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真っ黒な王国3


 外は快晴、雲一つない。

 クイーンズゲートの図書館で新聞を読んでいたマリアは、窓に目をやりぼーっとしていた。

 カインに精気をあげるのは三日に一度、だがたいてい次の日はだるくなる。仕事に支障が出る事もあるので、なるべく次の日には予定を入れない。

 機構の図書館は広い。専門である悪魔祓いの本から、流行っている小説や雑誌まで全てが揃っている。

 昨日の新聞、一昨日の新聞、一応その前も確認して、マリアはほっと一息ついた。

 カインが、誰か知らない女性の精気を吸ったなんて最悪のネタだ。例えば女性が街のエーカー(警察)に通報すれば、新聞は五月蝿く報道し、クイーンズゲートは政府から圧力をかけられる。

 


 ――マリア、気持ちい?


 昨日のカインの「食事」を思い出せばマリアは頬を染めた。他の女にも、あんな事をしたのだ。

 怪しいが、絵画から抜け出したような美形が耳元で低く甘い声で囁きながら、甘美な陶酔を与える。――通報する女性がいるかどうか、いない方に賭けてしまう。


(馬鹿マリア。悪魔にほだされて何が一級祓魔師よ)


 イライラしたまま、だがぼーっとしてマリアは机にうつ伏せた。


「お疲れですか?」


 と、頭上から声が降ってきて、マリアはすぐに顔を上げる。


「ミシェル!」


 聞き覚えがある声に笑顔になり、声の主も笑い返した。


「帰ってたのね」

「ただいま、マリア」


 ほとんど銀に近い極上の絹のような髪を緩く束ねて流している。ミシェルを一言で表すなら「神経質そうな美形」が一番当てはまる。

 マリアを覗き込む際に下がっていた黒縁のメガネを上げて、ミシェルは彼女の頭を撫でた。


「図書館では静かに」

「……すみません。ミシェル、出よう、お話したい」

「せっかくちゃんと熱心に図書館に来た馬鹿を外に出したくないですね」

「もう、馬鹿じゃないわ。この二年で私どれだけ詰め込まれたと思ってるの?」


 ふくれるマリアに、ミシェルはくすくす笑って、手を出した。


「?」

「せっかく良い天気だから、出ましょうか」

「うん!」


 マリアはぱ、と笑顔になり、ミシェルの手をとった。





 ミシェルはマリアの一つ上で、クイーンズゲートが有する教会で一緒に育った兄のような青年だ。

 つまり、ミシェルもまた親がいない。恐ろしいほど賢い頭を持ち、他国に留学していた幼なじみに、マリアは弾む声を押さえられない。


「アルベダはどうだった?」


 ラジェカの同盟国アルベダに、ほとんど教師役に近い形で留学したミシェルもまた、位の高いエクソシストだ。


「暑かった、ラジェカは良いね、過ごしやすい」

「ミシェル暑いの苦手だものね」

「人間が最高に暮らしやすい国に生まれたらそれが一番幸運だと思うよ」


 暑くても汗など流さなさそうなミシェルが、アルベダでどんな暮らしをしてたか気になる。

 長い留学だった。懐かしくて、会いたくて嬉しくて、マリアはミシェルの手をぎゅっと握る。


「まぁ……アルベダの機構の基礎は上手くいったんじゃないかな、良い勉強にはなった。で、マリアは二年でどれだけ賢くなったって?」


 に、と意地悪そうに笑われて、マリアはふいと顔を背けた。自分が馬鹿なわけではない、ミシェルの頭が良すぎるのだ。

 ねえ、と。

 目を上げる。

 薄い紫の目が、メガネ越しにマリアを覗き込む。



「……見た?」


 ふと、小声で、ミシェルに聞く。初夏の爽やかな風がかきけしそうな程小さな声だったが、ミシェルはきちんと聞き取って肩をすくめた。


「真っ黒だったね」

「……うん」

「身体は壊してないですか? マリア以外に招集がかからないんじゃないかって慌てて帰国したんだ」

「え」

「アルベダへの祓魔師の派遣よりも今はラジェカを完璧に守らないといけない、諸外国に、ラジェカ――クイーンズゲートがあるから大丈夫だ、と君がいるから大丈夫だ、と思わせるだけでも良いんだ」

「……」



 第一級祓魔師の位を冠した時に、マリアはやれるだけはやろうと誓った。

 が、忙殺されそうな程、悪魔ははびこっていた。

 いつからだっただろう、こんなに悪魔が増えたのは。


「対策本部を作るってノアから聞いたよ、キングとクイーンを集めるらしい」

「え、私何も聞いてない」

「……なんでお前が聞いてないんだよ、真っ先に報せがいくんじゃないの?」



 ミシェルは一瞬きょとんとしたが、まあいいか、と指折り数え出した。


「今キング位とクイーン位を授かってる二級祓魔師の数は十人、全員をラジェカに連れてきたら大変だから、数は半分になるだろうね、俺とマリアと、あと三人くらいかな」

「私二級祓魔師の方、ミシェル以外に会った事ない」

「西部に何人かいるんだ、ここより悪魔が多いらしい」


 ここより、と聞いてマリアはぞっとした。

 ふわりとした「悪意」の塊、悪魔になる前の「モノ」、低級な雑魚、手がかかる中級、一日街を歩けば、数えるのが両手では足りないほど見かける。

 悪魔は基本人間には見えない。見えなくしてあるから、たまに目が合えばすぐさま祓うが、彼らは不思議な事に基本何もしていない。

 昨日のように派手に悪さをしている悪魔は珍しいのだ。


「なにか、良くないのかな」

「まぁこの異常事態だ、良くはないだろうね」

「……ミシェル」


 マリアは眉根を寄せた。

 悪魔を怖いと思った事は何回もある。何もしなくても、目に写れば不快だし、祓えば疲れる。

 だが、キングとクイーンを招集するほどの何かがあるとすればまた、話は別だ。

 機構が本格的に悪魔狩りを始めるのだろう、と想像は容易いが、怖い。


「らしくないな、大丈夫、マリアは世界一のエクソシストだ、君が負ける事なんかない」


 ミシェルは昔のようにくしゃりと、マリアの頭を撫でる。


「そうだ、お土産があるんだった、気に入ると良いんですけど」


 ごそごそと鞄を探すミシェルを見ながらマリアは他の事を考えていた。

 怖いのは悪魔ではない。


 もし、万が一。

 カインが悪魔だと分かるエクソシストがクイーンズゲートに来たらどうしよう、と。

 マリアは酷くそれを気にしていた。


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