五度目の夢
えんじ色のドレスに袖を通し、征之介さんから贈られた簪をつけて──支度の終わった私は、一人鏡を見つめていた。
鏡の中にいるのはいつも通りの私──何もおかしなことはない──……ないはずなのに、何故だろう。何かが胸に引っかかっている。
窓を叩く風とともに、自動車や馬車が乗り付けてくる音が聞こえてくる。招待された方々が集まり始めたのだ。
「──……品子さま。まもなく征之介さまが到着されるかと」
扉の外からスズさんの声がする。
そこは緑麗荘とは異なる建物で、部屋の外へ出るとその豪奢な装飾が際立った。私がいたのは紫雲館の控えの間で、これから広間へ向かうのだった。まもなく舞踏会が始まろうとしている──。
私は一段一段踏みしめて、ゆっくり階段を降りていく。けれどその半ばで、階下が何やら騒がしいことに気がついた。
同時にどこからともなく煤の混じった煙が立ち上がり、私のほうへと迫ってくる。
「──……火事です!」
スズさんが大きな声を上げた。すでに階下には火が回りはじめていて、なお勢いを増している。大玄関には、慌てて逃げまどう人々が詰めかけていた。
今日は風が強かったから、一気に火が回ってしまったのだろう。風向きも悪く、こんなにも燃え上がるまで気がつかなかった──どこか冷静にそんなことを思いながら、私たちは急いで階段を降りていく。幸い、階段まではまだ火が回っていない。
けれど私たちが大玄関までたどり着く前に、炎は一層勢いを増した。階段を支える柱を飲み込んで、轟音とともに私たちのほうへと倒れ込んでくる。
「品子さまっ……!」
スズさんの声が、炎と煙に飲み込まれていく。燃える柱は私たちの間に横たわり、もうスズさんの姿を認めることができない。
大丈夫──スズさんの位置から走れば、大玄関はすぐ目の前だ。
私は炎に追い立てられるようにして、館の奥へと走った。
館の西側はすでに火の海で、豪奢な造りは見る影もない。火元はあちらなのだろうか──……。
どこかに逃げ道を探せど、炎は容赦なく広がっていく。後戻りすることもできず、私はひたすら出口を探した。
けれど次第に、息を吸うのが苦しくなってくる。熱い空気が喉を焼き、吸い込めど吸い込めど肺は満たされない。
炎に捕まる直前に、ようやく外に出られそうな大きな窓が見えた。ステンドグラスの美しい模様が、赤く恐ろしく揺らめいている。
でも、もう──……。
ドレスは汚れきっていて、髪もひどく乱れている。そして焦げつく煤の嫌な臭いが離れない。
私の身体は、熱気が充満する床へとあえなく倒れた。低姿勢になって幾分呼吸が楽になったけれど、それは束の間のことだった。
いったいなぜ──……?
炎が全てを焼き尽くしていく。まさか征之介さんの──? いいえ、きっと違うはず──……髪に差した簪の真珠に触れると、そこだけ少し冷たかった。
階下にいた方々もスズさんも、無事に逃げられただろうか。お父さまとお母さまは? 治嗣さまと征嗣さま、そして征之介さんは──……?
死の間際、いつも私の眼前には征之介さんがいた。涙を流しながら、悲しく辛い表情をして──……けれど今は、征之介さんがいない。
私を手にかけてばかりいたというのに、なぜ今際の際に征之介さんが浮かぶのだろう。なぜ、こんなにも心細いのだろう。
変、なの──……。
真っ赤な炎が、私を飲み込む。




