ヒーローになるだけ
「ふむ、教室での喧嘩の処分としては、謹慎が妥当だと私は考えている。一応、初犯だしね。報告される限りにおいては……だけれども」
学園長は自身の椅子に座らないまま、彼の仕事机に手を置きつつ、俺達を見つめている。
呼び出された俺達の方はと言えば、俺を挟んで左にファリッサ。右にレイレリスと言った順番で、学園長の仕事机の前に立っている。
何故この様な順かと言えば、この二人が率先してこの位置取りを取ったからである。
(酷く自然な形でこんな並びになたが、そんなに少しでも離れていたいか、この二人は)
この仲を悪さはどうしようもあるまい。考えることも無駄だろうから考えないでおく。今は学園長にどの様な話を聞かされるかについてのみが重要だ。
「昨日の夜の件については、どの様な処分も受けるつもりでいますわ!」
胸に手を当てて、堂々と話すファリッサ。どう見ても反省している風ではない。だというのに罰は受けるつもりなのだから、尚更性質が悪いと思う。
「ま、まあ………そう考えてくれるのなら、こちらも有り難いがね」
学園長は苦笑いを浮かべながら答えた。存外、この人は気弱なのかもしれない。生徒を叱れない性質か。
コホンと咳を一度入れてから、学園長は話を続ける。
「そう。問題は昨夜の件だ」
「ええっと……その件に関しては、俺は良く知らないんですが………」
とりあえず、そういうことにしておきたいので、口を挟んでおく。
「まあそうだろうな。ただ、まったく無関係とは言えないので、とりあえずそこに居てくれないか。後で用もある」
用と言ったか、彼は。ならばその用のために、暫くはここで成り行きを見守っておこう。暫くは何もする必要も無いし。
「でだ、まず君を除く女性陣二人についてだが、昨夜の件について、君らはどう納めたいと思っている?」
学園長は俺から視線を外しつつ、次にファリッサ、その次にレイレリスを見つめる。眼鏡の奥にある目筋が鋭くなったのは気のせいだろうか?
「どう……ですか?」
最後に見つめられたレイレリスが、その問いの意味が分からぬと尋ね返す。まあ、叱られるか処分されるかと言った話であるのに、どう納めたいのかと来たのだ。戸惑うのは当たり前だ。
「僕はね。教師じゃあない。学園長だ。学園長の仕事はと言えば、学園を管理するのがお仕事なわけだよ。ぶっちゃけた話、大事になるくらいなら全部水に流すのだってアリだと考えていてね。おっと、他の教師には内緒にして欲しいな」
学園長はニヤリと、悪い顔を浮かべ始める。なんというか眼鏡と相俟って、悪役のそれになった気がする。
「………学園長は、それで良しと本当に思っているのでしょうか?」
学園長とは違い、真剣な表情でレイレリスが聞き返す。声がやや低い様な。彼女、実はちょっと怒っているんじゃないだろうか。
「んー。そうだねぇ。例えば君らがこちらの処分。例えばさらに謹慎期間を延ばしたり、ボランティア活動をしろと命じたり? 他にも反省文をたっぷりと書いて貰うだったり。そういうことを真面目にしてくれるのなら、こっちとしても恰好は付くだろうね」
ニタ付く様な笑顔でレイレリスを見つめている学園長。この場面を写真にでも撮り、然るべき場所に持って行けば、セクハラで訴える事ができるかもしれない。
「ただ、君らが大人しく従ってくれるなんて、僕はこれっぽっちも考えちゃあいない。問題児は更生させるなんて無理だとすら考えてる。実際そうだろう? 何時だって君らは自分勝手だ。大人の言うことなんて聞こうともしないのさ」
訳知り顔で、正面から嘲りの言葉を口にする。どうなるものかと、両隣にチラチラと視線を向けてみれば、レイレリスは露骨な不機嫌顔に、ファリッサについては、口元は笑っているが、目は笑っていないという表情をしていた。
なんとも恐ろしいが、学園長はまだまだ話を続けるつもりらしい。
「どうしようも無いことはしないに限る。その方が楽だ。どっちにしてもね? だから君ら問題児はそのままに、とりあえず表面上は大人しく振る舞ってくれれば、後は裏でどうとでも―――
ドン! という音と、ちょっとした振動が学園長室に響く。左側から聞こえたので何事かと見てみれば、ファリッサさっきと同じ笑顔を浮かべていた。床を見ると、何やら焦げた後が。
(なんかの魔法で撃ちやがったな。この女)
良く見れば笑顔にも色々な感情が混ざっていそうで凄みがある。
「は……え……? な、何かな?」
完全にビビったと言った表情を浮かべる学園長。そんな学園長を脅すかの様に、ファリッサの顔は凄みを増していく。
「罰はお好きな様に。別にそのことへの不満はございませんの。ただ……舐められることだけは大変不本意だと思ってくださいましね?」
それだけ言い残すと、笑顔のまま背を向けて、彼女は学園長室から出て行った。許可なんぞまったく取らずにだ。
そうして学園長の受難はもう少しだけ続く。学園長が去って行ったファリッサについて何かを言う前に、今度はレイレリスが口を開いたからだ。
「彼女はいけすかない人間だと思っていますが、今回ばかりは同意見です。争いを起こしたのは事実だ。その事について容赦されようなどと、この場にいる我々は一欠けらたりとも思っていません。どの様な処分も受けます。是非、水に流すなどなされない様にお願いします」
レイレリスも言うだけ言って、ファリッサと同様に学園長室から出て行く。ちょっと待て? 何か俺の意見まで代弁されなかったか? そんな事、一切思っていないのだが………。
なんにせよ、残されたのは俺と学園長だけ。
「やれやれ、やんちゃな娘達だ…………ところで、君は出て行かないのかい? 八島・錬太郎くん?」
暫く学園長室の出入り口を眺めた後、学園長は俺を見て尋ねて来た。
「出て行って欲しいんですか?」
「用があると言っただろう? 出て行かれたら、また呼び出さなければならなくなるが………」
「じゃあ、面倒なんで暫くはここにいます。それで良いですよね? “先生”」
「……………………気付いていたのか?」
先生と、学園長をそう呼んだ事の意味はしっかり分かってくれたらしい。何せ俺は、“学園ウルフ”をそう呼ぶ時と同じ口調でその言葉を発したのだから。
「あんな妙な技術が、色々と使われた衣装を用意出来る人間。島の中じゃああなたくらいでしょう? 昨日の夜、事情があって動けない人間というのも、出張中だったあなたくらいかなって」
「いやいや、分からんぞ。もしかしたら各方面に繋がりのある人間が島のどこかにいて、尚且つ昨日はどうにも動けぬ事情がその人物にあったのかも………」
「だからそれがあなたでしょうに」
中之鳥学園の学園長、加崎・慶介は学園ウルフである。その事は今回の件だけで無く、今までの付き合いから、そうではないかと思っていた。
なんというか、学園ウルフの動きと、学園長の予定やら仕事やらが、妙に符合する事が多いのだ。どちらかが忙しい時はどちらかが暇になっているのである。体は一つしか無いという大前提に立てば、彼らは同一人物だと考える方が自然に思えた。
「まあ、確信したのはついさっきなんですけど」
「うむむ。失言でもしたかね?」
「むしろ昨日の件について、俺に何も説明がなかったのが変だなって。まるで最初から俺が事情を知っていることを知ってるみたいな。姉さんもさっきの二人も、昨日あった事について俺が知らない風を装ったら、むしろ向こうから教えて来ようとする素振りがありましたし。一方であたなにはそれが無かった」
ファリッサとレイレリスを同席させるというのなら隠す必要が無いわけで、ならば説明しなくても良いと考えているんじゃあないかと思い、そこで学園長の正体が分かってしまったのである。
いや、学園ウルフの正体が。と表現した方が良いかもしれないが。
「これはまた、気を抜いてしまっていたか。いやいや、今日は正体をバラすつもりではいたんだ。その点で油断していたのだろうね」
笑う学園長。さっきまでの悪役風の笑顔とは違い、疲れを含んだ表情だった。
「というか、さっきの寒い演技は何なんです? 裏でヒーローしてるから、表じゃあ悪人を演じてみたかったとか?」
怒って出ていったファリッサ達。それを促したのは間違いなく学園長だ。まさか怒るなんて思って無かったなどとは言うまい。むしろ、堂々と挑発した物言いだったのだから。
「少しはそういう感情もあったがね。それよりも、ああ言っておけば本人もこちらが与える罰をあっさり受け入れてくれるじゃないか」
「あー………確かに」
感情面で納得させるための演技だったということなのだろう。ああやって怒らせておけば、自ら率先して今回の件について反省してくれるだろうし、二人で喧嘩するのも幾らか控えてくれるだろうとの判断なのだ。何せ共通の敵として学園長という存在が現れたのだから。
ただし、それらの利を得るためには、自分が生徒に嫌われてしまうという損については許容しなければなるまい。そういうことをできる人間だということだ。この学園長兼学園ウルフは。
「そこまで気が回るなら、昨日もあなたが解決してくれれば良かったって、そう思う部分もありますけどね。というか今、ここにいるって事は、昨日の夜にも間に合ったんじゃあ―――
「そこは見解の相違だな。私が出張から急遽戻ることができたのは、昨日の夜に問題が発生したからだ。そうで無ければ、まだ出張先にいるはずで、それを問題が発生する前に反故すれば、むしろ不審に思われるだろう? 結局は君が動くしか無かったわけだ。なあ、学園ソルジャー?」
何度聞いても、ふざけたネーミングセンスだと思う。学園ウルフと学園ソルジャー。ふざけた名前のふざけた存在が、ここにこうして揃っていた。
「先生の事情は分かりましたけど、いきなり代役を任されるなんて思ってもみなかったんですけど」
「そうかい? 中々にノリが良かったとの報告は既にあるよ。被害報告という形でだがね?」
確かに派手に気分良くやったのは事実だ。認めよう。昨夜の俺は、学園ウルフとまったくの同類だったのだ。
「怪我人を出したのと、重機を一つ転がしたのは事実です。学園長として何がしかの罰則を与えたいっていうのなら、まあ、有りなんじゃあ無いでしょうか」
「その場合、学園ソルジャーは君だとバラさなければいけないだろう? そんな事はしないよ。せっかく出来た同胞だ。重機に関しては向こうの違法所持でもあるし………」
「なるほど。違法なもんが壊れたって、そのことに学園が保障するなんてことは……うん? 今、同胞って言いました?」
「助手、相棒、サイドキック、あとは部下? 弟子などとも表現できるか? そんなところだろうさ。私と君との関係性というのは」
教え子である事は事実であるし、考え方を同じくするというのも事実だ。しかし面と向かって言われると、何か認めがたい部分があった。だって目の前の学園長は、あの変態的な学園ウルフなのだし。
「………ちょっと待ってください? なんだかまるでこれからも学園ウルフ業を手伝うみたいな雰囲気になってません?」
「駄目かね? 君に与えたあの装備。別に今回だけのために用意したものではないのだが………」
気にせず笑っている学園長を見て、どう答えようかと悩んでいた。何と返答するかは決まっている。ただ、あっさり口にするのが癪であるだけなのだ。
「どうしましょうかね。結構、しんどそうな仕事だ」
「なら、罰だな」
「罰?」
「そうだ。罰としてボランティアなんてのもあるとさっき言ったろう? 私もいろいろ、学園長としてやる事が多い。だが、やるべき事はあるが手が回らない。そんな時、生徒への懲罰として仕事を手伝わせるなんてこと、あっても良いんじゃないか?」
学園長のその言葉について暫く考えるフリをしてから、最初から言うつもりでいた返答を口にする。
「………罰なら仕方ありませんか」
「ああ。この学園でヒーローなんて馬鹿げたことをするのは、罰以外の何者でもあるまい?」
まったくその通りだ。恥ずかしい事この上無いが、誰かがしなければいけない。そんな立場は懲罰だろう。
「わかりましたよ。その罰。甘んじて受けます。そうしてこれから、よろしくお願いしますよ?」
「ふっ。仕事と火種なんてのは幾らでもあるからな。頼む事も幾らでもあるさ」
ならば努めて見せようじゃあないか。そう考えた瞬間、何か心の中で湧き上がってくる。その感情の正体が何なのかについてはまだ良く分からない。ただ、一つは確かに言える事があった。
八島・錬太郎は学園ソルジャーとして、この学園の問題を解決するヒーローになる事を、今ここで決心したのである。




