、むごたらしくパーツが人形のように宙を舞うのを、何も言えずにじっと見てしまった。少ししてから理解した。
「お嬢様!!!!」
シーナの声がして、自分が初めて膝をついてたことに気づいた。呼吸が苦しい。鼓動が早い。それでも、止めるわけにはいかない。だってこれは必要なことだ。
「お嬢様、過呼吸ですね? 一度止めましょう」
ダメだ、私が見たくないと思えば2度と見られない。今止めたら、もう私はこれを再生できないと思った。私が過去視しないとみんなにも見せられない。
音が遠くに聞こえる。それでもシーナ以外が近寄ってくるのを感じて手で制して、首をふって目の前を指さした。
シーナが隠そうと抱きしめようとしてくれるのも、首をふる。ぼやけて暗くなる視界で、震えながら床だけを見ていたら視界に入ってきた顔と目があった。
学校で聞いたサッカーの起源の話を思い出した。
「あ……ぁ……」
「お嬢様、息を吐くだけに集中してください。できますね?」
とんとんと、背中を叩きながら抱きしめてくれるシーナにみっともなくしがみついて、ただ怯えていた。あぁ、私なんて見てるだけなのに……。
ノア君はもっと……そうだノア君はっ⁉︎
あわててあのクローゼットの方を見ると、濡れて光るローブの男がノア君を見つけたところだった。
小さく固まって体育座りしていた彼は、無造作に腕を掴まれて持ち上げられた。途端に泣き叫んだ。たぶん、肩が外れている。
やめてと言いかけて、飲み込む。
意味がない、全部過去のことだ。
私にはこれをどうすることもできない。
あぁ、助けられないなら、この力はなんのためにあるんだろう?
わかってる。
そういうための力じゃない。
私は、過去に対して無力だ——。
ただ滲む視界で、ノア君が連れて行かれるところを歯を食いしばって見ていた。犯人たちはご丁寧に、人間を全て持っていくつもりらしい。
「良い器が手に入った」「儀式の道具に」「器はなるべく傷をつけないように」——そんな流れ作業のようなやり取りをしながら。
全ては麻袋に入れられて。
重いものは引きずられながら。
訪問者が消えて部屋はやがて沈黙した。
「お嬢様、終わりましたよ。……もう終わらせて大丈夫です」
シーナの声に安心して、私はみっともなく子どもがしがみつくように泣いた。
***
「ごめんなさい……頼りない主で」
切り株の上で外の空気を吸いながら、すん、と鼻を鳴らしながら鼻声で謝る。はぁ……こんなふうになってるのは私だけだ……。
慰めのつもりなのか、クロが猫モードになっているので遠慮なく抱きしめている。それでもなんとか顔を舐めようとしてくる。
「いいえ。お嬢様が頑張ってくださったおかげで情報を確認できました」
「そうですよ、我が主。あれは貴族である貴女様の見るものではありません」
隣に立つシーナと、まるで騎士のように跪いて諭してくれるビス。……あぁその目が、今までと違って女の子を気遣う目だ……申し訳ない……。
「でも私は主なのに……」
「主は謝る必要はございません。元よりあのようなものを見せないようにするのが我々の仕事です」
「そうです! 主様の美しい瞳に美しい物だけを見せるために私たちは日々活動しているのですから」
「主様の忍耐力に感銘を受けました! 我々も精進せねばなりませんね!」
ビスに合わせてしゃがんでくれたトリスに、はっはっはと笑うテトラキス……は、笑いすぎだと思われたのか、3人から睨まれて止まった。
「むしろ、このようにかわ……心優しい主様に仕えられる幸福と言ったら。お支えしがいがあるというもので……きゃっ」
「どさくさに紛れてお嬢様の御手に触れないでくださいトリス」
「えー! モノ独り占めする気ですか⁉︎ これは可愛いお嬢様の御心を慰めて差し上げてるだけの正当な行為ですよ‼︎」
「そうだそうだー!」
「いやテトラキスには触らせる訳ないですけど」
「なんだって……⁉︎ トリスお前裏切るのか⁉︎」
かわ……? とフリーズしたあたりで手を握られ、シーナが嗜めたと思ったらどさくさに紛れて抱きつかれていた。何が起こったんでしょう?
腕の中のクロがしゃーしゃー言っているけど、全然離れないな……と思ってトリスを見るとニコッと笑顔を向けられる。
「主様はそのままでいいのです! 私たちの神でありお姫様です……そのギャップがむしろ美味しいのです!」
「おいし……?」
「……申し訳ございません我が主。今すぐ教育し直します」
「ちょっと⁉︎ 私の愛を引き裂かないでくれるビス⁉︎」
引き剥がされて引きずられていく彼女を見ながら、ぽかーんとしていたら。
「あー。トリスは可愛い女の子好きなんですよ。自分も好きですけ……あいて!」
「不埒者どもが失礼いたしました。……ですがお嬢様もご警戒ください。アレが言うには『クールな美女の弱りが主食!』とのことなので……」
「……あぁ」
なるほど……それはむしろ、リリちゃんとの相性が良さそうだね。
こうして主らしさを失いながらも。情報を手にした私たちは、この封じられた場所を後にしたのだった。




