↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者さま、あなたは私を殺すのですか?  作者: 采


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/45

五度目の夢

 えんじ色のドレスに袖を通し、征之介さんから贈られた簪をつけて──支度の終わった私は、一人鏡を見つめていた。


 鏡の中にいるのはいつも通りの私──何もおかしなことはない──……ないはずなのに、何故だろう。何かが胸に引っかかっている。


 窓を叩く風とともに、自動車や馬車が乗り付けてくる音が聞こえてくる。招待された方々が集まり始めたのだ。


「──……品子さま。まもなく征之介さまが到着されるかと」


 扉の外からスズさんの声がする。


 そこは緑麗荘とは異なる建物で、部屋の外へ出るとその豪奢な装飾が際立った。私がいたのは紫雲館の控えの間で、これから広間へ向かうのだった。まもなく舞踏会が始まろうとしている──。


 私は一段一段踏みしめて、ゆっくり階段を降りていく。けれどその半ばで、階下が何やら騒がしいことに気がついた。

 同時にどこからともなく煤の混じった煙が立ち上がり、私のほうへと迫ってくる。


「──……火事です!」


 スズさんが大きな声を上げた。すでに階下には火が回りはじめていて、なお勢いを増している。大玄関には、慌てて逃げまどう人々が詰めかけていた。


 今日は風が強かったから、一気に火が回ってしまったのだろう。風向きも悪く、こんなにも燃え上がるまで気がつかなかった──どこか冷静にそんなことを思いながら、私たちは急いで階段を降りていく。幸い、階段まではまだ火が回っていない。


 けれど私たちが大玄関までたどり着く前に、炎は一層勢いを増した。階段を支える柱を飲み込んで、轟音とともに私たちのほうへと倒れ込んでくる。


「品子さまっ……!」


 スズさんの声が、炎と煙に飲み込まれていく。燃える柱は私たちの間に横たわり、もうスズさんの姿を認めることができない。

 大丈夫──スズさんの位置から走れば、大玄関はすぐ目の前だ。


 私は炎に追い立てられるようにして、館の奥へと走った。

 館の西側はすでに火の海で、豪奢な造りは見る影もない。火元はあちらなのだろうか──……。


 どこかに逃げ道を探せど、炎は容赦なく広がっていく。後戻りすることもできず、私はひたすら出口を探した。


 けれど次第に、息を吸うのが苦しくなってくる。熱い空気が喉を焼き、吸い込めど吸い込めど肺は満たされない。


 炎に捕まる直前に、ようやく外に出られそうな大きな窓が見えた。ステンドグラスの美しい模様が、赤く恐ろしく揺らめいている。


 でも、もう──……。


 ドレスは汚れきっていて、髪もひどく乱れている。そして焦げつく煤の嫌な臭いが離れない。

 私の身体は、熱気が充満する床へとあえなく倒れた。低姿勢になって幾分呼吸が楽になったけれど、それは束の間のことだった。

 

 いったいなぜ──……?


 炎が全てを焼き尽くしていく。まさか征之介さんの──? いいえ、きっと違うはず──……髪に差した簪の真珠に触れると、そこだけ少し冷たかった。


 階下にいた方々もスズさんも、無事に逃げられただろうか。お父さまとお母さまは? 治嗣さまと征嗣さま、そして征之介さんは──……?


 死の間際、いつも私の眼前には征之介さんがいた。涙を流しながら、悲しく辛い表情をして──……けれど今は、征之介さんがいない。

 私を手にかけてばかりいたというのに、なぜ今際の際に征之介さんが浮かぶのだろう。なぜ、こんなにも心細いのだろう。


 変、なの──……。


 真っ赤な炎が、私を飲み込む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。